植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
人間でもなく、獣人でもない。見慣れた魔物でもない。
だが、角がある。
角があるということは、魔物の可能性もあるということだ。つまり、苗になる可能性がある。だったら、俺のやることは一つしかない。
「連れて帰るぞ」
精鋭たちに声をかけ、横たわる女を担ぎ上げた。思っていたより軽い。鎧の重さを差し引けば、ほとんど骨と皮のような軽さだった。まともに食えていなかったのかもしれない。
荷車はもう満杯だ。仕方なく、小脇に抱えるようにして歩く。ゲルゴブリンが、心配そうにちらちらとこちらを見上げていた。お前が気にすることじゃない。
女は、俺の腕の中で、やはり身動きひとつしなかった。息はあるようだが、時折、喉の奥で小さく音を立てる程度だ。相当衰弱しているらしい。
近くで見ると、鎧の下の体は傷だらけだった。古い傷の上に新しい傷が重なり、どちらが先なのかも分からない。これだけの傷を負いながら、剣だけは最後まで手放さなかったらしい。握られたままの柄に、妙な律儀さを感じた。
帰り道、精鋭たちは徒歩だ。先頭のゴブタウロスだけが荷車を引き、残りは黙々と後をついてくる。いつもより静かな帰路だった。
日が傾き始めた頃、ようやく荒れ地が見えてきた。見慣れた畑の輪郭が、やけに遠くに感じられる。腕の中の重さは変わらないのに、足だけがやたらと重かった。
*
――我が最後に見たのは、四天王の背であった。
振り返ることもなく、戦場を去っていく背中。
軍を束ねて幾百年。我はその頂点に立ち、幾多の遠征を指揮してきた。人間の国を落とし、エルフの森を焼き、ドワーフの坑道を崩した。玉座に座すだけで、配下は膝を折り、我が名を唱えて忠誠を示した。恐れられることこそ、支配の証であると信じて疑わなかった。
もっとも、我が求めていたのは、力による支配だけではなかったつもりだ。奪った土地には、最低限の統治を敷き、無意味な殺戮は禁じた。従う者には、相応の地位と役目を与えた。それが、我なりの誠実さだったはずだ。
それが、ある日を境に、崩れ去った。
謁見の間にて、四天王のうち三人が、同時に剣を抜いた。合図も前触れもない。長年仕えてきた者たちの顔に、迷いの色は一つもなかった。
残る一人――右腕であった男だけが、我をかばおうと前に出た。だが、その背に、仲間であったはずの剣が深々と突き立てられる。男は何も言わず、崩れ落ちた。
理由は、今でも分からぬ。我が強すぎたことが、奴らにとっての不安だったのだろうか。あるいは、我の統治が、奴らの望む姿と違っていたのかもしれない。詮索する気力も、もう残っていない。
気づけば、魔力の大半を封じられ、配下のほとんどを奪われ、ただ一人で荒野を逃げ惑う羽目になっていた。
持ち出せたものは、空間魔法に隠しておいたわずかな財宝と、使い古した剣だけだ。その剣さえ、最後の戦いで折れた。頼れるものが、ひとつずつ失われていく。
どれほど歩いたかも分からない。何日も、水と気力だけで進んだ。追手の気配を感じるたびに身を潜め、それも次第に億劫になっていった。
森へ逃げ込み、力尽き、そのまま倒れた。
これで終わりか。あまりにも呆気ない幕引きだ。
幾百年の統治も、積み上げてきた軍勢も、最期にはなにひとつ残らなかった。思えば、我は力で配下を従えることしか知らなかった。それ以外の繋がり方を、学ぶ機会すら持たなかったのかもしれない。
今さら悔いても、どうにもならぬことだが。
せめて、誰にも見つからぬ場所で朽ちたい。それだけを願いながら、我は意識を手放した。
*
屋敷に戻ると、父上と鉢合わせした。
「……ルース。それは、何だ」
「分かりません。角があるので、一応確保しました」
「人攫いみたいな真似はよせ」
「苗になるかもしれません」
「人を苗にするな」
「角がありますし、人ではないかもしれません」
「……む、それもそうか」
父上は少し考え込んだが、それ以上は深く追及せず、屋敷の中へ戻っていった。何かあったら責任を取るのはお前だぞ、と最後に一言だけ残して。うちの家は、本当にこれで通る。
すれ違いに、様子を見にきたリナとも会った。
「……今度は何を捕まえてきたの」
「分からん。角がある」
リナは女の顔をちらりと見て、それから俺を見て、何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。最近、諦めるのが早くなった気がする。
「……怪我、してるみたいだけど」
「ああ」
「手当てとかは、するの」
言われてみれば。苗に手当てをするという発想がなかった。
「考えておく」
「考えるだけじゃなくてやってあげようよ……」
リナは呆れたようにため息をつき、井戸の方へ水を汲みに行ってくれた。口では色々言うが、結局は手伝ってくれる。悪い奴ではない。
畑まで運び、いつもの穴のひとつに横たえる。土をかぶせる前に、もう一度顔を確認した。
整った顔は、人間のそれと変わらない。だが、額のあたりに浮いた血管は、わずかに青みを帯びていた。それに、よく見ると耳の形も、人間よりわずかに長い。
――本当に、魔物なのか。
正直、半信半疑だった。これまで畑に植えてきたのは、せいぜいゴブリンやビッグボアくらいのものだ。人型で、剣を握り、鎧を着込んでいるようなものを植えた経験は一度もない。
だが、やってみなければ分からない、というのが俺の一貫した方針だ。苗の見た目がどうであれ、理屈は変わらないはずだった。
迷いはあったが、ここまで運んできて今さら引き返すのも面倒だ。頭のいい俺は、実践してから考える方針を貫くことにした。
精鋭たちは少し離れた場所で、固まるように見守っている。いつもなら率先して手伝う連中が、今日はやけに遠慮がちだった。ゲルゴブリンだけが、じっと女の顔を覗き込んでいる。何を思っているのかは、相変わらず分からない。
とりあえず、他の苗と同じ深さまで埋めることにした。首元まで出ていれば、何かあってもすぐに引き上げられる。
土を一掴み、肩のあたりにかけたところで、女の指先がぴくりと動いた。
気のせいかと思い、もう一掴み土をかける。
そうして首から下が埋まるまで土をかけ続けた頃、女の顔が小さく震えた。
まぶたが、ゆっくりと開く。
焦点の合わない目が、しばらく宙を見つめていた。何度か瞬きを繰り返し、ようやく像を結んだのか、その目が、ゆっくりと俺の方を向いた。