※お知らせ:作品の雰囲気を整えるため、第1話〜第11話における主人公の口調を「タメ口」から「敬語」へ一括修正いたしました。ストーリー展開自体に変更はありません。
↓pixiv版はこちらです。
https://www.pixiv.net/novel/series/16639627
「すいません、リオン。明日のダンジョン実習では、直接的な戦闘支援はできません」
「はぁ!?」
画面の向こうから、リオンの困惑と怒声が混じった声が響いた。
現在、僕は寮の自室で、明日に控えたダンジョン実習についてリオンと通話している。
ホルファート王国において、冒険者という職業は決して珍しいものではない。
そもそも、現在の貴族たちの祖先をたどれば、元は冒険者だった者も多い。冒険者は国によって管理された立派な職業であり、貴族たちも先祖の苦労を知るため、一度は冒険者として活動するのが慣例となっている。
学園でも、上級クラスかどうかに関係なく、生徒たちは冒険者ギルドで登録を済ませ、実際にダンジョンへ潜る実習を受ける。
建前としては、先祖の苦労を知り、冒険者という職業への理解を深めるための授業らしい。
もっとも、金に余裕のない地方貴族の子弟にとっては、小遣い稼ぎができる貴重な機会でもある。長期休暇などに冒険者として活動し、生活費や遊興費を稼ぐ生徒も少なくないという。
貴族の子弟が危険なダンジョンへ潜ることをありがたい授業と呼ぶあたり、この世界もなかなかおかしい。
まあ、そんな原作に書いてあることを今さら気にしても仕方がない。
「僕自身の戦闘能力は低いが故に直接支援はできませんが、警備ロボットによる間接支援ならできます。ダニエルとレイモンドはユリウスたちと同じ空間にいると胃が痛くなると予測したのでおそらく逃げるでしょうし、僕の護衛として警備ロボットを配置して、規定に従って銃以外の武器を持たせた前衛を使えばいいです。少なくとも、何もできないわけじゃないです」
「……なんだ、そういうことか。てっきり授業そのものに参加できないのかと思ったぞ」
リオンの声から、目に見えて安堵した様子が伝わってくる。
どうやら、僕が参加できないと言ったことで、何かしら面倒な事態になると考えていたらしい。
「ちなみに、最悪の場合に備えて衛生兵型ロボットも用意してあるので、負傷者が出た場合の救護も可能です。まあ、保有数は多いですが狭いダンジョン故に投入できる数に限りがあるので、全体をカバーする事はできませんが…。」
「お前、そこまで準備していたのか……」
「最悪の事態に備えなければ終わりですから…。」
僕はそう答え、通話を終了した。
スマホを机に置き、椅子の背もたれに体を預ける。
本音を言えば、僕だって警備ロボットを前面に押し出して無双したい。
敵を発見したら即座に情報を共有し、効率的に撃破する。負傷者が出れば衛生兵型ロボットを向かわせ、危険な状況になれば僕自身も後方から援護する。
技術と装備があるのだから、それを最大限に活用したいと思うのは当然だろう。
しかし、そう簡単にはいかない。
学園側の規定では、ジルクのような正式な護衛や女子生徒などの例外を除き、護衛を伴わない男子生徒が銃器を使用することは認められていない。
僕の場合、実習時はエクソスーツや軍服を着る予定とはいえ、身体能力そのものは大したことがない。銃器を自由に使用できれば話は別だが、狭いダンジョン内での誤射は危険だ。
それに、何でもかんでもロボットに片付けさせれば、ほかの生徒たちの見せ場を奪うことになる。
そんなことをすれば、周囲から反感を買うのは目に見えていた。
僕は小さく息を吐き、机の上に置いてある装備を確認する。
明日も、僕にできる範囲で動くしかない。
「ごめん、リオン……。僕の運動能力ばかりは、これ以上どうにもならないんだ」
誰にも届かない謝罪を口にして、僕は部屋の明かりを消した。
そして翌日。
ダンジョン実習が始まった。
そもそも、なぜこんな危険な授業に貴族どころか王族であるユリウスまで参加しているのか。
いや、考えるだけ無駄だろう。
ここは、設定がふわふわした乙女ゲーの世界なのだ。現実的な安全性を求め始めたら、そもそも貴族の子弟がモンスターと戦う授業を受けていること自体がおかしい。
「ダニエルもレイモンドも、友達が困っているっていうのに逃げやがった。いや、俺も同じ状況なら逃げるけどさ。逃げるけども!」
リオンが、納得のいかない顔で愚痴をこぼしていた。
彼の隣に立つ僕は、エクソスーツの上から山岳戦用の軍服を着込み、腰には愛用の5.7mm拳銃を装備している。
軍服の肩には、黒地に白い菱形のモノリスを描いた藍衛の部隊章があった(
)。
藍衛の旧式の山岳戦用の軍服だからついている。尤も、僕自身は所属していないが。
僕の隣には、一般的な冒険者の装備を身につけたリオンとオリヴィアさんが立っていた。
「ご、ごめんなさい。アンジェリカさんが、どうしても参加してほしいとおっしゃるので……」
オリヴィアさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、オリヴィアさんが謝ることじゃないよ」
リオンは苦笑しながら答えた。
彼女に文句を言っても仕方がない。今回の編成を決めたのは学園側であり、オリヴィアさん自身もその決定に従っているだけなのだから。
それにしても、今日はとんでもなく高貴な集団に放り込まれてしまった。
視線を巡らせると、まず目に入るのは青い髪と瞳を持つ王太子ことユリウス。
王太子という立場にありながら、身につけている装備は実用性よりも見栄えを優先しているようにしか見えない。腰に下げた剣も、これから本格的な戦闘を行う人間の装備としては心もとない。
まあ、彼はモブせかの作中のゲームのアルトリーベでの攻略対象なのだから、見た目を優先するのも仕方がないのかもしれない。
次に、真面目な剣士であるクリス・フィア・アークライト。
ホルファート王国の剣聖の息子であり、ゲーム的に表現するなら剣豪と呼ぶべき人物だ。
その隣には、赤い髪を逆立てたような髪型に、ノースリーブという露出の多い格好をした筋肉質の男、グレッグ・フォウ・セバーグがいる。
そして、最後に緑髪のジルク・フィア・マーモリア。
普段は穏やかそうな笑みを浮かべているが、その内側には腹黒さを隠している男だ。
ユリウス、ジルク、ブラッド、クリス、グレッグ。
この5人が攻略対象であり、そこにマリエが加わる。
原作のリオンは彼らを色で覚えていたが、僕も同じように「黒、緑、紫、青、赤」と覚えた方がいいのだろうか。
正直、覚えやすいのは確かだ。
それはそうと、マリエの専属使用人であるカイルの姿が見当たらない。
おそらく、僕がこの世界に介入したことで時系列が狂ったのだろう。
もともと原作通りに進む保証などないのだから、今さら驚くことでもない。
ちなみに、ホルファート王国ではミドルネームによって家柄を判別できる。
ラファは王族、フィアは宮廷貴族、フォウは領主貴族の出身者を示すものだ。
このあたりの知識は、僕もレッドグレイブ家の人間として幼い頃から教え込まれている。
目の前にいる5人は、全員が有力貴族の跡取りだ。
さらに、彼らの取り巻きの中にも腕の立つ生徒が何人もいる。
その集団に、僕とリオン、そしてオリヴィアさんが混ざっているのだ。
どう考えても場違いだった。
理由の1つは、攻略対象たちがオリヴィアさんに興味を持っていることだろう。
彼女は特待生であり、学園内でも注目されている存在だ。
そして、リオンはすでに冒険者として実績を積んでいる。学園側としては、彼に王太子の護衛役を担わせたいのだろう。
僕が選ばれた理由は、正直なところよく分からない。
姉上の推挙や実家の事情、学園側の思惑など、いろいろなものが重なった結果なのだろう。
原作には、実家から連れてきた騎士や兵士を実習に投入するのは無粋だという考え方がある。
周囲の生徒たちも実家の力を利用すること自体は否定しないが、あからさまに強力な護衛を連れてきて成果を横取りするような真似は嫌われる。
その点、同年代の学生が実績を積み上げていれば、たまたま一緒に行動しているだけだと言い訳できる。
要するに、学園側としては「強い騎士や兵士を勝手に連れてこられても困るので、学生の範囲で問題を片付けてほしい」ということなのだろう。
僕としても、その方針には異論がない。
ただし、これから入るダンジョンは初級も初級だ。
ここまで護衛を揃える必要があるのかと疑問に思う。
実際、ユリウスも少し嫌そうな顔をしていた。
そういえば、彼は過剰に守られることを嫌う性格だったはずだ。原作でも、そんなことを主人公に話していた気がする。
周囲を見渡すと、ユリウスの婚約者である姉上も同じグループにいた。
このあたりは男女平等らしい。
男女に関係なく、ダンジョン実習への参加は義務となっている。
今回の集団は、取り巻きまで含めると30人ほどだろうか。
少々多い気もするが、今回はダンジョンの奥深くを探索するわけではない。観光に近い実習なのだから、この人数でも問題はないだろう。
「それにしても、呼ばれた割には声もかからないな」
リオンが周囲を見回しながら呟いた。
オリヴィアさんも落ち着かない様子である。
「こちらから声をかけた方がいいのでしょうか?」
「どうかな。こっちから出しゃばると、余計なことをするなって思われるかもしれないし。指示があるまで待っていた方がいいんじゃない?」
リオンはそう答えた。
本音を言えば、この中の誰がオリヴィアさんと結ばれるのか、あるいはモブせかとしての原作通りにリオンと結ばれるのか気になる。
しかし、だからといって積極的に関わりたいわけではない。
できれば余計な問題に巻き込まれず、適度な距離を保っていたいところだ。
そんなことを考えていると、実習担当の先生が前に出てきた。
レン先生である。
……なんでレン先生がここにいるんだ?
