更に数日後。
レニーは酒場のテーブルでぐったりしていた。メリースの修行は終わった。おかげで強化痛に悩まされる毎日だ。
ノアも帰ってきて、ほぼいつも通り過ごしているようだった。
レニーはステーキ肉を食べる。強化通には肉が良い、らしい。よくは知らない。薬草もよく効く。
「ちょっといい?」
声をかけられる。ノアの声だった。レニーはフォークで肉を持ち上げる。
「どうぞ」
肉を頬張った。
「メリースのこと、ありがとう」
微笑みながらレニーに言うノア。その表情はどうにも浮かない様子だった。
「気にしなくて良い。魔法を教わった分、得だったと言っていいからね」
「そっか」
「ヤタで何かあったのかい」
水を飲む。それが口の中の油っこさを薄め、喉をすっきりさせてくれた。
「……うーん」
どう話せば良いのかわからないのか、ノアは悩んでしまう。
「別に話そうと思わなくていいけど」
「いや……うん」
ノアは頷いて、続ける。
「たぶん、きっと。誰かに聞いてほしいんだと思う」
「メリースは」
「あんまり、ウジウジしているように見せたくはないし、だから、レニーが一番なのかな」
強がっているような笑みを浮かべながら、ノアは告白する。
「――オレ、キミらにとってそんなに頼られる存在なのかな」
「うん、身近な大人ってカンジ」
即答され、レニーはあまり腑に落ちなかった。
「キミらにとっては取るに足らない存在だと思ってたんだけど」
ヴァレンティーナの双日といい、この間の喧嘩のときといい、頼られる理由がよくわからなかった。
「早撃ち勝負で勝ったろ」
「それだけでしょ」
「それだけ、が凄く大きいこともあるんだよ?」
酔っ払い同士の道楽だったはずだが、二人にとっては何か大きな意味でもあったのだろうか。レニーにはそこら辺の心境を理解できることはないが、そういうものだと思っておくしかない。
「じゃ、待ってるからテキトーに話しなよ」
「そうさせてもらう」
安堵なのか息を吐いて、ノアは少し黙り込んだ。その口が開くときをのんびり待つ。
「――ヤタで負けた」
「そりゃ意外だ」
ノアほどの実力者が負ける場面を、レニーは想像することはできない。ただまぁ、負けるときは負けるだろう。ワイルドハントの中を剣一本で突っ切れる人間であったとしても、勝てない相手はいる。
「ミヤモトって知ってる?」
「知らない」
「山に住んでたんだけどその人が恐ろしく強くてね。負けて、三日ほど技を教わったよ」
「そりゃ良かったじゃないか」
ノアは頷く。
技が使えるかどうかに関わらず、自分を打ち負かした相手の技を知れるというのなら得しかないはずだ。
「ミヤモトって襲名制らしくてね。ま、つまり、俺が剣技でミヤモトを上回れば、ミヤモトの名を俺は受け取れるらしい」
「……それはいらないな」
称号みたいなものなのだろう。剣聖だとか、王だとか、そういう。レニーにとってはどうでもいいことだ。
ただ、ノアは目を丸くした。
「いらない?」
「うん。いらない」
「世界一強いやつですっていう証でも?」
「うん。どうでもいい」
ノアはぽかんとした。
「金にならないし、オレの生活の助けにもならない。ミヤモトなんて誰も知らないだろうし」
賊狩りの二つ名は、地味に役立つときはあったが、意味がわかりやすいからということもあったはずだ。
ミヤモトは何もわからない。
「だいたい、そういう存在になりたいんだったらもっと違う
「……だね」
「レニーが俺の立場だったらどう思う?」
「は?」
真剣な眼差しで、ノアが聞いてくる。
「実感の伴わない答えに意味はないと思うけど」
「それでもいいから」
英雄に近い実力で、世界一強い称号が目の前。
「いや、やっぱりどうでもいいかな」
「どうして」
「世界一は誰でも目指せるけど、ツインバスターでいられるのはキミらだけだろ」
サファイア級のペア、ツインバスター。
それを築き上げたのはノアとメリースで、そして誰にも名乗れない。
「オレはどうせ冒険者だからね」
レニーはそう結論付けた。ノアは唖然としたままレニーを見ていたが、やがて吹き出した。
「あっはは! やっぱレニーに聞いて良かった」
「笑いすぎでしょ」
「ごめんごめん。ホント、レニーがいて良かった。ありがとう、これからもよろしく」
「こちらこそ」
ノアは満足したのか立ち上がってどこかに去っていく。レニーは残っていた水を飲み干して、軽く腹を叩く。
満腹だった。
「帰って寝よ」
あくびをして背伸びをする。
全身の強化痛に悶えた。