ワールドトリガー LOSTCOLARS   作:淫獣撲滅委員

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第六話 亡命者

「……ええと、とりあえずリビングに戻ろうか」

 瑠花の突然の宣言に、ライは返答を迷っていた。

 自分と陽太郎の専属護衛になれ。

 つい先ほどまで訓練室で木崎や小南と模擬戦をしていた少年に向ける言葉としては、あまりにも突拍子がない。

「瑠花様。ですから、そのようなことを勝手にお決めになってはいけませんと……!」

「クローニン、うるさいぞ。私はもう決めたのだ!」

「決めるのが早すぎるんです!」

 ミカエル・クローニンは額を押さえた。

 瑠花の腕の中では、陽太郎が何やら楽しそうに声を上げている。

「おや、陽太郎もライくんをに入ったのかな?」

 林藤が面白そうに笑った。

「ええ! ライは強いからな!」

「……ありがとうございます、陽太郎君」

 ライは苦笑しながら答えた。

 もっとも、先ほどの模擬戦を見ていたのなら、陽太郎が自分を強いと評価するのは少々不思議だった。

 小南には七勝三敗。そもそも、まともなトリガー戦闘を経験したのも今日が初めてだ。自分が戦った相手の実力を考えれば、むしろ小南たちの方がずっと優れている。

「ひとまず、話を整理しようか」

 林藤が手を叩いた。

「ライ君も、ここにいる人間がどういう立場なのか、まだよく知らないだろう?」

「はい。トリオンやトリガー、近界民については教えていただきましたが……皆さんが何者なのかについては、まだ十分に理解できていません」

「そうだね。じゃあ、順番に説明しよう」

 

一同は再びリビングへと戻った。

 ソファに腰掛けたライの向かいに林藤が座り、隣には悠里が腰を下ろす。木崎はいつものように壁際に立ち、小南はライの近くの席を確保した。

 瑠花は陽太郎を連れてライの正面に座る。

 クローニンはその後ろに立ち、いつでも瑠花を止められるような位置を取っていた。

「まず、俺たちの立場のことからだな」

 林藤が話し始めた。

「俺たちは、近界……つまり、ネイバーの世界からやってきた人間を受け入れている。もっとも、全員が同じ事情を抱えているわけじゃない」

 彼は瑠花たちへと視線を向けた。

「この子たちは、その中でも少し特殊な立場にある」

「特殊、ですか?」

「ああ。そもそも、近界は一つの国じゃない。こちらの世界と同じように、いくつもの国や勢力が存在しているんだ」

 ライは頷いた。

 こちらの世界に国境があり、国ごとに異なる政治や文化があるように、近界にもそれぞれの事情があるということだろう。そして、林藤は迅の服の肩についているマークを指差す。

「これを見てくれるかい?」

 そこには、下に大きな丸が一つ、上に三つの小さな丸が三つ、その間に大きな四角が組み合わされた紋章が描かれていた。

ライはそれを見て、わずかに目を細める。

「これは……」

「旧ボーダーのシンボルマークだよ」

「このマークに描かれている大きな丸が俺たちの世界、小さな三つの丸が同盟国の三国をあらわしている。その間の四角がボーダー、つまりネイバーフットとこちらの世界を繋ぐ役割が我々と言う意味なんだ。」

 彼は一つずつ名前を挙げた。

「デクシア。メソン。そして、アリステラ」

 ライは三つの名前を頭の中で反復した。

デクシア。

メソン。

アリステラ。

いずれも、これまで聞いたことのない国名だった。

「三つの国は、それぞれ独立した国家でありながら、同盟関係にあった。もちろん、同盟だからといって何もかもが同じというわけじゃない。それぞれに政治も、文化も、国としての事情もある」