あなた、普段は保健室にいる人じゃなかったか?
思わず疑問が浮かんだが、今は口に出さないことにした。
レン先生は、どこか気だるそうな様子で生徒たちを見回す。
「それじゃ、説明を始めるよ。今回は地下2階に到達したら戻ってきてね。それ以上先には進まないこと。勝手に探索を続けたり、班から離れたりしたらダメだからね」
やる気があるのかないのか分からない口調だった。
しかし、言っていることは正しい。
地下1階や2階程度の浅い場所でも、油断すれば命を落とす危険はある。
班分けが終わると、ユリウスたちを中央に配置し、僕とリオン、オリヴィアさんは先頭を歩くことになった。
リオンはともかく、僕とオリヴィアさんは戦闘能力が突出しているわけではない。
できれば後方に回りたかったのだが、そう都合よくはいかなかった。
そして、班分けの最中に問題が起きた。
「身の程を知れと言っている!」
姉上の怒気を孕んだ声が、ダンジョンの入口に響き渡る。
その場にいた生徒たちが一斉に振り返った。
姉上の前に立っていたのは、マリエだった。
原作でも、この場面ではマリエとアンジェリカさんが衝突していたはずだ。
ただ、今回の担当教師は原作とは違う。
原作では若い教師が公爵令嬢を相手に慌てふためいていたが、レン先生はそんな様子をまるで見せなかった。
彼女はリキッド式の電子煙草を手に、面倒そうに成り行きを眺めている。
止める気はあるのだろうか。
どうやら、班分けの段階で揉めたらしい。
マリエはユリウスの後ろに回り、彼の袖をつまんだ。
「アンジェリカ、もうそこまでにしておけ」
ユリウスがマリエを庇うように前へ出る。
それを見た姉上の表情が、さらに険しくなった。
「殿下、この者のわがままをお許しになるのですか?」
マリエはユリウスの後ろでうつむいている。
その仕草だけを見れば、怯えている少女にしか見えない。
しかし、どうにも僕には、その態度が原作通りにわざとらしく感じられた。
「殿下、私……ただ、殿下と一緒に行動できたらいいなと思っただけなんです。ご迷惑でしたら、断っていただいても構いません」
控えめな声。
申し訳なさそうな表情。
そして、ユリウスの袖をつまむ指先。
なるほど。
こういう振る舞いが、男心をくすぐるというわけか。
もっとも、僕は王子と「癖」が違うのでその魅力がよく分からなかった。
「図に乗るな! お前と殿下では身分が違う! 今まで大目に見てきたが、そのような態度を取り続けるというのなら――」
姉上の言葉が続く。
原作では、個人的には表向きは「秩序を維持する冷酷な公爵令嬢」を権威などの為に演じる一方でリオンなどの身内には凛としていながらかっこよさと時折見せる笑顔などの可愛さを併せ持つイメージを抱いていた。
そして現実でも、その印象は変わらなかった。
ただし、校内では、身分や立場を軽んじる相手に対して容赦がないだけだ。
マリエがその一例と言えるだろう。
一方、オリヴィアさんは完全に混乱していた。
「ど、どうなっちゃうんですか……!?」
困ったように周囲を見回す姿が、妙に可愛らしく見える。
マリエとは大違いだ。
……いや、僕は何を考えているんだ。
とにかく、今回の騒動については原因がはっきりしている。
マリエの存在だ。
原作の主人公だったオリヴィアさんとは違い、マリエは本来の主人公の立場を奪うように振る舞っている。
もちろん、彼女が何を考えているのかを「リアルタイムで把握する」のはいくら原作知識を持っていても無理だ。
ただ、周囲の反応を見る限り、彼女の行動は少なくとも好意的には受け取られていないようだった。
「あのマリエって女、何かおかしくないか?」
リオンが小声で呟く。
オリヴィアさんも少し考えてから頷いた。
「そ、そういえば、最近は私に対するいじめよりも、ほかの人への態度の方が問題になっているみたいです。周りの人たちは、貧乏な子爵家の娘だって噂していましたけど……」
子爵家といえば、男爵家よりも上の爵位だ。
ただし、爵位が高ければ必ずしも裕福とは限らない。
領地が狭かったり、借金を抱えていたりする家もある。過去にはそれなりの規模を誇っていた領地が、代を重ねるうちに衰退した例も珍しくない。
