植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
森との境目に着くと、膝丈のゴブリンたちを横一列に並べて歩かせ、隠れている野生の魔物をまとめて追い立てる。逃げた先には、また別のゴブリンが待ち構えている。
「これはさしずめ、地引き網式猟法だな」
俺が目をつけていたのは――スライムである。
水たまりのそばに、ぷるぷると光る塊がいくつも転がっていた。逃げるどころか、こちらに気づいてすらいないように見える。
拍子抜けした。
三十匹の部隊を投入し、隊列を組み、地引き網式猟法などと名付けた末に、相手は逃げも隠れもしない。念のため左右から回り込ませてみたが、包囲されたことにすら気づいていないようだった。
ゴブリンたちは構えた姿勢のまま、揃って首を傾げている。
「……別に、囲まなくてもいいな、これは」
結局、ゴブリンたちには待機を命じ、俺一人で桶片手にスライムを拾って回った。作業としては、水たまりに落ちた洗濯物を拾うのとそう変わらない。三十匹分の隊列を組んだ意味が、まるでなかった。
途中、藪の陰でやたらと動きの良い野生のゴブリンを一匹見かけた。本来の狙いではなかったが、これも何かの縁だろう。棒で仕留め、ついでに袋に入れておく。
昼過ぎには、桶いっぱいのスライムと、おまけのゴブリンが一匹。上々の成果、ということにしておく。
畑に戻る。畑の隅に、新しい区画を切って、スライムをそこへ移し替えた。植えるというより、ただ放り込むだけで済むのが楽でいい。
おまけのゴブリンは、いつもの要領で穴に植えておいた。動きが良かった分、少し得した気分だ。
手伝いに来ていたリナが、横から覗き込んできた。
「このゴブリンだけちょっと浅くない?」
「気のせいだ」
「気のせいって顔じゃないけど……」
聞こえないふりをしておいた。
気づけば、畑は最初の倍近い広さになっていた。
「……ねえ、ルース」
手伝いに来ていたリナが、新しい区画を覗き込んで顔をしかめた。
「今度はスライム?」
「お前も聞いていただろう。同じ畑で同じ作物ばかり作ると、土が痩せる」
「そういう問題なの、これ……それで、あの子たち、結局どうするつもりなの」
ゴブリンの列を指して、リナが本題を蒸し返してくる。
「今はまだ決めていない。だが、飯を食わない以上、置いておいても損はしない」
「損得の話じゃなくて」
「決めてから増やすのでは遅い。畑というのは、そういうものだ」
我ながら理屈は通っていると思う。リナは納得していないようだったが、なんだかんだ言いつつ、いつものパンを渡してくれた。
「はい、これ。……行進、朝はやめてって村のみんなが言ってた」
「善処する」
夕方、屋敷に戻ると、父上に呼び止められた。
「近頃、村で妙な噂を聞くが」
「概ね事実です」
「そうか……。いや、金になるなら好きにしろ。ただ、朝の行進はやめてくれ。ニワトリが怯えて卵を産まなくなった」
養鶏の話だった。うちの父上らしい、と思う。
のちほど村長からも、それとなく釘を刺された。
「あまり派手にやりすぎんでくれよ、ぼっちゃん」
もっと大げさに叱られるかと思ったが、拍子抜けするほどあっさりしたものだった。もともと、うちの領地は誰の目にも留まらないような辺境だ。多少騒がしくしたところで、気にする者もそう多くはない。
それから数日おきに、同じ要領で森へ足を運んだ。スライムは相変わらず呆気なく捕まり、ついでのゴブリンも一匹、二匹と増えていく。畑の区画は、気づけば最初の倍以上に広がっていた。
村の噂も、遠征のたびに大きくなっていった。「何十匹」だったものが、いつの間にか「百匹はいる」という尾ひれまでついていた。実際にはまだそこまで届いていないが、いちいち訂正して回る気力もない。
そのせいか、最近はうちの領地をわざわざ避けて遠回りする旅人まで出てきたという。得体の知れない魔物の群れがいる土地に、好んで足を踏み入れたい者もいないだろう。まあ、それはそれで静かでいい。
その日の夜、畑を見に行くと、スライムの区画には変化がなかった。ゴブリンの区画では、新しく植えた一株の周りに、早くも土が盛り上がり始めている。
俺はしばらく、月明かりの下に並ぶ畑を眺めていた。
膝丈のゴブリンたちがびっしりと並ぶ光景は、幼い頃から思い描いてきた光景と重なって見えた。
魔物の軍勢を率いる魔物使い。構成する魔物といえば、まだ玩具の兵隊ほどの背丈しかない。それでも、頭数だけならもう立派な一小隊だ。
――悪くない。
我ながら、順調すぎるくらいだ。
同じ「作物」でも、育ち方はずいぶん違うらしい。
スライムの方は、もう少し様子を見る必要がありそうだ。
――それが、思っていたよりずっと厄介な性質を持っていると分かるのは、もう少し先の話になる。