前回の模擬戦から数日後。
ボーダー本部では、新しいトリガーの開発が着々と進められていた。
「……なるほど。旋空の起動時間を短縮するなら、トリオンの出力を一気に高めるより、刃の伸長に必要な分だけを瞬間的に供給する方が効率的か」
「口で言うのは簡単なんだよ、ライ。実際にやるとなると、制御系統から見直さなきゃならん」
技術部の開発室。
鬼怒田本吉は、机の上に広げた設計資料を睨みながら、額に皺を寄せていた。
その向かいでは、ライ・アッシュフォードが試作中のトリガーの構造図を覗き込んでいる。
「ええ。だから、今の段階で無理に完成させる必要はないと思います。まずは、隊員が実際に使ったときに、どこまで操作の負担を減らせるかを確認したいんです」
「まったく、お前は次から次へと……」
鬼怒田は呆れたように息を吐いた。
しかし、資料を片づけようとはしなかった。
ライの提案は、単なる思いつきではない。実際に訓練を重ね、隊員の動きを観察し、トリガーの構造を理解したうえで出されている。
だからこそ、鬼怒田も無下にはできなかった。
「まあいい。旋空の方はこっちで検証を続ける。お前は幻踊の調整案をまとめておけ」
「分かりました」
ライが資料を手に取った、そのときだった。
「失礼します。鬼怒田さん、今お時間よろしいでしょうか?」
開発室の扉が開き、二人の少年が入ってきた。
嵐山准と柿崎国治である。
二人は入室すると、まず鬼怒田に一礼し、それから室内にいたライに気づいた。
「あれ、ライさんもいたんですか」
「お疲れさまです、嵐山君、柿崎君」
ライは資料を置き、二人に微笑みかけた。
「確か今日は広報部隊として初めての会見とインタビューだったんですよね。お疲れさまです。」
「ありがとうございます。少しでもボーダーのことを知ってもらえればと思って、頑張ります」
嵐山は爽やかな笑顔で答えた。
一方、柿崎は少し疲れたように肩を回す。
「俺は、ああいう場で話すのはまだ慣れないですね。何を聞かれるか分からないですし」
「柿崎君は、質問に対して真面目に答えすぎるところがあるんじゃないですか?」
「……そうでしょうか」
「ええ。だからこそ、聞いている側には誠実さが伝わると思いますよ」
ライがそう言うと、柿崎は少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。
「ありがとうございます」
「ところで、今日は何の用だ?」
鬼怒田が話を促した。
嵐山と柿崎は顔を見合わせ、嵐山が一歩前に出る。
「実は、戦闘用トリガーについて相談がありまして」
「戦闘用?」
「はい。現在のシューター型トリガーなんですが、弾丸の生成や射出の操作が、少し難しいと感じるんです」
柿崎が続ける。
「慣れれば使えるんでしょうけど、戦闘中に弾丸の性質や射出方法を考えながら操作するのは、誰でも簡単にできることじゃないと思います」
「なるほど」
ライは頷いた。
それは、彼自身も訓練を見ていて感じていた問題だった。
シューター型トリガーは、弾丸の生成や分割、射出方向などを柔軟に操作できる。その自由度は大きな利点だが、同時に、使いこなすためには高い技術と判断力が必要になる。
誰もが同じように扱えるわけではない。
「もっと簡単に、弾丸を撃てるようにはできないかと思いまして。例えば、トリガーを起動して、撃ちたい方向に向けて操作するだけで弾丸を射出できるような……」
「つまり、操作を簡略化したいということか」
「はい」
鬼怒田は腕を組んだ。
「シューター型の操作を簡単にする方法か……。仕組みを変えるにしても、どこまで操作を機械側に任せるかが問題になるな」
「それなら、いっそのこと形状から変えてみるのはどうでしょう?」
ライが口を開いた。
三人の視線が集まる。
「形状?」
「はい。現実の社会でも、銃という道具は広く知られていますよね。引き金を引けば弾丸が発射される。そういう仕組みをトリガーに取り入れれば、少なくとも射出操作は直感的に理解しやすくなると思います」
ライは机の上にあった白紙を引き寄せ、簡単な線を描き始めた。
「銃型トリガー、ということか」
鬼怒田が呟く。
「そうです。トリオンで弾丸を生成する仕組みは維持したまま、射出するための操作を銃型のデバイスにまとめるんです。引き金を引くことで、あらかじめ設定した弾丸を射出する」
「それなら、シューター型より扱いやすくなりそうですね」
「最初から複雑な機構を盛り込む必要はないと思います」
ライは紙の上に二種類の銃を描いた。
「まずは、ハンドガンとアサルトライフル。この二つを試作してみるのはどうでしょう?」
