植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
精鋭十匹を連れて、森のさらに奥まで足を延ばした。
木々の密度が増し、普段の荒れ地とは空気が違う。足元の土も湿り気を帯びて、マナの濃さが肌で分かるほどだった。旅人が遠回りするという話も、あながち誇張ではないらしい。
十匹の統率は、三十匹の頃とは比べ物にならないほど楽だった。隊列を崩す奴もいない。睨む回数も、以前の十分の一で済んでいる。
間引きは正解だったな。
ふと、先頭を歩くゲルゴブリンが、何かに気づいたように足を止めた。
藪の向こうから、鼻息が聞こえる。やたらと大きい鼻息だ。
出てきたのは、仔牛ほどの体格をした猪――ビッグボアだった。牙は俺の前腕ほどの長さがある。
「……これは、苗にするには骨が折れそうだ」
とはいえ、やることは変わらない。意識を刈り取るだけだ。
ビッグボアが地面を蹴り、こちらへ突進してくる。並のゴブリンなら、一匹踏まれるだけで終わりそうな勢いだ。
「散れ、足元を狙え」
指示通り、精鋭たちが左右に散って足元へ取りつく。牙を振り回され、二匹ほど吹き飛ばされたが、怯まずにしがみつき続けた。ビッグボアがよろめいたところに、俺の棒を叩き込む。
――ゴッ。
分厚い脂肪の層に阻まれ、いつもの一撃では沈まない。二撃、三撃。ゲルゴブリンが低く構えたまま体当たりで膝を崩したところで、ようやく巨体が傾いだ。
最後の一撃で、ビッグボアはどさりと横倒しになった。
まさに総力戦だった。これが精鋭でなければ、上手くいかなかったかもしれない。間引きの判断は、ここでも正しかったことになる。
ビッグボアを見下ろしながら、俺は閃いた。
――これは、使える。
とりあえず、ビッグボアを畑まで運ぶ。俺が前脚を担ぐように持ち、精鋭たちが胴体や後ろ脚を持ち上げ、えっちらおっちらと歩く。結局、畑に戻るだけで昼過ぎまでかかってしまった。
道中、父上とすれ違った。
「何だ、それは」
「ビッグボアです。苗にします」
「……少々大きすぎる気がするが」
「大きい苗です」
「そうか」
父上は、それ以上聞かないことにしたようだった。
畑に戻り、ビッグボアを例の要領で埋めようとして、手を止めた。
いや、これは単なる苗にするにはもったいない。
閃きの続きが、ここでようやく形になる。
「……よし。やってみるか」
まず、子供サイズのスライムをひとつ用意する。これを土台にする。
次に、普通のゴブリンを一匹、スライムに押し付けた。ゲルゴブリンを作ったときと同じ要領だ。ぶよん、と吸収され、緑がかった塊になる。
問題は、ここからだ。
ぐったりしたビッグボアを、スライムの塊の上から押し付けてみる。
――ぶしゅり。
今までとは違う音がした。塊が大きく震え、ビッグボアを引き込むようにして、自身の形を変え始める。
肩のあたりの輪郭が崩れ、盛り上がり、再び形を取る。どちらが土台でどちらが取り込まれた側なのかも分からなくなってきた。
しばらく待つと、そこには見たこともない姿があった。
下半分はビッグボアそのものの体と四肢。上半身からは、ゴブリンの頭と両腕、胴体が生えている。全身はぬめりを帯びたスライムの質感だ。
「……おお」
声が出た。
これは――騎兵だ。
人が獣に乗るのではない。最初から、乗っている形で生えてくる。これなら落馬の心配もない。
「ゴブタウロス、と名付けよう」
試しに睨んでみる。ゴブタウロスは、四肢をびしっと揃えて直立した。反応は良好だ。
農業は奥が深い。まさか自分の手で騎兵を作る日が来るとは、夢にも思わなかった。農家としても、魔物使いとしてもまた一歩前進だ。
「ルース、ちょっと遅くなっちゃったけどお昼持ってきたわよ」
様子を見に来たリナが、ゴブタウロスを見るなり、短く叫んだ。
「き、気持ち悪っ!」
手塩にかけた作物を気持ち悪いとは、ひどい女だ。
まあ、相当気持ち悪いのは否定できないが。
「見てくれ。騎兵ができた」
「……見た目がもう受け付けない」
リナは後ずさりながら、それでもゴブタウロスから目を逸らさなかった。怖いもの見たさ、というやつだろう。
農家のおっさんが昼過ぎに顔を出し、ゴブタウロスを一目見るなり、顎を撫でた。
「ほう、接ぎ木の応用か。ぼっちゃん、腕を上げたな」
「やっぱり農作物として見てるし!?」
リナの叫びは、もう誰にも届かなかった。
試しにゴブタウロスの背――ゴブリンの上半身のすぐ後ろ――に座ってみる。思っていたより安定している。四肢の動きも、ビッグボアの力強さがそのまま残っているようだった。
これなら、森のもっと奥まで、もっと速く行ける。荷台を引かせるのはどうだろうか。歩くだけだった精鋭たちの移動速度も、これで変わるはずだ。
試しに前に進めてみると、ビッグボアの脚そのままの力強さで、地面を踏み鳴らした。思った以上に乗り心地もいい。鞍をつければ更に安定するだろう。これは当たりだ。
次はどこまで行けるだろうか。別の魔物と合わせれば、もっと速くなるかもしれない。もっと硬い魔物と合わせれば――考えが止まらなくなってきた。
そんなことを考えながら、俺は手綱代わりの縄を結び始めた。
後ろで、リナがまだ「気持ち悪っ」と小声で繰り返していた。