いつのことだったろうか。
ルミナがうつらうつらとしていた。その日は、いつにも増して酒を飲んでいた。何杯もエールを飲み干しては肉を食べるを繰り返して、完食したところであった。
いつも通り短い会話を挟みながら、レニーがちびちびと飲んでいたのに対し、ルミナは勢いよく飲んでいた。
酔った姿を見たことはなかった。いつも食べているイメージが強く、顔を赤くして、目蓋を重たげにする姿は新鮮だった。
「レニー」
名前を呼ばれて口を開く。
「なんだい」
「眠い。宿、連れていって」
脈絡もなく、そんなことを言われる。
実際ルミナは相当眠いようで、頭が何度も上下していた。
食事の皿は下げられており、その空いた空間に頭を打ちつけそうな勢いだ。なんとか持ちこたえているものの、耐えきれなくなるのは時間の問題だろう。
「男のオレに頼む?」
「レニー、は。へいき」
「いやそんなこと言われても」
レニーは周りを見渡す。知り合いらしい知り合いはいなかった。
「ソロ仲間……だいじょぶ」
「キミの宿知らないし」
「お金、払う。どこでも……オッケー」
「んな適当な」
あまりにもレニー任せな言葉に戸惑う。
ルミナは少しだけ首を傾けた。
「迷惑?」
眠そうな中での、精一杯の質問だった。
「いや別に迷惑とかじゃないけど。気をつけたほうがいいよ。どこに連れて行かれるかわかったもんじゃないし」
「平気。レニー、トパーズ……」
体がテーブルに沈んでいく。そうして、突っ伏す形になった。
「あの〜ルミナさん?」
最近呼び捨てを頼まれたが、困惑のあまり思わず「さん」を付けてしまう。
レニーがルミナの肩を軽くゆらすが、時すでに遅し。規則正しい寝息を立て始めた。肩を優しく叩いたりしてみるが、全く起きそうにない。
無防備な寝顔は、あどけない印象を抱かせる。今まで気軽に絡んでいたが、自分には本来、縁遠い存在であったことを思い出させた。
自分より等級が上。トパーズであるレニーの上であるということは、そのままトップクラスの冒険者であることを意味する。そして、誰もが一度は振り返ってしまうほどの美しい容姿だ。
それがどういうわけか、相席をきっかけにこういう風に関わるようになり、同じ依頼をこなすときだってある。
しかも、今、介抱を任された。
ラウラを思い出すが、彼女とはわけが違う。彼女は先輩冒険者であり、積極的に絡んできて、酔っ払って経験と称して介抱させてきた。まさか経験が活きるとは思わなかったが。
信頼、されたのだろうか?
相席をしたときは、どうしてこんなに寂しそうなんだろう、と思った。関わっていくうちに言葉にするのが、顔に感情を出すのが苦手なだけで、会話そのものは好んでいる気がした。
そんなレニーの予想は合っていて、もしかしたら思ったよりも懐かれた、のかもしれない。
「ちょっと、ルミナ。無防備すぎるんだけど」
背中をつつく。
「スピィー」
頬を緩ませて、本当にその寝息出すんだという寝息を立ててきた。
「あー……」
頭をかく。
どうしたものか。
とりあえず、席を一瞬離れて、会計を済ませる。そして戻ってきた。
レニーの利用している宿まで連れて行って部屋をもう一部屋借りるか。空いているといいのだが。
体を抱えて、ゆっくりずらす。背負えるようにルミナを移動させて、背負った。
軽かった。単純に飲みに来たので、装備がない。あの大剣があっても、問題はないが、やはり、かさ張るので動きづらくなるのは必至だ。
しかし装備があったほうがレニー的には良かったかもしれない。
「他の男の人にこんな無防備さらさないでくれよ。あとが怖すぎる」
背中に感じるルミナの重み、温かみをなるべく思考から消し去る。冒険者は育ちがいい者ばかりではない。むしろ逆だ。レニーだって、まともに育ってきたわけではない。
ルミナ自身、稼いでいる金、高級な装備。どれもこれも、冒険者には喉から手が出るほどほしいだろう。無防備になるということは、持っていってくださいと言っているようなものだ。
パーティーメンバーや同性ならある程度その問題は解消されるが。
残念ながらレニーはどっちでもない。今の状況はルミナが詐欺に遭わないか心配になるレベルである。
「行くか」
周りの冒険者の視線が痛い。主に男性。さっさと出よう。
○●○●
あったかい。
ルミナはぼんやりとした意識の中、背負われながらそう思った。男の人の背中なんて、父と兄くらいしか知らない。それも幼い頃の話で、特に父は大きく感じたが、レニーの背中はそれに比べたら小さい。
それでも男の人の背中って広いな、大きいなと感じた。なんだか、安心する。
迷惑だっただろうか。なんだか、知らないうちに飲みすぎて、知らないうちに酔っていて。流れで任せてしまったけれど。
そんな疑問も酔いの泥濘に溶けていく。
意識が一瞬戻ったのは、夜風に当たったからであって、眠気が解消されたわけではない。
ルミナの意識は、ぼんやりとしたまま、そのまま眠りについていった。
○●○●
宿の受付まで行く。
「すいません、一部屋空いてますか? 追加で借りたいんですけど」
「空いてないですね。というかルミナ様ですよね。ウチの部屋借りてますよ」
え?
