硝煙に包まれし乙女の楽園   作:Lulan_810

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2作目です。どうやったらChatGPTに「適切な位置での改行」ができるのか分からないので、色々と試してみます。


転生先は、公爵家の次男でした

 目が覚めた。

 

 最初に視界へ飛び込んできたのは、艶やかな灰色の髪と、赤黒い瞳を持つ老人だった。

 

 その隣には、金髪の長髪に青い瞳をした七歳くらいの少年。そして、二人の間には、家具か何かにつかまりながら立っている金髪に赤い瞳の幼児がいる。

 

 

 

 

 

 老人の顔には見覚えがあった。いや、正確には、見覚えがあるどころの話ではない。

 

 どう見ても、ヴィンス・ラファ・レッドグレイブにそっくりだった。

 

 その隣の少年もギルバート。そして、真ん中にいる幼児はアンジェにしか見えない。

 

 もちろん、現実にそんなことがあるはずもない。あくまで僕が知っている作品の登場人物に似ているだけで、偶然という可能性もある。

 

 ……いや、いくらなんでも似すぎだろ。

 

 

 

 

 

 

 

(……は?)

 

 思わず声を出そうとした。

 

 しかし、口から出てきたのは、まともな言葉とは呼べない音だった。

 

「……ぁ、ぅ……」

 

 おかしい。

 

 喉が痛いわけでも、声が枯れているわけでもない。ただ、思ったとおりに声が出せないのだ。

 

 それに、身体も妙に重い。

 

 いったい何が起きている?

 

 混乱する僕をよそに、目の前の三人は何かを話し始めた。

 

 

 

「ᚤᚪᛄᚢᛋᛖᚾᛈᚪᛁᛁᚴᛁᛋᚢᚵᛁᛁᚴᚢᛁᚴᚢᚪ-ᚤᚪᚱᛁᛗᚪᛋᚢᚾᛖ」

 

「ᛁᛁᚤᛟᚴᛟᛁᚤᛟᛁᚴᚢᛁᚴᚢᚤᚪᛄᚢᛗᛁᚱᛟᚤᛟᛗᛁᚱᛟᚤᛟ」

 

「ᚤᚪᚱᛁᛗᚪᛋᚢᚾᛖᛏᚪᛞᛟᚴᛟᚱᛟᚴᛟᚢᛄᛁ」

 

 ……何語だ、これ。

 

 少なくとも日本語ではない。英語でもなければ、僕が知っているどの言語にも聞こえなかった。

 

 まるで、未知の言語を聞いているような感覚だ。

 

 そもそも、僕はなぜこんな場所にいる?

 

 ゆっくりと首を動かし、周囲を観察する。

 

 大理石らしき素材で造られた壁。そこに飾られた無数の肖像画。高い天井に、装飾過多とも思えるほど豪華な家具。

 

 美術館と言われても納得できそうな空間だった。

 

 ただし、同時にどこか無機質でもある。豪華な内装のはずなのに、建物全体から漂う雰囲気は、歴史ある宮殿というよりスターリン様式の巨大建築物に近い気がした。

 

 

 

 

(なんだよ……これ……)

 

 頭の中で、嫌な可能性が浮かび上がる。

 

 異世界転生。

 

 昨今の創作では珍しくもない、あの展開だ。

 

 確かに、僕は死んだはずだった。

 

 トラックに轢かれたのだ。

 

 あの衝撃を、今でも断片的に覚えている。

 

 だからこそ、こうして目を覚ましたこと自体が理解できない。

 

 仮に即死していなかったとしても、あの勢いで衝突したのなら、無事で済むはずがない。地面に叩きつけられただけでも、身体は相当な損傷を受けていたはずだ。

 

 それなのに、今の僕には痛みらしい痛みがない。

 

 いや、痛み以前に、身体が思うように動かない。

 

 まさか、まだ死にかけているのだろうか。

 

 それとも、死後の世界で都合のいい夢でも見ているのか。

 

 どちらにしても、考えるための情報が足りなさすぎる。

 

 

 

 

 

 

 僕はなんとか身体を動かそうとした。

 

「ぅ……ぁっ……!」

 

