ふたりが去っていった先を呆然と眺める。
ダイグはぼんやりと、先程の殴り合いを思い出していた。
――オレらは
……冒険者として活躍して、己の強さは誇りに感じていた。子どものとき憧れた英雄のような存在になれたと、そう思っていた。
『ごめん、ダイグ。私、ダイグとは付き合えない。ほら、冒険者って野蛮なイメージあるし……』
幼馴染も、もしかしたら、自分のことが怖かったのかもしれない。それは力があるから、冒険者だからという単純な理由ではなく、ダイグが安心できる相手であると、そう信じてもらえるだけの言動をできていなかったのかもしれない。自分が凄い人間になったんだと、ついそんな自慢話をしていた気がする。
――それは君の願望だ。
どこかで、己の欲望重視で、突き進んでしまったのだろう。
胸に拳を置く。殴られ、蹴られた体よりも、何よりも心が、ひどく傷んだ。これさえ失くなったらどうなってしまうんだろうと思っていた心の支えが、崩れ去って、ぽっかりと空間ができてしまったような、そんな感覚だった。
レニーといったあの冒険者は、
いち早く右脚が悪いことに気づいていながら、脚は全く狙わなかった。何より、自分の行動が空回りしてもやついていた感覚が、マシになった。
――ちゃんと振り向いてほしかったんなら、キミは言葉を重ねるべきだったんだ。それで少しは折り合いもつけたはずだ。
デイリスは仕事が好きだと確かに話してくれていた。しかし、本当は違うんだと、心の底ではそうではないのだと、ダイグは
結果、勘違いのまま行動し、デイリスに涙を流させてしまった。それでも、ダイグのことを責めはしなかった。
「確かに、価値ないな」
呟きながら自嘲する。恋人でもないのに、寄り添うように立っていたレニーとデイリスの姿。そしてデイリスの悲しげな表情と涙。
ダイグより親しくなれる男がいて、そして、ダイグはデイリスを傷つけた。
立ち上がる。
決意に満ちた顔で、ダイグは真っ直ぐ道を見る。自分の行くべき道を。彼らが去った方向とは反対だった。
失意の中ではあるものの、進んでいかなければならないという使命感が、ダイグの中には芽生えていた。
ダイグは振り返らずに歩み始める。
どこへ続くのかは、今のところ誰もわからないのだろう。
○●○●
デイリスの家にたどり着く。依頼はきっと達成でいいのだろうが、少なくとも今日は何も言わない方が良い気がした。
「レニーさん」
明らかに元気のない声で名前を呼ばれる。
「胸、かしてほしいの」
「……どうぞ」
買い物袋をテーブルに置いてから、デイリスはレニーに駆け寄り、胸に額を当ててきた。服にしがみついて、小さく震えながら泣き始める。先程まで落ち着いていたが、我慢をしていただけなのだろう。
「ごめんなさい。レニーさんも怪我してるのに」
「このくらいならすぐ治る。キミの方が重傷だ」
依頼自体は、アイリスがしたものだ。デイリス自身も身を守りたいから相談をしたり、レニーのことを受け入れたこともあるのだろう。
それでも彼女にとっては、自分が相手を変えてしまったということが悲しいことだったのかもしれない。
何かしら、良い方向に進んでほしいから言葉をかけるし、癒やしであることを好意的に捉えるのだろう。
しかし、善意がときに何かを歪めてしまうことがある。歪めてしまった事実と、自分の言葉が届かない苦しみ。それがデイリスの、痛みであったのだろうと、レニーは思う。
ダイグは言葉を受け入れられるはずだった。できなかったのは一重に恋をしてしまった。そういうことなのだろう。
恐怖と届かない想いで、デイリスは避けることしかできず、ダイグも希望を捨てきれずにすがりつくしかなかった。
甘さや優しさは受け入れてくれるはずという希望に繋がってしまう。
だからレニーは否定したのだ。
人間は単純だ。勝てば正義と、そう思う人種も少なくはない。自分が戦いで優勢になれば自分のことは正しいと主張し始める。
勝利した場合の褒美……という表現が正しいかはわからないが、それを設定したのも、そういう思考を誘導するためだ。
勝てば、きっと自分の想いが伝わる。
そんなことを、きっぱり否定するためにもわざと殴られた。
否定して、デイリスが改めて想いを伝えられるようにした。
デイリスが気持ちがもし、レニーの予想通りでなくて、想いを伝えるつもりがなくても、否定した時点でダイグは理解し始めていたし、どちらでも良かった。
「レニーさん、ありがとう」
泣きながら礼を言われる。レニーはどうしたものかと手を泳がせて、結局何もせずに降ろした。
「気にしなくて良い。キミと同じ、そういう仕事だ」
慰めはしない。ただ黙ってあふれた感情の受け皿になる。
空っぽのグラスにはちょうどいい役割だ。
お互いに他人でいられるからこそ、話をして、こうして頼られている。
なら余計なことはしなくとも良い。
レニーは黙って、静かに涙を受け入れ続けた。