植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~   作:九泉

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第13話 農場見学1

 エルディグラの足取りは、思ったよりしっかりしていた。

 

 とはいえ病み上がりである。リナの外套を羽織り、折れた剣だけは頑として手放さず、半歩進むごとにこちらを睨んでくる。逃げる気配はない。

 

「無理しないでくださいね。きつかったら言ってください」

 

「案ずるな。……ただ、自分の足で歩くのが久しぶりなだけだ」

 

 宿から畑までは、一本道だ。

 

 道の脇では、農家のおっさんが畝を直していた。俺たちに気づくと、腰を伸ばして片手を上げる。

 

「おう、ぼっちゃん。そっちの姉ちゃん、起きられるようになったか」

 

「おかげさまで」

 

「ヨモギは効いたろう」

 

「……あの苦い草のことか。傷の痛みは、確かに引いた」

 

「だろう。何にでも効くんだ」

 

 おっさんは満足そうに頷いて、また畝に向き直った。それだけだった。

 

 しばらく歩いたところで、エルディグラが声をひそめた。

 

「……あの男は、我の角に何も思わぬのか」

 

「笛にしたいと言っていた」

 

「そういうことではない」

 

 もっともな指摘だ。ただ、あのおっさんにとって、思うことと、動じることは別なのである。

 

「いつものことだ」

 

「いつものこと……」

 

 後ろで、リナが小さく「実際そうなんだよね……」と呟いた。

 

 

 荒れ地の端に、杭で囲った一角が見えてきた。

 

「ここだ」

 

 俺は足を止めて、手を広げた。

 

「ダグレイド男爵領の農場。ゴブリンとスライムの畑だ」

 

 エルディグラは、何も言わなかった。

 

 畑は、いつも通りの朝を迎えていた。

 

 土は丁寧に耕され、均等な間隔で畝が走っている。その畝に沿って、膝丈ほどの緑色の頭が、びっしりと並んでいた。数えるのをやめて久しい。首から下は、全部土の中だ。

 

 畑の縁には、ずらりと生垣が続いている。垣根代わりに膝下まで埋まったゴブリンが、隙間なく一列に並んでいるのだ。風通しも見通しもいい。我ながらいい仕事だと思う。

 

 その奥に、杭で仕切った別の区画がある。子供ほどの大きさの青い塊が、二つ、ぶるぶると震えていた。

 

 俺たちの姿を認めると、畑中のゴブリンが一斉にこちらを向いた。

 

 そして――ぴしっ。

 

 全員が、背筋を伸ばした。土に埋まっているので、首だけ伸びたような形になる。幾つもの目が、揃ってこちらを見ている。

 

 いつもの光景だ。

 

 エルディグラの喉が、ごくりと鳴った。

 

「……なんだ、これは」

 

「ゴブリン畑だ」

 

「畑……」

 

 声が、少し裏返っていた。

 

「首から下は……」

 

「植えてある」

 

「生きて、いるのか」

 

「生きている。植えたからな。毎日増えている」

 

「……悍ましい」

 

 小さな声だった。独り言に近かった。

 

 俺は、眉間に力が入るのを自覚した。

 

「手塩にかけた作物に、悍ましいとはなんだ」

 

「手塩……?」

 

「この畑は、俺が一から作った。水も、土寄せも、間引きも、全部だ。立派な畑だ」

 

 憮然として言い返したところで、後ろから、リナがぐいっと身を乗り出してきた。

 

「そう! そうなの! エルディグラさんが正しいの!」

 

「リナ?」

 

「その反応が普通なの! 私、最初はこの畑を見るたびに悲鳴をあげてたのに、いつの間にか、何も感じないようになってて……! 麻痺してたんだよ、私!」

 

 リナは、エルディグラの手を両手で握った。

 

「よかった、普通の人がいてくれて……!」

 

「あ、ああ……」

 

 エルディグラは勢いに押されて頷いている。

 

 俺は黙っていた。味方がいない。農業というのは、いつの時代も理解されにくいものだ。

 

 

 エルディグラは、ゆっくりと畑の縁に沿って歩いた。

 

 生垣のゴブリンが、一匹ずつ、目で追う。首は動かない。だが目だけが、その歩みを忠実に追っていた。

 

「……あれは、何をしている」

 

「生垣だ。間引いた分を、畑の境界に植えている」

 

「間引いた、とは」

 

「動かないほうを残した。動けるほうは精鋭にした」

 

 エルディグラは、立ち止まった。

 

「……つまり、あれらは」

 

「垣根になった」

 

「…………」

 

 しばらく、目を閉じていた。

 

 それから、目を開けて、畑の一角を指さした。空っぽの大きな穴がある。

 

「あの穴は」

 

「お前が出てきた穴だ」

 

 返事は、なかった。

 

 エルディグラは、静かに自分の肩を抱いた。ふらついたのかと思って支えようとしたら、振り払われた。

 

「……我も、あの列に並ぶところだったのか」

 

「並びはしない。お前は別種だから穴も少し離れているだろう」

 

「そこの区別は、いらぬ……!」

 

 リナが、後ろでそっと目を逸らした。

 

「聞いているこっちが頭おかしくなりそうだわ」

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