 腕に力を込める。

 

 指先はわずかに動いた。しかし、それ以上は無理だった。

 

 立ち上がるどころか、身体を起こすことすらできない。

 

 頭が重い。手足に力が入らない。そもそも、身体の大きさがおかしい気がする。

 

 そこで、ようやく気がついた。

 

 僕は今、どんな姿をしているのだろう。

 

 確かめようにも、首を持ち上げることすら難しい。

 

 そんな僕の様子を見ていた老人が、傍らの人間に合図を送った。

 

 

 

 

 

 

 すると、メイド服を着た女性が近づいてくる。

 

 彼女は手に持っていたミルク瓶を、僕の口元へそっと運んだ。

 

(……いや、待て待て待て)

 

 状況が理解できない。

 

 なぜ僕は、ミルクを飲ませてもらう立場になっているのだろう。

 

 赤ん坊なのか?

 

 いや、まさか。

 

 さっきまでの状況から考えるに、何かの冗談という可能性もある。もっとも、こんな手の込んだ冗談に付き合う理由はないのだが。

 

 しかし、ミルク瓶を口元から離してもらえない。

 

 このまま飲まなければ、最悪、窒息するのではないだろうか。

 

 夢の中ならどうなるのか、という興味もあったが、呼吸ができなくなるのは御免だった。

 

 

 

 

 

 仕方なく、本能に従って口を動かす。

 

 ごくっ、ごくっ、ごくっ……。

 

 そして、瓶が口元から離れた。

 

「ぷはっ……!」

 

 息をつく。

 

 ……いや、別に息が詰まっていたわけではないのだが。

 

(……あれ?)

 

 急に眠気が襲ってきた。

 

 おかしい。

 

 ミルクらしきものを少し飲んだだけで、どうしてこんなに眠くなるのだろう。

 

 薬でも入っていたのか。それとも、身体が異常な状態にあるのか。

 

 考えたいことは山ほどあった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、瞼はどうしようもなく重い。

 

(……くそ。何も分からないまま寝るのかよ)

 

 目の前には、いかにも偉そうな老人がいる。

 

 その隣には少年と幼児。

 

 さらに、僕を抱き上げているのは綺麗なメイドさんだ。

 

 状況だけを見れば、夢としては悪くないのかもしれない。

 

 少なくとも、前世で寝起きに見る光景よりは華やかだ。

 

 ……いや、比較対象が酷すぎるな。

 

 そんなくだらないことを考えながら、僕は意識を手放した。

 

 次に目を覚ましたとき、今度こそ何かが分かることを願いながら。

 

 


 

 それから二週間が経過した。

 

 結論から言おう。

 

 どうやら僕は、本当に転生したらしい。

 

 そう確信したのは、メイドに抱き上げられ、頭を支えてもらいながら外へ連れ出されたときだった。

 

 ようやく自分の身体を視界に入れることができたのだが……そこにあったのは、どう見ても赤ん坊の身体だった。

 

 

 

 

 

 

 小さな手。短い腕。自分の意思で動かすことすら難しい足。

 

 そして、抱き上げられたときに見えた自分の腹。

 

 どう考えても、成人になる直前の身体ではない。

 

(……マジかよ)

 

 最初は夢だと思いたかった。

 

 しかし、外の景色を見たことで、その考えも崩れ去った。

 

 空には、10歳くらいの男の子が好きそうな宇宙戦艦のようなものが浮かんでいた。

 

 いや、宇宙輸送艦という表現が正しいのかどうかも分からない。だが、少なくとも僕が知る現代の航空機とはまるで違う形状をしていた。

 

 さらに、遠くの空では五機ほどの巨大な人型兵器が飛び立っていくのが見えた。

 

 その背部からは、アフターバーナーのような光が噴き出している。

 

 スクランブル発進だったのか、それとも単なる訓練だったのか。

 

 判断できるだけの知識はない。

 

 ただ、あれが現実の光景であるならば、僕が生まれた世界は少なくとも地球とは違う。

 

 文明水準も、分野によっては前世の地球を大きく上回っているのだろう。それはそうとして、おそらくさっき飛んでいた人型兵器はゲーム内の「鎧」なのだろう。

 