「ですが、少なくとも互いに協力する関係だった、ということですね」

「そういうことだ」

林藤は満足そうに頷いた。

「そして、その三つの国のうちの一つが、アリステラだ」

 ライは三つの名前を頭の中で反復した。

 デクシア。メソン。アリステラ。いずれも、これまで聞いたことのない国名だった。

「三つの国は、それぞれ独立した国家でありながら、同盟関係にあった。もちろん、同盟だからといって何もかもが同じというわけじゃない。それぞれに政治も、文化も、国としての事情もある」

「ですが、少なくとも互いに協力する関係だった、ということですね」

「そういうことだ」

林藤は満足そうに頷いた。

「そして、その三つの国のうちの一つが、アリステラだ」

 そこで彼の視線が瑠花へと移る。

「瑠花と陽太郎は、そのアリステラの王族なんだよ」

 瑠花は小さな胸を張り、当然といった顔をしている。

「そうだ。私はアリステラの王女なのだ」

 

 王族。しかも、異世界の国家の王族。

 あまりにも現実離れした話だった。

 しかし、つい先ほどまで自分がいた訓練室では、異世界の技術によって生み出された兵器が動き、自分自身もその技術を使って戦っていた。

 そう考えれば、今さら驚いてばかりいるのも違うだろう。

「では……瑠花さんと陽太郎君は、何らかの事情によって、この世界へ?」

「ああ!」

 瑠花は答えた。

「わらわたちは亡命者なのじゃ!」

 その言葉に、ライの表情がわずかに引き締まった。

 先ほどまでの子供らしいやりとりとは違う。

 亡命。

 それは単に故郷を離れたというだけの話ではない。何かしらの事情によって、元いた場所で暮らし続けることが困難になった者たち。そして、その中にこんな幼い少女と赤ん坊がなっている。

 ライは陽太郎を見た。

 陽太郎は大人たちの会話理解しているわけではないのだろう。瑠花の腕の中で、機嫌よく周囲を眺めている。

 この子もまた、亡命者なのだ。

「……そうでしたか」

 ライは、それ以上の質問を控えた。事情を知らない自分が、安易に踏み込んでいい話ではない。

 それを察したのか、林藤も無理に詳しい説明を続けることはしなかった。

 代わりに、彼は少しだけ声の調子を変えた。

「それで、ライ君。君がこれから関わることになる組織についても、話しておこう」

「ボーダー、ですね」

「そう。正確には、これから本格的に新たな形に整えていくボーダーだ」

 林藤は背もたれに体を預けた。

「城戸さんたちが作ろうとしているのは、この国を守るための組織だ。近界からの脅威に備え、いずれは世界全体を守れるような組織にしたいと考えている」

 いる」

「……世界全体を」

「そのためには、人が必要になる。戦える人間だけじゃない。技術者も、情報を扱う人間も、組織を運営する人間もね」

 ライは黙って聞いていた。

「ただし、一つだけ理解しておいてほしいことがある」

 林藤の表情から、先ほどまでの気安さが少しだけ消えた。

「これから城戸さんたちが作るボーダーは界民を基本的に敵として認識して行動する。近界から来るものは、この国にとって脅威であり、排除すべきものだという考え方だ」

「……なるほど」

「俺たちの考え方とは、少し違うところもある。だが、今のボーダーがどういう方針で組織を作ろうとしているのかは、知っておいた方がいい」

 ライはすぐには返事をしなかった。

敵。排除。国を守る。世界を守る。

 一つ一つの言葉を、頭の中で整理していく。

 近界から来る者たちの中には、こちらの世界を脅かす者がいるのだろう。実際、大規模侵攻で街を襲った存在は、人々の生活を破壊し、多くの人を危険にさらした。

 あのとき、自分が見た光景は今でも鮮明に覚えている。逃げ惑う人々。救助を求める声。

 そして、自分たちの身を危険にさらしながら戦っていたボーダーの隊員たち。

 あの光景を見れば、近界からの脅威に備えなければならないという考え方は理解できる。

 一方で、瑠花や陽太郎のような存在もいる。

 彼らもまた近界の人間でありながら、今はこちらの世界で暮らしている。

 つまり、近界民だからといって、全員が同じ脅威持っているわけではないのだ。

 