「二種類にする理由は?」
鬼怒田の問いに、ライはそれぞれの図を指さした。
「ハンドガンは、近距離で戦うアタッカーが補助武器として使うことを想定しています。剣型トリガーを構えたままでも扱いやすく、必要なときに素早く射撃できるものです」
「近接戦闘の補助、か」
「はい。アタッカーが苦手な距離を補う手段にもなりますし、接近するまでの牽制にも使えます。ただし、剣と銃を同時に使うなら、トリガーの切り替えやシールドの扱いも考えないといけません」
ライはもう一方の図に指を移した。
「アサルトライフルは、中距離で戦う隊員向けです。ある程度の連射ができて、継続的に相手へ圧力をかけられる。操作を簡略化できれば、射撃に慣れていない隊員でも戦術に組み込みやすくなると思います」
「なるほど……」
嵐山は真剣な表情で図を見つめていた。
「近距離、中距離、それぞれの役割に合わせて、武器の形状から使いやすさを考えるんですね」
「そうです。ただ、今回はあくまで試作です。威力や射程、弾数などは、実際に撃ってみてから調整する必要があります」
「ふむ……」
鬼怒田は紙を受け取り、しばらく黙って眺めた。
「構造自体は検討する価値があるな。だが、銃型にしただけで扱いやすくなるとは限らん。トリオンの供給、射出時の制御、照準の安定性……確認すべき点はいくらでもある」
「もちろんです。そこはこれから検証を重ねて基本設計だけ完成できればいいかと」
ライははっきりと言った。
「まずは弾丸を生成して撃つ。その基本動作を、安定して行えるものを作りたいんです」
鬼怒田は一度ライを見て、それから図面へ視線を戻した。
「……よし。試作の設計を起こしてみる。お前たちも、実際に使う側として協力しろ」
「はい!」
嵐山が元気よく返事をした。
柿崎も頷く。
「よろしくお願いします」
そのとき、部屋の奥から声がした。
「それなら、狙撃用のトリガーも欲しいですね」
三人が振り返る。
そこには、別の机で戦略シミュレーションの資料を作成していた青年が立っていた。
「東さん、聞いていたんですか?」
嵐山が尋ねる。
「ああ。銃型トリガーの話が聞こえから、少し気になってな」
青年――東春秋は、ライたちの机へ歩み寄った。
「近距離と中距離の武器を作るなら、長距離から攻撃するための武器もあった方がいい。戦術の幅を広げるなら、三つの距離を考える必要があるだろう」
「狙撃用、ですか」
ライは東を見上げた。
「敵に接近せず、離れた場所から攻撃する。相手の動きを制限したり、味方が接近する隙を作ったりすることも可能になるだろう?」
東は机に資料を置いた。
「もちろん、単純に遠くから撃てればいいという話ではない。射程が長くなるほど、照準の安定性や弾丸の威力、射撃位置の選択が重要になります。狙撃手がどういう状況で撃つのか、それを考えて設計する必要があります」
「確かに……」
ライは新しい紙を取り、三つ目の図を描き始めた。
長い銃身を持つ、狙撃用の銃。
「それなら、狙撃用の試作も並行して考えてみましょう。射程と精度を重視した設計にして、どこまで安定して狙撃できるかを確認する方向で」
「それがいいだろうな。おっと自己紹介がまだだったな。東春秋だ。年齢は二十一歳。大学の教授から推薦を受けて、トリオン技術を学ぶためにボーダーに入隊しているよ」
「大学でも研究を?」
「ああ。大学の研究室でもトリオン技術について研究している。それと、戦略サークルにも所属しているから、戦術や部隊運用についても勉強中だ」
「そうでしたか。ライ・アッシュフォードです。よろしくお願いします、東さん」
「こちらこそ、よろしくな」
東は穏やかに微笑んだ。
ライは年上の研究者に対する敬意を込めて頭を下げたが、東は気にした様子もなく、机の図面へと視線を移した。
「それにしても、面白いな。銃型のトリガーを作るだけではなく、武器ごとに戦術上の役割を分けている」
「武器の形状が変われば、隊員の戦い方も変わりますから」
ライは答えた。
「今のボーダーでは、剣型トリガーを扱うアタッカーが中心です。でも、ネイバーとの戦いがこれからも続くなら、近距離だけで対応できるとは限りません」
彼は、机の上に並んだ三枚の図面を見つめた。
「近距離で敵を食い止める隊員。中距離から攻撃を続ける隊員。そして、離れた場所から味方を援護する狙撃手。それぞれが役割を持ち、互いの弱点を補えるようになれば、戦い方そのものを広げられると思うんです」
「単独の強さだけではなく、部隊全体の強さを考えているんですね」
嵐山が言った。