 

 

 

 

 ……いや、待て。

 

 それなら、なぜ家事代行ロボットのようなものが見当たらないのだろう。

 

 人間と見分けがつかないほど高性能なヒューマノイドや、実体のない人工知能が普通に存在していてもおかしくない技術水準に見えるのに、屋敷の中で働いているのは人間のメイドばかりだ。

 

 まあ、僕が見ていないだけという可能性もある。でも、この乙女ゲーことアルトリーベはふわふわした設定だからそういう面がガバガバでもおかしくはない。

 

 

 

 

 

 そもそも、まだ自由に歩くことすらできないのだ。見聞きできる範囲には限界がある。

 

 今は、手に入る情報を集めるしかないだろう。

 

 ……それにしても、この家は落ち着かない。

 

 部屋も廊下も、やたらと豪華なのだ。

 

 壁には絵画が飾られ、床は磨き上げられ、家具には細かな装飾が施されている。

 

 前世の僕なら、こんな場所に住んでみたいと思ったかもしれない。

 

 もっとも、今はそんな感想よりも、自分がどうしてここにいるのかという疑問のほうが大きかった。

 

 それはそうとして、赤ん坊に転生したことで、ひとつだけ期待していたことがある。

 

 綺麗なメイドさんに世話をしてもらえることだ。

 

 ……我ながら、実に情けない期待である。

 

 

 

 

 

 

 

 前世の僕は、女性に縁があったとは言い難い。だからこそ、そんな状況になれば少しくらい嬉しい気持ちになると思っていた。

 

 しかし、実際にそうなってみると、何も感じなかった。

 

 授乳のために胸元を見せられても、特に何とも思わない。

 

 そもそも、今の僕は赤ん坊だ。

 

 身体の成長も精神の反応も、前世と同じとは限らない。

 

 それに、世話をしてくれている相手は仕事として僕に接しているのだ。変な期待をするほうがおかしい。

 

(……まあ、今はそんなことを考えている場合じゃないか)

 

 

 

 

 

 生きている。

 

 それだけは確かだ。

 

 ならば、まずは生き延びるために、この世界について知らなければならない。

 

 幸い、前世の記憶は残っている。

 

 どういう仕組みなのかは分からないが、記憶があること自体に困ることはない。

 

 ……今のところは。

 


 

 転生から三か月ほどが経った。

 

 その日、僕はようやく大きな変化を経験した。

 

 今まで雑音のように聞こえていた言葉が、突然、意味のある言葉として理解できるようになったのだ。

 

 まるで、耳の奥に詰まっていたノイズが消えたかのようだった。

 

 誰かが話す。

 

 言葉が聞こえる。

 

 そして、その意味が分かる。

 

 

 

 

 

 それだけのことなのに、僕にとっては大事件だった。

 

 なにしろ、今までは周囲の人間が何を話しているのか、さっぱり分からなかったのだから。

 

 その結果、いくつもの事実が判明した。

 

 まず、最初に見た老人は、父親のヴィンス・レッドグレイブ。

 

 金髪で赤い瞳の幼児は、アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ。

 

 そして、銀髪の長髪に青い瞳をした少年は、僕の兄にあたるギルバート・フォン・レッドグレイブだった。

 

 最後に、僕自身の名前。

 

 アルフォンス・フォン・レッドグレイブ。

 

 愛称はアル。

 

 

 

 

 

(……情報量が多すぎるだろ)

 

 いや、本当に勘弁してほしい。

 

 自分の名前を知るだけでも大変なのに、家族構成まで一気に判明するとは思わなかった。

 

 しかも、どれも聞き覚えのある名前ばかりだ。

 

 ヴィンス。ギルバート。アンジェリカ。

 

 そして、レッドグレイブ家。

 

 ここまで揃えば、もう偶然で片付けるのは無理だろう。

 

 ここは、ホルファート王国。

 

 それも、レッドグレイブ公爵家の屋敷だ。

 

 両親や使用人たちの会話からは、ファンオース公国やアルゼル共和国といった国名も聞こえてきた。

 

 どれも、僕が前世で知っていた作品に登場する名前である。

 

 ……つまり。

 

(ここ、「モブせか」の世界なのか?)