だから、マリエの家が貧しいこと自体は不思議ではない。
問題は、彼女がその立場をどう利用しているかだ。
周囲の生徒たちも、姉上に同調するように囁き合っていた。
「婚約者の前であそこまですり寄るなんて、あり得ないよね」
「ほかの男子とも妙に仲がいいし……」
「さすがに節操がないんじゃない?」
そんな声が聞こえてくる。
すると、突然ユリウスが声を張り上げた。
「いい加減にしろ!」
その一声で、周囲のざわめきが止まった。
姉上も驚いたように目を見開いている。
そして、僕はというと。
「くぁ~……ん?」
盛大にあくびをしていた。
……しまった。
原作で見た場面だからなのか、それとも単純に緊張感のない状況に退屈していたのか。
どちらにしても、今のタイミングであくびをするのは最悪だった。
「で、殿下……」
ユリウスを庇うように前へ出たのは、普段は穏やかな笑みを浮かべているジルクだった。
彼は姉上の前に立ち、右手を横に伸ばしてユリウスとマリエを庇う姿勢を取る。
「アンジェリカさん、あまり殿下を困らせないでいただきたいですね」
「困らせる? 私が殿下を困らせているというのか? 私は殿下のためを思って――」
「そういう態度が迷惑だって言っているんだよ」
横から口を挟んだのはグレッグだった。
彼は槍を肩に担ぎ、面倒そうに姉上を見ている。
「学園にまで外の関係を持ち込むなよ。見ていてイライラするぜ」
有力貴族の跡取りであるグレッグがそう言うと、周囲の生徒たちも口を閉ざした。
姉上に反論したい者がいないわけではないだろう。
ただ、ここで有力貴族たちを敵に回すのは得策ではない。
結局、騒動の主導権はユリウスたちに移った。
「先生、申し訳ない。俺たちはここにいるマリエと組む。残りの生徒については、適当に編成してくれ」
ユリウスがレン先生に告げる。
原作では教師が慌てて何度も頷いていた場面だが、レン先生は特に動揺する様子もなかった。
「ん、りょ~かい」
軽い。
あまりにも軽い返事だった。
王太子の決定に対して、その態度でいいのだろうか。
後で問い詰めてみよう。
もっとも、この場でレン先生の態度を気にしているのは僕くらいかもしれない。
周囲の視線が散った瞬間、マリエが小さく笑みを浮かべた。
その表情を、僕とリオンは見逃さなかった。
……なるほど。
少なくとも、彼女は今回の騒動を不本意だとは思っていないらしい。
僕がその場を離れようとすると、グレッグとユリウスが立ち塞がった。
「おい、お前。確か……アルフォンスだったな」
グレッグが僕を睨みつける。
「俺たちが真剣にマリエのことでアンジェリカと話していたのに、なんであくびなんかしていた?」
ユリウスも険しい表情をしていた。
「そうだ。俺たちは本気で話していた。お前も、マリエに対して安全な場所から悪い噂を流している連中と同じなのか?」
……あほくさ。
何をどう考えれば、そんな結論になるのだろう。
僕は真っ当な人間とは言い難い。
前世では、努力らしい努力もせず、自分の怠惰を正当化して生きていた。
だが、少なくとも他人の陰口を叩きながら、それを悪いことだとも思わず平然としていられるほど、何も感じない人間ではない。
そもそも、僕は他人の恋愛事情に興味がない。
どちらが正しいのか、誰が誰を好きなのか。
そんなことは当人たちが勝手に決めればいい。
何を答えたところで、彼らは僕を信用しないだろう。
ならば、これ以上説明する必要もない。
「アルさん!」
「おい、アル! 相手は王族だぞ!」
リオンとオリヴィアさんが慌てて声をかけてくる。
しかし、僕は2人を制するように片手を上げた。
「……勘違いしないでいただきたいのですが、少なくとも他人の恋愛事情に口を突っ込むつもりはありません。では、失礼します」
そう言って、僕は2人の横を通り過ぎようとした。
「おい、待て! まだ話は終わっていないだろう!」
グレッグが怒鳴る。
僕は振り返らず、腰の拳銃を抜いた。
そして、天井に向けて1発の警告射撃を行う。
銃声が響き渡り、周囲の生徒たちが一斉に身をすくませた。
銃弾が天井に当たることはなかった。
エクソスーツによる補助で銃口を安定させ、周囲に人がいない方向へ向けて発砲したからだ。
