ワールドトリガー LOSTCOLARS   作:淫獣撲滅委員

12 / 16
ボーダー始動編
第九話 才能の激突、隠された痛み


入隊式が終わると、新入隊員たちは訓練施設へと案内された。

 式典の厳かな雰囲気はすでに薄れ、会場には緊張と期待が入り混じった空気が流れている。

 これから 自分たちが何を求められるのか、誰もが気になっている様子だった。

「それでは、これより新入隊員の実技試験を行う」

 前方に立った忍田真史が、集まった隊員たちを見渡した。

「試験内容は単純だ。用意されたトリオン兵を撃破するまでの時間を計測する。実戦を完全に再現したものではないが、トリガーの操作、状況判断、攻撃の組み立て方を確認するには十分だ」

 施設の奥には、試験用のトリオン兵が待機していた。

「無理に速さを競う必要はない。まずは落ち着いて、自分の力を出し切ることを考えろ」

 忍田の説明が終わると、隊員たちは順番に試験へと向かった。

 最初の隊員がトリガーを起動する。

 トリオン体へと換装し、慎重に距離を測りながら攻撃を仕掛ける。相手の動きを避け、隙を探 し、ようやく撃破するまでにかかった時間は九分を少し超えていた。

 続く隊員も、似たようなものだった。攻撃を外す者。防御に意識を取られすぎて、なかなか反撃できない者。焦って距離を詰め、逆に反撃を受ける者。誰もがそれぞれの課題を抱えていた。

 平均すると、撃破までにはおよそ十分。

 その数字が示すとおり、入隊したばかりの隊員たちにとって、トリオン兵との戦闘は決して簡単なものではなかった

 

