「卯ノ花隊長は変わってしまった――」
二代目剣八に任命された居合の名手、荒羅木巴。彼女が抱く煩悶は、やがて刃となり、かつての上官である卯ノ花へと向かう。

※同内容をpixivにも投稿しています。

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The Blade of Scarlet

 

沈む憧憬

断ち斬れず

私の心に刃紋を描く

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ずっと、気になっている事があるんです。私と総隊長、一体どちらが強いのか」

 

蝋燭の火に照らされた、端麗な横顔。淡い光の中、卯ノ花隊長はぽつりと呟くように言った。

 

「単純に、剣の技量ならば卯ノ花隊長でしょう」

 

私の贔屓目を抜きにしても。

 

「では、総隊長が卍解したら?」

 

滅却師との戦いで見せた、総隊長の卍解を思い返す。あの、すべてを飲み込むような熱を。

 

私は知らぬ間にじっとりと汗をかいていた。

 

「総隊長は、命の遣り取りになるような勝負は受けないと思いますよ」

 

故に、卍解を使う事は無いだろう。

 

「ええ。けれど、例えばもしも私が、目の前で雀部副隊長に斬りかかったとしたら、総隊長はどうするのでしょうね?」

 

卯ノ花隊長は冷たい能面のような表情を浮かべていた。

 

 

♢

 

 

私が副隊長だった頃の、卯ノ花隊長との会話を思い出していた。今でもはっきりと脳裏に浮かぶ。底冷えするような、隊長の恐ろしい表情が。

 

なのに、今は憑き物が落ちたように優しい笑みを浮かべ、四番隊の隊員と思しき少女と談笑などをしている。

 

まるで優しい姉のように。

 

何だか酷く苛立ってしまう。

 

――卯ノ花隊長は変わってしまった。

 

銀光放つ刃のようだったあの人が、今は円(まる)い。

 

「どうしました? 荒羅木(あららぎ)隊長」

 

私に気付いた卯ノ花隊長が声を掛ける。

 

「いえ、少し疲れたので、散策などしていたところです」

 

目を伏せる私を、じっと優しい目で見つめている。そんな目で見ないで欲しい。卯ノ花隊長の目は、もっと冷たく、獲物を見定めるような目でなくてはいけないのだから。

 

「私は、貴女ならきっと立派に役目を果たせると、信じていますよ」

 

私を気遣い、励ます言葉。

 

卯ノ花隊長は、そんな事言わない。

 

「失礼します」

 

踵を返して私は十一番隊の隊舎へ戻った。

 

『貴女を十一番隊隊長に任命します』

 

それは同時に剣八の名を受け継ぐ事。名誉な事だ。

 

だけど、私は卯ノ花隊長の足元にも及ばないのに――。

 

 

♢

 

 

息が上がっていた。全身を伝う汗。訓練で複数の隊士を同時に相手にしたからだ。

 

「お疲れですね、荒羅木隊長。次、俺の相手して欲しいんですけど、無理っすかね?」

 

副隊長が軽薄な笑みを浮かべている。

 

「その様子じゃ、剣八の名も譲った方が良いんじゃないですか? 俺に」

 

この男は、女の私が自分よりも上にいる事が気に食わないのだ。卯ノ花隊長ほど別格な実力を持っているなら、文句も無いのだろうが。

 

「私を殺せたら、譲ってやる」

 

左手で鞘を、右手で柄を握る。私は居合の構えを取った。

 

「いやいや、ちょっと揶揄っただけじゃないっすか」

 

副隊長は苦笑し、肩をすくめていた。

 

 

♢

 

 

竜を思わせる姿の虚と対峙していた。

 

この虚に幾人もの席官が敗れ、そして私に討伐の任が下された。

 

私に気付いた虚が、顔を向ける。

 

瞬間、一気に間合いを詰められた。振り下ろされる、巨大な鉤爪。

 

私は飛び退いて躱した。

 

速いな。

 

だが、私の剣速ほどじゃない。

 

「揺蕩え――、陽炎」

 

私は居合の構えをとって、始解をした。

 

見た目に目立った変化はない。私の始解の能力は至って単純だ。抜刀速度の上昇。ただそれだけ。

 

だが、それだけで十分だ。

 

敵が間合いに踏み込む、その刹那――、

 

キィンッ!!

 

一閃――。

 

銀色の光が軌跡を描き、雷光の速さで虚の首は断たれていた。

 

 

♢

 

 

「ぎゃあああああああっっっ!!!!」

 

鍛錬場に、腕を斬り飛ばされた副隊長の悲鳴が響いた。

 

「……や、やり過ぎですよ。隊長」

 

蒼褪めた顔で、隊士たちがどよめいている。

 

「四番隊に運んでおけ」

 

「隊長!!」

 

私はもっと強くならなくてはいけない。

 

そうでなければ、剣八の名に相応しくない。

 

 

♢

 

 

「私は味の濃い物が好きですね。筋子の塩漬けに醤油をかけるとか」

 

卯ノ花隊長が食べ物の話などしている。隣の男は確か、四番隊の副隊長だったか。

 

ぎりっ

 

私は歯が砕けそうな程に歯噛みして、卯ノ花隊長の前に立った。

 

「卯ノ花隊長、私と死合ってくれませんか?」

 

「試し合いならば、良いですよ」

 