「……お話は理解できました」

 やがて、ライはゆっくりと口を開いた。

「近界からの脅威に対抗するための組織を作る。そのために人材を集め、こちらの世界を守ろうとしている。ただし、近界民そのものを敵とみなすかどうかについては、皆さんの間でも考え方に違いがある……ということですね」

「うん。大筋では合っているよ」

 林藤は頷いた。

「もちろん、これから先、君自身が何を見て、どう考えるかは君次第だ」

「ありがとうございます」

 ライは一度、視線を落とした。今日だけで、ずいぶん多くのことを知った。

 トリオン。トリガー。近界。三つの同盟国。そして、亡命した王族と、これから形作られていくボーダー。

 まだ分からないことは多い。それでも、知らないままにしておくべきではないことが、少しずつ見えてきた気がした。

 

「…話は終わりか?」

 それまで大人しく聞いていた瑠花が、待ちきれないとばかりに身を乗り出した。

「ライ! それでは、わらわの護衛になる件についてじゃが!」

「瑠花様、まだその話を続けるおつもりですか……」

 クローニンが頭を抱える。

 しかし、瑠花は気にしない。

「当然じゃ! ライは強い! しかも、初めての戦いであれほど早く成長したのだ!私と陽太郎の護衛にぴったりじゃ!」

「……お気持ちはありがたいのですが」

 ライは困ったように微笑んだ。

「僕は、まだボーダーに入隊したばかりです。トリガーについても、今日教えていただいたばかりですし、実戦経験もほとんどありません」

「む?」

「先ほどの模擬戦でも、小南さんには七回負けています。勝てた三回も、相手の動きを観察して、少しずつ対応できるようになった結果です。最初から同じように戦えていたわけではありません」

「それがどうした?」

 瑠花は即座に言い返した。

 ライは一瞬、言葉に詰まった。

「どうした、と言われましても……」

「相手の動きを見て、考えて、強くなれるんであろう? ならば、これからもっと強くなればよいではないか!」

「……それは、そうですが」

「それに、私は最初から強い者だけを探しているわけではない!」

 瑠花は小さな手を握りしめた。

「私が見ていたのは、ライが負けても諦めなかったことだ。どうすれば勝てるのかを考え、何度も挑戦していた。それに、小南が勝ったときも、ちゃんと強いと認めておったではないか!」

