植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~   作:九泉

14 / 14
第15話 出荷

 エルディグラは、しばらく頭を抱えていた。

 

 やがて、深く息を吐いて顔を上げた。さっきまでの取り乱しようが嘘のように、背筋が伸びている。

 

「……先ほどの言葉遣いは、忘れろ」

 

「何のことだ」

 

「忘れろと言っている」

 

 よく分からないが、本人がそう言うなら忘れよう。好きな色の話を蒸し返さないほうがよさそうだ、ということだけは覚えておく。

 

「ほかに見たいところはあるか。まだ納屋の裏に、荷車置き場があるが」

 

「いや、いい。もう十分だ……」

 

 言いかけて、エルディグラの言葉が止まった。

 

 視線が、畑の縁の生垣に留まっている。さっき目で追われていた、一番手前のゴブリンだ。

 

 彼女は、ゆっくりと、そのゴブリンに歩み寄った。

 

 ゴブリンは、動かなかった。畑の主が睨んでいない間も、ぴしっと背を伸ばしたまま、じっとエルディグラを見上げている。

 

 エルディグラは、その顔を覗き込んだ。長いこと、無言で見つめていた。

 

「……待て」

 

 低い声だった。

 

 隣の生垣、その隣、さらに隣と、順に覗き込んでいく。足取りが、少しずつ速くなる。畑の中へ踏み入りそうになったので、足元の畝を指して止めた。

 

「踏むな。苗が傷む」

 

「……ああ。済まぬ」

 

 素直に謝られた。調子が狂う。

 

 エルディグラは、畝の際で膝を折って、小さなゴブリンの目を、真正面からじっと見た。

 

「濁りがない……」

 

「濁り?」

 

「瞳が澄んでいるのだ。何にも染まっておらぬ。……そんな馬鹿な」

 

 誰に言うでもなく、彼女は呟き続けた。

 

「発生した魔物の瞳は、日が経つほど濁る。野に在るものは例外なく、邪気を吸って、悪意を宿す。我が軍の魔物は、誕生して間もないうちに我が縛りを施していたゆえ、染まらずに済んだのだ。だが、これらは……縛りの痕跡も、ない。なのに、なぜ」

 

 エルディグラはもう一度、畑全体を見渡した。

 

 整然と並んだ畝。そこに生える数え切れない緑の頭。生垣。杭の向こうで震える青い塊。精鋭たちは、いつの間にか俺の後ろに十匹揃って整列していた。ゲルゴブが先頭で、ゴブタウロスが最後尾だ。

 

「……ルース」

 

 初めて、名前を呼ばれた。

 

「何だ」

 

「これらは、苗だと、作物だと言ったな?」

 

 やっとわかってくれたのか……! 俺は嬉しくなった。

 

「ああ、そのとおりだ!」

 

「……売るのか?」

 

 俺は、ほんの一瞬、固まった。

 

 ずっと、答えが出ずにいた問いだった。増やしてどうするのか。誰が欲しがるのか。奴隷商は却下、見世物も却下、出荷しても食えない。傭兵として貸し出す話も、営業先が分からないまま、棚に上げたままだった。

 

「……買い手がつくなら」

 

 声が、わずかに上ずった気がする。落ち着け。

 

「条件は」

 

「こちらの台詞だ」

 

 エルディグラは、小さく笑った。笑った顔を見たのは、初めてだった。

 

「我は、軍を興し直す。そのために、従順な魔物が要る。邪気に染まる前の。……だが、我の縛りは今、封じられていてな」

 

「軍」

 

「そうだ」

 

「傭兵ということか」

 

「傭兵、とは違うが……まあ、似たようなものだ」

 

 それから、何もない空間に、右手を差し入れた。

 

 手首から先が、すっと消えた。

 

「えっ」

 

 引き抜かれた手には、拳ほどもある赤い宝石が握られていた。

 

 朝日を受けて、石の中心から、深い血の色の光が滲み出している。

 

 リナが、ひゅっと喉を鳴らした。

 

「これは手付けだ。正確な値は、我もこの地の相場を知らぬゆえ、そちらで確かめるがいい。足りぬなら言え。まだ、ある」

 

 俺は、宝石を受け取った。ずしりと重い。

 

 そして、考えた。

 

 親父の借金は、確か、金貨にして……いや、細かい額は知らない。あとで聞こう。だが、少なくとも、この石一つで、うちの家計がしばらく一息つけることは、素人の目にも分かった。

 

「ルース、顔が怖い」

 

「気のせいだ」

 

「すごく怖い。獲物を見る顔してる」

 

「気のせいだ」

 

 エルディグラが、どの程度の数を必要としているのか把握する必要がある。

 

 そして、できるなら継続的に出荷できることが望ましい。俺は慎重に口を開いた。

 

「……具体的に、いくつ必要だ」

 

 エルディグラは、少し考えるように宙を見て、答えた。

 

「幾らでも。お前が収穫できる限り。それから、先程の手付けとは別に、一体につき金貨一枚を支払おう。珍しい魔物や強力な魔物なら更に追加する」

 

「……」

 

 頭の中で、勘定が弾かれた。

 

 ゴブリンは、一株から二匹弱が生える。畑には、すでに、数え切れないほどの株がある。植え足せば、さらに増える。肥料は不要。飯も不要。水すら、たまにやるだけでいい。

 

 それに、金貨一枚。農業の収益率として、桁がおかしい。

 

 俺は、黙って宝石をリナに預けた。

 

「リナ、預かっておいてくれ」

 

「えっ、私が!? こんなの持ってられないよ!」

 

