ワールドトリガー LOSTCOLARS   作:淫獣撲滅委員

3 / 4
第二話 選択

 大規模侵攻が終結してから、数日が経過した。

 三門市の街並みには、いまだ戦いの爪痕が色濃く残っていた。

 崩れた建物。ひび割れた道路。街のあちこちに積み上げられた瓦礫。

 それでも、街は少しずつ動き始めていた。

 行政や建設業者による復旧作業が始まり、住民たちも自分たちにできることを探して動いている。

 避難所では物資の配給が行われ、壊れた家屋の片づけに追われる人々の姿もあった。

 そんな光景の中に、一人の少年がいた。

「その木材は、こちらにまとめておけばいいですか?」

「ああ、そうしてくれると助かるよ!」

「分かりました。では、こちらの瓦礫も運んでしまいますね」

 銀色の髪をした少年――ライ・アッシュフォードは、近隣住民たちとともに復旧作業に取り組んでいた。

 学校が休みの日や、放課後に時間があるときは、できる限り手伝いに来ている。

 もちろん、十五歳の少年にできることには限りがある。重い資材を無理に運ぶことはせず、危険な場所には近づかない。

 大人たちの指示に従いながら、瓦礫の整理や物資の運搬、避難所への荷物の配達などを手伝っていた。

「ライ君、いつもありがとうね。学校もあるのに」

 近所の女性が、申し訳なさそうに声をかける。

「いえ、僕が好きでやっていることですから。それに、皆さんには普段からお世話になっていますし」

「それにしたって、よく働く子だねえ」

「そうですか? 僕としては、もっとできることがあればいいのですが」

 ライがそう返すと、女性は困ったように笑った。

「本当に、どこでそんな立派なことを覚えてきたんだか」

「両親の教育の賜物でしょうか」

「まあ、口も達者なこと!」

 二人の間に笑い声が生まれる。

 数日前、この街は突如として現れた異形の化け物によって蹂躙された。

 ライ自身も、あの日の光景を忘れたわけではない。

 突然の轟音。逃げ惑う人々。そして、化け物に立ち向かった謎の集団。

 あのとき感じた恐怖も、目の前で人々を守ろうとする者たちへの憧れも、鮮明に覚えている。

 だからこそ、今の自分にできることをしたかった。

 戦う力がなくても、街を直す手伝いはできる。

 それが、今のライにできる精一杯だった。

「おーい、そこの銀髪の君!」

 不意に、背後から声がした。

 振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。

 年齢はライとそれほど変わらないように見える。

 茶髪にどこか飄々とした雰囲気。人懐っこい笑みを浮かべながら、こちらへ手を振っている。

 「君、ここのところよく見かけるね」

「そうですか? この辺りで作業をしていることが多いので」

「学校が休みの日まで手伝いに来てるんだって?」

「ええ。もっとも、僕一人でできることなんて大したことはありませんが」

「いやいや、そんなことないって。人手が足りないときに動いてくれるだけでも、ずいぶん助かるもんだよ」

 少年は気さくに笑った。

「俺は迅悠一。君は?」

「ライ・アッシュフォードです。よろしくお願いします」

「ライ君か。うん、よろしく!」

 迅はライの顔をじっと見た。

 銀色の髪に整った顔立ち。物腰は落ち着いていて、同年代の少年にしてはずいぶん大人びている。

 だが、気取ったところはない。

 話しかけてみれば、自然と会話が続く。

「ところで、ライ君って外国から来たんだよね?」

「ええ。イギリスからです。母が日本出身なので、こちらで暮らしてみたいと思いまして」

「へえ、そうなんだ。それで三門市を留学先に選んだわけか」

「はい。当初は一年間の予定でした」

「当初は、ね」

 迅が意味ありげに繰り返す。

「……何か含みのある言い方ですね」

「そう? 気のせいじゃないかな」

 迅は笑ってごまかした。

 ライは少し考えたものの、それ以上は追及しなかった。

「迅君は、この復興作業の関係者なの?」

「まあ、そんなところ。街のために、いろいろとね」

「そうなんだ。迅君のような人がいてくれると、心強いよ」

