植えたら生えた。~「魔物農業」を編み出した俺の成り上がり~ 作:九泉
ゴブタウロスに荷車を繋いで、森へ繰り出した。
荷車は、屋敷の納屋で埃をかぶっていた古いものを持ち出した。薪運び用だったらしく、車輪の軋みがひどかったが、油を差したらなんとか使い物になりそうだった。
精鋭たちを荷台に乗せてみると、歩かせるよりずっと速い。土地の凹凸も、ビッグボアの脚力があれば苦にならないらしい。木の根が張り出した場所でも、荷車はガタガタと揺れるだけで、止まることはなかった。これまでの遠征が嘘だったかのようなハイペースだ。
ひとまず鞍代わりにと結んだ縄の具合も、昨日よりだいぶ馴染んできた。ゴブタウロス自身も、荷を引くことに不満そうな様子はない。もっとも、不満があったとしても、顔に出るような造りでもないのだが。
目当ては、もう一頭のビッグボアだ。荷車を引かせるにしても、乗り手を増やすにしても、頭数が一頭では心許ない。せめて二頭は欲しい。何事も、予備があるに越したことはない。
道中、一度だけ轍に石を噛んで荷車が傾いた。慌てて飛び降りて押し出したが、精鋭たちは誰も手伝おうとせず、ただ荷台から見下ろしていた。ゲルゴブでさえ動かなかった。労働の分担について、もう少し教育が必要らしい。
前回の場所からさらに奥へ進むと、運よく、別の個体の気配を見つけた。フゴフゴと特有の鼻息がかすかに聞こえ、だんだんと近づいている。
荷車を外したゴブタウロスを先頭に立てて突進させる。ぶつかるような形で相手を押し返し、よろめいたところへ精鋭たちが足元から一気に畳みかける。
前回の戦いを覚えているのか、精鋭たちの連携も段違いに良くなっていた。誰が指示するより先に、足を取る役、気を逸らす役と、自然に分かれて動いている。一匹だけ、毎回逃げ出すタイミングを見誤って跳ね飛ばされている奴がいたが、そういう個性もあるのだろう。
――ゴッ。
前回より、明らかに早く決着がついた。道具が増えると、作業も早くなる。経験が増えると、更に早くなる。農業の基本だ。
仕留めた二頭目を荷車に括りつけ、ひと区切りついたところで、精鋭たちに休憩を命じた。
せっかくの荷車だが、獲物がスペースを占領しており、精鋭たちの乗る場所が無くなってしまった。これは帰りは徒歩だな。やはり二台は必要だ。
木陰に荷車を止め、ゴブタウロスの背にもたれて一息つく。見上げると、葉の間から光が差し込んでいた。こんな場所まで来ても、自分の畑の延長だと思えば、悪くない眺めだ。
精鋭たちも思い思いの体勢で寛いでいる。ゲルゴブだけは、律儀に立ったまま周囲を見渡していた。真面目な奴だ。
いっぽうで、さっき巻き込まれていた一匹は、まだ少しふらついている。が、目立ったダメージはなさそうだ。意外にタフなやつである。
荷車いっぱいの戦果を前に、俺は上機嫌だった。
苗は増える。騎兵もいる。魔物農業は順調すぎるくらいだ。
――このまま行けば、本当に軍勢と呼べる規模になるかもしれない。
小さい頃に思い描いていた景色が、少しずつ現実に近づいている。
懐から干し肉をひとつ取り出し、頬張る。リナが持たせてくれたものだ。精鋭たちは飯を食わないので、分ける必要もない。そういう意味でも、連れていて気楽な連中だった。
最初は単なる思いつきだった。荒れ地の端を少し掘り返しただけの畑にゴブリンを植えたのは。あの頃、こんな風に荷車を連ねて森を歩き回る自分の姿は、想像もしていなかった。
それが、ゴブリンを畑に植えるところから、ここまで一直線に続くとは思っていなかった。
傍から見れば、滑稽な集団に見えるかもしれない。父上は未だに半信半疑だし、リナは毎回青い顔をしているし、村の連中には妙な顔をされる。農家のおっさんだけが全てを肯定してくれる。
だが、結果は出ている。苗は増え、品種は増え、今では騎兵まで走らせている。文句のつけようがない成果だ。
一通り休んだところで、腰を上げた。
「よし、戻るぞ」
声をかけると、精鋭たちが億劫そうに立ち上がる。満腹というわけでもないのに、どこか気の抜けた空気があった。
荷車を引かせ、歩き出そうとしたところで、ゲルゴブリンがまた足を止めた。
今度は、ビッグボアの鼻息ではない。
物音もしない。ただ、何かを見つけたように、一点を見つめている。俺も、他の精鋭たちも、つられるように同じ方向へ顔を向けた。
視線の先、倒木の陰。苔むした地面に、何かが横たわっていた。
最初は、魔物の死骸か何かだと思った。だが、近づくにつれ、様子が違うことに気づく。死骸にしては、輪郭がはっきりしすぎている。横たわったまま、まだ微かに上下している部分があるようにも見えた。
ゆっくりと距離を詰める。精鋭たちも、音を立てずに後ろをついてきた。いつもの警戒とは、どこか質が違う足取りだった。
傷だらけの鎧。所々が焼け焦げ、半分近くが砕けている。握ったままの剣は、刀身の半分が折れていた。それでも柄を離さずにいるのが、妙に気になった。
鎧の隙間から覗く肌は、人間のそれに比べ青みがかっている。さらに、乱れた髪の間から、二本の角が突き出していた。
女だった。身動きひとつしない。
整った顔立ちをしているのが、こんな状況でも分かる。土と煤で汚れていても、それだけは隠せないらしい。
精鋭たちが、俺の顔を窺うように見上げてくる。判断を待っているらしい。
人間でもなく、獣人でもない。見慣れた魔物でもない。
――これは、何だ。
ゲルゴブリンが、そっと一歩前に出ようとしたので、手で制した。相手が何者か分からない以上、下手に刺激するのは危険だ。
棒を構えたまま、俺はしばらく、何も言わずに立ち尽くしていた。