硝煙に包まれし乙女の楽園   作:Lulan_810

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11話が完成しました。次はおそらくパーティー及び決闘編になるはず…です。多分、きっと、メイビー…。


※お知らせ:作品の雰囲気を整えるため、第1話〜第11話における主人公の口調を「タメ口」から「敬語」へ一括修正いたしました。ストーリー展開自体に変更はありません。

↓pixiv版はこちらです。
https://www.pixiv.net/novel/series/16639627


自己再編

「ねえアル! 1学期も放置とか頭おかしいんじゃないの!?」

 

「そ~そ~。たまにはちゃんとお話くらいしないと、友達として寂しいよ~?」

 

「……はい。おっしゃる通りです」

 

 

目の前で腕を組み、眉間に皺を寄せている乃蒼と、その隣でのんびりと頷いている麻璃。

そんな2人から、絶賛お説教を受けている真っ最中なのだが。

 

「いや、ほんとにさ。入学式の日に顔を合わせてから、まともに話す機会すらなかったじゃない。あんた、いったい何やってんの?」

 

「……勉強と、訓練と、家の用事ですかね…?」

 

 

「疑問形で答えないでくれる?」

 

「そ~だよ~。私たち、アルが忙しいのは分かってたけど、まさか1学期が終わる直前まで放置されるとは思わなかったよ~」

 

「返す言葉もございません」

 

 

実際、彼女たちの言う通りだった。

 

入学式以降、僕は乃蒼と麻璃にほとんど顔を合わせていない。

 

いや、正確に言えば、顔を合わせる機会そのものはあった。廊下ですれ違うこともあれば、食堂で姿を見かけることもあった。

 

しかし、そのたびに僕は予定に追われていた。

 

 

授業が終われば補習。補習が終われば予習復習。休日には家から課された用事が待っている。

 

その結果、幼馴染とゆっくり話す時間すら確保できず、気付けば1学期も終盤に差し掛かっていたのである。

 

 

……冷静に考えれば、友達付き合いが下手という以前に、時間の使い方が下手すぎる。

 

前世で友達がいなかったのも、案外こういうところに原因があったのかもしれない。

 

 

「それで? 忙しいのは分かったけど、何をそんなに頑張ってるわけ?」

 

乃蒼が机に手をつき、僕の顔を覗き込んでくる。

 

「座学は別に問題ないよ。魔法もそこそこ使えるし、お茶会のマナーも及第点だと思う。問題は……」

 

 

「戦闘訓練?」

 

「そう、それ」

 

僕は深々と溜息を吐いた。

 

 

公爵家の次男として生まれた僕には、ある程度の教養と実力が求められる。

 

座学で上位5位以内を維持するのは、前世の知識と現在の環境を考えれば、それほど難しい話ではなかった。

 

 

魔法も、非生命体への付与という縛り付きとはいえ7属性中の5属性を扱えるおかげで、最低限の体裁は保てている。

 

問題は、身体能力だった。

 

 

僕は昔から、どうにも体を動かすのが得意ではない。

 

この世界に生まれ変わったからといって、鍛え上げられた肉体が勝手に手に入るわけではないのだ。

 

にもかかわらず、学園では男というだけで戦闘訓練が強制されるので免除してもらうことが難しい。

 

 

結果、放課後には何度も補習を受け、限界まで体を動かしては倒れる日々を送ることになった。

 

 

……いったい、これのどこが貴族の学園生活なのだろうか。

 

僕はもっと優雅に、勉強をして、友達と話をして、時々おいしいものを食べる程度の生活を想像していた。

 

現実は、そんな甘いものではなかったわけだが。

 

 

「いや、あんたさぁ……」

 

乃蒼は呆れたように額を押さえた。

 

「戦闘訓練がきついのは分かったわよ。でも、それだけで全部の予定が潰れるわけ?」

 

 

「それだけじゃないんですよ…。」

 