 

 そう考えるのが最も自然だった。

 

 もちろん、同じ国名や似た人物が登場するだけの別世界という可能性もある。

 

 しかし、今ある情報を整理する限り、その可能性に賭ける理由はない。

 

 僕は前世で「モブせか」を漫画で読んでいた。アニメも見ていた。

 

 だから、世界観についての知識はある程度持っている。

 

 

 

 

 

 

 空を飛ぶ船。巨大な人型兵器こと「鎧」。魔法。そして、女性を中心に動く女尊男卑な貴族社会。

 

 それらを考えれば、ほぼ間違いないだろう。

 

 ただし、ここでひとつ問題がある。

 

 僕という人間は、原作には存在しない。

 

 少なくとも、僕が知っている範囲では、アルフォンス・フォン・レッドグレイブという人物が物語に登場した記憶はなかった。

 

 つまり、原作とは違う世界線である可能性が極めて高い。

 

 マリエルートのような特殊な分岐なのか。

 

 それとも、リオンが存在しない世界なのか。

 

 あるいは、ゲームの設定だけが共通している、まったく別の歴史なのか。

 

 今の段階では判断できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、僕が知っているのは作品として描かれた範囲だけだ。登場人物の知らない事情もあれば、物語の外側で起きている出来事もあるだろう。

 

 原作知識があるからといって、未来を完全に予測できるわけではない。

 

 ましてや、僕は主人公でもなければ、特別な力を持っていると分かったわけでもない。

 

 ただの公爵家の次男だ。

 

 ……いや、転生した時点で普通ではないのだろうが。

 

 それでも、物語の中心人物になれる保証はどこにもない。

 

 ならば、知識を過信するのは危険だ。

 

 僕が今できるのは、周囲の情報を集め、何が起きているのかを少しずつ理解することだけだった。

 


 

 

 

 

 この三か月で、僕の身体も少しずつ成長していた。

 

 最初は腕を動かすことすら難しかったのに、今ではハイハイができる。

 

 自分の意思で進み、止まり、周囲を見回すことができるのだ。

 

 その程度のことで、メイドたちは大いに喜んでくれた。

 

「アル様、上手ですね!」

 

「まあ、もうあんなところまで!」

 

 そんな声をかけられるたびに、僕は複雑な気分になった。

 

 

 

 

 

 

 嬉しい。

 

 それは間違いない。

 

 誰かに褒められるというのは、思っていた以上に気分がいいものだった。

 

 しかし、同時に気恥ずかしさもあった。

 

 なにしろ、僕がやっているのは、赤ん坊なら誰でも通る成長過程のひとつにすぎない。

 

 それなのに、まるで偉業を成し遂げたかのように褒められるのだ。

 

(……いや、僕みたいなゴミを、どうしてそんなに褒めるんだよ)

 

 心の中で、そんな言葉が浮かんでくる。

 

 自分でも面倒な性格だと思う。

 

 褒められたのなら、素直に喜べばいい。

 

 わざわざ理由を探して、相手の言葉を疑う必要などないはずだ。

 

 それでも、前世の僕には、それができなかった。

 

 努力をしなかった。

 

 何かを成し遂げようとすることもなかった。

 

 面倒なことは後回しにし、嫌なことから逃げ、欲しいものがあれば楽な方法を探した。

 

 それでいて、結果が出なければ環境や他人のせいにする。

 

 自分が悪いと分かっていても、何かを変えるために努力することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 自他ともに認めるクズ。

 

 それが、前世の僕だった。

 

 だから、誰かに褒められても、素直に受け取れない。

 

 自分にはそんな価値がないと思ってしまう。

 

 ……本当に、救いようがない。

 

 ただ、今の僕には、ひとつだけ確かなことがあった。

 

 身体が動くというのは、素晴らしい。

 

 

 

 最初の頃は、指先を動かすだけでも精一杯だった。

 

 それが今では、床を這い、部屋の中を移動し、気になるものに近づくことができる。

 

