植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
スライムの区画にも、エルディグラは目を向けた。
青い塊が、ぶるん、と震える。
「これは、何だ」
「スライムだ。ゴブリンと輪作するための品種だ」
「輪作……」
「放っておくと合体していくんだ。間引きを自分でやってくれる、手のかからない品種だな」
褒めてやると、塊はまた嬉しそうに震えた。エルディグラは一歩下がった。
その足音に反応したのか、畑の端でじっとしていた精鋭が一匹、ぴょこんと顔を出した。ゲルゴブリンだった。
緑と青がまだらになった、見慣れた顔。ぶるんとした表面を揺らして、てくてくと俺の足元に寄ってくる。
そして、エルディグラの前でぴしっと直立した。
「うわっ」
エルディグラが、一歩、後ずさった。
「な、なんだ、これは。ゴブリン……ではない、のか? 色が、緑と、青で……表面が……動いて……いや、揺れて……」
「ゲルゴブリン。ゴブリンとスライムの品種改良だ」
「なにそれ……」
顔色が、さっきより悪い。病み上がりなのだ、あまり刺激しないほうがいいかもしれない。
ゲルゴブは、エルディグラの顔を、まっすぐ見上げていた。つぶらな瞳で。害意は欠片もない。むしろ、客を迎える気配すらある。
「敵意は、無いのか……?」
「こう見えて賢いからな」
「そう、か」
エルディグラの目が、だんだん遠くなっていく。
そのときだった。
エルディグラの背後に、ぬっと、大きな影が落ちた。
地面を踏む蹄の音は、ほとんどしなかった。ゴブタウロスは、普段から無駄に静かに歩く。
エルディグラが、背後の気配に気づいて、ゆっくり振り返る。
目の前に、半透明のボアの胴体があった。
その上に生えた、ゴブリンの頭と、両腕と、胴体。牙が、朝日を受けて、てらりと光る。全身がつやつやとした粘体で、動くたびに、ぶるりと波打つ。
下半身は猪、上半身は小鬼。表面は粘液。
そして、その上半身が、ゆっくりと首を傾けて、エルディグラの顔を覗き込んだ。
「ひっ」
喉の奥から、短い悲鳴が漏れた。
エルディグラは、反射的に俺の袖を掴み、すぐに我に返って手を離した。それから、リナの背後へ半歩ずれた。
「ルース、あの人、悲鳴上げたよ」
「そうだな」
「ちゃんと怖がってくれてる……」
「なぜ嬉しそうなんだ、お前は」
エルディグラは、震える声で言った。
「なんだ、この……冒涜的な……」
言葉を探している。探しても、適切な語が見つからないらしい。
「ゴブリンの上半身に、猪の下半身……。そのうえ、全身が粘体だと……? 生き物の形を……継ぎ合わせて……いや、継ぎ合わせたのではない、混ざって……」
「ゴブタウロスだ。見てのとおり、ゴブリンとスライム、ボアを合体させた。これも品種改良だ」
「合体……」
「こいつは騎兵だ。荷車も引ける」
撫でてやると、ゴブタウロスは満足そうにぶるんと震えた。ゴブリンの腕が、ひょい、と俺の肩に置かれる。いつもの挨拶だ。
エルディグラの目が、俺の顔から離れなくなった。
俺は、首を傾げた。
「どうした」
「……貴様」
声が、かすれていた。
「これを、貴様が、作ったのか」
「ああ、すごいだろう」
「……」
エルディグラは、半歩、また半歩と、ゆっくり後ろへ下がっていった。ゴブリンの生垣にぶつかりそうになって、慌てて止まる。生垣のゴブリンが、じっとその背中を見上げていた。
彼女は、まるで得体の知れないものを見る目で、俺を見た。
何がそんなに不思議なのか、さっぱり分からない。
「……お前は、何だ」
絞り出すような声だった。
「邪神の類か?」
しばらく、風の音だけが聞こえた。
ゴブタウロスが、ぶるんと鼻を鳴らした。
「領主の長男だと言っただろう」
「それは先ほど聞いた」
「ならば、何を聞きたい。好きな色か? 黒だ。黒は一番かっこいい色だからな」
「知るかクソっ! なんだこいつは!」
エルディグラは、頭を抱えた。病み上がりゆえか、やや情緒が不安定なようだ。
リナは、その肩にそっと手を置いて、深く、深く頷いていた。
「うんうん。分かるよ。私も何度も思った」
「娘、貴様は……よく耐えているな」
「耐えてないよ。慣れたの。慣れちゃったのよ。……あなたも、じきにこうなるわ」