僕のヒーローはヒモ…天体戦士サンレッドだ! 作:装甲大義相州吾郎入道正宗
ヒーローとは。
市民に愛され、子供が憧れ、ヴィランに恐れるような、強い存在でなければならない。
その点、世界的に名を轟かせるオールマイトの活動ぶりは正に完璧そのもの。民衆の多くは彼を基準とした高い理想像を抱く者が多い。
しかし十人十色という言葉があるように、それら全ての要綱を満たす理想的な人材というのは中々に稀だ。
人間なのだから何かしらの欠点というのはどうしても存在するし、どれだけ素養があっても思わぬ事故や病気を患って長く活動出来ない場合もある。
そのため、何かが少し足りないだけで実力が認められなかった、もしくはごく短期間しか活動出来なかった不遇の人材というのは意外と多い。
そんな中でも。
狭き門を潜ってヒーローになったまでは良かったが、何かしらの理由で人知れずに活動を休止して一般人の生活に戻る……事もなく。付き合っている女性に養ってもらいながら、毎日のようにギャンブルで遊び呆ける典型的なダメ男も居る。
しかも普段から普段着にサンダル履きというラフな格好で過ごしているのに対し、元ヒーローとしての矜持がまだ残っているのか、戦隊モノのリーダーが被るような真っ赤なマスクだけはキッチリと着用している変わり者だ。
そんな目立つ格好をした彼は今、煽り文句だらけのネット広告を鵜呑みして県隣のパチンコ店まで遠征していた。
朝一から意気揚々と銀の玉を弾き続けて既に3時間。
彼女に土下座してまで手に入れた軍資金は既に底をつく寸前まで追い詰められ、色々な意味で絶体絶命の瀬戸際にいた。
…だが、まだだ。まだ諦めない。
俺がどれだけ絶望しようと、胸に秘めた勇気の炎は不死鳥のように燃え上がり、決して消えないのだから!
なんて、無駄に熱血な想いが通じたのか定かではないが、ようやく激アツの演出が連続し、台が赤色や金色に輝いて爆音を掻き鳴らす。
これならイケる…!
そう信じてやたら長い演出を見守っていると、緑色の光を放つロボットが赤い敵と戦う場面で特殊な図柄が表示されて彼は確信する。雑誌の情報通りなら大当たりの期待度は95%超え。
ここから一気に巻き返して負け分を取り返してやると鼻息を荒くしながら意気込み、ハンドルを握る手に更なる気合を入れて。
ーーー店内全ての電源が落ちた。
「は?」
雑学の一つとして、パチンコ店ではこのような不慮の事故が発生しても出玉は保証されない。停電によって消えた内部データは例え大当たりが確定していた状態であろうと問答無用で初期化してしまうのだ。
そんな不幸を受け入れられず呆然としている彼の耳に、店員や常連客が今の状況について話し合っている声が入ってくる。
どうやら付近にヴィランが出現して電線を切ったらしく、大当たりの無効どころかこの店でパチンコを続ける事さえ困難との事。
既に現場近くは火の海で、一刻も早く避難しなければ人命にも関わると店員達が懸命に声掛けしながら避難誘導をしている。
本来ならば元とはいえ正規のヒーローだった彼はその手伝いに従事するべきなのだが…今の機嫌は最悪の一歩手前で足踏みをしているような危険域にある。
仮に地元の知り合いがこの場に居たとしたら、間違いなく全員が裸足で逃げるレベルだ。
つまり。あとほんの少しでも感情の振り幅がマイナスに傾けば、かつての肩書きを無視して八つ当たりを実行する程度には…バチキレていた。
そんな彼は暫く不動の状態で台の前に座っていたが、おもむろに席を立つとポケットに手を突っ込みながら店の外に足を向ける。
出入り口にあるガラス張りの自動ドアは停電のため当然のように開かない。
しかし、一切立ち止まる事なく直進し、分厚いガラスに接触するや否や。薄氷が砕けるように爆散して彼に道を開ける。
そして、数ブロック先の交差点で子供を人質にするスライムのヴィランが何事かを喚き散らしているのを確認すると、迷う事なくそちらへ向かう。
既に3名ほどヒーローが現場に到着しているようだが、どうやら下手に刺激して子供を殺されてしまうと責任問題に発展しかねないと、様子見をしたまま動けない様子だった。
その間にも捕らえられた子供は窒息寸前まで追い詰められて声にならない助けを求めてきる。駆け付けたヒーロー達は自己保身が頭をよぎって、どうしてもリスクがある行動に踏み切れない。
そんなじれったい状況が彼のギリギリまで保たれていた最後の理性を焼き切り、無謀極まる行為へと発展させた。
ドスドスと不良が威嚇するような大股歩きで現場に割って入ると、周囲の困惑など知った事かと無遠慮に犯人へ向かっていく。
「お、おいやめろ! 万が一の事があったら責任を取れるのか!」
