ボーダー本部の個人ランク戦ブースは、今日も活気に満ちていた。
訓練用トリガーの性能向上に伴い、隊員たちの戦い方も少しずつ変わり始めている。新しいトリガーを試す者、従来の武器を使い続ける者、それぞれが自分に合った戦い方を模索していた。
その中心にいるのが、個人ランク戦の上位陣だった。
現在の順位は、一位・太刀川慶、二位・迅悠一、三位・ライ・アッシュフォード、四位・風間蒼也。
小南桐絵も実力では上位陣に引けを取らないが、個人ランク戦に顔を出す頻度が少ないため、ランキングでは四位の風間に次ぐ位置にいた。
もっとも、この順位は絶対的な実力差を表しているわけではない。
太刀川と迅は互いに勝ち星を取り合い、ライも二人に食らいつく。風間も新たなトリガーを駆使し、上位陣に食い込んでいた。
誰かが一度勝ったからといって、次も勝てるとは限らない。
そんな緊張感が、個人ランク戦の面白さでもあった。
*
「おらっ!」
太刀川の孤月が、鋭い音を立てて振り下ろされた。
ライは一歩後ろへ下がり、紙一重で斬撃をかわす。すかさず踏み込み、孤月を横薙ぎに振るった。
太刀川はその一撃を受け流し、体勢を崩すことなく反撃へ移る。
ライはシールドを展開して斬撃を受け止めたが、衝撃を完全には殺しきれず、後方へ押し戻された。
「やっぱり、太刀川さんは強いですね」
「そりゃどうも!」
太刀川は笑いながら、再び間合いを詰めた。
ライは孤月を構え直す。
以前よりも、太刀川の動きがよく見えるようになっていた。踏み込みの癖、斬撃を放つ前の重心移動、攻撃から次の攻撃へ移るまでのわずかな間に弾丸を打ち込む。
それでも、見えたものに身体が追いつくとは限らない。
太刀川の斬撃がライの防御を突破し、勝敗が決した。
『勝者、太刀川慶』
「惜しい!」
太刀川は楽しそうに笑った。
「今のは、もうちょっとで取られるところだったぜ」
「最後の一手、読まれていましたね」
「いや、読まれてたのは途中までだ。最後はお前が一瞬迷った」
「……なるほど」
ライは自分の動きを振り返る。
太刀川は、相手が何を考えているのかを読むだけではない。相手が考えたことを実行に移すまでの、わずかな躊躇さえ見逃さない。
技術だけでは埋められない、実戦経験の差があった。
「次は取りますよ」
「おう! いつでも来い!」
太刀川は豪快に笑った。
ライはその背中を見送りながら、自分のトリガー構成を確認する。
メインには孤月、シールドのみ
サブにはアステロイド、バイパー、シールド、そしてバックワーム。
以前は孤月一本で戦うことが多かったが、今は射撃用トリガーも積極的に試している。
近接戦闘を得意とする自分が、射撃をどう組み合わせれば戦術の幅を広げられるのか。
その答えを探すためだった。
そして、ボーダーで開発される新たなトリガーは、ライの選択肢をさらに広げていた。
変化弾(バイパー)は、弾道を自在に変化させる弾丸トリガーだ。
直線的な攻撃を基本とするアステロイドとは違い、弾道を曲げることで、障害物の向こうや相手の死角を狙える。 ただし、自由に曲げられるからこそ、弾道を組み立てる技術が必要になる。思い描いた軌道を実現できなければ、せっかくの特性も活かせない。
ライにとっては、戦闘中に複数の可能性を組み立てる思考力を、実際の攻撃へ結びつけるための武器だった。
また攻撃用トリガー以外にも戦闘を補助するオプショントリガーも開発されていた。
ライが使うバックワームもその一つ。
これはトリオン体を観測するレーダーから隠れるためのものである。本来の個人戦ではあまり意味はないが、これから始まる集団戦に備えて使い方と使用感を確かめている。また、このトリガーは狙撃者にとっての標準装備になると思われる。
また、それ以外にも開発されているトリガーがある。
追尾弾(ハウンド)は回避する相手に圧力をかけたり、相手の動きを制限したりするのに向いている。ただし、追尾性能を高めるほど弾の威力や速度との兼ね合いが生じるため、使いどころを見極める必要があった。バイパーとは違いある程度大雑把でも使えるため人気のトリガーになりそうだ。
