〜38歳童貞のTS憑依転生。身体の主(9歳)の遺言が『結婚してくれ』だったんだが〜 作:楓舞星
5話
今日は休日だ。
「『世界で1番の男と結婚すること』って、一体どうやって解決するんだよ……」
朝起きて1番に考えることはこれである。なかなかに終わっている。
「だが、体の主の願いだからなぁ……無碍にも出来ない……まあ、とにかく髪結んで……って、なんで俺が髪結ばないといけねーんだよ。髪切れよ」
俺は短髪派である。でも、なんで髪を長くしているのかというと、
「でも、まあ、女子だったら、髪長い方がいいだろ……」
ただの偏見である。自分が憑依転生した時から、髪の長さに関してはずっと困っている。初期が腰までの長さだったから、第一印象で大体その長さにしている。
「うーん、髪結ぶのめんどくさいし、休日の今日ぐらいはそのままにするか……」
毎日、朝には三つ編みにし、夜、風呂入るまでそのままにして、終わったら解いて寝る……これが一連だ。
だが、今日は休日なんだから良いだろう。
「『世界で1番の男』探ししないとなぁ……」
というか、世界で1番の基準ってなんだよ。金か?知力か?職歴か?考えたやつは頭小学生か?小学生の願いだったわ。
白馬の王子様でも世界で1番って言われたら流石に裸足で逃げ出すだろ。
「武力だったら特級呪術師の九十九由基になるのかね……いや、女じゃねえか」
俺が知ってる九十九由基の情報なんて、性別、名前、階級ぐらいだ。そして、国家転覆できるぐらいの実力があるらしい。が、女性だ。
「じゃあ過去まで遡れば両面宿儺になるが、呪いらしいしなぁ……」
相手は呪いである。史上最強の呪詛師……つまり人間という説もあるらしいが……
「いや、そもそもなんで俺が男と付き合わねえといけねえんだよ。趣味じゃねえよ」
俺に男色趣味はない。
そして、俺が俺である以上、そこら辺の感覚が変わることはないだろう。いくら歳をくったとしてもだ。多分、前世の年齢である38歳をこの肉体で超えても、変わらないんじゃないだろうか。
「だが、ここを変えないと勝負の土俵にすら立てない……あー、もうどうしよう。とりあえず付き合ってみる……というのが手っ取り早いか……?」
だが、何事も挑戦である。一応生物学上女なのだから、ワンチャン男に惚れる可能性もあるかもしれない。
というか、そういう、生物学的な論理で考えるなら、女なのに男に惚れることがない今の方がよっぽど異常なんだ。
「はぁ……なんでこんな事に……いや憑依転生っていう他人の体を奪って、弄っている分際でなにをって感じではあるけど、俺が来た時点で故人だったからなぁ……」
そう、言い訳をしようと思えばいくらでも出来る。
それこそ、もう故人なんだからこんな口約束、忘れてしまえばいいのだ。
だが……
「散々……トイレとかお風呂とかで……うん、はぁ……」
そう、俺は童貞だから、女の子のそういうのが非常にしんどいのだ。
「プライドだけは無駄高え童貞だったから、『もしも女性の体に移り変われるボタン』があっても絶対押さないタイプの童貞だった……」
別に、女性の体に興味がないとか、そういうのではなかった。普通に女性の体に興味はある。だが、そういうR18な物は見たことがない。大人になっても結局見なかった。
そう、つまり伝説のスーパーエリート童貞だったのだ。
「いや、俺は一般童貞だ。誰がなんと言おうとただの童貞なんだ……いや、ただの童貞でもサンパチで童貞は絶対アカンでしょ……」
そして、今がどういう状況なのかというと……
「断るにもなにも、勝手に『ナキ』が自分の体を見せつけて、俺に強制力を働かせてくるテロリズムを発生させていやがんだよなぁ……」
大体こんな流れか……
____________
俺「ひょ、憑依転生しちまった……本人死んでるとはいえ、トイレとか風呂どうしよ……嫌だ……子供とは言え異性の体を見るのは……というか、子供の体だからこそ余計駄目だ……未成年の体は嫌だぁぁ!!いや、成人でも嫌だけどぉぉ!!」
ナキ「ねえ、おじさん。私の体みたでしょ?なら責任とって?」
俺「……ふぇ?」
ナキ「まず、私の体を見た責任として世界で1番の男と結婚して?私のアレコレみたんだからよろしく頼むよ」
俺「( ・∇・)」
____________
こんな無意味な妄想すら飛び出てくる始末。いや、実際に、責任を取れとは一言も言われていないが……
「それを無視しても、なんでも叶えてやるって言って成仏させてやったんだしなぁ……」
ちなみに、今でも心は童貞な為、風呂に入る時は毎回死んだ目で入っている。これからも多分慣れない。大人の体になれば多少は晴れるのかもしれないが、今の状態は決して健全とは言えないし、元公安……警察のエリートがやることではない。
「……『体を入れ替える術式』とかあったらよかったのに……」
そうすれば、猟奇的だが、適当にそこらへんの死体から男の体を手に入れたりしていた。
「俺の術式なんて、『自分の可能性を否定する術式』だぞ?もっと、単純な術式がよかった……運が良くなるとか……それだったら、きっとナキも救われていたし……」
憑依転生して、『負の力が使えないという可能性を否定』した以来、あれから一度も術式を使ったことはない。自分の術式を制御できる気がしないのだ。
最初、おかしいと思ったのは、街に潜む呪霊を祓うことを決め、戦闘を開始した時だった。沢山の戦闘を行った。なのに、『自身から呪力がなくなることがなかった』のだ。
呪力を初めて高専で、普通の呪術師は呪力切れという現象に多々陥ることを学んだ。
