【男女比のぶっ壊れた異世界】転生した俺は、普通に冒険したい~激レアな男(俺)のことをみんな(肉食女子)がすっごく優しくしてくれる~ 作:茨木野
硬い石畳の冷たさが、薄いシャツ越しに背中へと伝わってくる。
ひんやりとした空気に身震いしながら、ぼくはゆっくりと身を起こして周囲の景色を見回した。
「ここは……?」
さっきまで、ぼくは東京の雑踏の中にいた。
夜風に吹かれながらコンビニへ行き、おにぎりと水を買って帰る途中だったはずだ。
それなのに、瞬きをした次の瞬間には、まったく別の場所に放り出されていた。
改めて周囲を見渡す。
そこには、中世ヨーロッパを思わせるレンガ造りの街並みが広がっていた。
香辛料と焼けた肉の匂いが、どこからか漂ってくる。
あちこちに並ぶ露店では、茶髪や金髪、赤髪の人々が立ち止まり、硬貨を鳴らして買い物をしている。
どこか見知らぬ外国へ迷い込んだのかと考えたが、どうやら違うらしい。
雑踏の中には、二足歩行するトカゲの大男や、頭の上で猫耳をピコピコと動かす少女の姿まであった。
「ちょっと待って、もしかしてこれって……異世界転生ってやつですか?」
状況を飲み込むため、ぼくは自分の頬を両手で思いきり引っ張ってみた。
じんと痺れるような痛みが走り、これが夢ではないことを教えてくれる。
間違いない、ここは異世界だ。
心がふわりと浮き上がるような高揚感に包まれ、ぼくは胸の前で小さくガッツポーズを作った。
アニメや漫画で飽きるほど見た、あの憧れのシチュエーションである。
「ということは……お決まりの、あれを」
ステータス、と頭の中で強く念じてみる。
直後、視界の空中に、淡い光を放つ半透明のウィンドウがふわりと浮かび上がった。
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坂城《さかき》 良太《りょうた》
種族 人間
年齢 16
職業《ジョブ》 せいしょくしゃ
技能《スキル》 治癒(極)、捕食(極)、鑑定(極)、アイテムボックス(極)
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「定番のステータス、きたっ」
目の前に表示された半透明の窓には、ぼく自身の情報が整然と並んでいる。
ここから導き出される結論は、やはりここが異世界だということだ。
現実世界で、空間にこんな文字が浮かび上がるはずもない。
自己紹介が遅れてしまった。ぼくは坂城《さかき》良太《りょうた》。年齢は十六歳。
高校入学と同時に両親を事故で亡くし、学校ではいじめに遭い、そのまま引きこもりのニートへと転落した。
いわゆる、人生が終わっている状況だった。
そんな底辺のぼくが、流行りのドテンプレな異世界転生を果たしたのだ。
血が沸き立つようにテンションが上がってしまうのも、無理はないだろう。
「もう元の世界には、帰る必要なしっ」
あちらの世界にはぼくを待つ人もいないし、戻ったところで、親なしのいじめられっ子という暗い人生が続くだけだ。
ならば、この夢のようなファンタジー世界で、真面目に人生をやり直そう。
「とりあえず……現状を把握しないと……」
人通りの多い大通りで、宙を見つめてぶつぶつと呟いていたら、ただの不審者になってしまう。
ぼくは足音を忍ばせ、薄暗い裏路地へと身を潜めた。
埃っぽい路地の壁に背を預け、もう一度ステータスを表示する。
「鑑定スキルとアイテムボックス……定番のスキルは持っているみたい。あとは治癒スキル……回復術みたいなものかな。それに……職業《ジョブ》? 職業《ジョブ》ってなんだろう……あ、鑑定を使ってみればいいのか」
ぼくは鑑定スキルを使用する、と頭の中で念じてみた。
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職業《ジョブ》
→人間が先天的に与えられる固有の力。剣士、魔法使い等、種類は様々。
職業《ジョブ》から技能《スキル》が後天的に派生していく。
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どうやら、RPGでいうところのクラス概念が、この世界ではそのまま職業《ジョブ》として扱われているらしい。
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技能《スキル》
→職業《ジョブ》を持つ人間が、訓練やひらめき、経験等で覚える特殊な技能。
使用回数制限がある。
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こちらもゲームのアビリティそのものだ。
血生臭い本格ファンタジーというよりは、ゲームシステムをベースにした世界のようだ。
期待を裏切らない、王道の異世界っぷりである。
むしろ、テンプレ通りすぎて少し怖いくらいだ。
「ぼくの職業《ジョブ》は【せいしょくしゃ】か……。聖職者ってことだよね? 治癒スキルも持っているし……でも、なんでひらがな表記なんだろう」