「次、太刀川慶」

 名前を呼ばれた青年が、軽い足取りで前へ出た。

「はいよ」

 緊張感に欠ける返事とは裏腹に、太刀川の目はトリオン兵を正確に捉えていた。

 トリガー起動。一瞬でトリオン体へ換装し、孤月を構える。

 開始の合図と同時に、太刀川が踏み込んだ。

 速い。

 ただし、単純に足が速いというわけではない。

 トリオン兵が攻撃動作に移るより先に、相手の正面からわずかに軸をずらしている。攻撃を避けるための大きな動きも、無駄な後退もない。

 最短距離で間合いを詰め、刃を振り抜く。

 トリオン兵の反応が追いつく前に、二撃目。

 そして、最後の一撃。

「撃破!」

 計測係の声が響いた。

 表示された時間を見て、周囲がざわめいた。

 一分にも満たない。

 それまで十分近くかかっていた試験を、太刀川はあっさりと終わらせてしまったのだ。

「おいおい、マジかよ……」

「今の、何をしたんだ?」  

 驚く隊員たちをよそに、太刀川は孤月を収めた。

「こんなもんか」

 その言葉に、何人かが思わず顔を引きつらせた。

 続いて呼ばれたのは、風間蒼也だった。

 風間は無言で前へ出る。

 トリガーを起動し、相手の動きを確認した。

 太刀川のように勢いよく踏み込むことはない。

 トリオン兵が攻撃を仕掛ける瞬間まで待ち、その動作の起点を見極めてから、最小限の移動で攻撃範囲を外れる。

 そして、空いた側面へ滑り込む。

 一撃。相手が振り向くより早く、もう一撃。

 トリオン兵が反応を変えたときには、すでに勝負は決していた。

「撃破!」

 風間もまた、一分を切る記録を叩き出した。

「太刀川に続いて、あの記録か……」

「動きが全然違うな」

 太刀川が正面から相手を圧倒するタイプなら、風間は相手の動きを利用して、効率よく仕留めるタイプだった。

 そして、三人目。

「嵐山准」

「はい!」

 嵐山は爽やかな声で応じ、試験場へと入った。

 彼は弾丸用のトリガーであるアステロイドを選択していた。

 相手の正面に立っても臆することなく、動き出すタイミングを見定めていた。

 攻撃を誘い、回避しながら反撃へ移る。

 無理に力を押し通すのではなく、相手の動きを読み、隙を作って確実に攻撃を当てていく。

 一連の動きには、迷いが少なかった。

「撃破!」

 嵐山もまた、一分を切った。

 周囲から、先ほどよりも大きなどよめきが起きた。

「三人とも一分以内だぞ……」

「本当に同じ試験なのか?」

「いや、同じだろうけどさ……」

 ライはその様子を、少し離れた場所から観察していた。

 太刀川は、踏み込みの速さだけではなく、攻撃を当てるまでの判断が速い。

 風間は、相手の反応を利用するのがうまい。余計な動きを極端に減らしている。

 嵐山は、状況に合わせて戦い方を変える柔軟さがある。

 三人とも、単純に技術が高いだけではない。

 戦闘において何を優先すべきか、それを理解している。

「……なるほど」

 ライが小さく呟く。

 隣にいた三輪が、そちらを見た。

「どうかしたんですか?」

「うん。三人とも強いね」

「それは…見れてればわかりますが」

「そうだね。でも、強さの方向性が違う」

 ライは三人のいる方へ視線を戻した。

「実際に戦ったら、きっとそれぞれ違う苦労をすると思う」

 三輪は少し考えてから、頷いた。

「……確かに」

「だから、面白いんだと思うよ」

 ライはそう言って、次の試験へと目を向けた。

 この場には、まだ自分が知らない才能がいくつもある。

 そのことが、素直に楽しみだった。

 

実技試験が一通り終わると、忍田が再び隊員たちの前に立った。

「みんな、ご苦労だった。先ほどの試験で、現時点での戦闘能力はおおむね確認できたと思う」

 忍田は新入隊員たちの顔を見渡した。

「ただし、あの試験の結果だけで、君たちの実力がすべて分かるわけではない。実際の戦闘では、相手も状況も毎回違う。重要なのは、自分の得意なことと苦手なことを把握し、訓練を重ねていくことだ」

 そこで忍田は、隊員たちの手元へ視線を向けた。

「諸君の利き手の甲を確認してくれ。そこに表示されている数値が、現在の個人ポイントだ」

 隊員たちが一斉に手を確認する。

 ライも右手の甲に表示された数値を見た。

「個人ポイントは、ランク戦での勝敗や実績によって変動する。一定の基準を満たし、四千ポイントを超えれば正隊員として認められる。そこから先は、各自が自分の目標に向かって実力を磨いていくことになる」

 周囲から質問が上がった。

「ポイントが高いほど、強いということですか?」

「目安にはなる。だが、ポイントだけで相手の実力を判断するのは危険だ。戦闘には相性もあるし、戦術によって結果が変わることもある」

 忍田はきっぱりと答えた。

「数字を追うこと自体が目的にならないようにしてほしい。君たちが身につけるべきなのは、数字ではなく、実際に戦える力だ」

 ライはその言葉に小さく頷いた。

 ポイントは実力を測るための指標。

 けれど、指標を上げることと、強くなることは必ずしも同じではない。

 そこを見失わないようにしよう。

 彼はそう考えながら、手の甲の数値を確認した。

 

実技試験と説明が終わったあと、新入隊員たちは個人ランク戦を行うシミュレーションルームへ案内された。

 広い待合室には、すでに何人もの隊員が集まっていた。

 これから個人ランク戦を通して、互いの実力を確かめ合うことになる。

「なあ、そこのお前!」

 不意に、明るく張りのある声が飛んできた。

 二人が振り向くと、太刀川がこちらへ歩いてきていた。

「お前がライ・アッシュフォードだよな?」

「そうだけど」

「俺、太刀川慶。さっきの試験、見てたか?」

「うん。すごかったね。あのタイムは驚いたよ」

「ははっ、ありがとな!」

 太刀川は気さくに笑った。

 それから、少し興味深そうにライの顔を覗き込む。

「お前、入隊してから三ヶ月くらいなんだって?」

「そうだね」

「しかも、忍田さんがやけにお前を褒めてたんだよなー。ああ、俺忍田さんから誘われてボーダーきたんだけどな?それ以外の場所からもお前の話をよく聞くんだ。でよ、これから俺と10本勝負しねぇ?」