 自分の意思で動ける。

 

 自分の目で見て、自分の頭で考えられる。

 

 そんな当たり前のことが、今はひどくありがたかった。

 

 ……もっとも、身体が自由になったことで、別の問題も発生したのだが。

 

 排泄である。

 

 

 

 

 

 

 

 さすがに、空腹で泣きわめくほどのことはない。

 

 しかし、トイレに行くという行為は、今の僕には難易度が高すぎた。

 

 まず、トイレの場所が分からない。

 

 仮に分かったとしても、ひとりで移動できる保証はない。

 

 さらに、赤ん坊が勝手にトイレへ向かえば、使用人たちに怪しまれる可能性もある。

 

 そして何より、トイレの床は汚い。

 

 ……いや、そんなことを気にしている場合ではないのだが。

 

 結局、僕はオムツに頼ることになった。

 

 小も大も、である。

 

 

 

(……屈辱だ)

 

 そう思っていたのは、最初のうちだけだった。

 

 人間というものは、慣れる生き物らしい。

 

 今では、ある程度は割り切れるようになっていた。

 

 とはいえ、精神は成人男性のままなのだ。

 

 完全に気にならなくなったわけではない。

 

 ただ、生きるために必要なことだと自分に言い聞かせているだけだった。

 

 ……転生してまで、こんなことで悩むことになるとは思わなかった。

 


 

 そんなわけで、今日も僕は情報収集に励んでいた。

 

 といっても、赤ん坊の身体でできることには限界がある。

 

 大人のように本を読み漁ることもできなければ、屋敷の外へ自由に出歩くこともできない。

 

 だからこそ、僕は少しずつ行動範囲を広げながら、目についたものを調べることにしていた。

 

 そして今日、目の前にちょうどよさそうな引き出しを見つけた。

 

 高さは、今の僕でも手が届く程度。

 

 引き手も大きく、指をかけることができそうだ。

 

 

 

 

(……何が入っているんだ?)

 

 好奇心に負け、引き出しへ近づく。

 

 ハイハイで前進。

 

 少し進んでは止まり、周囲を確認する。

 

 誰もいない。

 

 少なくとも、今すぐ見つかる心配はなさそうだ。

 

 僕は引き手に指をかけ、思い切り引っ張った。

 

 

 

 ……重い。

 

 赤ん坊の力では、なかなか動かない。

 

 それでも、何度か試しているうちに、引き出しが少しずつ開いていった。

 

 そして。

 

 カラン。

 

(…………は?)

 

 中に入っていたのは、拳銃だった。

 

 グロック19によく似た形状の、自動拳銃。

 

 僕は前世ではミリオタだった、あくまでも「にわか」だ。細かな違いまでは分からないが、少なくとも玩具には見えなかった。

 

 黒い銃身。無骨な形状。真っ黒のポリマーの外装。

 

 どう見ても、本物の銃だ。

 

 

 

 

 

 

 

(……いやいやいや。なんでこんなものが入ってるんだよ)

 

 公爵家なのだから、武器があること自体は不思議ではない。

 

 この世界にはモンスターが存在するし、貴族同士の争いもある。護身用の武器を持つことも、そう珍しくはないのだろう。

 

 しかし、だからといって、赤ん坊が簡単に触れられる場所に置いていいものではない。

 

 僕は慌てて引き出しを閉めようとした。

 

 ……閉まらない。

 

 いや、正確には、うまく押し戻せない。

 

 引き出しの重さに加え、身体の小ささが災いしている。

 

(まずい、まずい、まずい……!)

 

 何とかしなければ。

 

 そう思った、そのときだった。

 

 

 

「アル……ッ!」

 

 聞き覚えのある声が、背後から響いた。

 

 振り返る。

 

 そこには、ヴィンスが立っていた。

 

(終わった……)

 

 完全に見つかった。

 

 勝手に引き出しを開けたうえ、中に入っていた拳銃まで見つけてしまったのだ。

 

 どう考えても怒られる。

 

 

 

 

 もしかすると、今までのように優しく頭を撫でてくれることもなくなるかもしれない。

 

 ……いや、そもそも赤ん坊が勝手に引き出しを開けたこと自体、危険な行為なのだ。

 

 僕が悪い。

 

 それは分かっている。

 

 だからこそ、覚悟を決めた。

 

 しかし、ヴィンスの行動は、僕の予想とは違っていた。

 

 

 

 

 

 彼はまず、僕を引き出しから引き離した。

 

 それから床にそっと下ろし、頭を優しく撫でた。

 

「すまない。私があんな場所に置いておいたのが悪かった」

 

 ……え?