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せいしょくしゃ(EX)
→5j3pほお4mtb
mほ4tbm@お4t、hb「
hもん4,@4y「、pん4yt
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「ナニコレ……?」
ウィンドウの表記が文字化けしてしまっている。さっきのように、すんなりと鑑定結果が表示されない。
せいしょくしゃのあとに続く(EX)は、エクストラクラスを意味しているのだろうか。
特別な職業《ジョブ》であることは間違いなさそうだが、具体的な内容は読み取れなかった。
治癒スキルを持っているのだから、文字通りの聖職者なのだと解釈しておく。
ただ、少しだけ引っかかるのは、所持している技能の中に【捕食】という不穏な文字が紛れ込んでいることだ。
「捕食って……文字通り、食べるってことだよね? 普通に食事をするくらい、スキルがなくてもできると思うんだけど……」
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治癒(極)
→任意発動型・回復系スキル。対象のあらゆる怪我、病気、状態異常、体力、魔力、すべてを治し、元通りにする。
捕食(極)
→自動発動型・補助スキル。対象(人限定)を捕食し、固有の力をコピーする
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なるほど、食べて強くなる系統の能力らしい。
スライムに転生した主人公が持っているような、あのチートスキルだ。
しかし、スライムならともかく、ぼくは人間のままである。
人間を食べるなんて、そんな猟奇的なことは絶対にできない。
つまり、このスキルは実質的なハズレ枠ということになる。
対象が人間限定でさえなければよかったのに。
せめて魔物も対象にできれば、魔物を食べて強くなるという王道展開ができたはずだ。
ぼくは小さくため息をついた。
「まあ治癒と、鑑定とアイテムボックスがあれば十分か」
治癒スキルを活かして冒険者のサポート役になるもよし、鑑定とアイテムボックスを駆使して行商人を始めるのも悪くない。
いずれにせよ、これだけのスキルが揃っていれば、当面の生活資金に困ることはなさそうだ。
「スキルはこれでよしとして……あとは手持ちのアイテムだね」
身につけているのは、着古した普段着の上下。
コンビニ帰りのため、レジ袋の中にはペットボトルの水とスナック菓子、それから鮭のおにぎりが入っている。
あとはポケットに入ったスマホと、小銭ばかりの財布。以上だ。
「初期装備が貧弱なのも、お約束だよねっ」
拍子抜けするほど、アニメや漫画で親しんだ通りの展開だった。
普通はここで、転生したらスライムになっていたとか、固有能力が死に戻りだったとか、少し尖った設定が一つくらい混ざるものだ。
今のところ、ぼくはステータス画面を操れる人間のままであり、持っている力も平凡な部類に収まっている。
変わった点が一つも見当たらないことが、なんだか逆に薄気味悪く感じられた。
そのときだった。
「そこの超かわいい坊や」
背後から、甘く艶やかな声が鼓膜を揺らした。
不意にかけられた声に肩をビクッと跳ねさせ、ぼくは恐る恐る後ろを振り返る。
薄暗い路地裏の奥から、複数の足音が近づいてきた。
「わっ、え、えっちな……お姉さんだっ」
影の中から現れたのは、ぼくよりもずっと背の高い三人組のお姉さんたちだった。
驚くべきはその服装だ。体にぴったりと張り付く黒い革の衣装は、いわゆるボンテージ服というやつだろうか。
胸元が大胆に開いており、豊満な胸の谷間がこぼれ落ちそうになっている。
太ももも露わで、目のやり場に困ってしまう。
元の世界でこんな格好で街を歩いていたら、間違いなく通報されてしまうレベルの露出度だ。
「こんにちは、かわいい坊や」
「あ、はい……こんにちは……」
それにしても、とんでもない美人だ。
三人ともモデルのように手足が長く、彫りの深い整った顔立ちをしている。
元の世界にいれば、芸能人かグラビアアイドルとして一瞬で大騒ぎになっていたことだろう。
ぼくは呆けたように、彼女たちを見上げた。
「「「……っ」」」
挨拶を返した途端、三人のお姉さんたちがなぜか息を呑み、目を見開いた。
「……逃げないね」
「……どういうことだろう、姐さん」
「……こんなでかい女を前に、逃げない男がいるなんて……」
彼女たちがヒソヒソと交わす声は、くぐもっていてよく聞き取れなかった。
やがて、中央に立つリーダー格らしきお姉さんが、コホンと咳払いをしてから距離を詰めてくる。
ふわりと、甘い香水の匂いが鼻腔をくすぐった。
「かわいい坊や、こんなところを歩いていたら危ないよ? 悪い女に捕まって、食べられちゃうよ……」
赤い唇からちろりと舌を出し、彼女は艶かしく舌なめずりをした。
獲物を狙うような熱を帯びた視線で、ぼくを見下ろしてくる。