僕は指を折りながら説明する。

 

「まず、成績は上位5位以内は維持は必須で、1つでも順位が落ちればレッドグレイブ家に反対する連中が攻撃材料にする可能性があります…。」

 

「……あんた、まだそんなこと気にしてたの?」

 

「気にしないわけにもいかないんですよよ。僕はレッドグレイブ家の人間なのでね…。」

 

 

これは、単なる見栄の問題ではない。

 

貴族社会において、家の人間が残した失態は、本人だけの問題で済まないことがある。

 

特に僕のような立場の人間は、何をするにしても家名がついて回る。

 

 

成績を落とせば、教育が行き届いていないと批判される。

 

振る舞いを間違えれば、家の品格が疑われる。

 

そして、何かしらの問題を起こせば、それを理由に家そのものを攻撃される可能性がある。

 

 

面倒な話だが、無視していい問題でもない。

 

「それから、お茶会もあります。」

 

「……ああ」

 

乃蒼が露骨に嫌そうな顔をした。

 

 

麻璃も、何かを思い出したように小さく頷いている。

 

僕が定期的に開催しているお茶会。

 

それは社交の練習であると同時に、レッドグレイブ家の人間としての体裁を保つためのものでもあった。

 

 

ただし、参加者はほとんどいない。

 

理由は単純だ。

 

僕が乃蒼と麻璃の幼馴染であり、2人の実家が藍衛の社長一家だからである。

 

この世界における藍衛の影響力を考えれば、普通の貴族の令嬢たちが気軽に僕と親しくするのは難しい。

 

 

下手に近づけば、「死の商人たる藍衛の社長一家の娘の友人に近づいた」事を理由に別の派閥から目をつけられる可能性もある。

 

そんな状況で、わざわざ僕のお茶会に参加する人間がいるだろうか。

 

 

……いないのである。

 

結果として、僕は赤字を垂れ流しながら、参加者のいないお茶会を開き続けていた。

 

ネットで言うところの、オフ会0人ならぬお茶会0人である。

 

 

笑えない。

尤も、茶会の赤字程度なら実家に頼らずともポケットマネーでどうにか埋められるが。

 

 

「父上も、乃蒼と麻璃の実家が藍衛の社長一家だという背景情報が邪魔しているのは理解しているそうです。なので、誰も来ないこと自体はある程度仕方ないと言われました。」

 

「へえ。意外と理解あるじゃない」

 

 

「ただし、家名に傷をつけたことについては反省しろと言われました。開かないよりはマシだから、今後も続ける方向で調整するそうです」

 

「……それ、結局アルが苦労するだけじゃない?」

 

「否定できないですね…。」

 

僕は遠い目をした。

 

 

どうしてこうなった。

 

そんな僕を見て、麻璃がふわりと笑った。

 

「でも、お茶会って、誰も来なくてもお茶とお菓子はあるんだよね~?」

 

「……まあ、そうです。」

 

 

「じゃあ、私たちが遊びに行ってあげればいいんじゃないかな~。おいしいお菓子を食べながら、みんなでお話するの。なんだか素敵だと思わない?」

 

「麻璃、あんたねぇ……」

 

乃蒼は呆れたように言いかけたが、すぐに口を閉じた。

 

 

そして、少しだけ視線を逸らす。

 

「……まあ、そういうことなら、アタシも付き合ってあげなくはないけど」

 

「乃蒼も来てくれるの?」

 

 

「…へぇ~…。あれだけアタシらの事をただの友達と言っておきながら、『そういう仲になる事』を期待してるの…?残念だけど、それには応えられないのよね~…♪」

 

「はいはい。そういうことにしておくね~」

 

「麻璃、あんたも余計なこと言わない!」

 

いつもの調子で言い合う2人を見て、僕は思わず笑ってしまった。

 

 

……ああ、こういう時間が欲しかったのだ。

 