炸裂弾(メテオラ)は着弾時などに爆発を起こす弾丸トリガーだ。
直接相手を狙うだけでなく、周囲を巻き込んだ攻撃や、地形を利用した戦術にも活用できる。敵の行動範囲を制限するという点では、ライが考えている戦術とも相性がいいように思われる。
また、オプショントリガーの一つ、グラスホッパーは、設置した足場を利用して跳躍するオプショントリガーだ。移動方向を変えたり、空中で予想外の軌道を取ったりすることができる。
近接戦闘を得意とする隊員にとっては、間合いの詰め方そのものを変えられる可能性がある。
もちろん、新しいトリガーを装備すれば、それだけで強くなれるわけではない。
選択肢が増えれば、判断すべきことも増える。
使える武器が増えることと、適切に使い分けられることは別問題なのだ。
――結局のところ、最後に勝敗を分けるのは使い手自身の技量か。
ライは小さく息を吐き、次の対戦ブースへ目を向けた。
*
「迅、次は俺とやれよ!」
「えー、さっきやったばっかりじゃん」
「だからだよ。今度こそ勝つ!」
「太刀川さん、さっきも同じこと言ってましたよ」
「うるせえ!」
太刀川と迅の声が、ブースの向こうから聞こえてきた。
迅は新たに開発されたスコーピオンを使用していた。
形状を変化させられるブレードという特性を活かし、攻撃の間合いや角度を柔軟に変えてくる。従来の孤月とは異なる、予測しにくい攻撃が持ち味だった。
風間も同じく現在はスコーピオンを使っている。
こちらは迅のように派手な変化を見せるというより、相手の死角へ潜り込み、短い攻防の中で確実に急所を狙う戦い方だった。
同じトリガーでも、使い手が違えば戦術も違う。
ライは二人の戦い方を参考にしながら、今後の自分の構成を考えていた。
「ライさん」
声をかけられて振り返ると、三輪が立っていた。
「三輪君。どうしたの?」
「少し、見てもらいたい人がいて」
「僕に?」
「はい」
三輪は頷いた。
ライが首を傾げていると、三輪の後ろから二宮が現れた。
「……アッシュフォード。太刀川はどこだ」
「太刀川なら、あちらで迅君と対戦の相談をしていますよ」
「そうか」
二宮はそちらへ目を向けると、迷いなく歩き出した。
「おい、太刀川」
「ん? おお、二宮じゃねえか!」
太刀川は振り返り、嬉しそうに笑った。
「正隊員になったんだってな。おめでとう!」
「ふん。お前に祝ってもらういわれはない」
二宮はにべもなく言うが、表情は硬いままだった。
「俺とランク戦しろ」
周囲の空気が、わずかに変わった。
太刀川は一瞬だけ目を丸くしたあと、口元を大きく吊り上げた。
「へえ。いいぜ!」
「太刀川さん、即答ですね……」
迅が苦笑する。
「いいじゃねえか。新入りが挑んできたんだ。受けない理由がねえ!」
「……俺はもう新入りではない。」
「正隊員になったばっかりだろ?」
「それと、お前に挑むことは関係ない」
「ははっ、言うねえ!」
太刀川は楽しそうに笑い、対戦ブースへ向かった。
二宮もその後を追う。
ライは三輪の隣に立ち、対戦画面へ視線を向けた。
「二宮君、ずいぶん思い切ったね」
「……自分の実力を確かめたいんだと思います」
三輪は画面を見つめたまま答えた。
「太刀川さんは個人ランク戦の一位ですから。勝てば、自分の立ち位置も分かる」
「なるほど」
ライは頷いた。
「でも、太刀川さんは簡単には勝たせてくれないよ」
「分かっています」
三輪の声には、確信があった。
*
対戦開始の合図が鳴る。
太刀川のメインには、孤月、旋空、シールドのみ
サブにも孤月、旋空、シールド、バックワームが登録されていた。
対する二宮は、メインにアステロイド、ハウンド、シールドのみ、サブにはアステロイド、メテオラ、シールドのみ。
近接戦闘を得意とする太刀川と、射撃による制圧を得意とする二宮。
それぞれの得意分野が、はっきりと分かれた構成だった。
「始まるよ」
ライが呟いた直後、二宮が動いた。
アステロイドの弾丸が、太刀川へ向けて放たれる。