 三輪が目を見開いた。

「じゅ、十本!?」

「おう。せっかく同じ時期に入ったんだ。どれくらい戦えるのか、実際にやってみたいだろ?」

 太刀川はライを真っすぐ見た。

 そこには、単なる興味だけではない、純粋な勝負への期待があった。

 ライは少し考えたあと、微笑んだ。

「いいよ。僕も君とは戦ってみたかった」

「よっしゃ!」

 太刀川は嬉しそうに拳を握った。

「決まりだな。じゃあ、さっそく行こうぜ!」

「うん」

 ライは立ち上がった。

 三輪は二人を見比べてから、思わず声を上げた。

「ライさん、頑張ってください!」

「ありがとう。見ていてね」

 そう答え、ライは太刀川とともに個人ランク戦のブースへ向かった。

 

個人ランク戦――ライ・アッシュフォード対太刀川慶

 対戦ブースに入ると、二人はそれぞれトリガーを起動した。

 トリオン体への換装が完了し、戦闘用のフィールドが展開される。

 太刀川は孤月を手に、軽く肩を回した。

 ライもまた、孤月を構える。

「先に十本取るんじゃなくて、十戦やって勝ち数を競うってことでいいよな?」

「うん。それで構わないよ」

「じゃあ、遠慮なしだ!」

「こちらも、そのつもりだよ」

 開始の合図が鳴った。

第一戦。

 先に動いたのは太刀川だった。

 正面から一気に距離を詰め、上段から斬り下ろす。

 ライは半歩だけ横へずれ、孤月を斜めに差し入れて刃筋を逸らした。

 そのまま太刀川の懐へ入ろうとする。

 しかし、太刀川は攻撃を受け流された瞬間に手首を返していた。

 刃が滑るように軌道を変え、ライの肩口へ迫る。

 ライは身を引いたが、避けきれない。

 肩に刃が触れた瞬間、勝負が決した。

『太刀川、一本』

「……速いね」

「お前も、初手で懐に入ろうとするのはいい判断だったぜ!」

 太刀川は楽しそうに笑った。

 

第二戦。

 今度はライが先に動いた。

 正面からの踏み込みを見せ、太刀川が迎撃の構えを取った瞬間、ライは攻撃を中断して斜めに回り込む。

 太刀川の反応を誘い、その隙に胴を狙う。

 だが、太刀川は足を止めなかった。

 ライが軌道を変えることを予測していたかのように、踏み込みをわずかに調整する。

 二人の刃が交差した。

 ライは太刀川の攻撃を受け止めず、刀身を滑らせて衝撃を逃がす。

 そこから返す一撃。

 太刀川の脇腹を捉えた。

『アッシュフォード、一本』

「うぉ!」

 太刀川が声上げた。

「今の、うまいな! 受け止めるんじゃなくて、流したのか」

「まともに受けたら、押し切られると思ったからね」

「なるほどな!」

 太刀川は心底楽しそうだった。

 

第三戦。

 太刀川は、今度は慎重に間合いを測った。

 一歩踏み込む。ライが反応する。

 その反応を確認してから、太刀川は攻撃のタイミングをずらした。

 ライは最初の動きに合わせて防御を始めていたため、二段目の攻撃への対応が遅れる。

 刃が胸元を捉えた。

『太刀川、一本』

 

第四戦。

 ライは、太刀川の踏み込みに対して正面から応じなかった。

 攻撃を誘い、相手が前進した瞬間に距離を外す。

 そして、太刀川が体勢を整える前に反撃へ移った。

 太刀川は即座に刃を返したが、ライは攻撃を最後まで振り抜かず、途中で軌道を変えていた。

 太刀川の迎撃が空を切る。その隙に、ライの孤月が太刀川の胴を捉えた。

『ライ、一本』

「やっぱり、お前と戦うのは面白いな!」

「それはよかった」

 ライは呼吸を整えながら答えた。

 四戦を終え、二人の勝ち数は二対二。

 しかし、ライは気づいていた。

 太刀川の攻撃には、まだ余裕がある。

 力を出し切っていないというより、こちらの反応を見ながら、戦い方を調整している。

 それなら、自分も同じように対応するしかない。

 第五戦。

 太刀川は、これまでよりも低い姿勢から踏み込んだ。

 狙いは足元。

 ライが防御のために孤月を下げた瞬間、太刀川は刃を跳ね上げるように軌道を変えた。

 ライはかろうじて防御したものの、体勢を崩す。

 太刀川は逃さなかった。

 続けざまの一撃が、ライの脇腹を捉えた。

『太刀川、一本』

 