勉強も、家の事情も、戦闘訓練も、決して無視できるものではない。

 

それでも、友達と話す時間まで犠牲にしてしまったら、何のために学園へ来たのか分からなくなる。

 

 

僕は少し考えたあと、2人に向き直った。

 

「……とりあえず、体育担当の先生に相談してみます。友達と過ごす時間を確保するためにも、訓練の内容や補習の予定を調整できないか聞いてみるので泥船に乗った気分でいてください。」

 

「最初からそうしなさいよ…って泥船ってあんた失敗前提なの!?」

 

 

「それと、ダンジョン実習の時も、一緒に組もうとせず、遊ぶ時間も作れませんでした。すいません。」

 

僕が頭を下げると、乃蒼は少しだけ目を見開いた。

 

やがて、ふん、と鼻を鳴らす。

 

 

「……分かった。今回は許してあげる」

 

「おお、寛大な処置をありがとうございます」

 

 

「ただし!」

 

乃蒼は人差し指を僕に突きつけた。

 

「次に同じことをしたら、王都のスイーツ店巡りの刑だから。今の内に胃薬の準備をする事をおすすめするわ…♪」

 

「……甘い物……いっぱい……」

 

乃蒼はニヤリと笑い、麻璃の目が、きらきらと輝いた。

 

 

待ってほしい。

 

それは刑罰なのか?

 

いや、彼女たちにとってはご褒美なのかもしれないが、僕の財布はともかく胃袋にとっては十分に恐ろしい話だった。

 

 

「分かりました。次はちゃんと時間を作ります。」

 

「その約束、違えたら分かってるわね…?」

 

「約束だよ~?」

 

 

「…分かりました…。」

 

僕が頷くと、2人はようやく満足したようだった。

 

ひとまず、今回は許してもらえたらしい。

 

……とはいえ、言葉だけで終わらせてはいけない。

 

 

時間を作ると言った以上、実際に予定を見直す必要がある。

 

僕はスマホを取り出し、予定表アプリを開いた。

 

今度こそ、無理のない学園生活を送れるようにしよう。

 

そう心に決めながら、僕は連絡を送信した。

 


 

男子寮、リオンの部屋。

 

 

 

 

 

室内には、菓子の袋を開ける音と、食器の触れ合う小さな音が響いていた。

 

リオンに招かれたレイモンドとダニエルは、用意された菓子をつまみながら、のんびりと飲み物を楽しんでいる。

 

 

その一方で、乃蒼と麻璃も席についていた。

 

本来、男だけで集まるなら、もっと気取らない食べ物が用意されていたはずだ。

 

油で揚げた菓子や、腹にたまりそうな軽食。

 

しかし、今回は乃蒼と麻璃が来ることになったため、急遽として茶会らしい準備が整えられたのである。

 

 

リオン自身も、こうした場を仕切るのには慣れていない。

 

そのため、テーブルの上には少しばかり統一感のない菓子と飲み物が並んでいた。

 

それでも、誰かと一緒に過ごすには十分だった。

 

 

乃蒼は紅茶を一口飲むと、ふと思い出したように顔を上げた。

 

「そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったわね」

 

彼女はカップをソーサーへ戻し、3人を見回した。

 

「改めて。アタシは生塩乃蒼。こっちのピンク髪が生塩麻璃。アタシたちは平民だけど、よろしく」

 

「よろしくね~」

 

麻璃も、のんびりと手を振った。

 

 

その瞬間、ダニエルとレイモンドの表情が微妙に変化した。

 

平民。

 

言葉だけを聞けば、特に珍しい話ではない。

 

 

しかし、彼女たちの背景を知っている者からすれば、そう簡単に割り切れる話でもなかった。

 

生塩家。

 

そして、死のオーラが漂うと噂されている藍衛の社長一家。

 

ただの平民として接すればいいのか、それとも相応の配慮をするべきなのか。

 

 