もちろん、ここで撃つ必要があったのかと問われれば、別の手段もあっただろう。
だが、相手が通行を妨げている以上、僕にも自分の身を守る権利はある。
「くっ……! 挑発のつもりか、アルフォンス!」
グレッグが怒鳴る。
僕は拳銃を下ろし、ようやく振り返った。
「僕はただ、何の意味もないあくびをしただけです。あなた方はそれを勝手に敵対の意思だと解釈し、僕の通行を妨げた。僕はその妨害を振り切ろうとし、警告射撃を行った。大まかな経緯はこうですよね?」
「貴様……!」
「それでは、失礼します」
僕はそれ以上何も言わず、リオンたちの方へ歩き出した。
背後から怒声が聞こえた気もするが、振り返るつもりはない。
王族だからといって、何でも思い通りになると思わないことだ。
僕は僕のやり方で、僕にできることをする。
それだけである。
王都にあるダンジョンは、原作の設定通り、廃鉱のような場所だった。
広い通路には、等間隔で木製の柱や梁が設置されている。
壁の一部には鉱石が露出しており、それを採掘することが冒険者たちの収入源になっている。
さらに、ダンジョン内には宝箱まで存在する。
誰が、何のために設置しているのかは分かっていないらしい。
……原作の設定だ。
深く考えたところで答えが出るわけでもない。
そう割り切って、僕は周囲の警戒を続けていた。
「あっ、見つけました!」
オリヴィアさんの弾んだ声が聞こえる。
彼女は壁に埋まっていた鉱石を見つけ、嬉しそうに取り出していた。
手のひらに収まる程度の金属塊だが、見たところ鉄か銅の類だろう。
「えへへ、こんなところにあるんですね」
オリヴィアさんは満足そうに笑った。
夢中になって鉱石を掘り出していたせいか、汗を手で拭った際に鼻の頭へ土が付いてしまっている。
本人は気づいていないらしい。
「おめでとう。こいつなら、100ディアくらいにはなるんじゃないか?」
リオンは鉱石を受け取り、荷物入れへ放り込んだ。
その手際は慣れたものだった。
……それにしても、放射性鉱物とか出てこないのだろうか。
ウランなどが出てきたら、どうするつもりなのか。
もっとも、この深さでそんなものが出てくる可能性は低いだろうし、そもそも学園が実習場所として利用している以上、危険な場所はある程度管理されているはずだ。
そう考え、僕は余計な心配を頭の隅へ追いやった。
この国の通貨単位はディアとディルである。
1000ディルで1ディアとなり、金貨や銀貨のほか、紙幣や硬貨も流通している。
また、ダンジョンの宝箱から出てくる金貨には、通常の流通貨幣とは異なる価値がある。
細工が凝った質の良い金貨なら、1枚で1500から2000ディアほどの値が付くこともあるらしい。
そうした知識を思い出しながら歩いていると、オリヴィアさんが不思議そうに周囲を見回した。
「どうしたの?」
リオンが尋ねる。
「いえ、どうしてダンジョンでは、こんな現象が起きるのかなって。宝箱まであると聞きましたし、不思議ですよね」
オリヴィアさんの疑問はもっともだった。
鉱山で金属が採れるのは分かる。
しかし、なぜダンジョンには宝箱があり、魔石まで出土するのか。
現代科学の常識で考えれば、疑問だらけである。
とはいえ、ここはファンタジー世界だ。
王国を支えてきた資材と資金の宝庫に対して、いちいち疑問を抱いていたらきりがない。
「不思議だね。まあ、先に進もうか」
「ま、待ってくださいよ、リオンさん! 気にならないんですか?」
「別に」
「リオンさんが冷たい……」
オリヴィアさんがしょんぼりする。
随分と打ち解けてきたものだ。
原作では、この後にさまざまな出来事を経て、リオンとオリヴィアさんは姉上と共に結ばれることになる。
ただし、今のリオンはまだ彼女を攻略対象たちと結ばれる聖女候補のように考えている節がある。
僕としては、無理に背中を押すつもりはない。
下手に介入すれば、余計なところまで物語を歪めてしまう可能性があるからだ。
「そういえばアル、お前さっきからずっと――」
「敵個体を発見。個体名、ジャイアントアント。個体数、5体。攻撃はリオンに任せます」
「……おい、話を聞けよ」
リオンが呆れた顔をする。
僕は偵察ロボットから送られてきた情報を確認し、通路の先を指差した。
