現代からちょっと経った、近未来世界でダンジョンを!ローファンタジーを! 作:運営者
「もちろん、『適性再配置』は代償を伴う。ジョブは一時的とはいえ消失するし、再構築後には現在の戦闘職としてのステータス補正も消える」
荒木の声は、蓮にとって衝撃的だった。
ステータス補正がなければ自分は一般人と変わらない。
ダンジョンにおいて、レベルアップ時のステータス成長は生命線だ。前衛として積み上げてきた筋力、敏捷性、耐久力。それらはすべて、ステータスの補正を受けて飛躍的に上昇する。
見掛け倒しになるのではないか、という懸念があった。
「きみには資質があるから、ステータス補正をそこまで分解せずとも錬金術師になることは十分可能だろうが……」
荒木はそこで言葉を区切り、眼鏡のブリッジを人差し指の腹で押し上げ、位置を調整した。レンズの奥にある冷ややかな瞳が、蓮の動揺をサッと見据える。
「レベルが上昇した時にどんな風にステータスが伸びるか。それについては、全くわからないというのが欠点だ」
荒木がぼやいた、その言葉の意味を理解するのに、蓮は数秒の沈黙を必要とした。
しかし、どんよりとした気分になったのも一瞬で、恐ろしいことに気がついた。
「そ、それって……! もしかして、錬金術師っていうジョブなのにも関わらず、元から錬金術師だった人とはステータスの伸びが違うってことですか!?」
思わず前のめりになり、パイプ椅子の金属音が狭い面談室にギャッ、と乾いた音を立てて響く。
「あ、すいません……」と縮こまる蓮に、荒木はふっと鼻を鳴らした。
「うん? そうだが」
あまりにもあっけない肯定だった。
荒木は書類から目を離さぬまま、淡々と続ける。
「言っておくなら、適性再配置を行わなくとも、ステータス補正を分解して自由に振り分けができる、だなんて都合の良い素晴らしい代物ではない」
冷や水を浴びせかけられたような感覚だった。今まさに、そうしてくれないかと頼むところだったのだ。
錬金術師なんて勝手の知らないジョブになりたくない。でも、元のステータスより強いステータスを得られるなら、そうしたい――蓮のそんな心中に、見透かされたという焦燥が広がる。
「そして、適性再配置で最強のユニークジョブを手に入れるだとか、そういうことも私にはできない。私の『適性再配置』は、あくまで潜在している別の適性を引き出して、ステータス補正を消費して繋ぎ直すだけのものだ。決して、便利な魔法の杖ではない」
荒木はふう、と浅く息を吐き出すと、自慢げに椅子にもたれかかった。
その表情には、万能のスキルを持つ者特有の傲慢さと、どこか酷く疲労の色が滲んでいるように見えた。
ユニークジョブには固有のスキルがあり、その全貌は攻略wikiにさえ載っていない。
「そして、もしもユニークジョブの性質がキミにあったとしても。あったとしてもだ、ニュースやSNSを見ればわかるだろう……ユニークジョブを持っている人間というのは、世間一般のイメージとは裏腹に、基本的に多忙を極める。それが公務員なら……まあ、転勤に次ぐ転勤でタライ回しだ」
「転勤、ですか……?」
「そうだ。統計やら何やらを用いて、最も効率的な勤務地の選定やら、人員配置の最適化やらと言われることになる。ジョブが特殊であればあるほど、休む暇もなく全国の支部へと引っ張り出される。コモンジョブのように、のんびり悠々自適に暮らすなど、夢のまた夢だな」
一国の経済を動かすほどの天賦の才を持ちながら、国にこき使われる公務員生活。その現実を語る荒木の横顔には、世知辛い大人の諦念が漂っていた。
――いや、待てよ。この男は無意識にコモンジョブを下に見ている。目の前に『格闘者』のジョブを持った蓮が居るのに、なんたる配慮のなさだろうか。蓮は内心で毒づく。
「つまり……運良く最初から強力なユニークジョブを引き当てた人々のような、一攫千金の人生とか……劇的な逆転劇なんて、まったく起きないってことですか。俺が手にするのは、特別な力でも何でもない……ただの、ステータス補正が変なだけの、ごく一般的な錬金術師ってことですか」
絞り出すような蓮の声には、隠しきれない落胆の色があった。
幼い頃から夢見た華々しい冒険者の世界。その頂点に立つ配信者たちや、規格外の才能を持つ者たちへの憧れが、心のどこかでまだくすぶっていたからだ。かつてパーティーを組んでいた同級生の仲間たちと、いつかダンジョンを踏破して、億万長者になってやるんだと夜のファミレスで語り合った記憶が、脳裏をかすめる。あの頃の自分たちは、世界が自分たちを中心に回っていると本気で信じていた。
しかし、現実はどうだ。仲間は散り散りになり、自分は右腕の傷に怯えて前線から逃げ出し、このクーラーがガンガンに効いた支援センターのパイプ椅子に座って、しかもユニークジョブを持った男に冷たくあしらわれている。
しかし、そんな激情に震える蓮を前にして、荒木は冷静に、しかしどこか諭すような低い声で言い放った。
「そういう落胆の仕方をするな、神山くん。……まあ、戦闘職としてのステータス補正が消滅するとはいえ、再構築の過程で余った分はベースとして引き継げる」
荒木は書類の端をトントンと叩いた。そこには、平均的な能力値を示した五角形のステータスシートが描かれている。
「だが、警告するなら、基本的に『凸』の部分、つまり君がこれまで尖らせてきた戦闘に関する秀でた能力の度合いほど、容赦なく削れるということだ。もし、これまでの戦闘職としての経験が中途半端で、何にも秀でていないと……『再構築』を進めてしまえば、すべてのステータス補正がマイナスに転落することもある」
その言葉は、蓮の胸を鋭く突き刺した。
中途半端な実力のまま前線を逃げ出し、右腕の傷に怯えているだけの自分。そんな自分がもし適性再配置を行えば、すべての数値がマイナスになり、普通の人間以下のスタートラインに立たされるかもしれないという恐怖。かつての栄光の残滓すらも、すべて削ぎ落とされるかもしれないのだ。
「そのようなリスクが発生すると事前に通達した上で、それでもなおジョブチェンジを請願された者もいたがね……結果は芳しくなかった。それを聞いても、まだ適性再配置を行いたいか? 錬金術師になりたいか!」
荒木は、射抜くような鋭い眼差しを蓮に向けた。
答えを聞かなくても、決心はついている。一歩間違えば、二度と這い上がれない底の底に落ちる。その危機感が、蓮の原動力になっていた。
「なります」
部屋の隅にあるクーラーの低い駆動音が、妙に耳障りに響いた。
ここで変わらなければ、本当に何もかもを失ってしまう。戦闘職としてのプライドなど、右腕の痛みとともにすでに砕け散っているではないか。華々しい配信者の世界がどうした、一攫千金がどうした。生き残らなければ、物語の舞台にすら立てない。
あの英雄のように、輝かしい主人公のようなことはできなくてもいい。せめてモブとして、あの輝かしい世界の片隅にしがみつきたい!
蓮はぐっと顔を上げ、荒木をまっすぐに見据えた。その瞳には、先ほどまでの迷いが消え、切実な決意の色が宿っていた。
「……警告は、十分に理解しました」
蓮の声はかすかに震えていたが、しかしはっきりとと言葉を紡いだ。
「それでも、俺は……ここで終わりたくないんです。だからッ、錬金術師にならせてください!」
その言葉を聞いた時、荒木の口元に、わずかに、しかし確かに笑みの形が浮かんだ。