第六戦。

 ライは、太刀川の連続攻撃に対して、あえて後退を続けた。

 一撃目を避け、二撃目を受け流し、三撃目の軌道を見極める。

 太刀川の攻撃は鋭い。

 だが、連続攻撃の中にも、次の動作へ移るためのわずかな間がある。

 ライはその瞬間を狙った。太刀川が孤月を引き戻すより早く踏み込み、刃を振るう。

 太刀川は反応した。刃と刃がぶつかり、火花が散る。

 ライは力で押し切ろうとはせず、接触した瞬間に刃をずらし、太刀川の防御の外側へ抜けようとした。

 しかし、太刀川はその動きを読んでいた。

 一歩踏み込み、肩を入れて間合いを潰す。

 ライの刃が届くより早く、太刀川の孤月が胴を捉えた。

『太刀川、一本』

「惜しい!」

 太刀川が笑う。

「今の、あとちょっとだったな!」

「そうだね。もう少し、間合いの取り方を考えないと」

 ライは素直に反省した。 

 

第七戦。

 ライは攻撃の入り方を変えた。

 これまでのように、太刀川の反応を見てから攻撃するのではない。

 最初から二つの攻撃経路を想定し、相手の防御に応じて切り替える。

 正面への斬り込み。

 太刀川が受けに回る。

 ライはそこで刃を引き、反対側へと踏み込んだ。

 太刀川はすぐさま対応したが、わずかに遅れた。

 ライの孤月が肩口を捉える。

『ライ、一本』

「なるほどな。お前、同じ攻撃を繰り返さないんだな」

「同じことをしても、君には通じないと思ったからね」

「ははっ! いいねえ!」

 

第八戦。

 太刀川は、ライの攻撃を正面から迎え撃った。二人の刃が激しく交差する。

 一撃目

 ライが受け流す。

 二撃目

 太刀川が角度を変える。

 三撃目

 ライが後退しながら反撃を試みる。

 しかし、太刀川はライの剣先が届く距離を正確に見切っていた。

 わずかに身をずらし、攻撃を避ける。そのまま踏み込んだ。

 ライは防御へ切り替えたが、太刀川の刃は防御の外側から滑り込んできた。

『太刀川、一本』

 これで太刀川の勝ち数は五。ライは三。

 残る二戦で、ライが追いつくには二連勝が必要だった。

 

第九戦。

 ライは開始直後、あえて動かなかった。

 太刀川が様子を見る。

 ライもまた、相手の足運びと重心の移動を観察していた。

 先に動けば、太刀川は反応できる。ならば、相手が動くまで待つ。

 数秒の沈黙のあと、太刀川が踏み込んだ。ライは攻撃の軌道を見極め、最小限の動きで避ける。

 太刀川の刃が通り過ぎる。

 ライはその動作の終わりに合わせて、孤月を振り抜いた。

 太刀川も反応する。

 二人の刃が交差した。

 互いに譲らない。

 一瞬、鍔元で刃がぶつかり、二人の動きが止まった。太刀川が力を込める。

 ライは正面から押し合わず、手首を返して刃を滑らせた。

 そのまま一歩踏み込む。

 太刀川の防御がわずかに開いた。

 ライの孤月が、胸元を捉えた。

『ライ、一本』

「よし!」

 柄にもなく叫んだライ。

「やるじゃねえか!」

 ライは息を吐きながら笑った。

「君もね」

 これで五対四。

 最後の一戦で勝負が決まる。

 