「前方だよ。もうすぐ接敵する」
「その情報、本当に合っているんだろうな……?」
リオンは疑いながらも剣を抜き、前方を見据えた。
そして、数秒後。
「……マジだ」
通路の向こうから、巨大な蟻が姿を現した。
ジャイアントアント。
体長は70から80センチほど。大きな顎を持ち、獲物を見つけると集団で襲いかかってくるモンスターだ。
ダンジョン内では比較的よく見られる存在であり、倒れた冒険者の遺体を運び去ることから、ダンジョンの掃除屋とも呼ばれている。
もっとも、掃除屋といっても、噛みつかれれば大怪我では済まない。
相手は小さな蟻ではなく、人間の腕ほどもある顎を持った怪物なのだから。
「こういう通路だと、ライフルも使えないから面倒なんだよな」
リオンがぼやく。
その言葉通り、ここは狭い通路だ。
銃器を使うには射線の確保が難しく、背後にいる仲間を巻き込む危険もある。
僕の警備ロボットを前に出すこともできるが、今回は彼らに戦闘を任せるつもりはなかった。
彼らの役割は、あくまで僕自身の護衛だ。
それ以外は偵察を中心とし、自己防衛以外の武力行使は極力避ける。
生徒たちの出番を奪わないためでもある。
「来るぞ!」
リオンが叫んだ。
ジャイアントアントたちは、こちらを発見すると一斉に駆け寄ってきた。
先頭の1体が大きな顎を開き、リオンへ飛びかかる。
彼は半歩だけ横へずれ、相手の攻撃をかわした。
そのまま剣を振るう。
鋭い刃が蟻の首を断ち切った。
ジャイアントアントの体から黒い煙が噴き出し、やがてその姿が消えていく。
リオンは気にすることなく、次の敵へ向き直った。
「はい、2体目!」
剣を横に薙ぎ、迫ってきた蟻を切り伏せる。
「そして、3体目っと!」
素早く足を踏み出し、相手の側面へ回り込む。
大きな顎が空を切った直後、リオンの剣が首元を捉えた。
さらに残った2体も、同じように攻撃をかわしながら仕留めていく。
戦闘が終わるまで、さほど時間はかからなかった。
最後のジャイアントアントが黒い煙となって消えると、リオンは剣を肩に担いだ。
「ふぅ。まあ、こんなもんだな」
その様子を見ていたオリヴィアさんが、感心したように近づいてくる。
「リオンさん、強かったんですね。あんなに怖そうなモンスターを次々に倒しちゃうなんて……」
「弱点とか、動き方を知っているからね。オリヴィアさんも慣れれば、簡単に倒せるようになるよ」
「わ、私にもできるでしょうか?」
「そりゃ、練習すればね」
リオンは軽い調子で答え、剣を鞘に収めた。
彼にとっては、ジャイアントアントなど大した相手ではないのだろう。
ただし、相手の動きを見極め、攻撃を受けない位置へ移動する技術は簡単に身につくものではない。
ゲーム的な知識があるとしても、それを実際の戦闘で使えるかどうかは別問題だ。
敵の位置取りを利用すれば、攻撃を受けずに倒すこともできる。
しかし、それは相手にも同じことが言える。
囲まれれば、どれだけ腕の立つ冒険者でも対処に困ることがある。
だからこそ、偵察と位置取りが重要なのだ。
「この辺は余裕だよ。それに、出てくるのは雑魚ばかりだしね。あ、でもトラップには気をつけて。よし、サクサク進もうか!」
「はい!」
リオンの言葉に、オリヴィアさんが笑顔で頷く。
しかし、その表情には何か考え込むような気配もあった。
彼女はリオンの強さに感心している一方で、どこか複雑な気持ちを抱いているように見えた。
……まあ、僕が口を挟むことではないだろう。
僕は偵察ロボットから送られてくる情報を確認しながら、2人の後に続いた。
一方、ユリウスたちのグループは、先行する班の後ろを進んでいた。
僕は透明化している偵察ロボット、ルイナから送られてくる映像と音声を通じて、彼らの様子を確認している。
地下1階や2階だからといって、油断すれば命を落とすこともある。
そのことは授業前にも説明されていたし、原作にも記載されていた。
ユリウスは初めてのダンジョンと実戦に、少し汗をかいている。
その隣に立つジルクも、王太子を守ろうとしているのか、周囲への警戒を怠っていない。
普段は嫌味を口にするブラッドも、今は黙っていた。