「……」

「そういう者だから、私は信じられる!」

堂々とした宣言だった。その言葉には、年齢に似合わないほどの真剣さがあった。

 ライは瑠花の顔を見つめた。彼女は、ただ戦闘能力だけを評価しているわけではないらしい。

 自分が何を考え、どう振る舞ったか。そこを見たうえで、護衛にしたいと言っているのだ。

 それは、ありがたいことだった。

 ありがたいことだったが――。

「…それでも、今の僕では足りません」

ライは、はっきりと告げた。

「僕は、まだ自分自身の身を守ることすら十分にできません。そんな人間が、瑠花さんや陽太郎君を守る役目を引き受けるのは、無責任だと思います」

「むううう……!」

瑠花の頬が膨らんだ。

「ライは、私の頼みを聞いてくれんのか!」

「頼みを軽く考えているわけではありません。むしろ、大切なことだからこそ、簡単には引き受けられないんです」

「では、強くなったら引き受けてくれるのか?」

「それは……」

「では、約束だ!」

「いえ、まだ約束はしていませんよ」

「今、否定しなったではないか!」

「そういう意味では……」

「ライは嘘つきなのか!?」

「嘘はついていません!」

 いつの間にか、会話の主導権は完全に瑠花に握られていた。

 小南は横で、こらえきれないように笑っている。

「ライさん、瑠花に捕まっちゃったね」

「……そのようね。」

「瑠花様は、一度決めると簡単には引き下がらないからな」

 林藤も苦笑していた。

「昔からそうなんだよなー」

「林藤さん、他人事のようにおっしゃらないでください!」

 クローニンの悲鳴がリビングに響く。

 ゆりは口元に手をあてて笑いながら

「でも、瑠花ちゃんがここまで気に入るのは珍しいわね」

「うむ! ライは私が見つけたのだ!」

「人を拾ったみたいに言わないでください……」

 ライは思わず苦笑した。

 こうなってしまうと、今ここでどれだけ断ったところで、瑠花が納得するとは思えない。

 かといって、軽々しく約束するわけにもいかない。

 どうしたものか。少し考えた末、ライは一つの提案をした。

「……では、こうしましょう」

「む?」

「今日は、護衛の話はいったん保留にさせてください。僕自身がもっと経験を積み、ボーダーのことも、瑠花さんたちの事情も理解したうえで、改めて考えたいと思います」

「……保留?」

「はい。今すぐ引き受けることはできませんが、最初から断るつもりでお話をしているわけでもありません」

 瑠花は腕を組み、うんうんと唸った。

「むむむ……」

 どうやら、納得できるかどうかを真剣に考えているらしい。

 やがて、彼女は顔を上げた。

「いいだろう! では、今日はそれで許してやる!」

「ありがとうございます」

「ただし、ライ!」

「はい?」

「私は諦めぬからな!」

「……分かりました」

 ライは、もはや苦笑するしかなかった。

 クローニンが深々とため息をつく。

「……本当に申し訳ありません、ライ殿。瑠花様は昔から、こうと決めたら……」

「いえ。瑠花さんが真剣なのは伝わりましたから」

「それならよいのですが……」

「それと、もう一つ!」

 瑠花が再び手を挙げた。

「今日は昼食を食べてから帰るのだ!」

「……はい?」

 今度こそ、ライは目を丸くした。

「お昼ご飯だ!せっかく来たのだから、一緒に食べるのだ!」

「瑠花様、それはライ殿が決めることで……」

「よいではないか! なあ、ライ!」

「……」

 断る理由を考えるより先に、林藤が笑った。

「まあ、いいんじゃないか。ちょうど昼時だしね」

「そうね。せっかくだから、食べていったら?」

 ゆりは賛成する。

 ライは時計を確認した。確かに、そろそろ昼食の時間だった。

 それに、今日はいろいろなことを教えてもらった。ここで食事を共にすることも、彼らを知るいい機会になるだろう。

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

「決まりだ!」

 瑠花は満足そうに頷いた。

 こうして、ライの初めての旧ボーダー訪問は、なぜか王女の護衛候補にされかけたうえ、昼食までご馳走になることになったのだった。

 

