七月初旬――六頴館高等学校
七月に入り、六頴館高等学校では期末試験を目前に控え、生徒たちが慌ただしく過ごしていた。
その日の昼休み、ライ・アッシュフォードは教室で昼食を終え、次の授業の準備をしていた。
「ライ・アッシュフォード、少しいいか?」
不意に声をかけられ、ライは顔を上げた。
そこに立っていたのは、見覚えのない少年だった。
整った顔立ちに、落ち着いた目つき。年齢はライと同じくらいに見えるが、どこか大人びた雰囲気をまとっている。
「はい。何か用ですか?」
「二宮匡貴だ。お前がボーダーに所属していると聞いて、少し話がしたい。」
「ボーダーのことですか?」
「ああ」
二宮は簡潔に頷き、向かいの席を指した。
「座っても?」
「もちろんです」
二宮が腰を下ろすと、早速本題に入った。
「八月に次の入隊試験があると聞いた。試験の内容について、分かる範囲で教えてもらえないだろうか」
「なるほど。入隊を考えているんですね」
「そのつもりだ。事前に準備できることがあるなら、しておきたい」
ライは少し考えてから答えた。
「詳しい採点基準や具体的な出題内容までは、僕からは教えられません。ただ、基本的には筆記試験と体力試験、それから面談があるはずです」
「面談か。何を聞かれる?」
「それも詳しいことは言えませんが、単純な受け答えだけでなく、本人の考え方や性格を確認する場になると思います」
「なるほど……」
二宮は腕を組み、頭の中で情報を整理するように目を伏せた。
「筆記は一般的な学力、体力は基礎能力、面談は適性を見る。そう考えればいいわけか」
「ええ。ただ、どれか一つだけできればいいというものではないと思いますよ」
「分かった。参考になった」
二宮は素直に礼を言った。
普通なら、ここで話は終わるだろう。
しかし、彼はまだ質問を続けた。
「入隊後はどうだ? 訓練はどのように進む?」
「まずはトリガーの基本操作や戦闘訓練ですね。トリオン兵を相手にした実習もあります。実力が認められれば、正隊員として防衛任務に参加することになります」
「戦闘訓練では、何を重視する?」
「基礎を身につけることはもちろんですが、自分の得意分野を見つけることも重要だと思います。全員が同じ戦い方をする必要はありませんから」
「得意分野……」
二宮の視線が、わずかに鋭くなった。
「君は何を得意としている?」
「僕ですか?」
「ああ。自分の経験を踏まえて、どういう能力が戦闘で重要になると考えているのかも聞きたい」
ライは少しだけ笑った。
「質問されるばかりでは不公平ですね。二宮君の方も教えてもらえませんか? どういうことが得意なのか」
「俺の得意分野か」
二宮は即答せず、しばらく考えた。
「状況を整理して、必要な手段を選ぶことだろうか。複数の条件を比較して、もっとも合理的な答えを探すのは得意だと思う」
「なるほど。戦術を考えることにも興味があるんですね」
「興味というより、必要だから考えているだけだ」
「そういう考え方も、十分に強みだと思いますよ」
ライは机の上で指を組んだ。
「まだ実際に戦っているところを見ていないので、断言はできませんが……二宮君なら、シューターが向いているかもしれません」
「シューター?」
「弾丸の性質や分割、射出方向を自分で調整して戦うポジションです。状況に合わせて攻撃方法を変えられるので、考えて戦うことが得意な人には面白いと思います」
「嵐山というやつの使う銃ではなく、そっちを勧める理由は?」
「銃型も選択肢の一つです。ただ、今の話を聞く限り、二宮君は自分で状況を分析して、その場に応じた手段を選ぶことに長けているように感じます。シューターなら、その判断を戦闘に直接反映できると思ったんです」
二宮はライをじっと見つめた。
「初対面の相手にもよくそういう分析をするのか?」
「必要だと思ったときだけですよ」
「今は必要だと?」
「ええ。二宮君がどんな隊員になるのか、少し興味が湧きましたから」
ライは穏やかに答えた。
二宮は数秒ほど黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……お前は、思った以上に話が通じるな」
「それは褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めている」
