僕のヒーローはヒモ…天体戦士サンレッドだ! 作:装甲大義相州吾郎入道正宗
「クックックッ…オレの個性は自由自在に“温水“を操る! 摂氏50℃の世界で苦しみながら死ぬがいい、天体戦士サンレッドォォォ!」
「温泉街でバイトでもしてろ!」
休日の多摩川沿いにある河川敷。
魔法瓶に入れたお湯を鞭のように操るヴィランに対して、サンレッドの容赦ないツッコミと前蹴りが突き刺さる。
コンクリート打ちされた土手一帯に鈍い打撃音が鳴り響き、遠巻きで観戦していた何人かの野次馬は、オールマイトが戦ったような派手に吹き飛ぶ爽快な展開を期待するが…。
実際の光景は、膝から崩れ落ちて汚い嗚咽を漏らす瀕死のヴィランと、個性が解除されて頭からお湯を被る羽目になったサンレッドが静かにキレている地獄のような光景だった。
しかも痛みに悶えて動けない相手に何回か詰問した後は、サンダル履きの足で何度も高速ストンピングを加えて追撃までする始末。
これではどちらが正義で、どちらが悪か分からない。
そんな思いを周辺いる全員が抱くが、ヒーローと呼ぶにはあまりにガラが悪すぎるサンレッドを直接諌められる胆力の持ち主が居るはずも無く、否定的な野次は一つも飛ばなかった。
というより、先日の件でネットに拡散された情報を鵜呑みにしたヴィランを同じ場所で倒してカツアゲ……挑戦料を徴収し続けた結果。今回のような対決騒ぎはもはや日常茶飯事と化しており、無駄に戦いが長引く事も周辺に被害が及ぶ事もないので、スルーされていると言い換えてもいい。
無論、いくらヴィラン討伐とはいえ金を取って無法を働くのは諌められるべきだろう。
サンレッドの行動は目に余るとして、既に何度か警察に通報された前例もある。
しかし。
その度にサンレッドを庇い立てする
だから今日もまた、学校でしか聞かないようなホイッスルを鳴らしながら、緑髪の少年が駆け寄ってきた。
「だ、駄目ですよレッドさん! 見た目が完全にイチャモンを付けるヤ●ザになってますって! もう少し抑えて抑えて…ッ!」
「んだよ、デク。これくらいはお仕置きとして妥当だろうが…」
「仕置きの時点でヒーローじゃないです!」
彼の名は緑谷出久。
あの事件以降、サンレッドに強い興味を惹かれたらしく、休日の度に神奈川県まで足を運んでは、今回のような対決のサポートを行う【普通科学校の生徒】だ。
無個性でありながらヒーローマニアとして培った豊富な知識と、前向き過ぎるくらいの積極さでサンレッドのサイドキックを勤めている。
特に問題行動へ発展する前に、すかさずフォローを入れる手腕はかなり手慣れており、今のところ一度も警察沙汰にはなっておらず、デクの優秀さが分かるというもの。
「はぁ…仕方ねぇな。おら、さっさと立って払うもん払え」
「いや言い方ァ!」
ついでにツッコミもこなすデクは、今にも吐きそうなヴィランに優しく手を差し伸べながら…事前の取り決めとして設定していた現金を受け取る。
彼としては思うところだらけの徴収だが実際問題、サンレッドに暴力を振るう目的でちょっかいを掛けてくる時点でヴィラン側に非がある上、普通に犯罪者予備軍として検挙されてもおかしくない行動を起こしているのだ。ここで情けをかけるのは、何か違うと自分を無理やり納得させているようだ。
そんな心情を気にかける事なく、ポケットに仕舞っていたタバコを取り出すヤニカスのサンレッド。慣れた手つきで火を付けようとして…思わず舌打ち。
「チッ、お湯被ったせいで湿気ってんじゃねえか…。デク、コンビニで買ってきてくれ」
「未成年は買えませんから! それよりも今日は数が多いから頑張って…頑張り過ぎないように手加減して下さいよ?」
「あー、はいはい。…ったく、雑魚ばっかりなのが悪りぃんだがなぁ」
遠巻きに見物している人達に混じって河川敷に沿うように並んでいるのは、これからの対決を待つヴィランの行列だ。
先日のヒーローを説教するアンチヒーローとして名前が売れてしまったサンレッドの人気は高まり続けている。
最初は腕試し感覚で挑まれる程度の下火だったが、次々と報告される無法極まる彼の強さをネタに、インフルエンサーや動画配信者がこぞって情報を拡散し、感化されたニワカ達が後を立たない。
