食料は細々と消費しても三日程度。痛み止めの効果もあるポーションは寝るときに使用して二本のため、二日が限度だ。三日後には痛みをこらえながら夜を過ごすことになり、食事もろくにとれなくなる。
「あはは……あたし終わったカモ」
精一杯笑う。苦しいときこそ笑わなければやっていけない。
どんなときも明るく、夢を見るのだ。
「最期は酒に溺れて死にたいなぁ」
願いを叶えてくれる流れ星は、塞がれた穴からは見えない。
落とし穴がこんなところに仕掛けられているなんて予想外だった。この辺で考えられるのはゴブリンだが、罠を仕掛けるのは上位のゴブリンだ。ありえないわけではないが、イレギュラーだ。
他は罠を仕掛けない獣やモンスターしかいない。
ゴブリンは集団で動く。一匹ずつ誘い出せば万全のラウラでどうにかできる。
つまり、善良な狩人の罠でなければラウラは見つかった瞬間、死が確定する。落とし穴に別の大型の獣が落ちてくればその重量で死ぬ。
数日間、ずっと死の恐怖に怯えて、そのまま潰される。
どう考えても希望は薄い。
「……死にたく、ないなぁ」
恐怖に蝕まれていく。それでも奇跡を、夢を見るしかない。
それがラウラの人生だ。
○●○●
何日経ったかわからない。食料も尽きて、痛みに堪え続けてから、どうにも時間間隔が狂ってしまった。
「あはは……」
暗い穴の中で、空笑いするしかない。思考を回すと、すぐに死を連想してしまう。
「はは」
腹が空いた。
痛みに耐えられない。恐怖で震える。
「助けてくれないかねぇ、誰か」
呟くと、影が差した。
ガサゴソと音がする。暗闇の中で何かの光が僅かに差し込み、それが落とし穴が暴かれたことを伝えてくる。
ラウラは震え上がった。潜み続けていた恐怖が大きく顔を出し、心臓を鷲掴みにする。
こんな落とし穴に助けが来るわけないのだ。だから落とし穴が暴かれるということは仕掛けた
「あ、あ……ヤダ……ヤッ」
両手で口元を抑えて、目蓋を閉じて涙を流す。
(死にたくない、死にたくない。死にたく)
物音は続き、ついにはラウラのすぐそばまでやってきた。
「う……」
隠れ蓑がめくれ上がる。思わずギュッと身を縮めた。
「お、いたいた」
奇跡みたいな声がした。
気だるげな声。知っている声。幻聴かと思うほどの、のんびりした声。
目を開ける。月の光が差し込んで、桃色の髪が見える。
「シャドーハンズ」
手をこちらに向けて、ふわりと体を浮かしていく。影の手がいくつもラウラの体を慎重に支え、穴から出す。
「レニー、坊」
レニーは静かに笑みを浮かべて、口を開く。
「やぁ。ラウラ、元気じゃなさそうだね」
久々の地上に横たわり、レニーが顔を覗き込んでくる。マジックサックからポーションを取り出すと、ラウラに差し出す。ラウラはしがみつくように受け取ると、痛みも構わずに飲んだ。
「ぷはっ!」
乾ききった喉が潤い、脳が喜ぶ。
ポーションはすぐには効かないが、少しでも痛みから逃れられる時間を早められるのなら痛みに耐えてでも飲む。
「れにぃ坊……」
幻ではないかと何度もポーションの味を確かめながらレニーの顔を見る。
「なんでぇ……?」
色々な感情や疑問が混ざり合ってぐちゃぐちゃになり、そんな問いを投げることで精一杯になってしまう。
「ちょっと用があってこっちに来たんだけど、受付さんが心配してたんだ。いつもなら帰ってくる頃合いなのに、二日ほど遅れてるって」
「ふ、二日って。野暮用かもしれないじゃないか」
「あり得るね。ま、結果的に得だったみたいだ。罠を暴きまくった甲斐がある」
背中から黒い剣を引き抜き、レニーはそれを肩で担ぐ。
「あ、暴きまくった? じゃあ」
草木の揺れる音がする。夜中とはいえ、縄張りを荒らされれば主が出てくる。
「グギギ」
現れる影を見て、ラウラは絶望した。
血を浴びたかのように真っ赤な肌。人間のものより数倍ある大きな目玉。裂けた口は三日月型に吊り上がっていた。
痩せた体躯と、何より凶悪なのは、鉈と見間違えそうなほど大きな鉤爪。
――レッドロード。
討伐依頼の難度ルビー級パーティー。ここではありえない化け物が出てきた。
がくがくと脚が震える。
レッドロードに続くようにゴブリンがわんさか出てくる。パール冒険者では苦戦を強いられるソルジャー以上のゴブリンがごろごろと。
罠があったのも納得だ。
こんな化け物集団がいれば、罠も作れる。
「れ、レニー坊。逃げなよ」
「なんで?」
「だって、こんなの、あたし……どう考えても足手まといじゃん。まともにやり合ったらレニー坊じゃ勝てないよ」
レッドロードが大きく口を開ける。レッドロードの口の中が光り、ラウラの体が警報を鳴らしてくる。
「ンア」
「あ、あ……」
魔法……恐らくマジックマグナムが放たれる。レニーは体半分、ラウラに向けたまま――
――早撃ちでマジックマグナムを相殺した。
「……へ?」
「いやぁ。久々に会えて
見たことない暗い笑みを浮かべながら、底冷えするような、明るい声が響く。レニーの普段の気だるげな雰囲気からはとても考えられない、明るい声だ。
「ラウラをこんなにしたのが、キミらってわけか。全く」
笑っている。演技でもなく、かといって面白がっているわけでもなく、
「――いつ見ても憎たらしい顔だ」
「あひっ」
近くのラウラが悲鳴をあげてしまうほど、レニーの声に殺意がこもっていた。
渾身の魔法を防がれたからか、それとも殺意を感じたからか、レッドロードがたじろぐ。左右の仲間を見てから、レニーを指さした。
ゴブリンたちがレニーに威嚇をする。
「最近、賊を倒して手に入れた魔法があるんだ。お礼にぜひ味わっていってくれ」
レニーは黒い剣を地面に突き刺す。影が剣に吸い取られ、そして茨のような形になって剣から生えてきた。剣を引き抜くとその刀身を延長するように影の茨が、刃を形成する。
それだけではない。
レニーの腕にも茨が巻き付いている。
「――ローズマンバ」
レニーが腕を横に振るうと、腕にある茨の鎖が伸び、剣を飛ばす。その姿は鞭のようであった。
そして、伸びた茨の鎖と剣を、ゴブリンたちに振るった。