「ははっ、ありがとう」

 迅は笑った。

 初対面の相手にもかかわらず、妙に話しやすい少年だった。

 軽い口調で冗談を交えながらも、こちらの様子をよく見ている。

 単なる世間話をしているようでいて、どこか注意深く観察されているような感覚もあった。

 もっとも、ライはそれを不快には思わなかった。

「そういえば、ライ君。あの日、街を襲った化け物と戦っていた人たちを覚えてる?」

「もちろんです。忘れられるはずがありません」

「彼らが何者なのか、気にならない?」

「気になりますね。あれだけの相手と戦える人たちですから。いったい、どんな組織なのか……」

「だったら、ちょうどいい話があるんだけど」

 迅はポケットから一枚の名刺を取り出した。

 そこには、見慣れない組織の名称と連絡先が記されている。

「ボーダーっていう組織なんだけどさ。あの日、化け物と戦っていたのは、ここの人たちなんだ」

「ボーダー……」

「そう。未知の敵‥ああ、ネイバーって言うんだけどね。それから街を守るために活動している組織。まだ一般には知られていないことも多いけどね」

 ライは名刺見つめた。

 あの日、あの人たちが口にしていた言葉が脳裏によみがえる。

  ――ここは我々に任せてもらおう。我々はこの日のために準備してきた。

 彼らは、あのような事態が起こることを予想していたのだ。

 そして、そのために準備を重ねてきた。

「それで、僕にそのボーダーを紹介してくれるということ?」

「話が早いね。実は、ライ君にボーダーへ入ってみないかと思ってさ」

 あまりにも唐突な申し出だった。

 ライは目を瞬かせた。

「……僕を?」

「うん」

「失礼だけど、僕はまだ十四歳だよ?」

「知ってるよ」

「それに、戦闘訓練を受けた経験もない。あの日も、避難誘導や救助の手伝いをしていただけだ」

「それも知ってる」

「では、なぜ僕なんだい?」

 迅はすぐには答えなかった。

 代わりに、ライの目をまっすぐに見つめた。

「君は、あの日、怖くなかった?」

 予想外の質問だった。

 ライは少しだけ目を伏せた。

「……怖かったよ」

 嘘をつく理由はない。

「何が起きているのかも分からなかった。自分が助けようとしている人たちを、本当に守れるのかも分からなかった。正直に言えば、今だって、あの日のことを思い出すと怖い」

「そっか」

「それでも、目の前で困っている人がいた。だから、できることをしただけだよ」

 迅は静かに頷いた。

「うん。そういうところだよ」

「……どういう意味?」

「さあね。少なくとも、俺は君と一緒に仕事をしてみたいと思ったんだ」

 あまりにも曖昧な答えだった。

 しかし、迅の表情にはふざけた様子がなかった。

 ライは名刺に目を落とす。

 ボーダー。

 未知の敵(ネイバー)と戦うための組織。

 自分が憧れた人たちが所属する場所。

 そこに入れば、自分にも何かできるのだろうか。

 今よりも多くの人を守れるようになるのだろうか。

 だが、同時に考えなければならないこともあった。

 自分は留学生だ。

 日本に来たのは、母の故郷を知るため。そして、親戚の家で一年間暮らすためだった。

 ボーダーへの入隊は、その当初の予定を大きく変える選択になる。

「……少し、考えさせてもらえるかな?」

「もちろん。いきなり決められることじゃないしね」

 迅はあっさりと頷いた。

「その名刺に連絡先が書いてあるから。気が向いたら連絡してよ」

「ありがとう」

「うん。じゃあ、俺はそろそろ行くよ。また会おうね、ライ君」

「うん。また」

 迅は手を振り、その場を去っていった。

 ライはしばらく、その後ろ姿を見送っていた。

 やがて、手元の名刺に視線を落とす。

(ボーダー、か……)

 興味がないと言えば嘘になる。

 むしろ、知りたいことは山ほどあった。

 あの日、戦っていた人々はどんな訓練をしているのか。どのような仕組みで、あの化け物と戦えるのか。そして、自分にも彼らのように誰かを守る力を身につけられるのか。

 だが、今すぐに答えを出すことはできなかった。

 ライはカードをポケットにしまい、再び復興作業へと戻った。

 

