植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
数日後の朝、スライムの区画を覗きに行くと、様子がおかしかった。
放り込んだはずの数十匹が、何割か見当たらない。かわりに、以前より一回りか二回り大きい個体が交ざっている。
目を凝らして、ようやく腑に落ちた。
スライムたちは、互いにくっつき合い、溶け合うようにして、数を減らしながら大きくなっていたのだ。
「……増えるどころか、減っているな」
ゴブリンは株から分かれて増える。スライムは逆に、寄り集まって一つになる。
作物によって育ち方がまるで違うらしい。
試しに、目についた小さい個体をひとつ、少し離れた個体へ押し付けてみる。
――ぶよん、と音を立てて、あっさり吸収された。ひと回り大きくなった塊が、何事もなかったかのように、またぷるぷると震えている。
「……おお」
声が出た。合体するというのは悪くない性質だ。嫌いではない。
農業において、果実や野菜を大きく育てるために余分な蕾や小玉を摘み取る「摘果」や「間引き」という作業があるそうだ。放っておくと栄養が分散して、どれも小さく育ってしまうからだ。
だが、このスライムという作物はどうだ。人間がわざわざ手を下すまでもなく、自分たちの意志で寄り集まり、自主的に間引きを行って肥大化している。
なんて手のかからない、優秀で自律的な作物なのだろうか。
「素晴らしいぞ。農家を理解している」
俺が褒めてやると、子供サイズの青い塊は、嬉しそうにふるふると身を震わせた。
とはいえ、際限なくやるようなことでもないだろう。今のところ、毬くらいだったものが、子供くらいの大きさのものが数匹――そのくらいに落ち着いている。十分すぎる成果だ。
「……ねえ、ルース。また何かやってる?」
昼前、様子を見に来たリナが、籠を片手に恐る恐る覗き込んでくる。今日の差し入れは黒パンと干し肉だった。ありがたく受け取る。
「スライムが合体していた」
「え、なんで」
「知らん。増えるより、まとまる方が性質に合っているらしい」
「性質とか言われても」
リナは眉をひそめながら、子供サイズに育った青い塊をしばらく眺めていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……まあ、これくらいなら」
「これくらい?」
「前のゴブリンよりは、まだ可愛げがある気がする。ほら、丸っこいし」
複雑な褒められ方をした気がする。
リナはおそるおそる手を伸ばし、塊の表面をつんつんと人差し指でつついてみた。指が沈み込み、離すとゆっくりと元の形に戻っていく。
「わ、すごい弾力。しかも、ひんやりしてて気持ちいいかも。……ねえルース、これって夏場のクッションとか冷やし枕として売れないかな? 宿屋の部屋に置いたら、旅の人に喜ばれそうなんだけど」
「馬鹿を言え」
俺は即座に却下した。
「スライムとはいえ魔物だぞ。領民たちになにかあったらどうする」
「なんでそういうところは常識的なのよ」
リナが唇を尖らせたが、職人とは時に頑固でなければならない。頭のいい俺の確固たる農業哲学だ。
「おーい、ぼっちゃん。精が出ますなあ」
そこへ、例によって近所の農家のおっさんが、鍬を担いで通りかかった。
おっさんは畝の境目で立ち止まり、青くぬめる塊を見て、感心したように顎髭を撫でた。
「ほう……! こいつぁ見事なスライム玉だ。みっちりと詰まってて、実にいい張りをしとる」
「やっぱり畑として見てるし!? なんでみんなそんなに順応性が高いの!?」
やはり、俺の目に狂いはなかった。おっさんの太鼓判をもらい、俺の胸は誇らしさで満たされる。
ふと視線を横に向けると、隣の区画のゴブリンたちが目に入った。
種芋ゴブリンたちは、青くぬめるスライムの塊を異様な怯え顔で見つめていた。まるで得体の知れない天敵でも見るような目つきだ。
――ズンッ。
俺が地面に棒を突き立てると、ゴブリンたちはビクッと涙目で固まった。
「お前たちもスライムを見習って、しっかり根を張れ」
睨みつけて指導を終えると、おっさんは「頼もしいこった」と笑いながら去っていき、リナは「もうツッコミ疲れたから帰る……」と肩を落として宿屋へ戻っていった。
数日が経っても、スライムたちはそれ以上大きくなる様子もなく、畑の隅でおとなしく転がっていた。
「ん……?」
ある夕方、畑を見回っていてふと気づいた。
子供サイズの塊が三つ。たしか、もう少しスライムの区画の中心寄りに置いていたはずだが――今は、杭で仕切ったゴブリンの区画のほうへ、心なしか近い気がする。
スライムに足はないが、ナメクジのようにジワジワと移動することは可能なようだ。大方、水分の多い方へと寄っていったのではないだろうか。まあ気にするほどのことではないだろう。
そう結論づけた俺は、スライム区画に水やりをし、その日は畑を後にした。