少し困った顔をして、卯ノ花隊長は答えた。

 

――違う。

 

「貴女がそれを言うのですか? 卯ノ花隊長は人を斬る事が大好きで、返り血を浴びて冷たく嗤う、そんな人だった筈です!」

 

「貴女は私が戦いに狂った人斬りだとでも思っているのですか?」

 

「はい!!」

 

何だか酷く不服そうだった。拗ねたように頬を膨らませている。

 

我先に敵陣の真っただ中へ斬り込んで、能面のような表情で次々と敵を斬り殺していたのを忘れたわけではあるまいに。

 

私を斬り殺してでも、戻って欲しい。あの頃の貴女に。

 

けれど、もしも、もしも貴女に勝つことが出来たなら、私は胸を張って剣八を名乗ることが出来るだろう。

 

双つの想いの狭間で、私は揺れる。

 

夕陽の優しい橙色に照らされて、貴女の影が長く伸びていた。

 

『目の前で――副隊長に斬りかかったら』

 

脳裏に甦る、あの日の貴女の言葉。

 

私は四番隊副隊長を、ぎっっと睨み付け、刀の柄を握り、居合の構えを取った。掌に伝わる、冷たい感触。

 

「えっ?」

 

「何をするつもりです?」

 

困惑する副隊長を庇う様に、卯ノ花隊長は立ちはだかった。

 

「私と死合って下さらねば、貴女の副官は真っ二つになりますよ」

 

「――良いでしょう」

 

卯ノ花隊長の纏う雰囲気が変わった。私はにいっと唇を歪め、

 

「卍解――、暁葬陽炎」

 

その言葉を口にした。

 

鞘に納めたままの私の刀から、紅い瘴気が立ち昇る。

 

私の卍解の能力、居合の一撃のみ、あらゆる物を斬ることが出来る。どんな防御も縛道も、卍解さえも。

 

卯ノ花隊長は、寂しい卍解だと言っていた。刃と刃を合わせることが出来ないから。合わせた刀諸共斬ってしまうから。

 

貴女らしい言葉だ。

 

刀を合わせると、その人の事が少し解る気がする。それを拒絶し、断ち斬ってしまう私の卍解は、独り善がりな私の心を映し出しているのだろうか?

 

卯ノ花隊長は刀を抜かぬまま、平時のようにゆったりと歩み寄り、私の刀が届くぎりぎり手前でぴたりと止まった。

 

呼吸音が聞こえ、その瞬間に、卯ノ花隊長の姿が消える。

 

瞬歩だ。

 

解っていた。そう来る事は解っていた。私が一番卯ノ花隊長の事を知っているのだから。

 

味の濃い物が好きな事も、知っていた。

私だけが、知っていたのに――。

 

迫る卯ノ花隊長に、合わせるように、居合斬りを放つ。

 

嫌だ。貴女が私の知らない貴女になっていくのも、皆が貴女の事を知っていくのも。

 

弾かれるように放たれる斬撃。

 

卯ノ花隊長は刀を抜かぬまま、鞘で私の刀の側面を叩き、跳ね上げた。私の刀は空を斬る――。

 

私だけが、恐ろしい貴女の側にいる事が出来た。ただそれだけが私の――。

 

――ザンッ!

 

電光石火の速さで抜かれた卯ノ花隊長の刀が私の身体を斬り裂いていた。

 

風を斬る音は聞こえた。けれど、視認さえ出来なかった。その斬撃――。

 

これが、卯ノ花隊長の居合――。

 

痛みを感じる間もなく意識が――

 

「死んだ、と思いましたか?」

 

引き戻される。

 

斬られた傷は一瞬の間に消えていた。傷痕さえも、残さずに――。

 

「えっ?」

 

「治しました」

 

この瞬きする程の時間で?

 

「理解出来ましたか? 回道の恐ろしさが」

 

私は――、私は思い違いをしていたのかもしれない。私が知る卯ノ花隊長の恐ろしさは、その片鱗に過ぎなかったのだ。

 

最強の剣士が、一瞬で傷を治す術を身に付けた。

 

私は自分の肌が粟立つのを感じた。

 

この人に、勝てる者などいるのだろうか?

 

「……」

 

じっとりと汗をかいていた。なのに体は酷く寒い。

 

「まだ、続けますか?」

 

「……無論です」

 

私は再び納刀し、左手で鞘を、右手で柄を握る。

 

卯ノ花隊長は構えていない。自然体で、右手に握った刀をだらりと下げていた。

 

待ちの剣では勝てない。ならば、こちらから攻める。

 

卯ノ花隊長の姿がわずかに揺れた、その刹那、一息に距離を詰め、間合いに飛び込む。

 

それと同時に刀を抜――

――くよりも先に私の胸は貫かれていた。

 

それは、心を穿たれる痛みに似ている。

 

紅い花が散るように、血の花弁が舞い、ゆらり、と――、

私は仰向けに倒れた。

 

「……卯ノ花隊長は、斬ってくると思っていました」

 

「反りの大きい刀は刺突技には向きませんからね。けれど、斬撃では間に合わないと思ったので。……御見事です。楽しかったですよ」

 

刀から滴る真紅。私の血。

 

それを見つめる貴女の表情は冷たい能面のようで――。

 

それが嬉しくて――、

 

私は少し、泣いていた。

 

 

 

              (了)

 


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