 その日の夕方

 三門市の郊外にある、広大な敷地を持つ屋敷。

 ライが留学中の住まいとして世話になっている、母方の親戚の家だった。

 和風の意匠を取り入れた屋敷は、周囲の景色に溶け込むように静かに佇んでいる。

 玄関をくぐり、出迎えた使用人に挨拶を済ませたライは、案内された書斎へと向かった。

「失礼します」

「おお、ライか。入りなさい」

 部屋の奥に座っていたのは、一人の老紳士だった。

 母の叔父にあたる人物であり、ライにとっては日本での生活を支えてくれている恩人でもある。

 年齢を重ねてもなお、その眼差しには鋭さが残っていた。

 政界にも強い影響力を持ち、表立って騒がれることは少ないものの、日本の政治や経済に関わる多くの人物と交流を持っている。

 ライは丁寧に頭を下げた。

「叔父様、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「もちろんだとも。何かあったのかね?」

「少し、ご相談したいことがありまして」

「ふむ。座りなさい」

 ライは勧められた椅子に腰を下ろした。

 そして、昼間に出会った迅との会話を、順を追って説明した。

 ボーダーという組織の存在。

 侵攻の際に戦っていた人々のこと。

 そして、自分がその組織に入らないかと誘われたこと。

 話を聞き終えた叔父は、しばらく黙っていた。

「……なるほど。ボーダーか」

「ご存じなのですか?」

「もちろんだ。あの組織については、わしも以前から情報を集めている」

 叔父は机の上で指を組んだ。

「今回の侵攻で、彼らがどのような役割を果たしたのかも把握している。表には出ていない情報もあるがね」

「やはり、そうでしたか」

「それで、お主はどうしたい?」

 単刀直入な質問だった。

 ライはすぐには答えなかった。

「……まだ、分かりません。興味はあります。ただ、僕が日本に来たのは、もともと一年間の留学のためですから」

「なるほど。留学生としての立場を考えているわけだ」

「はい。それに、ボーダーがどのような組織なのかも、まだよく知りません。興味があるからといって、簡単に決めていいことではないと思います」

「それは賢明な考えだ」

 叔父は満足そうに頷いた。

「では、少し話をしよう。君自身のことについてだ」

「僕自身のこと、ですか?」

「ああ。お主は、自分が何者なのか、どこに連なる者なのか。それについて、どこまで知っている?」

 ライは首を傾げた。

「イギリスで生まれ育ち、母が日本出身であること。それから、母方の家系が日本の皇家に連なる血筋であることは聞いています」

「そうだな」

 叔父はゆっくりと立ち上がり、書棚の前へと歩いていった。

「君の母は、日本の歴史と深い関わりを持つ家の出身だ。そして、君もまた、その血を受け継いでいる」

 ライは黙って耳を傾けた。

「皇家という言葉は、単に血筋を示すものではない。長い歴史の中で、人々の暮らしや国のあり方と結びついてきたものだ。君が日本で暮らすということは、そうした歴史の一端に触れることでもある」

「……僕は、そのことをあまり深く考えたことがありませんでした」

「それでよい。生まれた家や血筋だけで、人の生き方が決まるわけではないからな」

 叔父は穏やかな口調で続けた。

「ただ、自分のルーツを知ることには意味がある。何を受け継ぎ、何を大切にし、これからどう生きるのか。それを考えるための手がかりになる」

「自分が何を大切にしたいのか……」

「そうだ。お主は日本に来て、初めてこの国で大きな災厄を経験した。そして、今はその復興を手伝っている。そこに何を感じたのか。それを、よく考えてみるといい」

 ライは目を伏せた。

 あの日、目の前で戦っていた人々。

 恐怖に震える一般人。

 そして、少しずつ元の生活を取り戻そうと努力する住民たち。

 あの光景を思い出す。

「叔父様は、僕がボーダーに入ることについて、どう思われますか?」

「ワシの考えを聞きたいのかね?」

「はい」

 叔父は少し考えてから答えた。

「ワシはお主が何を選んでも尊重する。ただし、ひとつだけ覚えておきなさい」

 その声は、先ほどまでよりも少しだけ厳しかった。

「人のために何かをしたいという気持ちは尊い。だが、その気持ちだけで進めば、いつか自分自身を見失うこともある。自分に何ができるのか。何を学びたいのか。そして、その選択にどのような責任が伴うのか。それを考えたうえで決めなさい」

「……分かりました」

「それと、お主父母にも相談することだ。まだ若いのだ。自分一人で決める必要はない」

「はい。そうします」

叔父は再び穏やかな表情に戻った。

「焦ることはない。答えは、お主自身の中にあるはずだ」

 ライは深く頭を下げた。

「ありがとうございます、叔父様。お話しできてよかったです」

「なに、これくらいは年長者の役目だ。さあ、夕食までにはまだ時間がある。少し、自分と向き合ってきなさい」

「はい」

 ライは書斎を後にした。

 廊下を歩きながら、叔父の言葉を繰り返し思い返す。

 自分のルーツ。

 自分の意思。

 そして、自分が選ぶ道。

 答えは、まだ完全には形になっていなかった。

 それでも、少しずつ見えてきたものがある。

 

