〜38歳童貞のTS憑依転生。身体の主(9歳)の遺言が『結婚してくれ』だったんだが〜 作:楓舞星
七海建人は最近、毎日その先輩を見ている。
学校に登校するときも、学校から下校するときも、部活の強豪校の部員すら瞠目する勢いで彼女は全力で自身を鍛え込んでいるように見える。
「あれ?七海何見てるの?」
同学年の友人である、日々を溌剌と過ごしている人間、灰原が七海に声をかけた。七海は静かに目を見開いて、自身がその光景を無意識に眺めていたことを知る。
「……ああ、いや、ここまで鍛錬に熱心な学生がいるとは思わなくてね」
この高専に所属すると言うことは、命の危険にさらされるということ。だから、みな自己鍛錬には励んでいるが、彼女のそれは頭が一つ抜けているように七海は感じた。
「聞いたことがあるよ。確か、転入してきた2年生の無択ナキさんでしたっけ」
「そうか……無択ナキ……」
「声をかけにいこっか?」
「いや、やめておこう」
七海はそう言うと歩きだした。
「それにしても酔狂者だ。遠目からみると、小学生にも変わらない体躯なのにも関わらず、近距離戦闘をする気でいるみたいだ」
「それだけ自分の格闘術に自信があるのかな?」
「わからない。だが、機会があったら一緒に任務につくことがあるかもしれない」
灰原はそれはそうと、と前置きする。七海はまだ灰原と会って間もないものの、友人だ。これはめんどくさいモードに切り替わったなと察する。
「ねえねえ、七海ってどんな子がタイプなの?」
「……はぁ、考えたことがない」
「んなこと言ってー、本当はあるんでしょ?例えばさっき注目していたあの子とか」
「そう言う目線では見ていない……逆に灰原の方はどうなんだ?言い方から、お前は無択先輩の事が好きだという事だと思うが」
「僕はそんなことないよーっと。僕はよく食べる、もっと大人なお姉さんが好きっすね」
灰原はそう言うと、冗談混じりに笑った。七海も、ふと口角が上がってしまった。高専とは、そんな何ら変わりない青春を送る場でもあるのだ。
____________
夕陽が見える下校時、きた時同様、七海と灰原は共に帰っていた。
そんな時でも、まだグラウンドには無択がおり、無択は傍目からみてもへとへとになっていても、まだ足を動かそうとして……そして、そのままぶっ倒れた。
「七海!いこう!」
「ああ、そうだな」
二人は急いで無択に駆け寄った。そうしていると、起き上がった無択はぜーぜーと荒い呼吸をしながらも、小さく呟いた。
「……ん、ちと気絶してたか……」
平然とそう言う無択に対して、七海と灰原は、
「初めまして。無択先輩。私は七海建人と申します」
「初めまして!僕は灰原雄です!」
「ごほん。ああ、後輩の連中か。私の名前は無択ナキ」
そう言って、無択は立ち上がった。そうして、またもや、走り出すような体勢を取ろうとして……
「え、さっき倒れたばっかですよね」
「そうだが?」
「やめといた方がいいと思います!」
「後輩どもに一つ後学の為のヒントを教えてやる。世の中の大体のことは根性論でどうにかなるんだ」
「……はぁ、また鬱陶しい先輩が一人増えた様ですね」
「口ぶりから察するに、五条や夏油とはもう会っているのか」
「ええ、どちらとも、生意気な先輩です」
「ああ、その評価で正しい。私は違うが」
「違っても、発言からして暑苦しそうなんですが」
七海は思う。灰原と気が合うのではないかと。しかし、
「私が根性論者などと誰が言った?根性論なんてものに縋る奴に碌な奴はいない」
その言葉で、雲行きが異なるものになったのを感じ取る。
「ほう……」
「世の中、大体のめんどうな事故を起こすのは適当に根性論に縋った奴だ。しかるべきロジックを経ないその行動には代償を伴う」
「納得はできますね」
「確かにって思います!」
「だからな、根性論に縋るのはとびっきりの最後のみ。左手は添えるだけ……簡単な話だ」
「何故急にスラムダンクの名言が飛び出たのかは分かりませんが、とにかくよく分かりました」
「七海スラムダンク読んだ事あるの?」
七海と灰原は無択の言葉に頷く。
「では、何故今その根性を振り絞っているのですか?」
「私には才能がない。この人生を舐め腐ったかのような身長を見てみろ。お前らが巨人にしか見えない」
「……まあ私は現在180cmありますからね。あなたの身長が幾つかは測りかねますが、私の前に220cmの大男がきたら、きっと私も似た様な感想を抱くでしょう」
「僕の場合は172cmぐらいはあるから、210cmの人かぁ。うん、大きいね!」
「だからな、私は強くなるために、自分を全力で、徹底的に、理論的に追い込むんだ」
七海は無択の言葉に共感しながらも、だからこそ不可解な箇所に手を入れる。
「なるほど……ですが、そもそも何故あなたのような方がこの世界に?自身に才能がない事は分かり切っていたでしょう」
その七海の言葉に、無択は、そうだなと呟き、数秒、ぼーっと空を見てから、
「『才能を言い訳にする人間は努力を放棄するが、努力を万能と信じる人間は現実を放棄する』……私の人生で感じ取ったことを端的に言葉にしてやった」
「……」
続け様に、
「私は才能を言い訳にやめることはしない。だが、かと言って努力が万能とでも、根性論が無敵だとも思っちゃいない。ただ、『それでも』、目の前の向き合わなければならない現実を前に、真摯に見続ける為にそれらが必要なだけだ」
「……」
その時、初めて七海は無択の目を見た気がした。
相手を威圧するようなその鋭い目つきは、きっと、厳しい現実を前にして、『それでも』と叫び続けた故のものなのではないか……と七海はふと思った。
「それじゃ、私は回復したし、あと一回気絶するくらい走り込んだら寮に帰るから、ほら、いったいった。先輩にグラウンドを譲るのは後輩の役目だぞ」
そう言って、七海と灰原は追い出された。
寮に戻る最中、
「いい先輩なんですかね?」
「……どうだろうね。私には、まだ先輩の言っている事が、きっとよくわかっていない」
「へー、七海賢いのに、それでもダメなんだ」
「学問における賢さと人生における生き方への賢さは全く違う。一つしか年齢は違わないはずなんだが……」
「まあまあ、この歳の一年は大きいって聞くよ?……それじゃ、また明日!」
「ああ、また明日」
自室に帰った七海は、どこか引っかかるのが拭えなかった。靴下を脱ぎ、制服を整えて、風呂に入り、私服に着替える。その行動の中で、先の言葉を反芻する。
(ただ、『それでも』、目の前の向き合わなければならない現実を前に、真摯に見続けるだけ……か……私に、それが出来るだろうか……大事なモノを失った時、『それでも』と言えるだろうか……)
呪術師として、改めて見つめ直さなければならない事だと思った。でないと、どこかで瓦解してしまうかもしれない。人間というのは不安定な生き物だ。
だが、今日は良いことを発見した。
「良い先輩を見つけたかもしれない」
つい、ぽつりと独り言を漏らした。
「少し、捻くれてそうですが」
【警告】次話はちょこーっとだけシリアスな描写が含まれます。苦手な人は退避〜ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•〜