〜38歳童貞のTS憑依転生。身体の主(9歳)の遺言が『結婚してくれ』だったんだが〜   作:寺生まれののTさん

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コメディを好む方は次の話(0話)へお進みください。この話は若干シリアス、というか少し暗い話です。


−1話:召喚

……ずっと、寝ていたい。

 

 眠っている間は、何も考えなくていい。

 

 明日のことも。今日、間違えたことも。明日こそは間違えないようにしなければいけないことも。

 

 何も考えなくていい。

 

 だから、ずっと眠っていたい。

 

 ……でも、眠ったら起きなければいけない。

 

 どれだけ眠っても、朝は来る。どれだけ逃げても、明日は来る。

 

 それは、きっと、誰にでも同じなのだろう。

 

 私にも。私より賢い子にも。私より頑張れる子にも。

 

 明日は来る。

 

 ただ、明日が来たところで、何かが変わるわけじゃない。

 

 昨日の私は、今日こそ頑張ろうと思っていた。今日の私は、明日こそ頑張ろうと思っている。

 

 明日の私は、きっと、明後日こそ頑張ろうと思う。

 

 そうやって、いつまでも。

 

 できない自分を、未来に押しつけている。

 

 ……馬鹿みたいだ。

 

 明日になれば変われるなんて、どうして思ったのだろう。

 

 今日の私にできなかったことが、明日の私にできるはずがないのに。

 

 昨日の私と、今日の私。

 今日の私と、明日の私。

 

 何が違うのだろう。

 

 いつまでも同じ私だ。

 

 何も変わっていない。何も変えられていない。

 

 だったら、明日の私だって同じだろう。

 

 私は、そういう人間なのだ。

 

 ____________

 

 お母さんは、私を頭が悪いと言った。

 

 グズだとも言った。

 

『犬』と同じとも、言った。

 

 最初は、違うってそう思っていた。

 

 私は、ただ、知らないだけだ。

 私は、ただ、できないだけだ。

 

 私は『犬』なんかじゃない。

 

 知らないことは、勉強すればわかるようになる。

 できないことは、頑張ればできるようになる。

 

 そう思っていた。

 

 だから、頑張った。

 

 間違えないようにした。怒られないようにした。次こそは、ちゃんとできるようにした。

 

 それでも、間違えた。

 

 頑張ったのに。前より気をつけたのに。今度こそは大丈夫だと思ったのに。

 

 駄目だった。

 

 どうしてなのか、わからなかった。

 

 わからないから、聞いた。

 

 そんなこともわからないのかと言われた。

 

 だから、自分で考えた。

 

 勝手なことをするなと言われた。

 

 ……じゃあ。

 

 どうすればよかったのだろう。

 

 正解を教えてほしかった。

 

 何をすれば怒られないのか。何をすれば褒められるのか。何をすれば、ここにいてもいいのか。

 

 誰かに教えてほしかった。でも、正解を聞くことすら、私にはできなかった。

 

 聞けば怒られる。聞かなければ怒られる。

 

 間違えれば怒られる。間違えないように考えても、そもそも、考え方が間違っている。

 

 私には、もう、何が正しいのかもわからない。

 

 ……いや。

 

 わからないのではない。

 

 私が何をしたところで、正解にはならないのだ。そう考えれば、全部、説明がつく。

 

 私が悪い。私が足りない。私に問題がある。

 

 だから、うまくいかない。

 

 簡単な話だった。

 

 世界が私を理解してくれないのではない。

 

 私が世界に合っていないのだ。

 

 ……それなら、仕方がない。

 

 仕方がないのだ。

 

 ____________

 

 ……結婚、したいな。お付き合いでもいい。

 

 どうして、そんなことを思ったのだろう。

 

 自分でも、よくわからない。

 

 結婚すれば幸せになれるなんて、誰かに教わったわけじゃない。

 

 王子様が迎えに来てくれるとか。運命の人が、いつか私を見つけてくれるとか。

 

 そんなお話を、信じているわけでもない。

 

 ……ううん。

 

 嘘。

 

 本当は、少しだけ、信じていたかった。

 

 私が何もしなくても、誰かが私を見つけてくれる可能性。甘えた甘えた、あの日の、きまぐれのケーキみたいな甘い夢。

 

 私が何もできなくても、私のことを大切にしてくれる可能性。

 

 私が、私であるというだけで、ここにいてもいいのだと思える可能性。

 

 頑張って、頑張ったら、厳しく声をかけてもいい、でも、『それでも』、満面の笑みでよくやったって褒めてくれる人。

 

 そんな人が、どこかにいるのなら、私は少しくらい、幸せになれるのかもしれない。

 