クリスは緊張しているのか、時折、剣の柄を握り直している。
グレッグだけはダンジョンに慣れているようで、今回の実習を退屈に感じているらしかった。
そして、ユリウスはマリエに気を遣っている。
「歩くペースは問題ないか?」
少し不器用な問いかけだった。
マリエは、そんなユリウスに向かって微笑む。
「大丈夫ですよ、殿下」
その声を確認したところで、僕は通信を切った。
「ルイナ、引き続き情報収集を頼む。それと、先生に伝えた通り、近接型と偵察型は帰還させて。衛生兵型は負傷した生徒が出たら、そちらへ向かわせてほしい」
《了解しました、マスター》
ルイナの返答が耳元に届く。
今回の実習に際して、学園側とは事前に細かな取り決めを行っていた。
衛生兵型ロボットは、負傷者が出た場合に限り、最後まで使用してよい。
一方、近接型と偵察型は自己防衛以外の戦闘行為を禁止する。
拳銃については、僕の身体能力や医師の診断書などを考慮した特例として、緊急時に限って使用を認められていた。
もっとも、ここまで話を通すのは本当に面倒だった。
医師の診断書を用意し、父上を交えた面談を行い、学園長にまで説明する羽目になったのだ。
そのうえ、取り決めに違反した場合、今回僕が回収した鉱石はすべて学園に没収されるらしい。
公爵家の人間である僕にとって、金銭的な痛手はそれほど大きくない。
しかし、せっかく採掘したものを没収されるのは面白くないので、班分け前の警告射撃以外はきちんと規則を守るつもりだ。
「アルフォンスの奴、ただのボンボンかと思ったけど、後方支援してくれるだけまだマシだな……」
「少なくとも、あいつは戦場から逃げてはいない」
通信の向こうから、そんな声が聞こえてきた。
僕に対する陰口なのか、称賛なのか。
おそらく、両方なのだろう。
別に、どう思われようと構わない。
ただ、少なくとも逃げてはいないという評価をもらえたことは、悪い気分ではなかった。
僕自身が、自分の行動をどう評価するかは別として。
「おいアル、置いてくぞ」
「アルさん、そろそろ行きますよ」
リオンとオリヴィアさんの声が聞こえてきた。
「今行きますよ」
僕は通信端末をしまい、2人の後を追った。
地下2階の入口に到着した。
地下1階から階段を下りれば地下2階。
今回の実習は、そこまで到達した時点で終了となる。
生徒たちが調子に乗って先へ進まないよう、入口にはレン先生とは別の先生が待機していた。
到着した僕たちは、先生たちに指示されて用意された部屋で待つことになった。
どうやら、レン先生はスタート地点の案内役で、ゴール地点は別の教師が担当するという2段構えらしい。
安全管理という意味では、妥当な判断だろう。
それはそうと、リオンは自分が担いできた荷物を見て、満面の笑みを浮かべていた。
「流石は王都のダンジョンだな! 先行させられた時は、貴族のボンボンどもめ、くたばれとか思ったけど……見ろよ、この量!」
荷物入れの中には、鉄や銅をはじめとした金属類が詰まっていた。
さらに、いくつかの魔石まで混ざっている。
精錬されたような金属が土の中から出てくるのだから、ファンタジー世界とは本当に便利なものだ。
原作の都合なのか、放射性鉱物らしきものは見つからなかった。
まあ、授業で使うダンジョンなのだから、安全性についてはある程度保証されているのだろう。
……そういうことにしておこう。
「わあ、綺麗……」
オリヴィアさんが、荷物の中から魔石を1つ手に取った。
透き通った結晶は、光を受けて淡く輝いている。
「宝石みたいですね。これ、いったい何に使うんでしょう?」
「え~と、これとこれで200ディアになるから……ああ、魔石?」
リオンは金属の値段を計算しながら答えた。
「エネルギー資源だね。あとは、金属を鍛える時に炉へ放り込むと、いい感じに鍛えられるらしいよ。詳しいことは知らないけど、なんか凄い石なんだろうね」
ずいぶんと大雑把な説明だった。
しかし、間違ってはいない。
少なくとも、魔石がエネルギー資源として利用されることは知っている。
リオンがそう説明した以上、彼の知識としては正しいのだろう。
……それにしても、魔石が生まれる仕組みについては、僕も興味がある。