 屋敷の一角にある武道場

 夕暮れの光が差し込むその場所で、ライは木刀を手にしていた。

 幼い頃から、身体を動かすことは嫌いではなかった。

 礼儀作法や基礎的な武道を学ぶ機会もあり、今でも気分を整理したいときには、こうして素振りをすることがある。

 ライは静かに構えた。

 一振り。

 木刀が空気を切る。

 もう一振り。

 余計な力を入れず、呼吸を整えながら、同じ動作を繰り返す。

 頭の中では、さまざまな考えが巡っていた。

 日本に来た理由は、母の故郷を知るためだった。

 一年間だけ暮らし、イギリスへ帰る。

 それが当初の予定だった。

 けれど、侵攻を経験した今、その予定をただ守ることが、本当に自分の望むことなのか分からなくなっていた。

 あの日、旧ボーダーの隊員たちは戦っていた。

 見知らぬ人々を守るために。

 彼らがいなければ、被害はもっと大きくなっていたかもしれない。

 自分も、誰かを守れるようになりたい。

 そう思った。

 だが、それだけでいいのだろうか。

 自分はまだ何も知らない。

 ボーダーのことも、ネイバーのことも、戦うということの本当の意味も。

 それでも――。

 木刀を振るう手が、わずかに止まった。

「……知りたいんだ」

 小さな声が、武道場に響いた。

 ボーダーのことを。

 あの日の戦いのことを。

 そして、自分に何ができるのかを。

 知らないまま、憧れだけを抱いて終わりにしたくはなかった。

 自分の目で確かめたい。

 自分の足で踏み出したい。

 誰かに言われたからでも、血筋に従うためでもなく。

 自分自身の意思で。

 ライは木刀を下ろし、深く息を吐いた。

「……決めた」

 もう迷いはなかった。

 少なくとも、最初の一歩については。

 ボーダーに入ろう。

 そこで学び、経験し、自分に何ができるのかを確かめよう。

 それが、自分自身の答えだった。

 

 夜

 ライは自室で通信端末を操作していた。

 画面に映し出されたのは、イギリスにいる両親の姿だった。

『ライ、久しぶりね。元気そうでよかったわ』

「母さんも父さんも元気そうで何よりだよ」

『そっちの復旧作業はどうだ? 無理はしていないだろうな』

「大丈夫。できる範囲で手伝っているだけだから」

 父は少し心配そうな表情を浮かべたが、ライが笑顔で答えると、ひとまず安心したようだった。

「それで、今日は二人に報告があって連絡したんだ」

『報告?』

「うん。実は今日、ボーダーという組織の人から勧誘を受けたんだ」

 両親の表情が変わった。

「侵攻のときに戦っていた人たちが所属している組織らしい。僕にも、そこで活動してみないかと」

『それで、お前はどうしたいんだ?』

 父の問いに、ライはまっすぐ答えた。

「入ろうと思っている」

 画面の向こうで、母が目を見開いた。

『ライ……』

「もちろん、簡単なことじゃないのは分かっている。まだ知らないことばかりだし、戦う力だってない。でも、あの日のことを知った以上、何もせずに帰るのは違うと思ったんだ」