相手が貴族ならば、家格に応じた対応を考えればいい。

 

だが、彼女たちの場合は事情が違う。

 

 

平民である以上、貴族社会の身分制度における立場は低い。

 

一方で、その実家が持つ影響力は、下手な貴族家を上回りかねない。

 

不用意な言動で機嫌を損ねれば、どのような問題に発展するか分からない。

 

 

そんな考えが、2人の態度をぎこちなくさせていた。

 

「そ、そうか。俺はダニエル・フォウ・ダーランドだ。田舎の準男爵家の跡取りで、まあ、たいした家じゃないけどな」

 

「えっと、僕はレイモンド・フォウ・アーキン。よろしく」

 

2人が自己紹介を終えると、乃蒼は小さく肩をすくめた。

 

 

「そんなに緊張しなくてもいいわよ。アタシたち、別に取って食ったりしないから」

 

「そ、そうか?」

 

「そ~だよ~。みんなでお茶を飲みに来ただけだもん」

 

 

麻璃はテーブルに並んだ菓子を眺め、どれから食べようかと楽しそうに迷っている。

 

その様子に、レイモンドの表情も少しずつ和らいだ。

 

「……ああ、そうだな。せっかく集まったんだし、気楽に話そう」

 

「そうそう。身分とか、そんなに気にする必要はないだろ」

 

最後に口を開いたのはリオンだった。

 

 

彼は特に気負った様子もなく、3人の前に新しい菓子を置いた。

 

「俺はリオン・フォウ・バルトファルトだ。よろしくな」

 

「ええ、よろしく」

 

乃蒼が頷く。

 

 

「よろしくね~」

 

麻璃も笑顔で応じた。

 

こうして、ぎこちなさを残しながらも、自己紹介は無事に終わった。

 

その後は、学園での生活や授業の話、寮での出来事など、他愛のない話題が続いていく。

 

 

最初こそ遠慮がちだったダニエルとレイモンドも、乃蒼の歯に衣着せぬ物言いと、麻璃の独特な受け答えに触れるうち、少しずつ緊張を解いていった。

 

 

「それで、戦闘訓練ってそんなにきついの?」

 

乃蒼が尋ねると、リオンは苦笑した。

 

「きついなんてもんじゃないな。俺だって、慣れるまでは大変だったぞ」

 

 

「ふ~ん。じゃあ、アルが倒れるのも無理ないのかな~」

 

「……アル?」

 

レイモンドが反応する。

 

 

「そう。あいつ、最近はずっと忙しいみたいでさ」

 

乃蒼は頬杖をつきながら、少しだけ不満そうに言った。

 

「勉強だの訓練だの家の用事だのって、まったく。もう少し自分のことも考えればいいのに」

 

「でも、頑張ってるんだよね~」

 

「それはそうだけど……」

 

 

乃蒼は言葉を切った。

 

彼女だって、アルが何も考えずに忙しくしているわけではないことくらい理解している。

 

家の事情があることも、貴族として振る舞わなければならないことも、本人なりに考えているのだろう。

 

 

それでも、幼馴染としては面白くない。

 

昔から知っている相手が、目の前のことばかりに追われて、自分たちとの時間を後回しにしているのだから。

 

「……ま、次に会ったら、ちゃんと遊ぶ約束は取り付けるけどね」

 

「ふふっ。楽しみだね~」

 

麻璃はそう言って、菓子を一口かじった。

 

 

「おいしいものを食べながら、みんなで過ごす時間って、ちょっとした宝物みたいなものだと思うんだよね~」

 

「……あんた、時々すごいこと言うわね」

 

「そうかな~?」

 

 

「褒めてないわよ」

 

「え~?」

 

 

そんなやり取りに、リオンたちの口元にも自然と笑みが浮かんだ。

 

少なくとも、この場にいる者たちは、もう彼女たちを単なる厄介な背景を持つ留学生としてだけ見てはいなかった。

 

