ソロ冒険者レニー   作:月待 紫雲

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冒険者と熱い湯

 ゆっくり体を温泉に沈める。

 

「……はぁ」

 

 息を吐き、レニーは体をほぐす。じんわりと手足の先から温まっていく感覚がたまらなかった。久々の温泉に、頬が緩む。

 

 しばらく浸かっていると誰もいない湯船に中年男性が入ってきた。何やら決意に満ちた顔で温泉に入る。

 

「ふぅー」

 

 吐く息が若干白い。

 レニーは首を回したり、顔に湯をかけたりしてリラックスしていた。隣の中年男性は体を縮こまらせながら肩まで浸かっている。

 

「ぐ……」

 

 しばらく沈黙が続く。そも知り合いでもないので会話なぞ発生しようがない。レニーはどこか既視感があったが、それはどうでもいいことだった。

 隣の中年男性に睨まれる。顔が真っ赤になってきていた。レニーは涼しい顔で首まで浸かっていた。

 

「あの、何か?」

 

 レニーが何となく声をかけると、中年男性はぷるぷると首を横に振った。熱さにこらえるのに必死で言葉がでないのか、余裕がなさそうだ。

 

「無理せず上がったほうがいいのでは」

「う、ぐ」

 

 根比べでもしたいのだろうか。

 生憎レニーはただこの熱めの温度が好みなだけだ。別に何かのこだわりや矜持でこの温泉に浸かっているわけではない。

 

 熱すぎても寒すぎても人間の体には良くない。レニーの体はある程度スキルツリーで強化されていることもあり、隣の中年男性よりはよっぽど丈夫な体だ。

 

「大丈夫ですか」

「う、ぷ」

 

 もしや熱すぎて逆に動けなくなってしまっているのでは? とレニーが心配になる。レニーはすっと立ち上がった。立った勢いで起こった小さな波で中年男性が「うひぃ」と悲鳴を上げる。

 

「……あ、すいません。出るの、手伝いましょうか」

 

 首を傾けながら問いかける。中年男性は再度ブルブルと首を振った。

 

「い、いや大丈夫。お気遣いありがとう」

 

 中年男性は急いで風呂から出ていった……悲鳴をあげつつ。

 

 レニーはその背中を眺めてから腰を下ろす。

 

「――レニー氏は耐熱スキルでもあるのか」

 

 声が降ってきた。温泉の近くの岩場に、女性が立っていた。黄緑色のローブに身を包んだ女性で、カエルの顔を模したようなフードを被っている。フードからわずかに出た紺色の髪と、レニーを見つめる三白眼が特徴的だった。

 

 カンナギの風紀を守る風紀委員――の冒険者であるフロッシュであった。カットルビーの冒険者で、役割(ロール)は変態(パバート)という嘘みたいな存在だ。

 

 以前来たときに賞金首を捕まえる協力をお願いされたのが、このフロッシュという冒険者であった。

 

「いやない。ものすごいナチュラルに話しかけてきたね」

「お久しぶりでござるレニー氏」

 

 さらっと変な言葉遣いであいさつをされる。なぜキリッとしたキメ顔になっているのか、理解不能だ。視線はなるべくレニーに向かないように配慮しているのだろうか。しっかりとこちらを見ているわけではなかった。意図はよくはわからない。

 こういうときは突っ込まずにスルーするに限る。

 

「久しぶり。何か用かい? それとも仕事?」

「ここの温度は高いからな。危険そうな雰囲気がしたら来るようにしている。滅多にないがな」

「オレは平気だけど」

「さっきの男性だな」

「あぁ、納得」

 

 ため息を吐く。

 

「というか男湯来れるんだ」

「女性の味方でいられるように、と風紀委員は女性で統一されているが、全体的な安全や治安を守っているのも風紀委員だ。男湯にも立ち入りはする。色々あるのでな。レニー氏も気をつけることだ」

 

 フードを目深に被りながらフロッシュが言う。真剣そのものだった。ちなみに男湯とはいえだいたいの客は腰に布を巻いて入浴している。カンナギで推奨されている入浴用の貸し出し布とその使用方法であるし、レニーも例に漏れず腰に巻いているので完全な裸というわけではなかった。女性向けの大きめの布もある。

 

「キミが風紀委員やれていることが、オレには不思議でしかないよ」

「何を言っている。フロッシュほど適任はいない」

 

 腰に手を当てて胸を張った。

 

「ところでもっと熱い温泉があるのなら行きたいか?」

 

 問われて、レニーは考える。

 

「まぁ熱すぎるのは勘弁だけど」

「明日、依頼をこなすのでついでに連れていけるが、どうだろう?」

「依頼って……どんなの」

 

 レニーは首をかしげる。

 

「外来種がいてな。捕獲しにいくんだ」

「へぇーなんか関係あるの」

「巣とダムをつくっていてな。温泉がせき止められそうなのだ」

「そりゃ困るね」

 

 フロッシュは頷く。

 

「なんてやつ?」

「ぬくぬくビーバーだ」

「……は?」

 

 聞き間違いかと思い、耳に手を当てる。

 

「もう一回言ってくれ」

「ぬくぬくビーバー」

「なにその間抜けな名前」

「火山近くの高温な湖などで生息している魔物だ。過酷な環境で生きているが凶暴ではない。可愛いぞ」

 

 ほっこりした顔でフロッシュは語る。レニーの知らない魔物であった。少し興味が出てきてしまった。

 

「そのぬくぬくビーバー、見に行っても良い? 依頼手伝うから」

 

 レニーが言うとフロッシュは親指をびしっと立てる。

 

「もちろん。では明日、昼頃にエントランスで待っている」

 

 しゅっと跳んでどこかへ消えていくフロッシュ。レニーはその姿を見送ったあと、空を見上げた。

 

「――ちょっと楽しみだな」

 

 変な名前をしていると妙に気になってしまうものだ。

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