 

 思わず、彼の顔を見上げた。

 

 ヴィンスは、真剣な表情をしていた。

 

 怒りに任せて怒鳴っているわけではない。

 

 むしろ、僕が拳銃に触れてしまったことを心配しているように見えた。

 

「だが、アル。勝手にあちこち探らないようにしてほしい。危ないものもあるからな」

 

 言葉は穏やかだった。

 

 しかし、そこには確かな注意が含まれていた。

 

 ただ甘やかしているわけではない。

 

 僕が危険なことをしたのだと、ちゃんと伝えようとしている。

 

 

 

 

(……ああ)

 

 何だか、妙な気分だった。

 

 怒鳴られると思っていた。

 

 それこそ、手を出されることだって覚悟していた。

 

 しかし、返ってきたのは、安心と心配、そして穏やかな注意だった。

 

 もちろん、ヴィンスがどんな人間なのか、僕はまだ十分に知らない。

 

 これだけで、良い父親だと決めつけることはできないだろう。

 

 それでも、少なくとも今の彼は、僕を頭ごなしに叱りつけることはしなかった。

 

 ……前世とは違う。

 

 そう思った。

 

 

 

 

 

 前世の僕は、何度も問題を起こしていた。

 

 クレジットカードを勝手に使い、コンビニで夜食を買ったことがある。

 

 データ通信料への上乗せで、重課金がバレたこともある。

 

 どちらも、今思えばどうしようもない行為だった。

 

 自分の金でもないものを勝手に使い、後先を考えずに欲望を満たしていたのだから。

 

 

 

 それなのに、当時の周囲の反応は、僕の記憶に残る限り、激しい怒りというよりも軽い注意に近かった。

 

 もちろん、僕が相手の怒りを正しく受け止めていなかっただけかもしれない。

 

 都合の悪いことを忘れている可能性だってある。

 

 何より、僕は自分が悪いと分かっていながら、反省したふりをして終わらせるような人間だった。

 

 だから、今さら前世の誰かを責めるつもりはない。

 

 悪かったのは僕だ。

 

 それだけは、間違いない。

 

 

 

 

 ……それでも。

 

(ヴィンスは、ちゃんと叱ってくれる人なのかもしれないな)

 

 そんな考えが、頭の片隅に浮かんだ。

 

 公爵家の当主でありながら、息子の失敗をすべて許して甘やかすのではなく、危険なことを危険だと教えてくれる。

 

 今回の件だって、僕が悪いことには変わりない。

 

 それでも、必要以上に責め立てることなく、何がいけなかったのかを伝えてくれた。

 

 少なくとも、今の僕には、それがありがたかった。

 

 ……まあ、今後も同じように接してくれるとは限らないのだが。

 

 

 

 

 人間関係というものは、そんなに単純ではない。

 

 だから、今はまだ判断を保留しておこう。

 

 ただひとつ、今回の出来事で分かったことがある。

 

 この世界では、僕は何も知らない赤ん坊として扱われている。

 

 当然だ。

 

 身体は赤ん坊なのだから。

 

 しかし、頭の中には前世の記憶がある。

 

 そのせいで、僕は自分が知っているつもりになってしまう。

 

 けれど、知っていることと、理解していることは違う。

 

 そして、理解していることと、正しく行動できることも違う。

 

 ……そんな当たり前のことを、僕は前世では分かっていなかった。

 

 今度こそ、同じ失敗を繰り返さないようにしなければ。

 

 そう思ったところで、僕は小さく息を吐いた。

 

 

 

 

(……いや、いきなり立派な人間になろうとするなよ)

 

 どうせ、僕は僕だ。

 

