最初に目をつけたのは、メイスに大盾を持つ鎧だった。レニーは鎧の間をすり抜けると、姿勢を低くして闇に紛れる。
「くそっ! どこ行きやがった!」
先程の閃光はエレノーラの試作品の効果だが、激しい光で周りを照らすことができる。それで全員が光を目にしたことで、夜目が利かなくなった。レニーはスキルですぐに慣れるが、周りはそうもいかない。レニーが気配を消せば、スキルで隠れたときとほぼ変わらない効果を発揮する。
「ほいっ」
レニーは飛びながら回し蹴りをし、相手の側頭部を叩いた。倒れた相手からメイスを奪う。死んではいないかも知れないが、気絶はしただろう。
「ここだ!」
逃がすまいと斬り掛かってきた鎧の剣を、レニーは剣で受け流し、メイスで思い切り、後頭部を叩いた。鎧は耐えきれずにその場で倒れ伏す。
これで二人倒した。
鎧相手であれば、メイスの方が有効だ。衝撃というものは抑えづらい。剣は確実にトドメを刺すためのものだが、今この場ではそんな余裕はない。相手の剣を受け流すために使用する。
冒険者は戦闘を専門としているわけではない。依頼の関係上、魔物を相手にしたり、過酷な環境下にいなければならないために、ある程度の戦闘力と装備を求められるだけだ。
レニーは特に、ルミナやツインバスターのように戦闘に特化しているわけではない。ルビー冒険者として強さを発揮できるのは
歴戦の戦士相手にいつまでも戦ってはいられない。ブーツを使用して誤魔化してはいるが、蹴りだけでは限度がある。
「ちょこまかしやがって」
大斧が迫る。レニーは斧の側面をメイスで叩く。そしてバランスを崩した鎧の首へ向けて剣を突き刺した。鎧の隙間を剣が潜り込み、首を貫く。中にチェインメイルを着込んでいるだろうが、チェインメイルは斬撃は防ぐが突きには弱い。
「ごぼっ」
鎧の隙間から血が漏れ出す。
レニーは斧から足を放し、剣で鎧の体を押し出す。そして胸に足を当てて、蹴り飛ばした。その衝撃で剣を引き抜き、血を払う。
「三人目っ、と」
周りを見る。三人倒したからか、警戒する動きが強くなってきている。
そんな中、矢が飛んできた。広場を囲む壁の上。そこからこちらを狙った矢である。砦内部であるためか、火矢の類ではない。レニーは避けながら剣を振りかぶる。
「目が、いいなっ!」
剣を投げる。壁の上の射手に向かって剣が飛ぶが、距離が遠く、かつ素早く隠れられたため、剣は当たらずに外れた。レニーは他に射手はいなさそうであることを確認する。
「はぁ」
呼吸を整えながら剣を持っていた右手の、人差し指と中指を真っ直ぐにし、その指先に魔力を集中させる。指先には形状を筒状にし、先を尖らせた魔弾を作り出す。
そんなレニーの背後から鎧が迫る。レニーは魔法を発動させた。
「シャドーハンズ」
レニーの影から二本の黒い手が出現すると、鎧の足に絡みつき、腕を掴む。
「ライト!」
相手が魔法を唱える。灯りの魔法だ。鎧の周りが光球で照らされる。光が周りの影を消すが、シャドーハンズの元はレニーの正面の影だった。鎧に背を向けているレニーにとっては、影響のない場所である。
「明るいと、影濃くなるんだよね!」
確かに影を媒介にすることの多い闇属性の魔法は光で効果範囲を狭めることができる。照らし方によっては、ほぼ無効化することもできるだろう。
咄嗟の判断でライトの魔法を選択した相手の判断は正しい。だが、咄嗟の判断ゆえにレニーが相手を警戒して魔法を使っていることを考慮できていなかった。おかげで影の濃さで強まるシャドーハンズの魔法の効果が強化された。
「ググっ」
鎧の側面に回り込んで魔法を解除し、脇腹を蹴る。それで鎧を転がした。壁の上に目を向けると射手が弓矢を構えている。
「おかえり」
レニーは右手を前に向けて魔弾を放った。魔力を十分に込めた魔弾が射手の頭を撃ち抜く。
「なんてやつだ。冒険者か?」
「ひとりだけ、だよな?」
周りの鎧たちがたじろぐ。レニーはメイスを担ぎながら、様子を見た。
「お前ら、どいてろ」
鎧たちを退かせ、赤髪の男が出てくる。片目に傷を負っていた。
両手剣を持ち、鎧は胸、腕、足と部分的だ。
「俺はラバリーだ。貴様は?」
切っ先をレニーに向けながらラバリーが睨む。