第十戦。

 二人は互いに構えた。

 ここまでの戦いで、相手の癖も、攻撃の組み立ても、ある程度把握している。

 だからこそ、単純な駆け引きでは決着がつかない。

 太刀川が先に動いた。鋭い踏み込みからの斬り下ろし。ライは受け流し、反撃へ移る。

 しかし、太刀川はその攻撃を誘っていた。

 ライの孤月が動いた瞬間、太刀川は刃を引き、反対側へと踏み込んだ。

 ライはすぐに反応した。刃を返し、太刀川の攻撃を防ぐ。

 だが、太刀川は止まらない。

 一歩、さらに一歩。

 間合いを詰め、ライの逃げ道を狭めていく。ライは後退しながら、太刀川の攻撃を捌いた。

 右からの斬撃。左からの返し。そして、低い位置からの斬り上げ。

 ライはそのすべてに対応した。

 だが、最後の一撃を防御した瞬間、太刀川は体勢を崩したように見せて、もう一度踏み込んできた。

 ライは反応した。

 しかし、ほんのわずかに遅れた。

 太刀川の孤月が、ライの胴を捉えた。

『太刀川、一本。勝者、太刀川慶』

 勝負が決した。

 最終結果は、太刀川の六勝、ライの四勝。

 太刀川が勝ち越したものの、十戦を通じて一方的な展開にはならなかった。

 

戦闘が終了すると、二人は待合室に戻る。

「いやー、楽しかった!」

 太刀川は満面の笑みを浮かべると、ライの肩に腕を回した。

「お前、やりづれーな!」

「それは褒め言葉として受け取っていいのかな?」

「もちろんだ!」

 太刀川は豪快に笑った。

「こっちが一度見せた攻撃を、次にはもう対策してくるんだもんな。しかも、無理に勝とうとせずに、こっちの動きに合わせて戦い方を変えてくる。何を考えてるのか、最後まで読み切れなかったぜ!」

「それは、君の対応が速かったからだよ。僕が変えた戦い方にも、すぐに対応してきた」

「ははっ! そう言ってもらえると嬉しいな!」

 ライは少しだけ考えてから、太刀川に尋ねた。

「君も強かった。だけど……本領ではなかったよね?」

 太刀川の笑顔が、一瞬だけ止まった。

「戦っていて気づいたよ。一本の孤月での攻防は、すごく洗練されていた。でも、間合いを詰められたときの対応や、連続攻撃の組み立て方を見ていると、もう一本あることを前提にしたような動きもあった。君の本来のスタイルは二刀流だね?」