まだ遠慮はある。

 

身分や家柄を意識する気持ちも、完全には消えていない。

 

 

それでも、同じテーブルを囲んで話をすることで、少しずつ相手を知ることはできる。

 

その程度の当たり前を、彼らは今、確かに実感し始めていた。

 


 

ユリウスの部屋。

 

 

 

 

 

「本当に心当たりはないのか? アンジェリカ」

 

「……ありません」

 

目の前では、姉上が硬い表情で立っていた。

 

 

対するユリウスは、椅子に腰掛けたまま、厳しい視線を向けている。

 

その隣には、ミレーヌ王妃の姿もあった。

 

そして僕はというと、姉上の少し後ろで、この不毛なやり取りを黙って見守っていた。

 

 

……正直に言おう。

 

ふざけるのも大概にしてほしい。

 

そう言いたくなる気持ちはある。

 

しかし、相手は王族だ。

 

 

以前の警告射撃については、こちらにも正当防衛と主張できる事情があった。

 

だが、だからといって必要以上に相手を煽り、余計な問題を増やすつもりはない。

 

今は黙って歯を食いしばりながら様子を見るしかなかった。

 

 

「マリエの教科書だ。鞄も燃やされていた」

 

ユリウスがそう言うと、控えていたメイドが証拠品を差し出した。

 

焼け焦げた鞄。

 

そして、傷んだ教科書。

 

 

確かに、誰かがマリエの持ち物を故意に傷つけたことは間違いないのだろう。

 

問題は、その犯人が誰なのかという点だ。

 

 

「その場にいた女子たちを問い詰めたところ、アンジェリカ様に命令されてやったと言っていた」

 

「!?」

 

姉上の表情が凍りついた。

 

 

僕は内心で舌打ちする。

 

やはり、こうなったか。

 

原作知識がある以上、この事件がどのような方向へ進むかは予想できていた。

 

できることなら、事前に手を打ち、事件そのものを起こさせないようにしたかった。

 

 

だが、仮に実行犯を取り除いたところで、姉上の名前を利用して気に入らない相手を攻撃しようとする連中はいくらでもいる。

 

上に立つ人間の名前は、時として本人の意思とは無関係に利用される。

 

そして、学園には奇妙な空気がある。

 

派閥の末端が問題を起こせば、責任は派閥の長にある。

 

 

実際に命令していなくても、部下を制御できなかったことが罪になる。

 

もちろん、組織を率いる立場なら、ある程度の責任を負うのは当然だろう。

 

だが、本人が関与していない事件まで、証拠も不十分なまま背負わされるというのは、あまりにも理不尽ではないか。

 

 

……まったく、嫌な話だ。

 

「正直に言え。お前はマリエを……」

 

「私ではありません!!」

 

姉上の声が部屋に響いた。

 

ユリウスの言葉を遮るようにして、姉上は一歩前へ出る。

 

 

「殿下は、本当に私がそのような真似をするとお思いなのですか!?」

 

その声には、怒りだけではなく、悲しみも混じっていた。

 

「なぜ……なぜ私の言葉を信じてくださらないのですか!? 私のほうが、よほど長く貴方と……!」

 

そこまで言いかけた姉上の言葉を、ユリウスは冷たく切り捨てた。

 

 

「マリエに近づくな。俺たちにもだ」

 

一瞬、部屋の空気が止まったように感じた。

 

姉上は何も言わなかった。

 

 

ただ、目の前の男を見つめていた。

 

自分が愛し、長い時間を共に過ごしてきた婚約者。

 

その相手から向けられた言葉は、あまりにも無情だった。

 

 

しかも、彼が今守ろうとしているのは、昔からの婚約者であるアンジェリカではなく彼が12歳の頃から惚れ込んだマリエである。

 

姉上にとって、どれほど受け入れがたい状況なのか。

 

僕には想像することしかできない。

 