太刀川は正面から突っ込まず、左右へ移動しながら射線を切った。二宮は追尾弾のハウンドを混ぜ、太刀川の逃げ道を狭めようとする。
しかし、太刀川はその攻撃を冷静に見極めていた。
弾幕の密度が薄くなった瞬間、太刀川は一気に踏み込んだ。
「速い……!」
三輪が思わず声を漏らす。
二宮はシールドを展開し、太刀川の斬撃を防ぐ。
その間に距離を取り、再び射撃へ移ろうとした。
だが、太刀川は二宮に考える時間を与えなかった。
孤月の斬撃を続けざまに放ち、二宮の防御を揺さぶる。二宮はシールドを使い分けながら反撃を試みるが、太刀川は攻撃のリズムを変え、射撃へ移る隙を潰していった。
二宮はメテオラを使い、周囲を巻き込むように爆発を起こした。
太刀川が一瞬、距離を取る。
その隙に二宮は射撃態勢を整えようとした。
しかし――。
「遅い!」
太刀川は旋空を起動した。
伸びた孤月の斬撃が、二宮の防御を突破する。
決着は、一瞬だった。
…それから太刀川は終始圧倒して
『勝者、太刀川慶』
対戦終了のアナウンスが響く。
太刀川は孤月を肩に担ぎ、いつもの調子で笑った。
「いやー、面白かったぜ!」
二宮はしばらく黙っていた。
やがて、苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。
「……参った。」
「おう。お疲れさん!」
太刀川はあっさりと答えた。
「まあまあ強かったぜ、二宮」
「……まあまあ、か」
「おう。射撃はよかったし、攻撃の組み立ても悪くなかった。あとは、俺に近づかれたときにどうするかだな」
二宮の眉間に皺が寄った。
明らかに不満そうだったが、言い返すことはしなかった。
「……ひとつ、聞いてもいいか?」
「ん?」
「俺の何がいけなかった」
太刀川は少し考えた。
「そうだなあ。お前、射撃で俺を止めようとしてただろ?」
「当然だ。近づかれれば不利になる」
「そう。だからこそ、俺は近づくことだけ考えりゃよかった」
二宮の表情がわずかに動く。
「……つまり、攻撃の選択肢を限定させられたということですか」
「そういうこと。お前の弾幕は強い。だから、俺はその弾幕を抜けることに集中できた。途中で俺の動きを止める別の手があれば、もう少し面倒だったかもしれねえな」
二宮は黙り込んだ。
太刀川は彼の肩を軽く叩く。
「ま、これからだろ。正隊員になったばっかりなんだ。どんどん挑んでこいよ」
「……言われなくても」
ピキピキと額に青筋が立ちそうな表情で、二宮は答えた。
それでも、太刀川の言葉を無視することはしなかった。
ライはその様子を見て、静かに頷いた。
「太刀川さん、教えるのも上手なんだね」
「いや、あの人はあれで結構適当でしょ」
迅が横から口を挟んだ。
「おい、迅。聞こえてんぞ!」
「聞こえるように言ったんだよ」
「てめえ!」
太刀川が迅を追いかけようとする。
その横で、二宮はライと三輪を見た。
「……お前たちも、今の試合を見ていたのか」
「はい」
三輪が答える。
「何か、気づいたことがあれば教えてください」
二宮は二人を見つめた。
「俺の戦い方の、どこが悪かったのか。遠慮はいらん」
ライは少し考えてから口を開いた。
「悪かった、というより……二宮君の強みを、太刀川が逆に利用していたんだと思う」
「詳しく聞かせてください」
「二宮君は射撃で相手を制圧できる。だから、近づかれる前に攻撃を当てようとした。でも太刀川さんは、その攻撃を抜けることに集中できた。二宮君が何をしようとするのか、ある程度予測できたからね」
三輪も続ける。
「射撃を続けるだけでなく、相手が接近してきた場合の対策を、もっと早い段階から用意しておくべきだったのかもしれません」
二宮は黙って聞いていた。
「それと、メテオラを使った場面」
ライが続けた。
「あのときは、太刀川を一度止められた。でも、そのあと射撃態勢を整えようとしていたよね。太刀川さんが距離を取ったのは、攻撃を避けるためだけじゃなく、次の動きを見極めるためだったのかもしれない」
「……なるほど」
二宮は腕を組み、考え込んだ。