あ、やっぱこれ異常なんだーと思ったのが最初の記憶。だってそうだろ。永久エネルギー炉式人造人間じゃあるまいし……そんで、次に出たのは、『あれ?これチートじゃね?』という認識。俺には、もう『呪力切れ』という概念が、存在が、可能性が存在しないのだ。
術式を最初使った時、呪力を『扱えない』可能性を否定した。なのに、出てきた結果は確かに呪力操作が可能にはなったものの、おまけで呪力が使えなくなる可能性……つまりは『呪力切れ』という可能性までなくなってしまった。
俺の推測では、発動したその場のノリで、負の力を別の力だと……『気』かなんかと同じ認識をした可能性がある。実際、今も体を強化する意味合いで、『気』と結構似てるなーと思っている。だから、気が使えなくなる条件である、『気力切れ』を頭のどこか想像して術式を発動してしまった……とか。
だからかもしれない。『自分に何ができないのかを認識し、否定する』それが、一度使ってみて恐らく正しい、この術式の使い方。
そして、この術式には、『禁忌』がある。それを踏めば、ナキのように自我を、存在を消滅させることになる。残るのは思念か、場合によっては、『この世界にいた事実自体』が消えるかもしれない。
だから、術式を使う気になれなかった。この術式を使う時が次にあるとしたら……それは、命がかかっている時の自爆技の様な使い方になるだろう。
なるべく、対策はするが……
「今後としては、ひとまず単純な身体能力と呪力砲で一つ上の階級、準一級呪術師にならないとな……なんか英検とるみたいなノリだな……前世も出世する時は似たような感じだったか」
ちなみに、高専からの術式の自己申告では『ある』とは言っている。だが、俺自身は使う気もない。最後に術式に呪力を通したのが8年前だからか、六眼を持つ五条にもバレていない。一度呪力の流れが不自然じゃないか確認してもらったが、ハテナ顔されたから本当に、この呪力がどっから湧き出ているのかわからない。俺の呪力切れの存在という概念そのものを否定している様にしか思えない挙動をしている。
「……うーん、とりあえず、男にアタックしてみるところから始めるか」
自分で言っててだいぶ変な気分になるが、まあ、交際関係になるのが恋心を作る為には手っ取り早いだろう。
……もっとさぁ、ファンタスティックでエレガンシィに、ドリーミーな感じで恋って始まるもんじゃないのかね?
「手伝ってくれそうな奴に声をかけるか……」
俺はガラケーを取り出し、その相手に連絡しようとする。
だが、
「……誰かに頼る……ねぇ……」
人に頼るのは自分の趣味に合わない。
ガラケーでの連絡を打つ指が、止まる。
「……現実的に考えて、ここでは誰かに頼る必要がある。ただの目的達成のための手段にすぎねえ……だったら……仕方がねえよな……」
俺はメッセージを打ち抜き、送った。
____________
部屋に入ったのは無択先輩でした。今日は休日なのに高専の服装をしており、いつもとは違い髪を下ろしている。しっかりと入室許可を私に取ってからきたものだから、特に否定も出来なかった。
単刀直入に聞く。
「で、なんの様ですか?あなたが、休日とはいえ朝っぱらから」
私は先輩を椅子に座らせ、自身はベッドに座った。そして、衝撃の一言を浴びた。
「付き合ってくれ」
「…………はい?」
自身の顔がはてなで埋まったようになったのを自覚した。それを見たからか、先輩はため息をつきながら、
「私にも色々事情があるんだ。その為には、人と付き合い、恋心というものを理解する必要がある。その協力を仰ぎにきた」
私は再度大きく疑問を持った。
「…………………………はい?」
その様子を見て、更に伏目がちになって、先輩は、
「そうだな……どこから説明するのがいいか……」
うーんと悩んでいる先輩に対して、心からの思いを伝える。
「……あなたがそういう冗談を言う方だとは思いませんでしたよ」
そうすると、先輩はふっと笑った。
「ひねくれ先輩だからな」
「それより前に、頼れる先輩だと思っていたのですが……いや、ひねくれてるのは全く否定出来ませんけど……」
「ご冗談を」
「私のどの発言に対してですか。その発言に、前者だったら否定しますし、後者だったら肯定しますが」
「まあ、そうだな……まず、私には宿命がある。それは、世界で1番の男と結婚するという事だ」
「……あれって根も葉もない噂じゃ無かったのですが……確か、初対面でゴキブリ素手でいけるとかも話してたという……」
「否定はしない。私だって素手でやれと言われたらしぶしぶやるぐらいだ。本題に戻るぞ。それで、その為には男を好きになる必要があるわけだ」
「はあ……?」
「簡単に言えば、私は女でありながら男を好きになったことがない。だから、恋心もしらない。だが、『世界で1番の男と結婚する』ことが宿命だから、恋心を知ることでその目的遂行をしようとしている」
「なるほど……」
理由は正直よくわからないが、主題は理解できた。つまりは恋の練習相手として付き合ってくれということ。
「ということで付き合え。元より私の勝手だ。断っても構わないぞ」
その言葉に、七海は顔を顰めながらも、無言で10秒程度が経過したのち、
「………………仕方がない……ですね。私はどうせ独身でいる予定でしたから、女性といることで何か掴めることがあるかもしれない。というか、これではただの利害の一致ですが、大丈夫ですか?」
「仕方ないだろう。私だって、本当はもっとぽわぽわに満ちた恋をしたかったんだ」
そう言いながら、先輩は私に手を突き出した。握手の意だろう。私もため息混じりにそれを返し、握る。
そうして、私と先輩は恋愛関係?になった。
本当にこんなもんでいいのだろうか?