 そう思いたかった。

 

 ……でも。

 

 私には、何もない。

 

 誰かに好きになってもらえるようなところも。誰かに大切にしてもらえるようなところも。誰かが、わざわざ私を選ぶ理由も。

 

 何もない。

 

 私は、誰かに選ばれる人間じゃない。

 

 だって、私自身が、私を選びたいと思わないのだから。

 

 私が私を嫌いなのに。私が私を信じていないのに。どうして、ほかの誰かが、私を好きになってくれると思えるのだろう。

 

 ……だから。

 

 考えた。

 

 どうすれば、私でも選んでもらえるのだろう。

 

 どうすれば、私でも、誰かに大切にしてもらえるのだろう。

 

 普通に頑張ったって、きっと無理だ。

 

 普通の人ができることを、私はできない。

 

 普通の人が当たり前に持っているものを、私は持っていない。

 

 だったら、普通では駄目なのだ。

 

 才能がない、私ではダメなのだ。

 

 普通の人が選ばれるのなら、私は、普通ではない人に選んでもらえばいい。

 

 ……世界で、一番の人。

 

 誰よりも強くて。誰よりも立派で。誰よりも、すごい人。

 

 そんな人なら。

 

 そんな人なら、私にも、何かを、可能性を見つけてくれるのではないだろうか。

 

 私が自分でも知らないような何かを。私が自分では見つけられないような何かを。私が、自分にはないと思っているものを。

 

 そんなものを、見つけてくれるのではないだろうか。

 

 ……馬鹿みたいだ。

 

 世界で一番の男が、どうして私を選ぶのだろう。

 

 どうして、ほかの誰でもなく、私なのだろう。

 

 世界で一番の男なら、きっと、世界で一番の女だって選べる。

 

 私なんかより、ずっと賢くて。私なんかより、ずっと綺麗で。私なんかより、ずっと頑張れる人を。

 

 わざわざ私を選ぶ理由なんて、ない。わかっている。そんなことは、最初からわかっている。それでも、考えてしまった。もしかしたら。もしかしたら、いつか。

 

 もう、やめよう。

 

 こんなのは、願いですらない。

 

 ただの逃げだ。逃げでしかない。

 

 自分では何も変えられないから、誰かに変えてもらおうとしているだけ。

 

 自分では自分を救えないから、誰かに救ってもらおうとしているだけ。

 

 そんな自分を、私は好きになれない。

 

 誰かに救われたいと願うことすら、私には身の程知らず。

 

 私は、自分の力で何もできない。

 

 だったら、せめて。

 

 自分には何もできないということくらい、認めなければいけない。

 

 自分には何もない。

 

 自分には何もできない。

 

 自分が誰かに選ばれる可能性なんて、どこにもない。

 

 ……そうだ。

 

 私には、『可能性がない』。

 

 ____________

 

 死にたい。

 

 そう思うことに、もう、特別な理由はなかった。

 

 何か一つの出来事が、私をそうさせたわけではない。

 

 ただ、明日が来ることが嫌だった。

 

 また同じ私が目を覚ます。

 

 何もできない私。何も変えられない私。何も期待されない私。

 

 その繰り返しだ。

 

 ……これを、世間では何と呼ぶのだろう。

 

 希死念慮。

 

 自暴自棄。

 

 言葉だけなら、知っている。

 

 でも、名前がわかったところで、何が変わるのだろう。

 

 名前がつけば、苦しさに意味が生まれるのだろうか。

 

 名前がつけば、誰かが助けてくれるのだろうか。

 

 ……そんなわけがない。

 

 私は、ただ、私なのだから。

 

 私が苦しいことに、世界が立ち止まる理由なんてない。私が泣いたところで、明日は来る。私が何もできなくなったところで、世界は進む。

 

 誰かが笑っている。誰かが頑張っている。誰かが夢を叶えている。

 

 その間にも、私の時間は過ぎていく。

 

 私だけが、取り残されていく。

 

 ……いや。

 

 私は、最初から、どこにも進んでいなかったのかもしれない。

 

 進めると思っていただけだ。

 

 変われると思っていただけだ。

 

 自分にも、いつか何かができるようになると思っていただけだ。

 

 でも、可能性というものは。ただ、存在するだけでは、何にもならない。可能性があっても、何もできない人間はいる。可能性があっても、誰にも見つけてもらえない人間はいる。可能性があっても、そこに辿り着く前に、諦めてしまう人間はいる。

 

 ……だったら。

 

 私に可能性があるかどうかなんて、もう、どうでもいいのかもしれない。

 