「ええ。どれだけ強い隊員でも、一人でできることには限界がありますから」
ライはそう答えてから、少しだけ笑った。
「それに、これから入隊してくる隊員が、どんな発想を持っているかは分かりません。だからこそ、選択肢を増やしておきたいんです」
鬼怒田は腕を組み、三枚の図面を見比べた。
「……まずは作ってみなければ始まらんな。嵐山、柿崎、東。試作品ができたら、お前たちに使ってもらう。問題点は遠慮なく報告しろ」
「分かりました」
「お願いします」
「了解しました」
三人が返事をする。
こうして、ボーダーの新たな武器を生み出す計画が動き始めた。
それが後に、隊員たちの戦い方を大きく変えることになるとは、この時点ではまだ誰も知らなかった。
数日後――試作トリガーの実験
訓練場の一角に、複数の標的が設置されていた。
「では、まずハンドガン型から試してみましょう」
ライは試作品を手に取り、嵐山へ渡した。
外見は、現実のハンドガンを参考にした簡素なものだった。余計な機能は搭載せず、アステロイドを生成し、銃口から射出することだけに特化している。
「引き金を引けば弾丸が出る、という仕組みですね」
「はい。弾丸の生成と射出はトリガー側で制御します。今回は威力も弾速も固定に近い設定なので、まずは照準と射撃の感覚を確かめてください」
「分かりました」
嵐山は銃を構え、標的へ向けて引き金を引いた。
乾いた発射音とともに、トリオン弾が飛ぶ。
標的の中央から少し外れた位置に着弾した。
「思ったよりも、直感的に扱えますね」
嵐山は構えを直し、もう一度撃った。
今度は標的の中心に近い位置へ着弾する。
「照準を合わせて引き金を引くだけなら、シューター型よりも操作に意識を取られずに済みそうです」
「連射したときの扱いやすさも確認してみてください」
「はい」
続いて柿崎が試した。
数発を連続して撃ち、着弾位置を確認する。
「撃つこと自体は簡単ですね。ただ、連続して撃つと照準が少しずれます。構え方や反動のような感覚も考えた方がいいかもしれません」
「トリオン体だから現実の銃と同じ反動が必要なわけではないが、連射時の照準の安定性は検証する価値があるな」
鬼怒田が記録を取りながら答えた。
次にアサルトライフル型。
こちらはハンドガンよりも長い銃身を持ち、連続射撃を想定した設計になっている。
嵐山が構え、標的に向けて数発ずつ撃った。
着弾はまとまっていたが、連射を続けると徐々に狙いがずれていく。
「中距離で継続して攻撃するなら、十分に使い道がありそうです。ただ、弾数や射撃間隔をどう設定するかで、使い勝手が大きく変わりそうですね」
嵐山は試作品を下ろした。
「ええ。連射性能を上げればトリオン消費も増えますし、撃ち続けられる時間との兼ね合いもあります」
ライは記録用紙に問題点を書き込んだ。
「このあたりは、今後の調整ですね」
最後は狙撃用の試作品だった。
長い銃身と安定した照準を重視した形状。狙撃に必要な性能を確認するための試験機だ。
東が銃を受け取り、遠方に設置された標的へと向き直った。
しばらく照準を調整し、引き金を引く。
弾丸は標的の中心付近へ着弾した。
「なるほど。照準を合わせてから撃つまでの操作は分かりやすいな。ただ、遠距離で安定した射撃を行うなら、照準器の精度や銃身の設計も詰める必要がありそうです」
「やはり、狙撃用は細かい調整が必要ですね」
ライが答えると、東は頷いた。
「それでも、方向性は悪くないと思うな。狙撃手が扱うための専用トリガーとして、発展させる価値はあるよ」
「ありがとうございます。実際に使ってみて、そう言ってもらえるのは助かります」
ライは三種類の試作品を見比べた。
どれもまだ完成とは言えない。弾丸の威力、射程、連射性能、照準の安定性。検証すべき点は多く残っている。
だが、最初の一歩としては十分だった。
「よし。今日の結果をもとに、設計を修正するぞ」
鬼怒田が声を上げる。
「試作段階だからといって、問題を放置するな。実戦で使うことを想定して、細部まで詰めていく」
「はい!」
嵐山、柿崎、東、そしてライが返事をした。
その後、改良された銃型トリガーは少しずつ隊員たちの訓練に取り入れられていく。
扱いやすさが評判となり、ハンドガン型を補助武器として試すアタッカーや、アサルトライフル型を使って中距離戦の練習をする隊員が現れ始めた。
狙撃用の試作品も、東を中心に検証が続けられることになる。
やがて銃型トリガーは、ボーダーの隊員たちの間で広く使われるようになっていく。
それは、たった一枚の設計図から始まった、新しい戦い方への第一歩だった。