……情勢を読むこともできない王子に、姉上を任せておくわけにはいかない。

 

もっとも、姉上は誰かの所有物ではない。

 

 

彼女には彼女自身の意思がある。

 

僕が勝手に相手を選ぶことなどできないし、するべきでもない。

 

だからこそ、今の状況をどうにかしなければならないのだ。

 

 

「お前との婚約は、王宮の外でのことだ。学園では干渉しないでくれ。分かったな?」

 

ユリウスは、それが当然だと言わんばかりに言い放った。

 

姉上は唇を噛みしめる。

 

 

やがて、小さく頭を下げた。

 

「……失礼いたします」

 

 

その声は、先ほどまでの強さを失っていた。

 

姉上は踵を返し、ゆっくりと部屋を出ていく。

 

僕も後を追おうとした。

 

だが、その瞬間。

 

 

「少し待ってください」

 

ミレーヌ王妃の声が、僕を呼び止めた。

 

「あなたは……ダンジョン演習の際、学園長と結んだ例外規定を破り、警告射撃を行いましたね?」

 

「……はい」

 

僕は足を止めた。

 

王妃の視線は、静かにこちらへ向けられている。

 

 

その隣では、ユリウスが不機嫌そうな顔をしていた。

 

「ああ、そうだ。アルフォンス、お前にはその件で話がある」

 

……なるほど。

 

こちらの話も、まだ終わっていなかったらしい。

 

ユリウスは学生であり、学園内では建前上、身分に関係なく規則が適用される。

 

そして僕は例外規定で「護衛と女子生徒以外」で拳銃を手にする事ができ、言い方は悪いが難癖をつけてきた向こう側への牽制の為に正当な警告射撃を行った。

 

 

しかし、相手が王妃となれば話は別な上、明らかな例外規定に対する違反だった。

 

僕に王族と正面から争うつもりはない。

 

「確かに、警告射撃は行いました」

 

できるだけ丁寧に答えたつもりだったが、敬語が少々怪しくなってしまった。

 

 

「ですが、規約違反に対する罰則として採取した物品は、すでにすべて学園側へ回収されたはずです」

 

「ええ。その件については把握しています」

 

ミレーヌ王妃は表情を変えずに答えた。

 

 

「規定に違反したことへの罰則は、すでに終わっています。ですから、その件について改めて処罰するつもりはありません」

 

「……そうですか」

 

ひとまず、余計な罰を受ける心配はなさそうだ。

 

そう考えたところで、王妃は続けた。

 

 

「ただし、当時の状況について確認する必要があります。私は学園長に依頼し、ダンジョン内の監視カメラの映像を用意してもらいました」

 

そう言って、彼女は持ち運び式のプロジェクターを取り出した。

 

壁面に映像が投影される。

 

そこに映し出されたのは、ダンジョン内での一幕だった。

 

 

僕が歩いているところへ、グレッグとユリウスが現れる。

 

そして、僕があくびをしたことを敵対行為だと解釈し、通行を妨害する。

 

何度も移動を阻まれた末に、僕が天井へ向けて警告射撃を行う。

 

 

……改めて見ると、我ながら少々やりすぎた感はある。

 

だが、少なくとも、こちらが一方的に相手へ襲いかかったわけではないことは明白だった。

 

 

「……どうですか、ユリウス?」

 

ミレーヌ王妃は映像を止め、息子へ視線を向けた。

 

 

「これで、当時の状況は確認できましたね」

 

「っ、母上……これは……」

 

ユリウスは言葉に詰まった。

 

 

「俺たちは、マリエへの愛を侮辱するアルフォンスに対して警告しただけで……」

 

「確かに、アルフォンス君の警告射撃は、適切だったとは言い切れません」

 

王妃は僕にも視線を向けた。

 

 

「危険な行為であったことは事実です。ですが、あなたもグレッグと共に彼の移動を妨害していましたね?」

 

「……ッ」

 