ルミナの顔を見る。
完全に寝泊まりだけに使っていたので、全く気づかなかった。そもそも冒険者の仕事は定時で行われるものではない。ギルドで顔を合わせるが時間帯はバラバラだ。依頼を共にするときは突発的であったし、宿の出入りは一瞬なので、会わないというのもおかしくないかもしれない。なんだか少し間抜けな気がするが。
「じゃあ、手伝ってもらえます? 部屋で寝かせたいんですけど鍵とか」
「承知しました。鍵を取りますので少々お待ちを」
受付の女性は外出時に預かった部屋の鍵を持ってくる。受付から出て、台の上に置かれた魔力式のランタンを持ち出す。そして、「こちらです」とルミナの部屋に向かってくれた。
助かる。
「おふたりはどういった関係で」
「冒険者で飲んでたんですけど、この子が寝ちゃって」
背負い直す。
「はぁ、仲がよろしいのですね」
「ま、そこそこ」
階段を上って、ある部屋の前で立ち止まられた。鍵を開けて中に入る。
薄明かりの中、ベッドを見つける。女性が掛け布を持ち上げてくれたので、そのまま寝かせた。そっと枕に頭が乗るように位置を調整する。
「な、慣れてますね」
ラウラに感謝である。
女性が掛け布をルミナにかけ、鍵を寝台近くの小さな棚の上に置く。
「ありがとうございます。大変助かりました」
「いえいえ。こちらがレニー様の鍵です」
「どうも」
鍵を受け取る。
ルミナの部屋を出る。女性はマスターキーで施錠してくれた。
安心だ。
「私はこれで失礼します」
「本当、ありがとうございました」
「では」
頭を下げて女性が離れていく。
レニーは、あくびをしながら自分の部屋に戻ることにした。
○●○●
翌日。
冒険者ギルドへ行くと、掲示板の前にルミナがいた。
「や。ルミナ」
手をあげながら名前を呼ぶ。
「や」
控えめながらもルミナは返してくれた。
「宿。ありがと」
「どういたしまして。同じ宿利用してたみたいだったから、そのまま寝かせられたよ」
「そ」
目が泳ぐ。
「……昨日。気持ちよかった」
「…………うん。誤解を招くから主語を入れてくれるかい?」
「酔って寝るの。ふわふわ。心地良かった」
「うん。睡眠ね。その様子だと二日酔いはなさそうで何よりだ」
「迷惑、かけた?」
首をかしげながら聞かれる。
「かけてないよ。男性に頼るのは色々問題だと思う」
「レニーは?」
「どういうこと」
「レニーは、迷惑じゃない?」
「平気だよ」
「また、頼ってもいい?」
どう返答しようか、少し迷う。手間とかでは全くないから了承してもいいが、もっと危機感を持ってほしいと思う。
無言でルミナを見る。ジッと、レニーを見つめてくるルミナは、どこか不安げだった。
…………。
「ソロ仲間。だから、安心」
……頼られてるなら、まぁ、いいか。
「ほどほどにしなね」
「うん。ほどほど」
拳をきゅっと握りながらルミナは何度も頷いた。