「ライ、お前は料理ができるのか?」

 昼食の準備が始まると、木崎が尋ねた。

「一通りはできますよ。家でも自分で作ることがありますから」

「そうか。じゃあ、少し手伝ってくれるか」

「もちろんです」

 ライは上着を整え、木崎と一緒に厨房へ向かった。

 木崎は手際よく食材を確認しながら、必要なものを取り出していく。

 ライもその横で手を洗い、調理台を整えた。

「何を作る予定なんですか?」

「あるもので簡単に済ませるつもりだ。昼から大げさに作る必要もないだろう」

「そうですね。人数も多いですし、手早く作れるものがよさそうです」

 二人は相談しながら、野菜を切り、肉を下ごしらえし、鍋を火にかけていく。

 木崎の動きには無駄がなかった。

 食材を扱う手つきも、調理器具を置く位置も、必要な動作が自然につながっている。

 ライはそれを見ながら、内心で感心した。

「木崎さんは、普段から料理を?」

「ああ。必要なら自分で作る」

「なるほど。手際がいいですね」

「慣れだ。ライも、普段から作っているならすぐに覚える」

「そう言っていただけると助かります」

 調理を進めていく途中でふと木崎が訪ねてくる。

「お前はさっきの戦いで、どうして途中から動きが変わった?」

「小南さんの攻撃に慣れてきたから、というのが大きいですね」

「それだけか?」

「最初は、攻撃を受けないことばかり考えていました。でも、相手の間合いと踏み込みの癖が少しずつ分かってきたので、どこなら攻めに転じられるかを考えるようにしました」

「……なるほどな」

 木崎は手を動かしたまま答えた。

「だが、相手の動きに合わせるだけでは限界がある。相手に自分の動きを読まれたとき、どう対応するかも考えておけ」

「はい。今日の模擬戦でも、途中からこちらの動きを見られている感覚がありました」

「小南は、そういうところが鋭いからな」

「ええ。勉強になりました」

 ライは素直に頷いた。負けたこと自体を悔しく思わないわけではない。

 だが、それ以上に、今回の戦いで得られたものは多かった。

 何ができなかったのか。どうすれば状況が変わったのか。次に同じ相手と戦うなら、何を試すべきか。考えるべきことはいくらでもある。

「……お前は、負けず嫌いなんだな」

 木崎がぽつりと言った。

「そうでしょうか?」

「負けたあとも、ずっと考えていた。普通はもう少し落ち込むものだと思っていたが」

「もちろん、悔しくはありますよ」

 ライは微笑んだ。

「でも、負けた理由が分かるなら、次に活かせますから。何も得られずに負けるよりは、ずっといいと思います」

 木崎は少しだけライを見た。

「……そうか」

 それ以上は何も言わなかったが、先ほどよりもわずかに表情が和らいだように見えた。

 やがて料理が完成すると、二人は皿を並べ、できあがった昼食をリビングへと運んでいった。

 

「おお! できたのだな!」

 瑠花が真っ先に反応した。

 ライと木崎が料理を並べ終えると、全員が席に着いた。

「では、いただきます」

「いただきます!」

 それぞれが食事を始める。

「おいしい!」

 瑠花は一口食べるなり、満面の笑みを浮かべた。

「レイジが作ったものなら、そりゃあおいしいよ」

 林藤が笑う。

「俺だけじゃない。ライも手伝った」

「そうなのか?」

 瑠花が目を輝かせてライを見る。

「はい。木崎さんに教わりながら、少しだけ」

「少しだけ、という割には手際がよかったぞ」

 木崎が淡々と補足した。

「おお! 料理もできるのか、ライ!」

「一応、簡単なものなら」

「ますます護衛にぴったりではないか!」

「瑠花様、料理と護衛の適性は別です!」

 クローニンの即座の指摘に、ゆりと迅が笑い声を漏らした。

 ライも、つられて笑う。先ほどまでの話は、決して軽いものではなかった。

 近界の国々。亡命してきた王族。そして、近界を敵とみなす組織の方針。

 考えるべきことは山ほどある。

 それでも、食卓を囲む人々の様子は穏やかだった。

 林藤が冗談を言い、ゆりがそれに応じる。小南は料理を食べながら模擬戦の話を持ち出し、木崎はそれに簡潔に答える。瑠花は陽太郎の様子を気にかけながら、時折ライにも話を振ってくる。

 その光景を見ながら、ライは思った。

 ここにいる人たちは、それぞれ違う事情を抱えている。

 出身も、年齢も、立場も違う。

 それでも、一緒に食事をし、笑い合い、同じ場所で暮らしている。自分がこれから関わっていくボーダーという組織も、きっと一つの考え方だけで成り立つものではないのだろう。

「ライさん!」

 不意に、小南が声をかけてきた。

「次は絶対に負けないからね!」

「……それは僕の台詞では?」

「なに!?」

「いえ、何でもありません」

 ライが微笑むと、小南はむっとした顔をした。

「次は十本勝負じゃなくて、もっとやるから!」

「それは……お手柔らかにお願いします」

「だーめ!」

 そんなやりとりに、再び笑いが起こった。

 

