植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
エルディグラの足取りは、思ったよりしっかりしていた。
とはいえ病み上がりである。リナの外套を羽織り、折れた剣だけは頑として手放さず、半歩進むごとにこちらを睨んでくる。逃げる気配はない。
「無理しないでくださいね。きつかったら言ってください」
「案ずるな。……ただ、自分の足で歩くのが久しぶりなだけだ」
宿から畑までは、一本道だ。
道の脇では、農家のおっさんが畝を直していた。俺たちに気づくと、腰を伸ばして片手を上げる。
「おう、ぼっちゃん。そっちの姉ちゃん、起きられるようになったか」
「おかげさまで」
「ヨモギは効いたろう」
「……あの苦い草のことか。傷の痛みは、確かに引いた」
「だろう。何にでも効くんだ」
おっさんは満足そうに頷いて、また畝に向き直った。それだけだった。
しばらく歩いたところで、エルディグラが声をひそめた。
「……あの男は、我の角に何も思わぬのか」
「笛にしたいと言っていた」
「そういうことではない」
もっともな指摘だ。ただ、あのおっさんにとって、思うことと、動じることは別なのである。
「いつものことだ」
「いつものこと……」
後ろで、リナが小さく「実際そうなんだよね……」と呟いた。
荒れ地の端に、杭で囲った一角が見えてきた。
「ここだ」
俺は足を止めて、手を広げた。
「ダグレイド男爵領の農場。ゴブリンとスライムの畑だ」
エルディグラは、何も言わなかった。
畑は、いつも通りの朝を迎えていた。
土は丁寧に耕され、均等な間隔で畝が走っている。その畝に沿って、膝丈ほどの緑色の頭が、びっしりと並んでいた。数えるのをやめて久しい。首から下は、全部土の中だ。
畑の縁には、ずらりと生垣が続いている。垣根代わりに膝下まで埋まったゴブリンが、隙間なく一列に並んでいるのだ。風通しも見通しもいい。我ながらいい仕事だと思う。
その奥に、杭で仕切った別の区画がある。子供ほどの大きさの青い塊が、二つ、ぶるぶると震えていた。
俺たちの姿を認めると、畑中のゴブリンが一斉にこちらを向いた。
そして――ぴしっ。
全員が、背筋を伸ばした。土に埋まっているので、首だけ伸びたような形になる。幾つもの目が、揃ってこちらを見ている。
いつもの光景だ。
エルディグラの喉が、ごくりと鳴った。
「……なんだ、これは」
「ゴブリン畑だ」
「畑……」
声が、少し裏返っていた。
「首から下は……」
「植えてある」
「生きて、いるのか」
「生きている。植えたからな。毎日増えている」
「……悍ましい」
小さな声だった。独り言に近かった。
俺は、眉間に力が入るのを自覚した。
「手塩にかけた作物に、悍ましいとはなんだ」
「手塩……?」
「この畑は、俺が一から作った。水も、土寄せも、間引きも、全部だ。立派な畑だ」
憮然として言い返したところで、後ろから、リナがぐいっと身を乗り出してきた。
「そう! そうなの! エルディグラさんが正しいの!」
「リナ?」
「その反応が普通なの! 私、最初はこの畑を見るたびに悲鳴をあげてたのに、いつの間にか、何も感じないようになってて……! 麻痺してたんだよ、私!」
リナは、エルディグラの手を両手で握った。
「よかった、普通の人がいてくれて……!」
「あ、ああ……」
エルディグラは勢いに押されて頷いている。
俺は黙っていた。味方がいない。農業というのは、いつの時代も理解されにくいものだ。
エルディグラは、ゆっくりと畑の縁に沿って歩いた。
生垣のゴブリンが、一匹ずつ、目で追う。首は動かない。だが目だけが、その歩みを忠実に追っていた。
「……あれは、何をしている」
「生垣だ。間引いた分を、畑の境界に植えている」
「間引いた、とは」
「動かないほうを残した。動けるほうは精鋭にした」
エルディグラは、立ち止まった。
「……つまり、あれらは」
「垣根になった」
「…………」
しばらく、目を閉じていた。
それから、目を開けて、畑の一角を指さした。空っぽの大きな穴がある。
「あの穴は」
「お前が出てきた穴だ」
返事は、なかった。
エルディグラは、静かに自分の肩を抱いた。ふらついたのかと思って支えようとしたら、振り払われた。
「……我も、あの列に並ぶところだったのか」
「並びはしない。お前は別種だから穴も少し離れているだろう」
「そこの区別は、いらぬ……!」
リナが、後ろでそっと目を逸らした。
「聞いているこっちが頭おかしくなりそうだわ」