「レニー・ユーアーン」
「どこから入ってきた」
「村娘のフリで捕まってきた」
レニーの返答に、ラバリーは顔をまじまじと見てくる。少し間が空いたが、納得したように頷いた。
「……ひとりか?」
「聞いて意味があるかい?」
レニーは肩を上げる。
「ま、外も警戒させちゃいるが、全くだ。ひとりが相手っていうんなら、こっちも無駄に仲間を殺されては構わんのでな。お遊びはここらにして……」
右手で剣を真っ直ぐ正面に構える。左手は右の二の腕に添え、殺気が放たれる。
「さっさと、死ねや」
ラバリーの全身が赤い光の渦を纏う。魔力の放出とは違う。オーラストリームという、魔力を操る技術だ。オーラストリームは自分の周りに魔力を纏う。魔法のバフ等とは違い、直接的な強化ではなく、一定の魔力の流れを体外に作り出し、瞬間的なコントロールで魔力を纏って強化する。剣を振るう際には動きに巻き込まれた魔力が一撃を強化する。逆にこちらからの一撃は魔力が邪魔をして威力を下げる。常時追い風を味方につけているようなものだ。
単純な身体能力強化やバフ系の魔法よりも、繊細な魔力のコントロールを要求されるが、コントロールさえできればバフ等にありがちな「肉体感覚が狂う」というものがない。そういう類は基本的にスキルツリーに流れる魔力量を増加させたり、循環を促進することで強化を施しているのだ。オーラストリームは己の身体能力は変えずに、単純に攻撃と防御を強化できる。
「――まずいな。強そうだ」
メイスを捨てる。
「へえ、楽に死にたいってか」
レニーが武器を捨てたことを諦めと捉えたのか、ラバリーが問いを投げてくる。レニーは否定しない。
「まぁ囲まれてるしね。キミ、団長だったりする?」
「残念。俺じゃねえ」
「キミが一番強いっていうんなら、話は早いんだけどな」
「わりいが、俺様の方が強いぞ」
ラバリーの後ろから声が響く。大柄で筋肉質な男が出てきた。幅広で、馬ですら一刀両断できそうなほどの大剣を担いでいる。
「俺様はベルリゲンだ、よろしくぅ。団長は俺様だ」
低く、それでいてよく響く、威圧感のある声だった。
「ご丁寧にどうも」
「いやぁひとりでここに来るたぁ、いい度胸だ。気に入った」
レニーを見下しながら、ベルリゲンが言う。
「仲間になれや。それでチャラにしてやる。死にたくねえだろ?」
「そうだね」
「ならこっちに来い。どうせ村人にはした金で雇われたんだろうが」
「いいや? 報酬ならない」
「ない?」
ベルリゲンが目を見開き、そして笑い出す。その場でどっと爆笑がわき起こった。
「バカだな。ならなおさらこっち来いよ。下手な正義感で命を捨てるよりか、よっぽど良い生活できるぜ」
レニーは空を見上げる。
「別に、正義感なんかこれっぽっちもないさ。オレはやりたいようにやってるだけさ。こういう
「あん?」
ベルリゲンは片眉を上げる。
――突如、レニーとラバリーの間に人影が舞い降りた。
レニーに向かって何かが投げ込まれる。反射的に受け取ると、ベルトとホルスターに入った
まるで月が舞い降りたかのように、揺れる金髪が煌めく。背中には大剣があり、着地と同時に鞘ごと引き抜いた。そしてすぐに鞘から大剣を抜いた。鞘から抜かれ、銀色の大剣が美しい剣身をあらわにする。リカッソという剣身の根本に刃のない部分を持ったそれは、ツヴァイヘンダーと呼ばれる種の大剣だ。
そして鞘が飛ぶ。鎧の何人かをそれだけで倒した。
「ヒュー」
ベルリゲンが口笛を吹く。レニーがベルトを装着する間、番人のように敵に立ち塞がったその背中は、いつも頼りにしている背中だった。
「さっきの閃光は仲間を呼ぶため、か。にしては随分頼りなさそうだが」
「ちょっと試してやるよ!」
ラバリーが斬りかかる。魔力を纏った剣が襲いかかるが、まるで小枝かのように軽い動きで受け止める。
「な……!?」
大剣を添えただけだ。構えてもいなければ踏ん張ってもいない。ただそれだけでラバリーの一撃を止めていた。剣が交わったところで火花が散っていることが、一撃が決して軽くはないことを伝えてくる。にも関わらず大剣の主は片手間で止めていた。
「レニー」
大剣の主は振り返る。レニーに碧眼を向けるのは無論――
「準備、できた?」
――ルミナだ。