その誰もが、ヴィランと名乗りながら微妙な個性しか持たずに燻っていた経緯を持ち、普段から警察とヒーローという二重の抑圧にストレスを発散しようと、無謀にも戦いを挑んでいるらしい。
そしてこの日の対決は特に盛況で、人通りが少なくなる夕方にまで待機列が続き、最後の一人を水切りの要領で対岸まで吹き飛ばした頃にはオレンジ色の光が多摩川の水面に反射して、綺麗に輝く頃にようやく終わりが訪れた。
「お疲れ様でした、レッドさん」
「おう。…今日はもう遅いからウチで飯食って一泊しとけ。お袋さんにはカヨコに連絡してもらうからよ」
「まだ携帯買えてないんですか…」
どうやら稼いだ先からギャンブルに注ぎ込んでいるようで、纏まった金額に達していないらしい。
圧倒的な強さの割に人間としてどうかと思う部分が多々見受けられる彼だが…デクにとって、サンレッドはもう一人の憧れとも言える存在だ。今更、幻滅するようは事はない。
実際、サンレッドが多数のヴィランの心を折りながら倒しているおかげで、犯罪率は低下傾向にある。
…そんなこんなで陽が沈みかけ、本格的に暗くなる前にアパートに帰ろうというタイミングになった時。
今日の稼ぎをジャラジャラと弄ぶサンレッドの動きがピタリと止まった。
「………デク、そのままゆっくり後ろに下がれ」
「え?」
いつになく真剣な声色に驚いているのを他所に、明らかな警戒を示すサンレッド。その視線の先には夕暮れから夜に差し掛かる薄暗さを背にした何者かが、河川敷の土手からコチラを見下ろしていた。
薄汚れた包帯を顔に巻き付け、赤いマフラーとバンダナをゆらゆらと揺れている人物で背中には古めかしい日本刀まで背負っている。今までの賑やかし連中とはまるで違う、真っ当な理由でこの場に来たとは到底思えない人物だ。
何より、包帯の隙間から覗く瞳は狂気に染まり切ったドス黒い輝きを放ち、射殺さんばかりに睨み付けてくる。
「ーーー貴様がサンレッドだな」
「おう。何か用事でもあんのか銃刀法違反野郎?」
いつもの煽りから入る会話の流れを断ち切って、包帯男…ヒーロー殺しのステインが襲い掛かる。
土手の壁面を蹴ってからの急加速。背中の刀で袈裟懸けに斬る、と思わせて忍ばせていたサバイバルナイフで横腹を狙う。
「ッシ!」
「甘ぇよ!」
が、サンダル履きのまま器用に片脚だけを跳ね上げてナイフを弾き飛ばし、二の矢の如く抜き放たれた本命の刀も半身をズラして避けてみせる。
そのまま組み合うような接近戦になると思いきや、ステインは大きく飛び退いて間合いを取る。…否、刹那の内に放たれたショートパンチを受けて吹き飛んでいた。
「贋物が…ッ!」
「…なんかすげぇ恨まれてるな」
「レ、レッドさん! あいつはヒーロー殺しのステイン…」
「ッァ!!」
「はッ、大層な渾名だな」
間髪入れずにステインが再突撃。刀とナイフの乱撃で全身を斬り付けるが、やはりそのどれもがサンレッドには届かない。だが、普段は攻撃が当たる前に一撃で仕留める彼が回避に回らざるを得ない時点で、ステインが並大抵のヴィランとは一線を画す強さを持っているのは間違いなかった。
「…それだけの実力がありながら、見返りを求める浅ましいヒーローめ。貴様も他の奴らと何も変わらない…同じ穴の狢だ…ッ!」
「勝手に期待して勝手に失望ってか? 随分と上から目線じゃねえかボロ包帯」
久しぶりに骨がある相手を前にしたサンレッドは、刃の乱舞に晒されながらも嬉しそうなニヤニヤ笑いが止まらない。スタインはそれを自分への煽りと判断したのか、渾身の力で刀を振り下ろす。
そこに、火花。
「なっ!?」
「おー、一回くらいは普通に耐えるか」
サンレッドの握り拳の間には先程までのカツアゲで手に入れた500円玉が挟まっており、簡易的なナックルダスターとして機能していた。それを刀身に当てる事で剣閃をズラし、僅かでも傷を負うリスクを避けたのだ。
「お前、最初の不意打ち以外はずっと攻撃を当てる事だけを意識してたよな。殺してやる〜みてぇな顔をしながら、コソコソしやがって。…バレないとでも思ったか?」