「そもそも、あくびを侮辱と解釈したのは、あなた自身の主観にすぎません。そうですね?」

 

ユリウスは答えなかった。

 

 

映像という客観的な証拠を前にしては、言い逃れも難しいのだろう。

 

僕は内心で、少しだけ安堵した。

 

少なくとも、この場では王妃を信頼してもよさそうだ。

 

 

彼女は感情だけで物事を判断しているわけではない。

 

現状を把握し、証拠を確認し、そのうえで必要な判断を下そうとしている。

 

……原作で見た人物像と、そう大きくは違わないらしい。

 

 

「それと、ユリウス」

 

ミレーヌ王妃の声が、さらに厳しくなった。

 

「あなたには、何度も感情で動かないようにと言ったはずです」

 

 

「……ッ、母上まで王宮の冷たい連中と同じなのですか!?」

 

ユリウスが声を荒らげる。

 

どうやら、まだ自分の行動を省みるつもりはないらしい。

 

王妃は、深い溜息を吐いた。

 

 

「私は、あなたの母親です。だからこそ、あなたが間違った方向へ進もうとしているのを見過ごすわけにはいきません」

 

「ですが……!」

 

「話は終わっていません。座りなさい」

 

静かな声だった。

 

 

それでも、ユリウスは口を閉じた。

 

……なるほど。

 

やはり、王妃という立場に立つ人間は違う。

 

 

声を荒らげずとも、相手を黙らせるだけの威厳がある。

 

僕はそっと出口へ視線を向けた。

 

そろそろ帰ってもいいだろうか。

 

姉上のことは気になるが、ここで僕が口を挟んだところで、状況が好転するとは思えない。

 

 

むしろ、余計な問題を増やす可能性のほうが高い。

 

「それでは、失礼いたします」

 

僕は王妃へ向き直り、頭を下げた。

 

 

「ええ。気を付けて帰りなさい、アルフォンス君」

 

「はい」

 

こうして、僕はユリウスの部屋を後にした。

 

 

廊下へ出ると、張り詰めていた空気から解放されたような気がした。

 

……本当に、厄介な話ばかりだ。

 

姉上の冤罪事件も、ユリウスの暴走も、僕が一存でどうにかできる問題ではない。

 

それでも、何もしなければ事態は悪化するだろう。

 

 

1学期の終わりは、もうすぐそこまで迫っている。

 

その前に、できることをしておかなければならなかった。

 


 

<マスター。もうすぐ1学期の終わりのパーティーがありますが、アンジェリカ様を救うための準備は整っていますか?>

 

帰り道、透明化しているルイナの声が頭の中に響いた。

 

<現状、マリエの取り巻きは少しずつ増えています。このままでは、パーティー当日に状況が悪化する可能性があります>

 

「分かってるよ、そのくらい」

 

 

僕は小さく返事をした。

 

周囲に人がいないことを確認してから、溜息を吐く。

 

「……分かってはいるんだけどね」

 

 

問題は、分かっていることと実際に対処できることは別だという点だ。

 

原作知識があるからといって、未来の出来事をすべて思い通りに変えられるわけではない。

 

むしろ、余計なことをすれば、原作とは異なる方向へ事態が進む可能性もある。

 

 

それでも、姉上が理不尽な目に遭うことを黙って見ているつもりはなかった。

 

少なくとも、僕にできる範囲で準備は進めている。

 

問題は、その準備が本当に間に合うかどうかだ。

 

 

<マスター。具体的な計画について、再確認を推奨します>

 

「帰ったらやるよ。今は少し休ませてくれ。それと、人の動きとか噂話とかから1学期末のパーティーの、敵か味方、日和見あるいは中立とかの『陣営予想図』を書いてもらってもいい?」

 

<……承知しました>

 

 

ルイナの声が途切れた。

 

僕は窓の外へ目を向けた。

 

