植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
農業は、待つのも仕事だ。
植えた翌日。ゴブリンは五株とも目を覚ましていた。首から下が動かないのが気に入らないらしく、牙を剥いてぎゃあぎゃあと喚いている。
うるさいので、愛用の木の棒で叩いた。
「ゴギャッ!?」
よし、静かになった。なぜか他の四株も静かになる。管理は順調だ。
二日目は、朝と夕方に見回りをした。変化はない。ゴブリンたちは、小突かれるのを警戒してか、黙ってこちらを睨んでいる。
「ねえ、ルース」
昼にパンを持ってきたリナが、畑の前でため息をついた。昨日今日と、なぜか様子を見に来る。
リナは、領内に一軒しかない宿屋の娘だ。とはいえ、うちの寂れた領地に外から客が訪ねてくることなんて滅多にないので、実質的には領民相手の定食屋みたいなものである。
うちの親父は男爵を名乗ってはいるが、お貴族様でござい! とふんぞり返るようなタマじゃない。むしろ領主というよりは、ちょっと土地を多く持っているだけの大地主といった風情で、領民たちとの距離もやたらと近い。
農業についてあれこれ教えてくれる近所の農家のおっさんたちも、俺のことを「ルースぼっちゃん」と呼んではくれるものの、そこに敬意のようなものはこれっぽっちも感じられない。まあ、それでいい。今さら他人行儀にへりくだられでもしたら、背中が痒くてたまらなくなる。
そんな土地柄で、若者の数も少ないときた。俺とリナが幼馴染として一緒に育ったのは、ごく自然な成り行きだった。
昔からなにかと姉ぶって世話を焼いてくるところが玉に瑕だが、顔立ちは悪くない。嫁に来てほしいと思っている。
ただ、貧乏とはいえ一応は貴族の長男である俺が、平民の彼女を正妻に迎えるのは世間体というやつが許さないだろう。そこは俺としても地味に悩ましいところなのだが――まあ、将来的に第二か第三夫人としてなら囲えるんじゃないか、と密かに皮算用していたりする。頭のいい俺の現実的な妥協案だ。
「……これ、いつまで続けるの?」
「そりゃ収穫までさ」
「何がどう収穫できるの」
「わからん」
リナは何か言いかけて、諦めたように首を振った。パンは置いていってくれた。ありがたい。
三日目の朝、畑に出ると、土がぽこぽこと盛り上がっていた。
株の周りだ。五株それぞれの根元から、土を押しのけるようにして、小さな緑色のものが顔を出している。
頭を掴んで引っこ抜いてみれば、小さなゴブリンだった。
背丈は俺の膝くらいしかない。目をぱちくりさせながら、きょろきょろと辺りを見回している。
ぜんぶ引っこ抜いて数えてみた。九匹いる。
五株から九匹。一株あたり、二匹弱。
収量としては、悪くない。
「……これがブンゲツ、というやつか」
トウモロコシなどは、一本の株から茎が増えていくという。理屈はさっぱり分からないが、目の前で起きていることはそれに近かった。
やっぱり、俺は間違っていなかった。
俺は拳を握った。
魔物使いと農業。合体させれば、うまくいく。俺の読み通りだ。
小さなゴブリンの一匹と、目が合った。
襲ってくる様子はない。それどころか、俺の顔を見上げたまま、こてんと首を傾げている。
試しに、睨んでみた。
――ぴしっ。
その一匹が、背筋を伸ばして直立不動になった。それを見た他の八匹も、慌てたように真似をする。
あっという間に、膝丈のゴブリンが九匹、整列した。
野良のゴブリンは、殴らなければ言うことを聞かない。こいつらは、睨むだけでいいらしい。
理屈は分からない。だが、楽なのは良いことだ。
テイムスキルを俺は持っていない。それでも、魔物が俺の言うことを聞いている。
昔から夢に見ていた光景だった。これはもう、魔物使いになれたと言っても過言ではない。
少しだけ、胸が熱くなった。
「えっ、ふ、増えてる!? なんでそんないっぱい!?」
昼に来たリナが、整列したゴブリンたちを見て喚きはじめた。
「増えるのは当たり前だろう。畑なんだから」
「ぜ、絶対おかしいよ……」
その後もなぜ地面から出てきているのか尋ねられたが、収穫したと言ったら黙った。
「……で、この子たちはなんでこんなにビシッと並んでるわけ?」
「睨んだだけだ。そしたら整列した。これで俺も魔物使いだな」
「それ、魔物使いって言うの?」
「結果として従っている。問題ない」
「問題しかないと思うんだけど……」
リナは頭を抱えていた。なぜだ。
その後も、株からは毎日少しずつ新しい個体が生えてきた。植えた五株はそのままに、周りだけが増えていく。
一週間が経つ頃には、荒れ地の一角は、膝丈の緑色の小さな影でいっぱいになっていた。数えるのをやめたが、三十匹は下らない。
どいつもこいつも、俺の顔を見ると直立不動になる。実に統率が取れている。
順調だ。
「……ねえ、ルース」
リナが、おそるおそる口を開いた。
「これ、増やしてどうするの?」
俺は答えなかった。
何も、考えていなかった。