あまりにも真顔で言うものだから、ライは思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます。僕も二宮君と話していると、考えが整理されて面白いです」
「そうか」
そこから二人の会話は、ボーダーの組織運営や戦闘における役割分担、限られた資源をどう配分するべきかといった話にまで広がっていった。
互いに結論だけでなく、そこに至るまでの理由を重視する。
前提を整理し、仮説を立て、反対の可能性も検討する。
その思考の進め方が似ているせいか、話題は途切れなかった。
気がつけば、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴っていた。
「もうこんな時間か」
二宮が時計を確認する。
「そうですね。僕も次の授業の準備をしないと」
「今日は助かった。試験についても、入隊後についても参考になった」
「いえ。試験は自分の力で頑張ってくださいね」
「当然だ」
二宮は立ち上がり、ライに向き直った。
「入隊したら、また話を聞かせてくれ」
「もちろんです。楽しみにしています」
二宮が教室を出ていく。
その背中を見送りながら、ライは考えた。
合理性を重視し、思考を組み立てることに長けた少年。
実際に戦えば、どのような戦い方をするのだろうか。
「……八月、か」
ライは小さく呟き、次の授業の準備に取りかかった。
同日の夕方。
ボーダー本部の個人ランク戦用シミュレーション室では、今日も隊員たちが腕を競い合っていた。
「よし、次!」
「君は、さっきから何回やるつもりだよ」
「まだ足りねえだろ!」
太刀川慶は、対戦を終えたばかりだというのに、早くも次の試合を要求していた。
向かいに立つライは、苦笑しながらトリガーを再設定する。
「僕は構わないけど、太刀川も少しは休んだ方がいいんじゃないか?」
「休んだら腕が鈍るだろ」
「数分休んだだけで鈍るような腕じゃないと思うけどね」
「そういう問題じゃねえ!」
その様子を、少し離れた場所から小南桐絵が眺めていた。
彼女もまた、個人ランク戦で腕を磨いていたところだった。
玉狛特注の斧型トリガーではなく、今回は標準的な孤月を二本装備している。
「……ふーん」
小南は二人の対戦記録を見て、口元を上げた。
「ライさん、久しぶり!」
「小南さん。お疲れさまです」
ライは対戦開始前の操作を止め、挨拶を返した。
「今日も太刀川と勝負してるの?」
「ええ。お互いに、まだ納得できていないので」
「へえ。じゃあ、あたしも混ぜてよ」
「小南さんもですか?」
「当然でしょ!」
小南は胸を張った。
「最近、太刀川が調子に乗ってるみたいだから、ちょっと分からせてあげようと思って」
「おい、誰が調子に乗ってるって?」
太刀川がすぐさま反応した。
「アンタよ、アンタ!」
「言ったな。じゃあ、やるか?」
「望むところよ!」
二人の間に火花が散る。
ライは小さく肩をすくめた。
「……相変わらずですね」
「お前も見ていくか?」
太刀川がライに尋ねる。
「そうだね。せっかくだし、見学させてもらうよ」
ライはシミュレーション室のから待合室に移動し、観戦用のモニターに目を向けた。
小南と太刀川が、それぞれの孤月を構える。
「それじゃ、始めるぞ!」
対戦開始の合図が鳴った。
先に仕掛けたのは太刀川だった。
正面から踏み込み、鋭い一撃を繰り出す。
小南は二本の孤月を交差させて受け止め、衝撃を逃がすように身体を捻った。
そのまま片方の刃で太刀川の剣を押し返し、もう一方で胴を狙う。
「おっと!」
太刀川は身を引き、間一髪で斬撃を避けた。
「へえ、なかなかやるじゃねえか!」
「今さら気づいたの?」
「いや、知ってたけどな!」
太刀川は笑い、再び間合いを詰めた。
剣と剣がぶつかり合う。
太刀川は一撃ごとの鋭さと踏み込みの速さで押し切ろうとする。一方、小南は二本の刃を使い分け、攻撃と防御を途切れさせずに応戦していた。
片方で相手の剣を受け、もう片方で反撃する。
太刀川が攻めに転じれば、その勢いを利用して体勢を崩す。
二刀流同士の極限な攻防戦だった。
「……なるほど」
観戦していたライが呟いた。
太刀川の剣は強い。
攻撃の速度、踏み込み、斬撃の正確さ。そのどれもが高い水準にある。
しかし、小南は太刀川の攻撃に正面から力比べを挑んでいない。
二本の孤月で攻撃の角度をずらし、太刀川が次の一撃を繰り出すまでのわずかな隙を狙っている。