 前世で何の努力もしなかったクズが、転生しただけで別人になれるはずがない。

 

 そんな都合のいい話があるものか。

 

 それでも、生きている以上は、少しでもマシな選択をしたい。

 

 ……今のところは、それくらいで十分だろう。

 


 

 それからさらに時間が経ち、僕は二歳になった。

 

 足腰はずいぶんとしっかりし、二本の足で歩けるようになった。

 

 走ることもできるし、少しなら跳び上がることもできる。

 

 もちろん、大人と同じように動けるわけではない。

 

 それでも、赤ん坊の頃と比べれば、行動範囲は格段に広がっていた。

 

 これなら、情報収集も以前より効率よく進められるだろう。

 

 

 

 

 ただし、自由に動けるようになったからといって、何でも好き勝手にできるわけではない。

 

 僕は公爵家の子供だ。

 

 屋敷の中には使用人が大勢いるし、両親や兄妹だっている。

 

 不用意な行動をすれば、すぐに誰かの目に留まる。

 

 それに、今の僕はまだ2歳だ。

 

 いきなり大人顔負けの知識を披露すれば、怪しまれるに決まっている。

 

 下手をすれば、変な子供だと思われるだけでは済まないかもしれない。

 

 だから、まずは自然にできることから始めることにした。

 

 情報収集。

 

 読書。

 

 そして、可能な範囲での勉強。

 

 正確には、勉強というより、絵本や新聞、ニュースなどを見て、少しずつ知識を蓄えることだ。

 

 

 

 

 

 王国の情勢。

 

 公国の情勢。

 

 共和国の情勢。

 

 原作で知っている情報と、現在の世界で起きている出来事を比較し、どこに違いがあるのかを調べる。

 

 それが、今の僕にできる最も現実的な行動だった。

 

 もちろん、盗み聞きも忘れない。

 

 大人たちの会話には、新聞やニュースでは分からない情報が含まれていることもある。

 

 

 

 政治の話。貴族同士の付き合い。軍事関係の話題。

 

 そうした会話を聞きながら、僕はこの世界について少しずつ理解を深めていった。

 

 ……とはいえ、前世の僕は、こういうことが大嫌いだった。

 

 新聞なんて読むのが面倒だったし、テレビのニュースにも興味がなかった。

 

 動画を見ているほうが楽しい。

 

 難しい話を聞くくらいなら、何も考えずに時間を潰していたい。

 

 そんな人間だった。

 

 それなのに、今は自分から情報を集めている。

 

 我ながら、皮肉なものだと思う。

 

 もっとも、これも必要に迫られているからこそだ。

 

 前世の僕が立派な人間になったわけではない。

 

 

 

 

 今だって、面倒だと思うことは多い。

 

 ただ、知らないままでいることのほうが、もっと怖いのだ。

 

 この世界にはモンスターがいる。

 

 空には巨大な船が飛び、貴族たちは政治的な立場を巡って争う。

 

 そして、原作の知識が正しい保証もない。

 

 そんな世界で、何も知らずに生きていくのは危険すぎる。

 

 だから、僕は本を開く。

 

 

 

 

 

 読めない文字があれば、周囲の会話や絵から意味を推測する。

 

 分からないことがあれば、誰かが話している内容を注意深く聞く。

 

 今はまだ、そんな地道なことしかできない。

 

 それでも、何もしないよりはマシだろう。

 

 そう考えながら、屋敷にある本を調べていった。

 

 その中でも、特に気になったのは次の四つだった。

 

 

 

 

 射撃教本。

 

 学園への入学方法。

 

 モンスター情報。

 

 魔法取扱教本。

 

 まず、射撃教本。

 

 この世界では銃器が存在する。先日見つけた拳銃も、その証拠だ。

 

 もちろん、今すぐ銃を扱えるようになろうというわけではない。

 

 2歳児に銃を持たせるなど、どう考えても危険だ。

 

 ただ、武器について知っておくことは、将来的に役立つかもしれない。

 

 

 

 

 

 次に、学園への入学方法。

 

 貴族社会において、学園は重要な場所だ。

 

