ボーダー本部、個人ランク戦用の訓練室
「すみません。少し、お話ししてもいいですか?」
雷蔵が振り返る。
「……俺に?」
「はい。先ほどから訓練を拝見していました。もしよければ、少しお話を聞かせていただきたいと思いまして」
「別にいいけど……あんた、見ない顔だな」
「ライ・アッシュフォードです。三輪君に紹介してもらって、こちらに来ました」
「ライ・アッシュフォード……ああ、あんたが例の」
雷蔵は何か思い当たったように頷いた。
「三輪くんや蒼也からきいてるよ。相当強いって」
「買いかぶりですよ。まだまだ経験不足ですから」
「そういうことを言う奴ほど、厄介なんだよな……」
雷蔵は苦笑した。
「俺は寺島雷蔵。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は軽く握手を交わした。
「ところで、ライって何歳なんだ?」
「16です」
「てことは、俺の一個下か」
「そうでしたか」
「まあ、年齢なんて戦闘には関係ないけどな」
そう言いながらも、雷蔵はどこか複雑そうな表情を浮かべた。
ライはその変化を見逃さなかった。
「何か、気になることでもあるんですか?」
「……ああ。ちょっとな」
雷蔵は手にした孤月を見下ろした。
「最近、弾トリガーを使う奴が増えただろ。アステロイドだのハウンドだの、銃型トリガーだの。新しい武器が出てくるたびに、中距離で戦う奴が増えていく」
「そうですね」
「別に、銃を使うことが悪いなんて思ってない。戦い方が増えるのはいいことだ。でも……」
雷蔵は訓練室の向こう側に目を向けた。
そこでは、複数の隊員が銃型トリガーを使った模擬戦を行っている。
「剣で戦う奴は、どんどん減っていくんじゃないかと思ってな」
その声には、単なる不満とは違うものが含まれていた。
自分が好きで選んだ戦い方が、時代の変化によって通用しなくなるかもしれない。
そんな不安だった。
「実際、俺の知り合いにも、最近は銃型トリガーを使い始めた奴がいる。前は一緒に孤月を振ってたのに、今じゃ中距離のほうが性に合うとか言ってさ」
「それは……寂しいですね」
「だろ?」
雷蔵は少しだけ表情を和らげた。
「いや、本人が好きで選んだなら、それでいいんだ。分かってる。でも、そうやって周りが変わっていくのを見てると、考えちまうんだよ」
「考える、というのは?」
「これから先、アタッカーってのは、本当に元から運動神経がいい奴しかできないポジションになるんじゃないかってことだ」
雷蔵はライの目をまっすぐ見た。
「銃なら、距離を取って戦える。もちろん、射撃の技術や戦術は必要だ。でも、剣で戦うなら、相手の攻撃を避けながら踏み込んで、間合いを詰めなきゃならない。反応速度も、身のこなしも、ある程度は生まれ持ったものに左右されるだろ?」
「……なるほど」
「今だって、近接戦闘が得意な奴は限られてる。これから射撃戦がもっと発達したら、アタッカーは一部の身体能力に恵まれた奴だけが選ぶポジションになっちまうんじゃないか?」
ライはすぐには答えなかった。
雷蔵の疑問は、単に剣が好きだからという感情だけで片づけられるものではない。
戦闘技術の進歩が、求められる能力を変える。
それによって、ある戦い方を選ぶ人間が減っていく可能性は十分にあった。
「……僕も、ある程度はそうなると思います」
「やっぱりか」
雷蔵は肩を落とした。
「いや、ただ悲観しているわけではありませんよ」
ライは続けた。
「アタッカーは、相手との距離を詰める必要があります。射撃を避け、攻撃の隙を見つけ、接近したあとも相手の反撃に対応しなければならない。そういう意味では、ある程度の運動能力が求められるポジションです」
「だよな」
「一方で、遠距離や中距離なら、身体能力以外の能力を生かせる余地が大きい。射撃の精度、状況判断、弾の使い分け、味方との連携……そういった技術で貢献できる人も多いでしょう」
ライは訓練室を見渡した。
「だから、将来的には中距離を主戦場にする隊員が増える。アタッカーは、単に近接武器を扱える人ではなく、接近すること自体に価値を見いだせる人が選ぶポジションになっていくかもしれません」
「……つまり、アタッカーはもっと選ばれた奴の仕事になるってことか」
「そうなる可能性はあります。ただ、それはアタッカーというポジションが不要になることとは違います」
「どう違う?」
「射撃が強力になればなるほど、相手の懐に入れる隊員の価値も高まるはずです。中距離からの攻撃だけでは突破できない状況もあるでしょうし、近接戦闘だからこそ作れる隙もあります」
ライは少し微笑んだ。
「問題は、アタッカーが減ることそのものよりも、アタッカーが戦いやすくなる方法を、まだ十分に考えられていないことなのかもしれません」