ルイナの知能向上に役立つ可能性もあるし、機会があれば詳しく調べてみたいものだ。
「これだけあれば、2人で分けても茶会1回分くらいには……ならないな。くそっ、もっと稼がないと!」
リオンは手に入れた金属類の価値を計算し、勝手に落ち込んでいた。
彼の金銭感覚は、ある意味で分かりやすい。
金が欲しい。
しかし、貴族の令嬢たちが楽しむような茶会に参加するだけでも、それなりの費用がかかる。
冒険者として稼いだ金を、そうした出費に回そうとしているのだろう。
そんなリオンに、オリヴィアさんが再び尋ねた。
「でも、どうして魔石がダンジョンから出てくるんでしょう? 金属なら、まだ地中に埋まっているから分かります。でも、魔石が採れる鉱山なんて聞いたことがありません。魔石が出てくるのはダンジョンだけだと教わりましたし……」
「ああ、それなら、モンスターを倒した時に放出された魔力が土に溜まって、魔石になるんだってさ」
リオンは、特に考える様子もなく答えた。原作通りだ。
「そうなんですか? 初めて聞きました。教科書には、まだ解明されていないって書いてありましたけど……」
「俺を信じろ。どこかで読んだ気がするから、間違ってないはずだ!」
「どこかで読んだ気がする、ですか……?」
「……あれ? そうなると、宝箱も魔力が溜まって形になったものなのかな?」
リオンは腕を組んで考え込んだ。
「魔法っていうか、魔力って便利だよね」
便利という言葉で片付けていい問題なのだろうか。
いや、そもそも宝箱がダンジョンに出現する仕組み自体が謎なのだから、魔力が関係しているという考え方も、あながち間違いではないのかもしれない。
少なくとも、原作の設定を思い出す限り、明確な答えはなかったはずだ。
僕がそんなことを考えている間にも、リオンは採掘した鉱石を売った後の使い道について真剣に考えていた。
すると、オリヴィアさんが彼の顔を覗き込む。
「……何?」
「リオンさんって、物知りなんですね。私、驚いちゃいました」
「そ、そう? まあ、分からないことがあったら教えてあげるよ」
リオンは少し照れたように答えた。
オリヴィアさんは、ぱっと顔を輝かせる。
「はい! お願いします!」
その笑顔を見て、僕は思わず口元を緩めた。
なんとまあ。
これが、紆余曲折を経て姉上と一緒に結ばれることになる男と、その相手の姿か。
まだ本人たちは、そんな未来を知る由もないのだろう。
原作を知っている僕からすれば、なかなか興味深い光景だった。
とはいえ、いつまでも眺めているわけにもいかない。
ここで僕が余計なことを言えば、2人の関係に影響を与える可能性がある。
それに、僕は彼らの恋愛を見守るために、この世界へ来たわけではない。
僕には僕のやるべきことがある。
「……さて、真のモブは退場するとしますか」
誰にも聞こえないように呟き、僕は2人から少し距離を取った。
その後、気になっていたことを確認するため、レン先生について調べておいた。
どうやら彼女は、ダンジョン実習の担当教師らしい。
ただし、回復魔法を扱えることから、非常時には養護教諭としても働くことになっているようだ。
普段は保健室にいることが多いものの、ダンジョン実習の回数が少ないため、こうした授業では担当として前に出てくるらしい。
なるほど。
ようやく疑問が解けた。
……まあ、あの気だるそうな態度については、結局よく分からなかったが。
僕は小さく肩をすくめ、今後の予定を頭の中で整理する。
今回の実習は、ひとまず無事に終わった。
警備ロボットを戦闘に使わず、負傷者への対応にも備えながら、規定の範囲内で必要な役割を果たすことができた。
それだけでも、十分な成果だろう。
少なくとも、何もせずに周囲へ迷惑をかけるよりはマシだ。
僕はそう考えながら、寮へ戻る準備を始めた。
後にルイナに聞いてみたが、魔石ができる仕組みはどうやらデータベース内にあったらしい。別に原作で僕が知ってたならあの時急いで覚える必要はなかったかもと後悔した。
そして、ちゃんと警告射撃のアレは「規約違反」と認定され、僕が採取したものは全部回収された。
どうにか10話が完成したので、次は警告射撃事件の収拾などがメインになり、決闘は12話になる…はずです。