学園の敷地内では、学生たちがそれぞれの時間を過ごしている。

 

 

友達と談笑する者。

 

次の授業へ向かう者。

 

部活動に励む者。

 

その光景を見ていると、ようやく1学期が終わるのだという実感が湧いてきた。

 

 

……長かった。

 

特に、あの地獄のような戦闘訓練が。

 

でも、それ以上に厄介な事に、1学期末のパーティーでは原作でも重要な事件が起こる。

 

 

むしろ、これからが本番なのかもしれない。

 

「それにしても、今学期はほとんど勉強しかしてなかったな……」

 

自習して、授業を受けて、訓練をして。

 

たまに乃蒼と麻璃に会い、リオンたちと話をする。

 

 

あとは、誰も来ないお茶会を開くくらいだ。

 

こうして振り返ってみると、あまりにも味気ない学園生活だった。

 

いや、忙しかったのは事実なのだが、忙しさを理由にして、必要なものまで後回しにしてしまったのは反省すべき点だろう。

 

乃蒼と麻璃にも、きちんと謝った。

 

 

今後は、少しずつでも時間を作るつもりだ。

 

……友達付き合いまで、成績表のように順位をつけて管理するわけにはいかないからな。

 

僕はスマホを取り出した。

 

 

画面には、父上の連絡先が表示されている。

 

以前から考えていたことがあった。

 

体育関連の授業に関する、免除の再申請だ。

 

 

現状の訓練内容では、時間を取られるだけでなく、体力的な負担も大きすぎる。

 

もちろん、必要な訓練をすべて放棄する事はできないと分かっている。

 

最低限、参加できる授業には参加しなければ我が家の面子が丸潰れだ。

 

 

だが、今のように倒れるまで訓練を続けることが、本当に最善なのかは疑問だった。

 

それに、学業の成績を維持するためにも、休息は必要だ。

 

何より、僕にはやらなければならないことがある。

 

 

姉上を救うための準備。

 

学園での人間関係の調整。

 

そして、幼馴染や友人たちと過ごす時間。

 

どれも、今の僕にとっては大切なものだ。

 

 

だったら、時間の使い方そのものを見直す必要がある。

 

僕は父上へ連絡を入れた。

 

呼び出し音が数回鳴ったあと、聞き慣れた声が返ってくる。

 

「どうした?」

 

 

「父上、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

 

「構わん。何かあったのか?」

 

「はい。体育関連の授業の免除について、再申請をお願いしたいのです」

 

言葉にしてみると、思った以上に緊張した。

 

しかし、ここで遠慮していても何も変わらない。

 

 

僕は一度息を吸い、続けた。

 

「現在の訓練内容では、学業やその他の予定との両立が難しくなっています。必要な訓練を完全に避けたいわけではありませんが、内容や時間について、改めて調整していただけないでしょうか」

 

電話の向こうで、父上が少し黙った。

 

やがて、落ち着いた声が返ってくる。

 

 

「……分かった。具体的な状況を整理して、後ほど話をしよう。…ただし、『できない部分を削る』以上は我が家の面子を極限まで削る事と同格故に無断欠席は許されない事を覚えておけ。」

 

「ありがとうございます、父上」

 

 

通話を終え、僕はスマホを下ろした。

 

これで何もかも解決するわけではない。

 

再申請が通る保証もないし、訓練が完全になくなるとも限らない。

 

 

それでも、何もしないよりはいい。

 

少しずつでも、自分の生活を変えていく。

 

今までのように、目の前の問題を片っ端から片付けるだけでは駄目なのだ。

 

 

僕は空を見上げた。

 

1学期の終わりは近い。

 

そして、その先には、姉上の運命を左右するパーティーが待っている。

 

 

今度こそ、後悔しないために。

 

できることを、できる限りやっておこう。

 

そう考えながら、僕は寮へ向かって歩き出した。




11話は蛇足のようになってしまいました。申し訳ありません。
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