食べられるという言葉の響きから連想されるのは、どう考えても大人な展開しかない。
「えっ、それって……ご褒美なんですけど」
ぼくは思わず本音をこぼしてしまった。
情けない引きこもりニートとはいえ、健康な男子だ。当然、性欲くらいは持ち合わせている。
ひょろひょろの体型で、女の子と手を繋いだ経験すらない童貞だが、だからこそそういう大人なことへの興味は人一倍強いのだ。
「「「……っ」」」
ぼくの言葉を聞いた途端、またしてもお姉さんたちが肩を震わせて硬直した。
「……ど、どういうことだい? エロい誘いを嫌がらない……だと……?」
「……ね、姐さん……あたし、もうダメ……この坊やとやりたい……っ」
「……ちょっと、まずは姐さんが先だろう。えっちを嫌がらない男なんて、レア中のレアなんだから」
またしても小声で会議が始まってしまった。もう少し大きな声で話してほしい。
やがて、リーダーのお姉さんがゴクリと喉を鳴らし、さらに一歩、ぼくへと擦り寄ってきた。
むせ返るような女性特有の甘い匂いが、すぐ鼻先を掠める。
「ねえ、坊や。もしかしてここ、初めてかい? こんな危ない路地裏にいるくらいだからね」
「えっ、あ、はい。初めてです……ひゃっ」
答えた直後、お姉さんのしなやかな指先が、ぼくの股間をそっとなぞり上げてきた。
ビクンと腰が跳ねる。元の世界なら立派な犯罪行為だが、こんな絶世の美女に撫でられるのなら、もはや究極のご褒美である。
「……嫌がらないのかい?」
「え、なんで嫌がるんですか……?」
ぼくが不思議そうに首を傾げると、お姉さんの瞳の奥で、ギラリと危険な光が灯った。
「知らないことがたくさんあるんだろう? お姉さんが……手取り足取り、教えてあげようか♡」
「えっ、い、いいんですか……」
「ああ。たっぷり教えてあげるよ……♡」
なんて親切で、素晴らしいお姉さんなのだろう。
右も左も分からない異世界で途方に暮れていたぼくにとって、これほどありがたい提案はない。
それに、下心だって満載だ。
「教えてくれるのって……町のこと、だけですか……?」
「っ……く、くふふ……♡ 坊や……だめだよ。そんな、女を誘惑するようなことを言っちゃあ……今すぐ食べちゃいたくなるじゃないか♡」
直後、リーダーのお姉さんの顔が近づき、ぼくの唇を強引に塞いだ。
ゼリーのようにぷるぷるとした柔らかい感触が、唇に重なる。
甘い吐息とともに滑り込んできた熱い舌が、口の中で生き物のように激しく絡みついてきた。
脳が溶けそうなほど、気持ちいい。
「ぷは……♡ はぁ……♡ 坊や……さぁ、おいで。優しくお姉さんが教えてあげるよ……♡」
☆
カトレアは、ふうと熱い吐息をこぼし、豊かな胸を揺らした。
彼女は年齢二十五歳。身長一百八十センチメートルという長身に、Hカップという規格外の外見を備えている。
誰もが振り返るほどの美貌を持ちながら、この異世界ジンナーにおいて、彼女は明確に非モテに分類されていた。
理由は単純だ。高すぎる身長と、己でも持て余すほどの強すぎる性欲のせいである。
ジンナーの男女比は、およそ一対九百九十九。
男の存在は、希少という言葉では到底足りないほどに圧倒的に少ないのだ。
カトレアが拠点とするこの街の人口は、約二万人規模を誇る。
活気あふれる通りを見渡しても、すれ違うのは着飾った女ばかりだ。
この街にいる男の数は、たったの二十人しかいないのである。
二十人の男に対し、二万人の女。
塩や香辛料、輝く魔法石や伝説の武具よりも、男の存在は遥かに価値がある。
だからこそ、女たちは少ない男を我が物にしようと虎視眈々と狙い合う。
カトレア自身も例外ではない。男が欲しい。抱きしめ、匂いを嗅ぎ、その体温を味わい尽くしたくてたまらない。
飢餓感に苛まれた女たちは、さながら生肉を取り上げられた肉食獣だ。
対して、男たちはどうか。
ギラギラと欲望をたぎらせる猛獣の檻の中で生きる彼らの精神は、著しく歪んでいる。
ある者は、相手が性欲を持て余した野獣であるがゆえに、近づく女の影に怯えて身をすくませる。
またある者は、己が希少種であるがゆえに、女をゴミのように扱い横柄な態度をとる。
対等に愛を語り合えるような、まともな精神構造をした普通の男など、この狂った世界には一人も存在しないのだ。
ただ一人、現代日本からやってきたばかりの、良太という青年を除いて。
路地の先で呑気に街並みを眺めている彼の姿を捉え、カトレアは頬を紅潮させた。
良太は、この世界が自分の生きてきた場所と同じ倫理観で回っていると信じて疑っていない。
無理もないことだ。彼は異邦人であり、男が国家主導で保護されるほどの異常事態を知る由もない。
彼にとっては、すれ違う女たちの異常に旺盛な性欲も、極端に偏った男女比も、ただの普通のこととして処理されている。
その無自覚な優しさと平穏な態度が、飢えた女たちの理性をどれほど狂わせるか。
やがて街全体を巻き込む大きな波乱を生むことになるという事実を、彼だけが知らない。
まるで、嵐の中心が無風であるかのように。
カトレアは熱を帯びた視線を彼に絡ませ、長い舌でゆっくりと自身の唇を舐めた。