植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
「ルース……?」
声をかけられて振り向くと、幼馴染のリナが荒れ地の入り口で固まっていた。
「よう、リナ」
「よう、じゃないでしょ!? なにこれ!?」
リナの視線の先には、掘り返したばかりの土から、頭だけ突き出したゴブリンたちが行儀よく並んでいる。
「ヒッ……」
リナが息を呑んだ。
「な、なに、この……この悍ましい……」
「見てわからないのか?」
「わからないわよ!」
やれやれと俺は肩をすくめる。
「畑さ。ゴブリン畑」
◆
ダグレイド男爵領に金はない。
父上は毎晩、帳簿を睨んで唸っている。
「特産品さえあれば……」
その一言を、俺は何度聞かされたか分からない。うちの領地にはこれといった作物も鉱山もない。あるものといえば、ただやたらとマナ濃度の高い荒れ地が広がっているだけ。
ある晩、父上が俺を呼んだ。
「何か稼ぎになることを考えてくれ。……ただし、頼むから普通のやつで」
最後の一言だけ、やけに切実だった。
だが普通のやり方は、とっくに他の連中が食い尽くしている。普通では勝てない。これは商売の基本だ。
長男というだけの理由で、俺にお鉢が回ってきた。
だが、俺には夢がある。魔物使いだ。
……思い描く。
荒野に吹く風。背後には、ずらりと並んだ魔物の群れ。俺が手を振り下ろせば、彼らは一斉に駆け出し、敵陣を蹴散らしていく。
その先頭を、俺は悠然と歩く。外套が風になびく。愛用の木の棒を肩に担いで。
……棒は、剣にした方が絵になるかもしれない。
まあ、それは些細な問題だ。魔物を率い、颯爽と戦う。それが魔物使いだ。
金のために畑を耕して一生を終えるなんて、冗談じゃない。畑仕事なんぞに人生を捧げている暇はない。
とはいえ、だ。家が傾けば魔物使いどころではなくなる。
俺は考えた。
冒険者になって稼ぐか? いや、それでは領地を離れることになる。その間、家の借金は誰が見る。
どこぞの商家にでも婿入りするか? ……俺が女だったらあり得た選択肢かもしれない。だが、貧乏男爵とはいえ嫡男が婿入りするのはまずいだろう。
なら、素直に畑を耕すか? 冗談じゃない。それは俺の夢じゃない。魔物使いは諦めたくない。
考えて、考えて、考え抜いて――そして、思いついた。
そうだ、
幸いにして俺は頭がいい。「ルースちゃんはかしこいわねえ」と昔、祖母もよく言っていたから間違いない。
魔物使いと農業。両方諦めず、両方同時にやってしまえばいい。
理屈はこうだ。
魔物はマナから生まれる、いわば擬似的な生き物だ。だから飯を食わない。つまり、育てるコストがほぼゼロということになる。
うちの領地に唯一豊富にあるのは、そのマナだ。
――ならば、魔物をマナで育て、「作物」として扱えばいいんじゃないか?
我ながら名案だと思う。もっとも、これで本当にうまくいくのかは、正直まったく分からない。誰かが試した話も聞いたことがない。
「実践は座学に勝ります」
昔、家庭教師がよく言っていた言葉だ。わからないことは、やってから考えればいい。普通のやり方ではだめなんだ。
「よし、やるか」
俺は荒れ地の縁に立ち、木の棒を握り直した。
まずは、畑選びだ。
マナの濃さは、荒れ地の中でも場所によってまるで違う。測る道具などないが、要は簡単なことで、魔物はマナから湧く。つまり、ゴブリンが一番よく湧く場所が、一番マナの濃い場所ということになる。
「あの辺だな」
俺は三日ほど荒れ地に張り付いて観察し、ゴブリンの湧きが最も多い一角を突き止めた。
次に、土作り。
畑とは、まず耕すものだ。硬い地面を鍬で掘り返し、石を除き、ふかふかの土にする。
それから、苗を植える穴を掘る。ここには少しこだわった。
深さは、何度も試して決めた。浅いと倒れる。深すぎると収穫のとき面倒だ。首元まで埋まって頭だけが出る深さ――これが最適だった。
間隔は、腕二本分。詰めすぎると風通しが悪くなる。
穴が五つ並んだところで、準備は整った。
あとは、肝心の苗だ。幸い、この荒れ地にはゴブリンが湧く。
岩陰から、一匹のゴブリンがのそりと這い出してきた。
俺は昔から、同年代より頭一つぶんデカくて、力も強い。魔力の方はというと、生まれてこの方ゼロだ。だが、こと殴る蹴るに関して言えば、魔力なんぞ必要ない。
狙うのは急所一点。弱すぎれば起き上がって暴れるし、強すぎれば苗として使えなくなる。
――ゴッ。
棒がゴブリンの脳天に吸い込まれる。ゴブリンは声も上げずにひっくり返った。
死んではいない。加減はしている、はずだ。
ぐったりした苗の首根っこを掴み、穴まで運ぶ。立たせるように押し込み、周りの土をかぶせて、しっかりと踏み固める。根付くように、だ。
植え付け、完了。
同じ要領で、二株目、三株目と続けていく。だんだんコツも掴めてきた。狙う角度、力の加減、埋める間隔。四体目の頃には、我ながら手際が良くなっていたと思う。
五株目を埋め終えたところで、額の汗を拭った。
振り返ると、地面から行儀よく頭だけ突き出したゴブリンが五体、等間隔に並んでいる。
初回だ。五株もあれば十分だろう。
――畑の完成だ。
◆
「ゴブ……なに?」
リナが、震える声で聞き返してくる。
「ゴブリン畑だって」
俺は誇らしげに答えた。
「ご、ゴブリン畑ってなによ!?」
俺はため息をついて、小さな子どもに言い聞かせるように言った。
「いいか? 菜の花畑、オリーブ畑、それと同じだ。ゴブリンの畑だから、ゴブリン畑。な?」
リナは口をぱくぱくさせるだけで、しばらく言葉が出てこないようだった。