「頼んだ。無くさないでくれ」

 

「いや、だから……! ああもう!」

 

 リナが、両手で石を抱えて、青い顔のまま一歩下がる。いい女だ。やはり嫁に来てほしい。

 

「条件がある」

 

 俺は、エルディグラに向き直った。

 

「こいつらは売らない」

 

 背後の精鋭たちを、顎で指す。

 

「売るのは、畑で増やした動かない分と、これから生える分だ。精鋭は、俺の手駒だ。売り物じゃない」

 

「……構わぬ。まずは、数だ」

 

「契約成立か」

 

「待て。こちらからも条件がある」

 

 エルディグラは、指を一本、立てた。

 

「ゴブリンだけでは軍にならぬ。足りぬのだ。もっと、ほかの魔物が要る」

 

「ほかの魔物」

 

「牙のあるもの。硬いもの。空を飛ぶもの。水に棲むもの。……できる限り、数多く、様々な種を」

 

 彼女は、真剣な目で、そう言った。

 

 俺は、少し黙った。

 

 それから、手を打った。

 

「つまり、いろんな作物を育てろってことだな」

 

「……いや、まあ、そう言えなくも……」

 

「農業だからな」

 

「どうなっておるのだ、この男の頭は」

 

「……もう、ずっとこうなんです」

 

 リナが、宝石を抱えたまま、遠い目をして答えた。

 

 話は、まとまった。

 

 やることは、決まった。ゴブリンを増やして売る。それと並行して、種を増やす。そのためには、森のもっと奥や、まだ見ぬ土地へ出向く必要があるだろう。ビッグボアで終わりではない。次の苗を、探しに行かねばならない。

 

 魔物使いと農業が、ここで、ひとつに繋がった気がした。

 

「あの、さ」

 

 リナが、おずおずと切り出した。

 

「男爵家のツケが、結構たまってるんだけど……っと!?」

 

 エルディグラがなにかをリナへと放り投げた。

 

 革袋だ。ずしりとした重さが見るだけで伝わってくる。

 

「これは……っ! 金貨!? こ、こんなに!?」

 

「ひとまずそこから引いておけ」

 

 エルディグラが、鷹揚に言った。

 

「前金とは別に、納品のたびに差し引くがいい。我が居る間の食い扶持も、そこから払う」

 

「あ、ありがとうございます! 助かります!」

 

 リナの顔が、ぱっと明るくなった。ツケが解消する見込みが立ったからだけではないと思う。やはり、客がいるのは嬉しいらしい。

 

 ん……? 「納品のたびに」とはつまり、俺の収益もリナが管理するということか?

 

 ……なし崩し的にそうなってしまったようだが、まあ、いいか。リナなら信用できる。

 

 ゴブタウロスが、ぶるんと鼻を鳴らした。

 

 エルディグラは、その音にびくりと肩を震わせた。

 

「……慣れる。慣れてみせる」

 

 小さな声で、自分に言い聞かせていた。

 

 俺は、畑を見渡した。

 

 緑の頭が、風に揺れている。青い塊が、嬉しそうに震えている。

 

 出荷先が、決まった。

 

 夢の第一歩としては、悪くない収穫だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

転生先のゲーム世界でアバズレヒロインが清楚堕ちしてる件(作者:図画工作で使うトイレットペーパーの芯)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

※なお、主人公は最早あり得ない寝取られルートにずっと怯えている模様。


総合評価:11812/評価:8.79/連載:16話/更新日時:2026年10月09日(金) 11:15 小説情報

スパイディのことが大大大好きなマッドサイエンティスト幼女(作者:サイリウム)(原作:MARVEL)

スパイダーマン。カッコよくて可愛くて素敵だなぁ……、せや!


総合評価:5586/評価:8.72/完結:14話/更新日時:2026年10月13日(火) 13:00 小説情報

ミ~ムミムミム! ミムは全身ネットミーム人間ミムよぉ!!(作者:ヤチヨ 幸せ なれる 質問)(原作:超かぐや姫!)

「超かぐや姫!」の世界に転生したから適当にミムミム言ってエンジョイしてたら月見ヤチヨにエグい湿度を向けられてるミムよぉ~~!!▼え、俺これからどうなるんですか?(震え声) おい!! スレ民!! はやく俺を助けやがれェーーッ!!▼※注意※タイトル一発ネタです。好評なら続きます。▼主人公は百合に挟まることはありません


総合評価:5511/評価:8.5/連載:21話/更新日時:2026年10月10日(土) 15:48 小説情報

こちらダンジョンマスター。異世界にてソシャゲ式ダンジョン始めました(作者:黒雛)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

 ああ、もちろんガチャもある。おかわりもいいぞ! 遠慮するな。今まで溜め込んだ分、存分に回せ。


総合評価:13919/評価:8.61/連載:14話/更新日時:2026年09月27日(日) 16:33 小説情報

千年後のグルメ時代(作者:鳩夜(HATOYA))(原作:トリコ)

~第一部完結しました~▼転生した先は、憧れ続けた『トリコ』の世界。▼だが、そこは主人公が夢見たグルメ時代ではなかった。▼時代はトリコたちが活躍してから千年後。▼地球の開拓はほぼ終わり、グルメ界ですら一般人が出入りする時代。▼人々は生まれた時からグルメ細胞を接種し、過酷な環境にも当たり前のように適応している。▼未知なる食材を求めた冒険の時代は、すでに終わってい…


総合評価:12289/評価:9.06/連載:159話/更新日時:2026年11月01日(日) 12:04 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>