 しばらくして、太刀川は肩をすくめた。

「どーかな?」

「隠すつもりなら、無理に聞かないよ」

「いやいや、別に隠してるわけじゃないって。ただ、今は一本で十分だったってことじゃねえかな」

「そういうことにしておくよ」

 ライは深追いしなかった。

 太刀川は、そんなライを見て楽しそうに笑った。

「お前、ほんとにやりづれーな。普通、そこで食い下がるだろ!」

「聞いても答えてくれないと思ったからね」

「はははっ!」

 二人はブースを出ながら、先ほどの戦いについて話し始めた。

 太刀川はライの間合いの取り方を評価し、ライは太刀川の踏み込みと攻撃の切り替えについて質問する。

「第六戦の最後、俺が押し切ったところ。あそこでお前、刃を流す方向を間違えたんだよ」

「やっぱりそうか。正面から受けないことに意識が向きすぎたね」

「そうそう。ああいうときは、逃げ道を作る方を先に考えた方がいい」

「参考になるよ。ありがとう」

「いいってことよ!」

 太刀川は気前よく笑った。

 待合室へ戻ると、そこには風間と嵐山、そして迅が集まっていた。

「お疲れさま。ずいぶん盛り上がっていたみたいだね」

 迅が軽い調子で声をかけた。

「迅くん、見てたんですか?」

 ライが尋ねると、迅は肩をすくめた。

「途中からね。いやー、面白かったよ。太刀川さんがあそこまで相手に合わせて戦い方を変えるのも驚きだけど、ライさんもどんどん対応していくし」

「俺、六本取ったぜ!」

 太刀川が得意げに胸を張る。

「四本も取られてるじゃないか」

 風間が冷静に指摘した。

「いや、四本取られたって言っても、俺が勝ったんだからいいだろ!」

「勝ち負けの話だけをしているわけじゃない」

 風間はため息をついた。

 嵐山が笑顔でライに向き直る。

「ライさん、すごかったです。太刀川さんのあの攻撃に対応できるなんて」

「ありがとう。嵐山君も、さっきの試験は見事だったね」

「いやいや、僕なんてまだまだですよ」

 和やかな雰囲気の中、太刀川はふと風間に目を向けた。

「そういや風間、お前も中学生なのにやるよなー!」

 その瞬間、風間の眉間にしわが寄った。

「……おい」

「ん?」

「俺はお前より年上だ」

「えっ?」

 太刀川が固まった。

「え、マジで?」

「マジだ」

「いや、だってお前、どう見ても……」

「太刀川」

 風間の声が低くなる。

「悪かった! すみませんでした!」

 太刀川は即座に頭を下げた。

 迅が腹を抱えて笑い、嵐山も口元を押さえている。ライも思わず吹き出した。

「太刀川君、さっきから人のことをよく見ているようで、意外と見ていないね」

「お前まで言うか!?」

「ごめん。でも、面白くて」

 ライは笑いながら謝った。

 風間はまだ少し不機嫌そうだったが、やがて小さく息をついた。

「……もういい。次に同じことを言ったら、覚えておけよ」

「はい……」

 太刀川は珍しく素直に頷いた。

 その様子に、再び笑い声が広がった。

 しかし、その和やかな空気は、長くは続かなかった。

 

「……あ」

 待合室の入口に、一人の少年が姿を現した。

 三輪秀次だった。

 別のブースで個人ランク戦を行っていたらしい。少し疲れた様子ではあったが、表情には集中の余韻が残っていた。

 三輪はライを見つけると、こちらへ歩いてきた。

「ライさん、そちらの方々は…」

 そう言いかけたところで、三輪の視線が止まった。

 迅悠一。

 彼の顔を認識した瞬間、三輪の表情が変わった。

 先ほどまでの疲労も、周囲への遠慮も、すべて吹き飛んだようだった。

 目が見開かれ、拳が強く握られる。

「……お前は」

 迅は三輪に気づくと、いつもの調子で手を上げた。

「あれ、あの時の少年じゃん。久しぶりー」

 まるで、道端で知り合いに会ったときのような気軽さだった。

 その態度が、三輪の感情に火をつけた。

「ふざけるな……!」

 三輪は迅へ向かって歩み寄った。

「お前、よくそんな顔で俺の前に立てるな!」

 周囲の空気が一変した。

 太刀川が笑みを消し、嵐山が驚いたように二人を見比べる。

 風間も、何か事情があると察したのか、黙って様子を見守った。

「お前は……あの日、俺たちを見捨てた!」

 三輪の声が待合室に響いた。

 迅は、へらりと笑ったままだった。

 三輪の声が待合室に響いた。

 迅は、へらりと笑ったままだった。

「うん。そうだったね」

「っ……!」

 三輪の顔が怒りに歪む。

「姉ちゃんが目の前で倒れていたんだ! 俺は助けてくれと頼んだ! それなのに、お前は……!」

 三輪の拳が震えた。

「落ち着きなよ、少年」

 