やがて太刀川が大きく踏み込んだ瞬間、小南は片方の孤月でその刃を受け流し、もう片方を太刀川の懐へ滑り込ませた。勝敗が決まり小南に一本入り、戦いは続く。
数分後、勝敗が決まる。
小南の勝利だった。
「よっしゃー!」
小南が両手を上げて喜ぶ。
「どう? あたしの勝ち!」
「くっそー! 今のは惜しかったな……!」
太刀川は悔しそうに頭を掻いた。
「惜しかったじゃないわよ。あたしの勝ちなんだから、ちゃんと認めなさい!」
「分かってるって!」
ライは二人のもとへ歩み寄った。
「おめでとうございます、小南さん。二本の孤月を使った連携が見事でした」
「でしょ? ライさんは分かってる〜」
小南は満足そうに頷いた。
「太刀川も強いけど、攻め方が分かれば対応できる場面もあるのよ」
「いや、分かってても簡単に対応できる相手じゃねえだろ……」
太刀川がぼやく。
「それに、今の試合で分かったこともあるんじゃないか?」
ライが尋ねると、太刀川は少し考えてから頷いた。
「まあな。敵に回して実感するけど、二刀流相手だと、片方の刃を止めてももう片方が飛んでくる。攻撃を受け止めたつもりでも、そこで終わりじゃないってことだ」
「そういうこと!」
小南は得意げに胸を張った。
「次も勝つからね!」
「次は負けねえよ!」
二人が再戦を約束する。
ライはそのやり取りを見ながら、次に自分が戦うときの参考にしようと、今の試合の動きを頭の中で整理していた。
そのときだった。
「アッシュフォード君」
背後から声をかけられた。
振り返ると、技術部の職員が立っていた。
「鬼怒田室長がお呼びです。技術部まで来てもらえますか?」
「今からですか?」
「はい。東さんと忍田本部長もお待ちです」
「分かりました。すぐに向かいます」
ライは小南と太刀川に向き直った。
「ごめん、呼び出しがあったみたいだ。僕はこれで失礼するよ」
「おう。またあとでやろうぜ!」
「次はあたしとも勝負してよね、ライさん!」
「ええ、ぜひ」
ライは二人に手を振り、シミュレーション室を後にした。
背後では、すでに太刀川が小南に再戦を申し込んでいる。
その声を聞きながら、ライは技術部へと足を進めた。
技術部の会議スペースに入ると、鬼怒田本吉、東春秋、そして忍田真史が待っていた。
「遅くなりました」
「いや、今呼んだばかりだ。座れ」
鬼怒田に促され、ライは席に着いた。
「今日はどういったお話でしょうか?」
「今後のボーダーの運営についてだ」
忍田が口を開いた。
「先日の入隊組が正式に活動を始めてから、三か月が経過した。隊員たちの基礎能力もある程度把握できてきたところだ」
「はい」
「そこで、次の入隊組が加わってから一か月後を目安に、チームランク戦を導入することが決まった」
「チームランク戦……」
ライは少し目を見開いた。
個人ランク戦はすでに運用されている。隊員同士が実力を競い合い、戦闘技術を磨く仕組みとして定着しつつあった。
しかし、チームランク戦となれば話は別だ。
「部隊単位で戦うことで、個人の実力だけでなく戦術面を強化するわけですね」
「その通りだ」
忍田は頷いた。
「個人戦で強い隊員が、必ずしも部隊戦でも強いとは限らない。連携、状況判断、役割分担。それらを含めて強化できる制度が必要だと考えた」
「だから、東さんが戦略シミュレーションの調整をしていたんですね」
ライは東を見た。
「以前から資料をまとめていらっしゃったので、何かあるのだろうとは思っていました」
「チーム戦を実施するなら、地形や配置、勝敗条件などを設定できる環境が必要だからな」
東は机に置かれた資料を示した。
「ただ戦うだけでは、部隊の戦術を十分に養えない。状況に応じて隊員の役割が変わるような条件も用意したい」
「それは面白そうですね」
ライは資料を受け取り、目を通した。
地形の違い、視界の制限、複数の進入経路、攻撃側と防御側の条件差。
それぞれの要素が、部隊の戦術にどのような影響を与えるのか。
東の資料は、単に勝ち負けを決めるためのものではなく、隊員たちに戦術を学ばせることまで考えられていた。
「個人戦だけでは、どうしても一対一の技術に偏りますからね。チームランク戦があれば、個々の能力をどう組み合わせるかも重要になる」
「その通りだ」
忍田は満足そうに頷いた。
「そして、もう一つ決めておきたいことがある」