「ーーーコロス」
そこからは無言の乱戦だった。
暗くなり始めた河川敷に刀と硬貨による火花が咲き誇り、耳障りな金属音が何度も重なりながら合唱を奏でる。
近所迷惑も甚だしい攻防だったが、普段から対決の場として選んでいた多摩川の周辺は路面整理が行き届いているため、被害が拡散する危険だけは抑えられている。
そして常人ならばとうに疲れ果てているような時間が経過し、夜の闇が深くなる頃。
サンレッドの方が先に限界を迎えた。
「チッ、今日の稼ぎを使い切ったか」
「…ッ!!」
足元には削り取られた硬貨の残骸がこれでもかと転がり、刀剣の応酬を確実に防ぐ手段が尽きてしまったのだ。
この瞬間を好機と見たスタインの一撃が周囲の暗がりに紛れてサンレッドを捉える。ほんの少しだけとはいえ、ようやくその肌を傷付けて血を出す事に成功した。
ステインの個性は血液凝固。
対象の血を摂取しなければ発動しない厳しい条件はあるが、相手の自由を分単位で奪うという確殺級の隙を生み出す。
一対一の状況であれば、これ以上は望めないほどのアドバンテージといえるだろう。
今度こそ、これで決着を付ける。
そう考えて今度は自分から大きく距離を取って、ナイフに付いた血を舐め取ろうとして…邪魔が入った。
「君たち、そこで何をしているのかね!」
突如として人通りの少ない河川敷に闖入者が現れたのだ。
その人物は周囲が暗いのもあって顔はよく見えないが
普段なら捨て置く一般人。
吹けば飛ぶような身なりからして、ヒーローでもヴィランでも無いだろう。しかし、ステインの動きが何故か鈍る。獰猛な熱情と冷静な判断力の裏で、心の奥底に秘められたナニカが警鐘を鳴らしているとでもいうのか。
絶好の機を前に、致命的すぎる躊躇が生まれた。
そこを見逃すサンレッドではない。
「はいドーンッ!」
大ぶりのソバットがステインの右腕に直撃し、身体をくの字に曲げるほどの威力で蹴り飛ばす。
その勢いで地面に激突すれば大ダメージは必須。しかし、ここでもステインは粘ってみせた。残った左腕が折れるのも構わずに自分から地面に叩き付け、吹き飛ぶ方向を多摩川へズラしたのだ。
既に夜闇に沈んだ水面では、何処に水没したか正確には把握出来ないと踏んでの脱出経路。最悪の場合は溺死するかもしれないが、それでも彼は逃走を選んでみせた。それだけのリスクを負ってでも素直に捕まる気は無かったのだろう。
「…いいな。次に会った時はバトルフォームで相手してやるよ」
その小さな呟きに、一人はまだ力を隠しているのかと純粋な驚きを見せ、もう一人の闖入者はそれだけは勘弁してくれと溢しながら土手を滑りながら降りてくる。
どうやら見た目通りに貧弱な身体能力しかないようで、それだけの動きで随分と息が上がっていた。
「まったく…あれから何年も経つのに手荒いところはまるで変わってないな」
「あん? 誰だお前」
「レッドさん、お知り合いじゃないんですか?」
「いや知らねえよこんなマッチ棒みたいなオッサン。つかなんでこんな場所にいるんだ、徘徊老人か?」
「シンプルに失礼! いや、確かに60歳が見えてきた年齢だけどそこまでは老けていないよ!?」
心当たりが全くないサンレッドを他所にその人物は一度だけ咳払いをすると、デクの方も見ながら口を開いた。
「なら、これで分かるだろう? 旧友に会うために………私が、来た!!」
瞬間。
全身の筋肉がバンプアップし、作画が変わったように筋骨隆々とした大男に変身する。
全身から溢れんばかりの生命力を漲らせ、無駄に格好いいマッスルポーズを決める世界一有名なプロヒーロー。
オールマイトが、そこに居た。
「ふーん」
「反応が薄い!!」
「もぉ〜、駄目だよゲイラス君。ウチで甘辛いおかきって言ったら歌舞伎揚げでしょ! 明日は静岡から大事なお客様が来るんだから、今のうちにお茶請けは用意しておかないと…あれ? あそこにいるのはレッドさんとデクくんじゃない?それと他にも誰か……えッ、オールマイトに変身した? えっ、えっ…どうしよう私、老眼がキツくなってきたのかな。ゲイラス君、ちょっと急ぎで帰ろうか??」