「黙れ!」

三輪は迅を睨みつけた。

「俺は、あの日からずっと忘れていない! お前の顔も、声も、あのときの目も……全部だ!」

迅は、笑みを浮かべたまま三輪を見ていた。

「そっか。そりゃ、忘れられないよな」

「他人事みたいに言うな!」

「他人事じゃないよ」

 迅の声は、軽かった。

 あまりにも軽く、三輪の怒りを受け止めるには不釣り合いだった。

「俺は……!」

 三輪がさらに言葉をぶつけようとした、そのとき。

 迅はわずかに視線を逸らした。

 そして、三輪の横をすり抜けるように歩き出した。

「悪い、ちょっと用事を思い出した。またな、三輪」

「待て!」

 三輪が振り返る。

「逃げるな! まだ話は終わっていない!」

 迅は振り返らなかった。

 片手をひらひらと振りながら、そのまま待合室を出ていく。

「……あの野郎!」

 三輪が追いかけようとしたが、迅の姿はすでに廊下の向こうへ消えていた。

 その場には、重苦しい沈黙が残った。

 ライは三輪を見つめていた。さっきまでの彼は、力強く前を向いていた。

 姉を失った過去を抱えながらも、少しずつ前に進もうとしていた。

 だが、迅を見た瞬間、その表情は変わった。

 怒り。悲しみ。そして、どうしようもない悔しさ。

 三輪の中に、まだ癒えていない傷があることは明らかだった。

 今度は迅が去っていった廊下を見た。

 あの態度。あの笑顔。あれは本当に、何も感じていない人間の振る舞いなのだろうか。

「……ごめん、ちょっと行ってくるね」

 ライは太刀川たちにそう告げ、迅の後を追った。

 

 

