現代からちょっと経った、近未来世界でダンジョンを!ローファンタジーを!   作:運営者

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2030年、再就職支援センターにて

 蛍光灯の光が、観葉植物が、クーラーの効いた部屋が、自分を迎えているようだ。

 

 ここは『冒険者再就職支援センター』。世間では皮肉を込めて、こう呼ばれていた。

 

 

 お先真っ暗センター。

 

 

 

 入口に待ち構える巨大なカウンター。そこから自動ドアの外を見やれば、日本のどこにでもあるような風景が広がっている。

 

 しかし、その街の遠景には、地表を抉るようにそびえ立つ巨大なダンジョンのゲートと、多くのビルが見えた。

 

 曇りがちな日本の空の下で、いやにゲートが眩しく輝いていた。だが、カウンターの先、面談室にいる者にとって、それは遠い別の世界の出来事のようだった。

 

 

 

 机を挟んだ向かい側に座る面談者──『荒木徹』と書かれた名札を吊り下げた男は、神山に話しかけた。

 

 

 

「冒険者がよく陥ることだ……ダンジョンに行けばお金が手に入るがゆえに、それ以外の、ごく普通の働き方を知らないし、やりたがらない」

 

 荒木の声には、期待していた同情の色すらまったくなかった。それは、何人もの落伍者を見てきた者だけが持つ、独特の響きがあった。

 

「ダンジョン攻略を支える魔物の素材は換金率が高い。だからこそ若者がこぞってダンジョンに突撃する。資本主義の姿、あるいは経済の闇というべきか、現代の歪みというべきか」

 

 神山は俯いたままだ。頷くタイミングを逃したと思い、リアクションを取れずにいるのだ。

 

 かつては剣の柄をしっかりと握りしめていたその手には、生々しい古い傷痕と、緊張から来る震えがあった。

 

 

 

 日本のニュースをつけても、SNSを開いても、今やダンジョンの配信者になるとか、素材売買による一攫千金が若者の憧れの的だ。

 

 日々、ダンジョンから産出される資源がいかに重要かを強調する記事にテレビに新聞に。

 

 国家がありとあらゆる媒体を用いて煽り立てるダンジョン。しかし実際の自分は、収入が不安定な底辺で、エンタメとして消費されるだけの戦闘職の若者にすぎなかった。

 

 

 

 一歩踏み外せば、即座の死か、あるいは二度と前線に立てないほどの心身の損壊が待っているというのに、上を見れば自分より圧倒的な強さを持つ配信者たちがいる。

 

 神山蓮という青年もまた、かつては夢を抱き、ダンジョンに挑む一人だった。

 

 いや、認めたくはないが、もう潮時だ。いまでも心のどこかでその甘い幻影を断ち切れていないからこそ、この支援センターの扉を開けるまでに、どれほどの葛藤があったことか。

 

 

 

 荒木はフッと息をつくと、蓮へ語りかける。

 

 

 

「就労支援なんて受けたくもない、自分はこのまま冒険者として生涯を終える……そんなふうに思えなくなったから、ここに来た。つまりキミは、現状を打破する必要があると自覚しているね」

 

 図星だった。

 

 前線で魔物の爪に右腕が深く引き裂かれたときの悪夢的な激痛。あの凄まじい絶望感が、蓮の身体から戦闘本能を完全に奪い去っていた。

 

 ポーションがある。傷は治る。しかし心は治らず、ダンジョンへは行けない。

 

 いざ普通に働こうとしたとき、蓮には文字通り社会人としてのスキルが何一つなかった。先輩への挨拶の仕方すら、知らなかった。

 

 高校生活を終えてすぐにダンジョンへと赴いた自分は、社会においてただの無力なモブなのだと思い知らされたのだ。

 

 震える唇をかみしめながら、蓮はかすれた声で絞り出した。

 

「……そうです。俺は、もうあそこには戻れない。でも、だからといって、どうすればいいのか分からないんだ。俺にできるのは、ただ魔物を斬ることだけで……それすら、もう震えてできない」

 

 蓮の告白を聞いても、荒木の表情は微動だにしなかった。彼は眼鏡の位置を直すと、懐から一通の封筒を取り出し、蓮の前に滑らせた。

 

「まず、ジョブチェンジはどうだろうか。戦闘職は確かに世間一般的に花形として扱われるものの、最も負傷しやすく、トラウマになってドロップアウトという末路を迎えやすい」

 

 荒木の言葉は、蓮の心を容赦なくえぐった。だが、それは紛れもない事実だった。前衛は、常に死と隣り合わせだ。生き残った者でさえ、その大半が生涯消えないPTSDや後遺症に苦しんでいる。自分もまた、その一人なのだから。

 

 

 

「ですがね」

 

 

 

 荒木の声音が、わずかに温かみを帯び、口角が上がった。

 

「私はジョブを簡単に変えられる……いわゆるユニークジョブの所有者でな」

 

 

 

「えっ……!?」

 

 

 

 蓮は思わずパイプ椅子から立ち上がりそうになった。ユニークジョブ。それは神から選ばれし者にごく稀に与えられる、常識を逸脱した天賦の才。

 

 普通の人間の人生とは一線を画す、例外中の例外だ。そんな人間が、なぜこんな地方都市の、しかも就労支援センターの職員などやっているのか。

 

 蓮の混乱を察したのか、荒木は手で制した。

 

「驚くのも無理はない。だが、私のこのユニークスキル『適性再配置(リ・アサイン)』は、他者のジョブ適性を引き出し、再構築することができる」

 

「もっとも、並列に複数のジョブを持つことはできないがね」

 

「しかし、人のジョブ適性というものが、私には見えるんだ」

 

 荒木はペーパーナイフを取り出し、封筒から書類を取り出した。

 

 そして、書類の文字をトントンと指で叩く。そこに書かれていたのは、蓮がこれまで一度も真剣に考えたことのない分野の名前だった。

 

「戦闘職にしがみつく必要はない。体を張って命を削るだけが生き方ではないのだよ。例えば……錬金術師などはどうだろうか?」

 

「錬金術師……?」

 

「そうだ。生産職の中でも化学的アプローチが有効で、他の冒険者を支援することも、まあ戦闘職ほどではないが……できる」

 

 荒木は淡々と説明を続けた。

 

「近年のダンジョンブームにより、前線を支えるポーション、魔力触媒、耐久強化剤の需要は天井知らずだ。戦闘職は消耗品のように使い捨てられるが、優秀な錬金術師やクラフターは、後方から支援するだけに留まらない」

 

「経済全体を牛耳るほどの影響力を持つ。さらに金と伝手さえあれば、危険な迷宮の奥底に自分で潜る必要もない」

 

「清潔な場所で、論理と実験に基づいたモノづくりに没頭する。それは、かつてキミが命を張っていた戦場とは真逆の場所だ」

 

 蓮は、荒木が提示した書類を見つめた。

 

 錬金術師。それは専門機関がありとあらゆるパターンを検証し、日進月歩で新たなレシピが見つかるジョブ。

 

「戦闘職としてのプライドが邪魔をするかね?」

 

 と、荒木が低く問うが、蓮は即答した。

 

「……錬金術師にならせてください!」

 

 蓮は、ここで変わらなければ、本当に何もかもを失ってしまうという予感が、猛烈にした。

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