 食事を終えるころには、ライもずいぶんとこの場所の空気に馴染んでいた。

「今日はありがとうございました」

 帰り支度を整えたライは、林藤たちに向かって頭を下げた。

 

「いろいろと教えていただきましたし、昼食までご馳走になってしまって」

「気にしなくていいよ。またいつでも来な」

 林藤が気軽に言った。

「次に来るときは、もっと強くなっているんだよね?」

 小南が期待するように尋ねる。

「努力します」

「絶対だからね!」

「はい」

 瑠花も、ライの前までやってきた。

「ライ!」

「はい」

「護衛の話、忘れるでないぞ!」

「……はい。覚えています」

「よし!」

 満足した瑠花は、陽太郎と一緒に手を振った。

「また来るのじゃぞ!」

「またな、ライ!」

「はい。またお会いしましょう」

 ライは最後にもう一度頭を下げ、旧ボーダーの拠点を後にした。

 

 帰り道、ライは今日聞いた話を頭の中で整理していた。

 ボーダーの目的。近界の三つの同盟国。アリステラの王族である瑠花と陽太郎。そして、自分自身に持ちかけられた護衛の話。

 どれも、今までの生活では想像すらしなかったことばかりだ。

 しかし、考えてみれば、こちらの世界に来てからというもの、想定外の出来事が続いている。

 大規模侵攻。ボーダーとの出会い。トリガーという未知の技術。そして、今日の模擬戦。

 自分がこれから何をするべきなのか、まだ明確な答えは出ていない。

 それでも、まずは目の前のことを一つずつ学んでいくしかないだろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、やがて叔父の家が見えてきた。

 そして、ちょうど門のところで、一人の男性が家から出てくるのが見えた。

 年齢は三十代ほどだろうか。

落ち着いた身なりで、どこか隙のない雰囲気をまとっている。

男性は門を出たところでライに気づくと、軽く会釈をした。

ライも足を止め、礼儀正しく頭を下げる。

「こんにちは」

「こんにちは」

それだけの短いやりとりだった。

男性はそれ以上何も言わず、ライの横を通り過ぎていく。

ライも振り返ることなく、そのまま家へと向かった。

玄関を開けると、ちょうど叔父が廊下に出てきたところだった。

「ただいま戻りました」

「おかえり。今日はどうだった?」

「いろいろと勉強になりました。ボーダーのこと詳しくしれてよかったです。」

 「そうか。それはよかった」

叔父は満足そうに頷いた。

ライは靴を脱ぎながら、先ほどのことを思い出す。

「……ところで、叔父さん」

「ん?」

「先ほど、こちらから男性が出ていくのを見かけたのですが……お知り合いですか?」

 叔父の表情が、ほんのわずかに変わった。

 しかし、それは一瞬のことだった。

「気になるか?」

「いえ、そこまででは。ただ、初めて見かけた方だったので」

「そのうち分かるさ」

「……そのうち、ですか?」

「ああ」

 叔父はそれ以上説明しなかった。

 ライは叔父の顔をしばらく見つめたが、そこから何かを読み取ることはできなかった。

「分かりました」

 無理に問い詰める理由もない。

 自分に話すつもりがあるのなら、そのうち教えてくれるだろう。

 そう考え、ライは話題を変えた。

「今日教えていただいたことを、少し整理しておこうと思います」

「そうか。まあ、無理をしない程度にな」

「ありがとうございます」

 ライは自室へと向かった。その背中を見送った叔父は、静かに目を細める。

 先ほどの男性のことを、ライが知る日もそう遠くはないだろう。

 だが、今はまだ、その時ではない。

 ライが自分自身の意志でボーダーに関わり始めたように、彼がこれから知ることもまた、彼自身の目で確かめ、判断するべきことなのだから。

 

 

 

 

 

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