植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
朝、畑に出ると、何かがおかしかった。
数を数える癖がついていたから分かった。杭で仕切ったゴブリンの区画。いつもそこにいるはずの、例の動きの良い一匹の姿が見当たらない。穴だけがぽっかりと空いている。
代わりに、仕切りのすぐ脇――本来はスライムの区画側に、見慣れない色をした塊が転がっていた。
近づいてよく見ると、青かったはずの塊が、半分近く緑色に染まっている。表面には、ゴブリンの輪郭のような、うっすらとした盛り上がりが浮いていた。
――まさか。
棒の先で、そっと押してみる。
塊は、ぶよんと震えたあと、ゆっくりと形を変えていった。耳の形、肩の盛り上がり、膝の位置。見慣れた輪郭だった。間違いない。ゴブリンの形だ。
色はスライムの青と、ゴブリンの緑が混ざったまだら模様で、触れた感触は紛れもなくスライムだった。
間違いない。スライムがゴブリンを吸収したのだろう。
森でこんな魔物は見たことがない。それは動きの遅いスライムが、生きた魔物を取り込める機会などそうは無いからだろう。
畑に植え、身動きが取れなくなっていたから吸収できたのだ。農業だからこそできる品種改良ってやつだな。
試しに睨んでみる。
ぴしっと、ゲルゴブリンは背筋を伸ばして直立不動になった。動きも、反応の仕方も、いつもの個体とそっくりだ。
「……ゲルゴブリン、か」
思いつきで名付けてみたが、悪くない響きだ。
ふと気になって、隣の穴にいる別の普通のゴブリンの近くまで、ゲルゴブリンをそっと移動させてみた。
触れ合うぎりぎりの距離で、数分間、様子を見る。
特に何も起きなかった。相手のゴブリンは、むしろ怯えた顔で距離を取ろうとしている。近づくだけでは伝染しないらしい。安心した。伝染するようでは、農業どころではなくなる。
昼前、様子を見に来たリナが、空いた穴を見つけて声を震わせた。
「ねえ、ルース。ここのゴブリン、どこいったの? もしかして脱走……?」
「ここにいる」
俺はゲルゴブリンを指す。
「え……これ、あの子なの……? あ、スライムに食べられちゃった……?」
「分からん。だが、睨むと同じ反応をする」
「それって生きてるってこと? 死んでるってこと?」
「品種改良だ」
「意味わかんない」
俺にも、正直よく分からなかった。だが、見た目も反応も変わらないのだから、些細な問題だろう。
「触ってみるか?」
「いい、いい! 触らない!」
リナは後ずさった。やけに怖がる。触感は悪くないと思うのだが。
試しに、棒で小突いてみた。普通のゴブリンなら威嚇してくるところだが、ゲルゴブリンはぶるんと震えただけで、特に怒る様子もない。表面に押した跡が、ゆっくりと戻っていく。
「おとなしいな。むしろ前より扱いやすい」
「扱いやすいとかそういう話じゃなくて……」
そういえば、こいつは元々、やたらと素早い個体だったはずだ。試しに棒を振りかぶってからやや遅めに振り下ろすと、さっと避けた。機敏さは残っているようだ。
これは元のゴブリンの特性と、スライムの打撃に強そうな特性を合わせ持っているんじゃないか? まさにハイブリット品種だ。
「そうだ、思い出した」
俺がウンウン頷いていると、リナがふと声を上げた。
「少し前、他のゴブリンたちがスライムをやけに怖がってたことあったよね。あれ、もしかして」
「ああ、これを察知していたのかもしれないな」
だとすれば、あいつらにも多少の勘はあるらしい。見直してやってもいい。
リナは何か言いたそうにしていたが、結局、諦めたようにため息をついた。
農家のおっさんが昼過ぎに顔を出し、ゲルゴブリンを一目見るなり頷いた。
「おお、こいつはまた。接ぎ木がうまくいったみたいだな、ぼっちゃん」
「接ぎ木……まあ、近いものかもしれません」
「色が混ざっとるのは、活着が深いってことだ。いい仕事してる」
褒められるのは悪くない。
夕方、屋敷に顔を出した父上にも、一応報告しておいた。
「ゴブリンとスライムが混ざった個体ができました」
「……そうか。害はないのか」
「ないと思います」
「思います、か」
父上は少し考えたあと、「まあ、金になるなら好きにしろ」と、いつもの台詞で片付けた。うちの家は、だいたいこれで通る。
夜、ひとりで畑を見ながら考えた。
合体でゴブリンの形を再現できるというなら、他の魔物でも同じことができるかもしれない。
牙のある魔物と合わせれば、牙付きの品種ができるかもしれない。毛皮のある魔物なら、毛皮付きだ。硬い甲羅を持つ魔物なら、鎧のように硬い品種もできるかもしれない。
翼のある魔物と合わせたら、飛べるようになるのか。それとも、重さに負けて落ちるだけか。これは試してみるまで分からない。
考えれば考えるほど、組み合わせは無限に思えてくる。
――これは、夢が広がる話だ。
とはいえ、今すぐ試す材料はない。近場で見かける魔物といえば、相変わらずゴブリンとスライム、あとはビックボアかコボルトくらいのものだ。
幸い、時間はある。当面は、このゲルゴブリンの様子を見ながら、次に何を合わせるかを考えることにした。
数日経つ頃には、ゲルゴブリンは他のゴブリンたちの列にすっかり馴染んでいた。最初は距離を取っていた連中も、害がないと分かったのか、今では隣に並んでも気にしない様子だった。
見た目はまだらで異様だが。ちょっと気持ち悪い。