 あったとしても、私には使えない。

 

 あったとしても、私には辿り着けない。

 

 あったとしても、私には信じられない。

 

 それなら、ないのと同じだ。

 

 私には、可能性がない。

 

 私が変われる可能性も。私が救われる可能性も。私が、誰かに選ばれる可能性も。私が、いつか自分の人生を自分のものとして生きられる可能性も。

 

 全部、ない。

 

 ううん。

 

 違う。ない、というだけでは足りない。まだ、どこかにあるかもしれない。まだ、私が知らないだけかもしれない。まだ、いつか何かが変わるかもしれない。そういう考えが残っている限り、私はまた期待してしまう。

 

 また、明日を待ってしまう。また、自分を信じようとしてしまう。

 

 だから。

 

 否定しよう。

 

 私には、可能性がない。

 

 私が変わる可能性を、否定する。

 

 私が救われる可能性を、否定する。

 

 私が、いつか誰かに大切にされる可能性を、否定する。

 

 私が、この先の人生を、自分の力で歩いていける可能性を、否定する。

 

 私には、できない。

 

 私には、変えられない。

 

 私には、何もない。

 

 だから。

 

 私の可能性なんて、最初から、どこにもなかった。

 

 じゃあ、そんな、『無の可能性』の私から出てくる存在はきっと、『究極の可能性』のはず。

 

 ____________

 

 彼女は全身全霊で、自分自身の可能性を否定した。

 

 彼女自身にはないもの。彼女自身には辿り着けないもの。彼女自身には信じることのできないもの。

 

 その反対側に、ひとつの可能性が選び出された。

 

 それは、彼女が生み出したものではない。

 

 彼女が願ったから存在するようになったものでもない。

 

 彼女が知らない場所で、彼女とは無関係に生き、戦った人間。

 

 その人間は、もともとは、別の世界にいた。

 

 ただ、彼女の『否定』によって、その存在がこちら側へ引き寄せられた。

 

 自分の可能性を否定した少女の前に。

 

 自分の可能性を信じて、『それでも』と言い続けた男が。

 

 皮肉なことに。

 

 世界で一番の男に、自分を見つけてほしいと願った少女が命を賭して呼び出したのが、世界で一番の男にして、自身の逆、『究極の可能性』だった。

 

 生きていたのなら、

 

 その男なら、彼女をきっと肯定しただろう。

 その男なら、彼女をきっと希望に導けただろう。

 その男ならーー

 

 彼が本当に彼女を救えるかどうかは、わからない。けれど…… 不幸中の幸いと言えたのが、

 

 少女は、その答えを知ることができない……はずだった。

 

 だけど、聞こえた気がしたんだ。

 

 ーーよくわかんねぇが、

 ーー君が、俺を呼んでくれたのか。

 

 ーー感謝するぜ。マジで、ほんと……だから、礼くらい言わせてくれや。  

 

 ーーえ?

 

 ーーなんでも叶えてやるよ。お前の未練を。お前の人生の情報は少しだけならわかった。お前はよく頑張った。偉いよ。その年にして、お前はこのクソみたいな世界で生き続けてきたんだ。お前は『それでも』と言い続けてきた。心の中ではそうじゃなかったのかもしれねえが、それでも、俺は認めてやる。だから、安心して逝け。時間はねえみてえだから、手短にいくぜ?

 

 ーーありがとう……

 

 ーー多分、ここにいるのは束の間の夢。ただ世界が繋がっただけでできた、泡沫の回線。現世に帰ったら忘れちまうただの回顧録にもならねえ現象……

 

 ーーこれから死んじまうお前にかける言葉じゃねえかもしれねえが

 

 ーーお前の前には、俺がいる。だから、もう『大丈夫』だ。

 

 ーー……たくしたよ。

 

 ーーああ、お前の願い、叶えてしんぜよう!

 

 ____________

 

「……は?」

 

 目を開ける。知らない天井。知らない部屋。知らない身体。視界が低い。手を持ち上げる。

 

 小さい手だった。

 

「…………」

 

 俺は、自分の手を見つめた。

 

 何が起きたのか。

 

 どうして、ここにいるのか。

 

 何一つ、わからない。

 

 ただ、この身体が、俺の知っているものではないことだけは確かだった。

 

「……冗談だろ」

 

 返事はない。

 

 俺は、もう一度、周囲を見渡した。辺りは悲惨な状態だ。

 

 考えろ。

 

 まずは、状況を把握する。

 

 それからだ。

 

 何をするにしても。

 

 何を始めるにしても。

 

「まあ、だが……」

 

 ーー可能性を考えるのは、その後でいい。

 

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