雷蔵は目を見開いた。
「……戦いやすくなる方法?」
「はい。新しい弾トリガーが開発されれば、当然、それに対抗する方法も必要になる。技術が進歩しているのは、射撃トリガーだけではないはずです」
「でも、今の孤月じゃ……」
「孤月そのものを変えるだけが方法ではありませんよ。近接戦闘を補助するオプショントリガーだって考えられますし、武器の構造自体を見直すこともできるかもしれません」
ライはそこで言葉を切り、雷蔵の手元にある孤月を見た。
「技術部には、すでにいろいろな開発を進めている人たちがいますよね?」
「ああ。まあ、そうだけど」
「なら、一度相談してみてはどうですか?」
「相談?」
「現場で何が不便なのか、どんな武器があれば戦いやすくなるのか。それを実際に戦っている人が伝えるのは、技術者にとっても有益だと思います」
雷蔵は黙り込んだ。
これまで彼は、自分の技量を磨くことで問題を解決しようとしていた。
射撃を避ける。隙を見つける。接近する。斬る。
その繰り返しだ。
だが、相手が強くなり、戦場が変わっていくなら、自分だけが努力を重ねる以外にも、できることがあるのではないか。
「……なるほど」
雷蔵は、ぽつりとつぶやいた。
「そういう考え方もあるのか」
そして、何かを思いついたように顔を上げた。
「悪い、ライ! ちょっと行ってくる!」
「えっ? あ、はい」
「ありがとな! 話してみる!」
雷蔵は訓練室を飛び出していった。
その背中は、先ほどまでの沈んだ様子が嘘のように勢いづいていた。
ライは遠ざかっていく姿を見送り、苦笑した。
「……行動が早い人ですね」
「そうですね」
隣に立つ三輪も、雷蔵が消えた廊下を見ていた。
「でも、あの人らしい」
「そうなんですか?」
「ええ。考え込むこともあるけど、やると決めたら早いんですよね」
ライは頷いた。
そして、少しだけ声を落とした。
「……これでよかったのかな?」
三輪がライを見る。
ライは雷蔵のことを気にかけていた。あの言葉が、彼の悩みを解決するきっかけになればいいと思う。けれど、自分が口を出したことで、彼の進む道を変えてしまったのではないか。
そんな迷いもあった。
三輪は少し考えてから、静かに頷いた。
「いいんじゃないですか。あの人が何を選ぶかは、あの人が決めることですし」
「……そうですね」
「それに、ライさんは答えを押しつけたわけじゃない。ただ、別の道があるって教えただけですよ」
ライは小さく息を吐いた。
「ありがとう、三輪君」
「礼を言われるようなことじゃないです」
三輪はいつものぶっきらぼうな調子で答えたが、その表情はどこか穏やかだった。
二人がその場を離れようとした、そのとき。
「あの、すみません」
背後から女性の声がした。
二人が振り返る。
そこに立っていたのは、ライより少し歳上の年齢に見える女性だった。整った身なりに、どこか真面目そうな雰囲気。ライには顔に見覚えがあった。
――確か、常守朱さんだっけ?旧ボーダーからの隊員の
名前と顔を知っている程度だ。直接話したことはないし、どんな人物なのかもほとんど知らない。
ライが記憶をたどっていると、女性は少し緊張した様子で口を開いた。
「ライ・アッシュフォード君、だよね?」
「はい。そうですが……」
「よかった。お話しするのは初めてですね。私、常守朱といいます」
朱は丁寧に頭を下げた。
「常守さん、ですね。初めまして」
ライも軽く頭を下げる。
「私、少し前からライくんの話を聞いていて。一度、お話ししてみたいと思っていたんです」
「僕の話、ですか?」
ライは意外そうに目を瞬かせた。
自分が話題に上がるようなことをした覚えは、あまりない。
「はい。いろいろな方から、ボーダーでの活動について聞いています。それで、もしご迷惑でなければ、少しお時間をいただけませんか?」
朱の表情は真剣だった。興味本位で声をかけたというより、何か確かめたいことがあるように見える。
ライは彼女の顔を見つめた。
初対面の相手だ。何を聞きたいのかも、なぜ自分に興味を持ったのかも分からない。
けれど、断る理由もなかった。
「僕でよければ、構いませんよ」
「ありがとうございます」
朱の表情が、ほっとしたように和らいだ。
隣で様子を見ていた三輪が、ライに声をかける。
「自分は先に失礼しますね」
「うん。またね」
三輪が去っていくと、ライは改めて朱に向き直った。
「それで、僕にどんなお話でしょうか?」
朱は一瞬だけ言葉を探し、それから真っ直ぐにライを見た。
「まずは、ライさんがどうしてボーダーに入ったのか。それを聞いてみたいんです」
ライは少し驚いたあと、静かにこたえるのだった。
これが後にライにとって、これからの指針になる偉大な先輩であり隊長の常守朱との出会いだった。