廊下を進むと、少し先に迅の姿が見えた。

「迅くん!」

 ライが呼びかける。

 迅は振り返り、いつもの笑顔を浮かべた。

「お、ライさん。どうしたの?」

「少し話がしたい」

「俺と? いいけど、これからちょっと――」

「待って」

 ライは迅の前へ回り込み、その腕をつかんだ。

 迅が足を止める。

「……おっと」

「今は、行かせない」

 ライの声は穏やかだった。

 けれど、その手は離れなかった。

 迅はしばらくライを見つめてから、困ったように笑った。

「ライさん、意外と強引だね」

「君が話したくないことを無理に聞き出すつもりはないよ。ただ、さっきの三輪君とのやり取りが気になったんだ」

「そっか」

 迅は壁に背を預けた。

「……どこまで聞きたい?」

「君が話せるところまで」

 その答えに、迅は少しだけ目を細めた。

 やがて、いつもの軽い笑顔を浮かべる。

「いやー、参ったな。ライさんには隠し事ができそうにないや」

「隠すのがうまい人ほど、そういうことを言うんだよ」

「ははっ、厳しいなあ」

 迅は笑った。

 しかし、その笑顔は先ほどよりも、どこかぎこちなかった。

「……あの日のこと、話すよ」

 彼はゆっくりと口を開いた。

「あのとき、俺はサイドエフェクトで未来を見ていたんだ」

 ライは黙って聞いていた。

「三輪の姉さんが助からない未来。それから、俺があいつに冷たい態度を取ることで、将来ボーダーにとって大きな戦力になる人間が育つ未来もね」

「……それで、あの態度を?」

「そう。あのとき俺が優しく慰めたら、三輪は俺を恨まなかったかもしれない。でも、あいつがあそこまで強くボーダーを目指すこともなかった」

 迅は軽く肩をすくめた。

「結果的に、三輪はボーダーに入った。力を求めて、必死に努力している。俺が見た未来の一つは、そうやって実現したわけだ」

「……」

「もちろん、未来は一つじゃない。俺が見たものが全部そのまま起こるわけでもない。でも、あのときは、ああするのが一番いいと思ったんだよ」

 迅はいつもの調子で話していた。

 まるで、ちょっとした判断ミスについて説明しているかのように。

「三輪の姉さんが助からないことは、俺にもどうにもできなかった。だったら、その後に何ができるかを考えるしかないだろ?」

 彼は笑った。

「いやー、我ながら嫌な役回りを引き受けたもんだよね」

 ライは、しばらく黙っていた。

 そして、静かに口を開く。

「……迅」

「ん?」

「僕の前でまで、無理をしなくていいよ」

 迅の笑顔が止まった。

「え?」

「君が何を考えて、どういう未来を見て、どうしてあの行動を選んだのか。話してくれたことは分かった」

 ライは迅の顔を見つめた。

「でも、それで君が何も感じていないことにはならないだろう?」

 迅は答えなかった。

「三輪君のためだった。ボーダーのためだった。そういう理由があったとしても、君が彼に憎まれることを選んだのは事実だ」

 ライは一度、言葉を切った。

「それを、何でもないことみたいに話さなくてもいいんだよ」

 迅の視線が、わずかに揺れた。

「……ライさんには、叶わないなー」

 声から、いつもの軽さが消えていた。

 迅は顔を伏せ、壁に背を預けたまま、小さく息を吐いた。

「本当はさ……怖かったんだよ」

 ライは何も言わなかった。

「三輪の姉さんが助からない未来を見たとき、どうにかできないかって考えた。別の未来はないのか。俺が違う行動を取れば、結果は変わらないのかって」

 迅は、自嘲するように笑った。

「でも、何度見ても、姉さんが助かる未来は見つからなかった」

 握った手に、力がこもる。

「だから、せめて三輪には生きていてほしかった。あいつが力を手に入れて、これから先、誰かを守れるようになってほしかった」

 迅の声が、少しずつ沈んでいく。

「そのためなら、嫌われてもいいと思った。俺が恨まれることで、あいつが前に進めるなら……それでいいって」

「……うん」

「でもさ」

 迅は顔を上げた。

 その目には、もう笑みはなかった。

「やっぱり、きついよ」

 声が震えた。

「三輪が俺を見る目も、あいつが姉さんのことを話すときの顔も……全部、覚えてるんだ。あの日のことを忘れたことなんて、一度もない」

 迅は唇を噛んだ。

「俺は、あいつのためだって言い聞かせてきた。ボーダーのためだって、自分に言い聞かせてきた。でも、本当は……あいつに恨まれるのが、平気なわけないだろ」

 言葉が途切れた。

「……俺だって、あの姉さんを助けたかったよ」

 その一言は、ひどく小さかった。

 いつもの軽口も、冗談も、未来を見通す余裕もなかった。

 ただ、一人の少年が、抱え込んできた感情をようやく口にしただけだった。

 ライは迅の話を最後まで聞いた。

 そして、少しだけ眉を下げた。

「……君は、バカだねぇ」

 迅が顔を上げた。

「えっ、ひどくない?」

 声に、かすかにいつもの調子が戻る。

 けれど、ライは笑わなかった。

「もっと素直に言えばいいんだよ」

「……素直に?」

「君が、三輪君のことを大切に思っていたこと。お姉さんを助けたかったこと。自分の選択を、今でも苦しく感じていること」

 ライは一つずつ、確かめるように言った。

「そういう気持ちを、全部ひとりで抱え込む必要なんてないだろう?」

 迅は黙った。

「僕は、君が誰よりも人のために行動していることを知っているよ」

 ライは穏やかな声で続けた。

「未来が見えるからって、何もかも平気になるわけじゃない。正しいと思うことを選んだからって、傷つかなくなるわけでもない」

「……」

「君が何を選んだのか、その選択が本当に正しかったのか。僕には、簡単に答えを出すことはできない」

 ライは視線を逸らさずに言った。

「でも、君が誰かを守ろうとしていたことまで、否定するつもりはないよ」

 迅の目が、揺れた。

「……そっか」

 次の瞬間、迅は顔を伏せた。肩が、小さく震えた。

 ライは何も言わなかった。

 ただ、迅の隣に立ち続けた。

 やがて、迅が片手で目元を覆う。

「……参ったな。こんなつもりじゃなかったんだけど」

かすれた声だった。

「ライさんに話したら、少しは楽になるかと思ったのに……余計に、いろいろ思い出しちゃったよ」

「そういうこともあるよ」

「……うん」

 迅は、もう一度顔を伏せた。

 ライはそっと視線を横へ逸らした。

 彼が泣いているところを、わざわざ見届ける必要はない。

 今はただ、ひとりにしないことが大切なのだと思った。

 廊下には、二人以外の気配はなかった。

 しばらくして、迅が小さく息を吐く。

「……ありがと、ライさん」

「どういたしまして」

 ライは、顔を背けたまま答えた。

「落ち着くまで、ここにいるよ」

 迅は返事をしなかった。

 ただ、しばらくの間、ライの隣に立ち続けた。

 未来を見通す少年にも、誰にも見せたくない弱さがある。

 そして、その弱さを知ったからといって、彼の価値が失われるわけではない。

 ライはそう思いながら、迅が落ち着くまで、何も言わずにそばにいた。




BLではないよ?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。