と、思っているが、多分向こうも同じ事を思っていそうだから手に負えない。
____________
無択はきょとんとした顔で聞いた。
「で、彼女ってなにすればいいの?」
それに対して七海は若干イラつきながらも、
「知りませんよ。んなこと」
「まあとりあえず、一緒に鍛錬しようか」
「どうしてそうなるんですか」
「私、今の目標が準一級呪術師になることだから、途方もないぐらい訓練を積まないとやってられないんだ」
「やりたいこと多すぎませんか?二兎を追う者は一兎をも得ず……ですよ?」
七海はそういいながらも、服装を高専のものにしてから外に出る。
両者はストレッチをしてから、向き直る。
「んじゃ、降参って言うまで続ける感じで」
「はい、わかりました」
そうして、戦いを始めた。二人は徒手空拳で戦う。
「そっちは術式使って良いんだからね?」
「ええ、もちろん」
戦いの際、無択は自分が積み重ねたものたちを思い出す。
中学時代に『世界を壊したヤクザ』にボコられて、大学時代ではキックボクシングをし、警察学校と公安時代でそのヤクザを捕まえる為に拳銃の使い方や、逮捕術を全力でマスターした。
そして、この世界に来て、呪霊や呪詛師という存在をありありと知ってから、体を本格的に鍛え始めた。
もう6年はびっしり鍛えていると思う。元の世界も合わせれば、25年の訓練を積んでいる。
だから、通じる。
圧倒的リーチ差を乗り越えて、それは……
「っ!」
無択の意を入れ込み打ち込んだ拳が七海のみぞうちに突き刺さる。そもそもの腕力の程度が低く、そこまでのダメージになっていないようだが……
そうして、戦闘は続いていく。
「降参です」
「おーけ。付き合ってくれてありがとう」
「それほどでも」
「感想戦をしようか。戦ってみて思ったけど、七海は全体的に能力高いね。しかも、そこらの準一級呪術師よりも腕力が強い。ただ格闘技術がまだ若干覚束ない感じか……一級呪術師になるのも時間の問題じゃない?」
「そうですね……元からのフィジカルが強いという自負はありますね。それに、生得術式があるので……逆に、やはり先輩はフィジカルがとても低い。技術で補っているようですが、限界は来るでしょう。結界術を修めてみるのはいかがでしょうか?意外にも適正があるかもしれませんよ?」
「結界術かぁ……適正がないわけではないっぽいけど、今から新しいものを覚えるのがしんどい」
「三十路が言いそうな事をこの歳からですか?」
「残念、四十路だよ。それどころかアラフィフ……そうだなぁ、結界術か……練習の余地あり……か……ああ、あと、聞きたいんだけど、彼女っぽい事ってなんだろう?」
「……映画館に行ったりとかでしょうか?」
「あー、却下。その時間で鍛錬したい」
「……一緒に買い物……とか?」
「却下。ミニマリストだから部屋になんもない」
「……全部ダメじゃないですか……このままでは一応の恋愛相手が練習相手になるだけですよ?」
だが、ここまでの会話で七海はようやく気づく。
(……口調が若干違う?)
「うーん、でも、河川敷で殴りあって出てくる愛というのもあるのかも知らないぞ。知らんけど」
(今の発言も、前だったら、『殴りあいで発生する愛も存在するかもしれない』だとかで収めていただろう……本人なりに、『彼女』として、いようとしているのか……)
七海はそのことに気づき、強くため息をつく。無択としても、全くの冗談でこの恋愛状態を持ちかけてきたわけじゃないということに気づいたから。
「まあ、わかりました。とにかく、しばらくは練習相手として様子を見ましょう。あと、ここは河川敷ではありません、グラウンドです」
「えいえさー」