その言葉に応える事なく、彼はゴソゴソとズボンのポケットを漁る。
犯人のスライムが本格的に警戒して子供への締め付けを強めたが…もう遅い。
そのまま握り潰されそう状況ならいざ知らず、窒息狙いの拘束ならば完全に呼吸が出来なくとも数秒は問題ない。
だから赤マスクの男は、ポケットに忍ばせておいたパチンコ玉を親指の上に乗せて狙いを定め、一言だけ叫ぶ。
「俺の覚醒HYPER返せやオラァァァァァ!!」
理不尽な怒りと共に放たれた銀玉は、最早ビームに近い。
視認すら不可能な速度で射出され、そのままスライムの眉間を貫く。それだけなら粘体の身体に致命傷は与えられないが、尋常ではない速さが発火するほどの空気摩擦を発生させたようで、小さな風穴を焼き焦がす。
「ギャァァァァ!?」
いくら損傷しても再生出来るスライムとはいえ、痛覚は健在。痛みに悶える隙に至近距離まで近づいた男は無造作に…鋭いローキックを連発した。
「最低でも! 10連させるつもりだったのによ! どうしてくれんだ! 責任取れんのかって!」
「ちょっ、痛ッ! な、何の話をしてやがる!」
「CRユニコーンの話に決まってんだろうが!」
「本当に何の話だ!?」
執拗に繰り出される蹴りの痛みに耐えかねて人質だった目つきの悪い子供を排出するスライムのヴィラン。だからやめてくれと懇願しても彼の怒りは全く収まらず、むしろ音が出るオモチャ扱いして何度も足蹴にする。
やがて興がノってきたのか、ニヤニヤと笑いながら暴行を繰り返す姿はヴィラン…というよりも生粋のサディストを見ているようだった。
全員が呆気に取られて事態に介入出来ない中、待ったを掛けたのは…遠巻きとはいえ、いつでも助けに入ろうとしていた気が弱そうな緑髪の少年だった。
「そ、それ以上は過剰な制圧行為です! 犯人に抵抗するつもりは無いようですし、足を止めて下さい!」
「あ"ぁ?」
「ヒェ……」
首だけを回して睨む仕草はもはやヤ○ザのそれだったが、少年は歯を食い縛って耐えてみせる。恐怖でガタガタと震える体に鞭を打ってヒーローらしからぬ彼の行動を咎めてみせた。
だからだろうか。
男は何度か唸りながらも最終的には勇気ある少年の主張を聞き入れたようで、渋々ながらも態度を軟化させ…全員が油断したところに、もう一発だけキックを追加する。
「えっ!?」
「気にすんな」
「いや、気にしますよ!」
「細けぇとこはいいんだよ。…それと」
言うだけ言って、更に蹴りもお見舞いしてヴィランの心を完全にへし折った赤マスクの男は、結局最後まで見ているだけだったヒーロー達まで近寄っていく。
すると、修羅場を抜けて安堵した彼らは先程までの狼狽えが嘘のように、気丈な振る舞いで声を掛けた。
「先に言っておくが、君の行為は完全に独断先行だ。どこのヒーローか知らないが、所属している事務所には厳重注意をさせて貰うよ」
「……」
「言葉も出ないか。自分勝手な理由で子供を危険に晒すなんて、とてもじゃないが褒められたものではないからね。君はまだ若いようだし、もっと私達のような先輩を見習ってだね…」
まさかの非難に、気弱な少年も捕まっていた子供も絶句する。
恐らくはこのまま何もしなければ格好が付かないので、せめて無謀な若者を指導したという対外的な理由が欲しくて、それっぽい言葉を並べているのだろう。
ーーーだからといって、ガキが捕まってんのに、何もしなかった腑抜け野郎から説教を聞くほど俺は大人しくねぇ。
「正座だ」
「なんだ? 別にそこまでしなくても…いや、君がどうしても私達に謝意を示したいというならその意思を尊重しよう。コチラも…」
「てめえら全員、そこに並べ」
ドンッ!
赤マスクの男が地面を踏むと彼を中心にしたアスファルトが一気にヒビ割れ、鋭い地割れが放射状に広がっていく。
「なっ! いきなり何をあ…あいたたたたたたっ!?」
「いいから黙って正座だって言ってんだろうが、そこのスライムみたいに液状になるまで踏み潰してやろうか?」
「ひぃっ!」
ノータイムで頭を掴まれたヒーローの1人が苦悶の声を漏らすが、力は全く緩まない。大人が出してはいけない本気の絶叫を聞いた他の連中は同じ目に会いたくない一心で、自ら進んで地面の膝を付ける。
「だいたいテメェらはよぉ……」
そこから先は完全に説教だった。
判断に迷うのは仕方ないにしても、人質を変わるだとか交渉するなり、やり方は幾らでもあっただろうが。
何で市民の盾になるヒーローが揃いも揃って最前線でボーッと突っ立てってんだ。1人ぐらいは他に連絡するとか死角から隙を狙うぐらいしろよ。お前らは戦隊モノで横並びじゃねえと何も出来ねえのかって言ってんだ。
あぁ? 安全の配慮だぁ…?