 ライは自分の考えを丁寧に伝えた。

 ボーダーで何を学びたいのか。

 今の自分に何ができるのか。

 そして、将来どうなるかは分からないが、まずは一歩を踏み出したいということ。

 両親は口を挟まず、最後まで話を聞いてくれた。

 やがて父が、静かに口を開いた。

『……お前がそこまで考えたのなら、父さんから止める理由はない』

「父さん……」

『ただし、危険なこともあるはずだ。自分の命を軽く考えてはいけない。誰かを守ろうとするなら、まず自分自身も大切にしなさい』

「分かっているよ」

 母も、優しく微笑んだ。

『ライ。あなたが自分で考えて決めたことなら、私たちは応援するわ。でも、つらいことがあったら、いつでも相談してね』

「ありがとう、母さん。父さんも」

『ところで、学校はどうするんだ?』

「それも含めて、ボーダーの人たちと相談してみるよ。留学先の学校にも、きちんと説明しないとね」

『そうだな。そこは大人の力も借りなさい』

「うん」

 ライが頷いた、そのときだった。

『お兄ちゃーん!』

 勢いよく扉が開いた。

「……サクラ?」

 画面の向こうで、妹のサクラが飛び込んできた。

 どうやら、両親がライと通信していることを聞きつけたらしい。

『あら、サクラ。ちょうどよかったわ』

『お兄ちゃん! いつ帰ってくるの!?』

 開口一番、それだった。

 ライは思わず苦笑した。

「こんばんは、サクラ。元気そうだね」

『そんなことはどうでもいいの! お兄ちゃん、すぐ帰ってくるんじゃなかったの!?』

「いや、一年間の留学だって、最初から言っていたと思うけど……」

『だって、もう何日も会ってないもん!』

 サクラは頬を膨らませた。

『毎日連絡するって約束したでしょ! それは守ってるけど、やっぱり直接会いたいの!』

「うん。寂しい思いをさせてごめんね」

『だったら帰ってきて!』

「それは……今すぐには難しいかな」

『どうして!?』

「実はね、ボーダーという組織に入ろうと思っているんだ」

 サクラはきょとんとした。

『ぼーだー?』

「うん。日本を守るために活動している組織なんだ。僕はそこで、いろいろなことを学びたいと思っている」

『…それって、もっと帰ってこられなくなるってこと?』

 サクラの表情が曇った。

 ライは少し考えてから、優しく声をかけた。

「帰れなくなると決まったわけじゃないよ。それに、僕はサクラのことを忘れたりしない。これからも連絡するし、休みが取れたら帰るつもりだ」

『本当?』

「本当だよ」

『絶対?』

「絶対」

 サクラはしばらく兄の顔を見つめていたが、やがて小さく頷いた。

『…約束だからね』

「うん。約束」

『帰てきたら、いっぱい遊んでね!』

「もちろん。サクラがもういいって言うまで付き合うよ」

『それは嫌!』

「ははっ、前にも似たようなことを言っていたね」

 サクラは少しだけ笑顔を取り戻した。

 それから、両親を交えて、しばらく他愛のない話をした。

 学校のこと。

 イギリスの家のこと。

 妹が最近覚えたこと。

 何気ない会話だったが、ライにとっては大切な時間だった。

 やがて通信を終える頃には、心の中にあった迷いはすっかり消えていた。

 自分には、帰る場所がある。

 心配してくれる家族がいる。

 だからこそ、今は前に進める。

 ライは端末を置き、窓の外を眺めた。

 夜の三門市は、静かだった。

 けれど、この街にはまだ、解決しなければならない問題が数多く残されている。

「……明日、連絡してみよう」

 そう呟き、ライは明日に備えて休むことにした。

 

 翌日

 復興作業を終えたライは、休憩時間にポケットから名刺を取り出した。

 そこには、昨日出会った少年――迅悠一の連絡先が記されている。

 しばらく眺めたあと、ライは端末を取り出した。

 そして、教えられた連絡先へと連絡を入れる。

 数回の呼び出し音のあと、聞き覚えのある声が返ってきた。

『はいはーい。お、ライ君?』

「おはよう、迅君。昨日はありがとう」

『おはよう。どうしたの? 何か聞きたいことでもできた?』

「いや。伝えたいことがあって連絡したんだ」

『うんうん』

 ライは一度、深く息を吸った。

「昨日の話だけど――」

 迷いはなかった。

「ボーダーに入隊したいと思う。」

 電話の向こうで、一瞬だけ沈黙があった。

 それから、迅の明るい声が返ってくる。

『そっか! よかった。それじゃあ、これからよろしくね、ライ君』

「こちらこそ、よろしく」

『詳しい話は、会って説明するよ。入隊するための手続きもあるし、君の年齢や学校のことも考えないといけないからね』

「分かった。よろしく頼むよ」

『うん。それじゃ、近いうちにまた連絡するよ』

 通話が終わった。

 ライは端末をしまい、空を見上げた。

 まだ、何も始まってはいない。

 戦うための知識も、技術も、経験もない。

 これから先、どんな困難が待ち受けているのかも分からない。

 それでも、自分で決めたことだ。

 誰かに強制されたわけではない。

 誰かに期待されたからでもない。

 自分がそうしたいと思ったから、選んだのだ。

 ライ・アッシュフォードの日本での一年間。

 その当初の予定は、この日を境に大きく変わり始めた。

 彼が歩み出した先に何が待っているのか。

 それを知る者は、まだ誰もいなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。