鬼怒田が別の資料を取り出した。
「ノーマルトリガーの構成についてだ」
ライは資料に目を落とした。
そこには、トリガーの装備枠に関する設計案が記載されていた。
「現在のノーマルトリガーは、メインとサブにそれぞれ二つずつ、合計四つのチップを装備する構成になっている。だが、今後は戦術の幅をさらに広げる必要がある」
鬼怒田は資料の一部を指した。
「そこで、メイン四つ、サブ四つ。合計八つのチップを装備できる構成を検討している」
ライはじっくりと資料を読み込んだ。
複数のトリガーを装備できれば、戦闘中の選択肢は増える。
近接攻撃、射撃、防御、移動補助。用途の異なるトリガーを組み合わせることで、隊員ごとの戦術を組み立てやすくなる。
一方で、装備するチップが増えれば、それだけ切り替え操作や状況判断も複雑になる。
「……僕は賛成です」
ライは資料を机に置いた。
「戦術の幅を広げるうえで、選択肢を増やすことは重要だと思います。ただ、数を増やせばいいというわけではありません」
「具体的には?」
鬼怒田が尋ねる。
「戦闘中に、隊員が無理なく把握して切り替えられることが大切です。装備が多すぎて操作が追いつかなくなれば、かえって判断が遅れる。メイン四つ、サブ四つなら、各トリガーの役割を整理したうえで、切り替えを実用的な範囲に収められると思います」
ライは資料を指先で軽く叩いた。
「もちろん、実際に使う隊員の技量や戦闘スタイルによって、適切な構成は変わります。全員に八つを使いこなせと言う必要はありません。大切なのは、必要な隊員が必要な選択肢を持てることです」
「ふむ……」
鬼怒田は考え込んだ。
東も資料を確認しながら頷く。
「チームランク戦とも相性がよさそうですね。隊員ごとに異なるトリガー構成を試し、部隊としてどのような戦術を組めるか検証できます」
「そのためにも、試作トリガーの評価を進めておく必要がある」
忍田が三人を見渡した。
「銃型トリガーをはじめ、これまでに提案されてきた武器やオプショントリガー。それらを個人戦だけでなく、部隊戦でも活かせるようにしたい」
忍田は一度言葉を切り、はっきりと告げた。
「メイン四つ、サブ四つの構成を採用する方向で進める。詳細な仕様は技術部で検証し、実戦運用に向けて調整してくれ」
「了解した。」
鬼怒田が答える。
東も頷いた。
ライも静かに頭を下げた。
新しい制度と装備構成。
それらは、ボーダーが単なる防衛組織から、より高度な戦闘集団へと成長していくための一歩だった。
「それと、アッシュフォード」
「はい」
鬼怒田がライに向き直った。
「お前には、これまで以上に試作トリガーの実験に参加してもらう」
「僕が、ですか?」
「お前が提案したものも含めて、現在いくつもの試作が進んでいる。武器型だけではない。旋空や幻踊のようなオプショントリガーも含め、評価を進めなければならん」
「分かりました」
「実際に使ってみて、問題点を記録しろ。戦闘でどう使えるのか、どのような隊員に向いているのか。単に性能を確認するだけではなく、運用方法まで考えるんだ」
「承知しました」
ライは即答した。
技術部に通い、試作品を試し、問題点を洗い出す。
これまでも続けてきたことだが、これからはさらに多くの武器と向き合うことになる。
しかも、チームランク戦が始まれば、評価するべきなのは個人の使いやすさだけではない。
部隊の中で、どのように機能するか。
味方と組み合わせたとき、どんな戦術を生み出せるか。
その視点が必要になる。
「……忙しくなりそうですね」
ライが小さく呟くと、東が笑った。
「でも、君はこういう仕事が好きなんじゃないか?」
「否定はできませんね」
「なら、期待しているよ」
東の言葉に、ライは微笑んだ。
「期待に応えられるよう、頑張ります」
会議が終わり、ライは資料を抱えて技術部を後にした。
廊下の向こうからは、訓練室で隊員たちが声を上げる音が聞こえてくる。
個人ランク戦で競い合う者たち。
新しい武器を開発する技術者たち。
そして、これから入隊する者たち。
それぞれが自分の役割を見つけ、ボーダーという組織を形作っていく。
ライは手元の資料に目を落とした。
チームランク戦の導入まで、残された時間は長くない。
「さて……まずは、試作トリガーの評価計画からかな」
そう呟いて、ライは歩き出した。
ボーダーの戦い方は、これから大きく変わろうとしていた。