そのせいでガキが苦しむのを見捨てんならヒーローなんざ辞めちまえ!
「うわぁ……」
周りが火の海とはいえ、往来の真ん中でヒーローが揃って正座を強要され、頭を垂れる場面というのは中々にショッキングな光景だ。
幸い、民衆の多くが自発的に避難にしていたために関係者以外の目撃者はいないが、恐怖に支配されて項垂れる彼らに消えないトラウマが刻まれたのは間違いない。
「そもそも何でヴィランを……っと、こんな事してる場合じゃねえ」
パチ屋に戻って残り玉だけでも換金しねえと帰りの電車賃が足りねえわ。
「あ、あの…もう許して頂けるという事でしょうか…?」
「あ"? …まぁいい。いけ」
「ありがとうございます!」
完全に萎縮した彼らは蜘蛛の子を散らすようにその場から去り、赤マスクの男も大きく溜息を吐いてからパチンコ屋へと踵を返す。
怒涛のような展開に目を回しそうになるが、緑髪の少年…緑屋出久はまるで自分が救われたかのように頭を下げて礼を言う。確かに態度や行動に問題はあるが、それでも人を助けるためにこの人が行動したのは間違いないと感じたからだ。
「ありがとうございました!」
「おう」
ヒラヒラと、背中を向けたまま手を振る姿はやはりそこら辺にいるヤンキーにも見えるが、よく見れば袖から覗く腕は筋骨隆々に鍛えられており、もしキチンとヒーロースーツを着用したならば、さぞ映える体型だろうなと何となく考える出久。
その横には自分の不甲斐なさに歯噛みしつつ、圧倒的な強さだけでヒーロー活動をしていた赤マスクの行動に衝撃を受けた爆豪が、心の中で何度も自問自答を繰り返している。
そして遠くの群衆から隠れるように、しっかりと最後まで事の顛末を見守っていた男性…トゥルーフォームのオールマイトが驚きを隠せないでいた。
(ぜ、全然変わってないな……彼は)
今でこそ肉体を酷使し過ぎて枯れ木のように細くなったオールマイトと、狼藉の塊のような行動ばかりを起こす赤マスクの男…ヒーロー名、天体戦士サンレッド。二人は旧知の仲であった。
精力的なヒーロー活動のせいで一箇所に留まる事が少ない前者と比べて、神奈川県川崎市というごく限られた地域を中心に活動するサンレッドとの接点は少ない方だったが、互いに
無論、先程の騒動で見せた無体の数々。横柄な態度を以前から知っていたのでヒーローとして思うところは多々あれど、言葉の端々に誰かを思いやる心は多少なりとあった…あると思う…あって欲しい…というか、後半は完全に私怨で暴力を振るっていたよね!? と少しだけ不安になるオールマイト。
彼の性格からして今の状態で抗議しても、本人と信じてもらえないか、偽物扱いして地面に埋められる未来しか見えない。なのでこうして見守る事しか出来なかったのだが…どうか真っ当に活動を重ねて人々のために戦って欲しいと願わざるを得ない。
ちなみに。
三者三様に様々な影響を与えた当の本人は、戻ったパチンコ屋で無駄と分かりながらしつこく大当たりの補償を要求して出禁にされた挙句、地元まで自分の足で帰る羽目になるのだが……。
その間に重大な事件が発生していた。
サンレッドが暴れたあの場面が何故かネット上で拡散され、瞬く間にトレンドの話題として取り上げられていたのだ。
しかも夕方になる頃には、地方ニュースとはいえ一般家庭にも報じられるほど事態が大きくなっている。
ヒーローを説教するヒーロー。
その見た目のせいで現役だと勘違いされたサンレッドの姿は、日頃から一部の横柄なヒーロー活動に不満を持っていた市民達の中で白熱して歪な英雄視がされるようになったのだ。
同時に、時の人である彼を倒せば自分の名が売れると要らぬ算段を企てるヴィランも相当数いた。
これらの偶然と勘違いが重なり合った事で、サンレッドの長い無職生活が終わりを告げ、曲がりなりにも現役のヒーローとして復帰する流れになるのだが…それはまた別のお話。
夕方ごろ。
とあるヴィラン組織幹部がテレビの前でお煎餅を齧りながら驚愕していた。
「えっ、なんでレッドさんが全国ニュースに…? というか、私達にやるような殺人キックをそこら辺の人にしたら…あっ、アスファルトの上で正座って案外小石とかが転がってて痛いよね。せめて公園の砂の上なら3時間くらいは大丈夫なんだけど……うーん、あの様子だとしばらくは機嫌が悪いままだと思うから、大根を漬けて出来上がったくらいにお裾分けと一緒に対決をお願いしようかな…」