「つまり、俺は相手を止めることに意識を向けすぎて、そのあとどうするかを考えきれていなかった……」
「そういう可能性はあると思う」
ライは頷いた。
「もちろん、太刀川の経験や技術があってこその勝ち方だけどね」
二宮はしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。
「……助かった、感謝する」
その声には、まだ悔しさが残っていた。
しかし、先ほどまでの苛立ちとは違うものも感じられた。
「少し、考える」
そう言うと、二宮はブースを離れた。
周囲を見渡し、別の隊員を見つけると、さっそく対戦を申し込んでいる。
負けたことを引きずるより、次の試合で答えを探そうとしているのだろう。
「切り替えが早いね」
ライが感心したように言う。
「悔しいからこそ、試したいことがあるんでしょう」
三輪はそう答えた。
ライは彼の横顔を見て、微笑んだ。
「三輪君も、そういうところがあるよね」
「……どういう意味ですか」
「負けたら、すぐに次の課題を探しそうだなって」
「当然です。負けたままでは終われませんから」
「うん。いいことだと思うよ」
ライは軽く肩をすくめた。
「それで、三輪君。今日は迅君もいるのに、どうして僕のところに?」
三輪は少しだけ姿勢を正した。
「ライさんに会ってほしい人がいるんです」
「僕に?」
「はい。こちらです」
三輪はそう言って、ランク戦ブースの奥へ歩き出した。
ライは首を傾げながら、その後を追った。
*
ブースの奥では、ひとりの隊員がランク戦をしていた。
孤月を構え、相手の攻撃を受け流しながら、果敢に前へ出ていく。
相手は銃型トリガーを使っていた。
弾丸が次々と飛んでくるたび、孤月の使い手は苛立ったように眉をひそめる。
「くそっ……また弾かよ!」
銃型トリガーの攻撃をかわし、踏み込もうとする。
しかし、相手は距離を取りながら射撃を続けた。
「ちょこまかと……!」
孤月の使い手は舌打ちし、再び突進する。
その動きは力強く、剣の扱いにも確かな技術があった。
ただ、射撃への対応にはまだ慣れていないらしい。
攻撃をかわすことに意識を取られ、せっかくの接近機会を逃している。
やがて、銃型トリガーの弾丸が決定打となり、対戦が終了した。
『勝者、桐嶋』
「……くそっ!」
孤月の使い手は悔しそうに声を上げた。
「くそったれ、全然近づけねえんだよ!」
ライは、その姿を見て目を細めた。
名前は知っている。
寺島雷蔵。
孤月を使う隊員で、近接戦闘に優れた実力者だ。
ただ、実際に顔を合わせるのは初めてだった。
「……なるほど」
ライが呟くと、三輪が隣で頷いた。
「寺島さんです。最近、銃型トリガーとの対戦に苦戦しているみたいで」
「そうなんだ」
ライは雷蔵を見つめた。
雷蔵はまだ諦めていないらしい。相手に一礼すると、すぐに次の対戦相手を探し始めていた。
その表情には悔しさが滲んでいる。
しかし、戦うことをやめるつもりはなさそうだった。
「……あの人なら、きっと何かを掴めると思う」
ライは静かに言った。
「ただ、今はまだ、相手の戦い方に振り回されているように見えるね」
「はい。だからこそ、ライさんに見てもらいたかったんです」
三輪の言葉に、ライは少し驚いて彼を見た。
「僕に?」
「ライさんは、近接戦闘を中心にしながら、射撃用トリガーも使っています。雷蔵さんとは違う視点で、何か気づくことがあるかもしれません」
ライは再び雷蔵へ目を向けた。
新しい武器が生まれれば、それまで有利だった戦い方が通用しなくなることもある。
しかし、それは必ずしも従来の武器が弱くなったということではない。
変わった戦場に合わせて、戦い方を変える必要があるのだ。
「……分かった。少し、話してみようか」
ライは微笑んだ。
新しい弾丸トリガーに苛立ちながらも、何度もランク戦に挑み続ける剣士。
その姿に、ライは自分とは違う種類の可能性を感じていた。
そして、これから始まる会話が、雷蔵の戦い方だけでなく、ボーダーの近接戦闘そのものにも新しい視点をもたらすことになるのかもしれなかった。