 原作知識が役に立つ可能性がある以上、制度や入学条件を知っておいて損はない。

 

 それに、将来どのような道を進むことになったとしても、教育を受ける機会は大切だろう。

 

 そして、モンスター情報。

 

 これは言うまでもない。

 

 この世界で生きる以上、危険な生物について知っておく必要がある。

 

 戦うにせよ、逃げるにせよ、相手のことを知らなければ対処のしようがないからだ。

 

 

 

 

 

 最後に、魔法取扱教本。

 

 この世界には魔法が存在する。

 

 ならば、知識を得ておく価値は十分にある。

 

 ただし、これらの本を一度に読破できるわけではない。

 

 文字を覚え、内容を理解し、知識として身につけるには時間がかかる。

 

 そもそも、僕は前世で勉強が得意だったわけではない。

 

 運動も苦手だった。

 

 努力を重ねて何かを成し遂げた経験も、胸を張って語れるほどにはない。

 

 

 

 

 

 肉体派に憧れていたわけでもなかった。

 

 だからこそ、今世で自分がどんな人間になるのか、まだ分からない。

 

 座学に向いているのか。

 

 身体を動かすことに向いているのか。

 

 それとも、どちらも中途半端なままなのか。

 

 今の段階で決めつける必要はないだろう。

 

 知識を持っていれば、後から進む道を変えることだってできる。

 

 ……少なくとも、選択肢を増やすことには意味がある。

 

 

 

 

 もっとも、情報収集が順調に進んでいるかといえば、そうでもなかった。

 

 高い場所にある本には手が届かない。

 

 椅子によじ登ろうとして、危うく転びかけたこともある。

 

 新聞を覗き込んでいたときには、テーブルクロスに引っかかってしまい、夕食を台無しにしかけた。

 

 そのときは当然、使用人たちに大騒ぎされた。

 

 幸い、大きな怪我はなかったものの、食卓はひどい有様だった。

 

 

 

 ……情報収集も楽ではない。

 

 それでも、僕は続けた。

 

 失敗したからといって、何もかも投げ出すわけにはいかない。

 

 前世の僕なら、面倒になった時点で諦めていただろう。

 

 しかし、今の僕には、諦めた先に何があるのか分かっている。

 

 何も変わらない。

 

 何も得られない。

 

 そして、いざというときに、自分の無知を後悔することになる。

 

 それだけは、できる限り避けたかった。

 


 さて、魔法についても少しずつ情報が集まってきた。

 

 現在、僕が把握している属性は、火、水、風、土、雷、回復、そして『その他』だ。

 

 火や水といった属性は、名前からある程度の性質を想像できる。

 

 回復も同様だ。

 

 しかし、問題は『その他』である。

 

 この分類には、一般的な属性では説明できない力が含まれているらしい。

 

 

 

 

 

 例えば、聖女の力。

 

 聖樹の加護。

 

 アルゼル共和国編で登場するノエルが持つ、巫女の力。

 

 そして、ユメリアさんが持つ『混ざりもの』の魔力。

 

 これらは、単純に火や水といった属性に分類できるものではない。

 

 そもそも、魔法というもの自体、僕が知っている以上に複雑なのだろう。

 

 今のところ、属性の全貌は明らかになっていない。

 

 

 

 

 原作で描かれていた情報だけでは、説明しきれない部分も多いはずだ。

 

 ……いや、そもそも、この世界が原作と同じ歴史を辿る保証すらないのだった。

 

 知識を得ることは大切だ。

 

 しかし、知識に頼りきることは危険でもある。

 

 僕が知っているのは、あくまで前世で読んだ物語の情報にすぎない。

 

 現実の世界は、物語のように都合よく進んでくれるとは限らないのだ。

 

(……結局、地道にやるしかないか)

 

 そう考え、僕は本を閉じた。

 

 

 

 

 今すぐ世界を変えられるわけではない。

 

 未来を確実に予測できるわけでもない。

 

 僕自身が特別な人間なのかどうかだって、まだ分からない。

 

 それでも、何も知らずに生きていくよりはいい。

 

 少なくとも、僕はそう思った。

 

 前世の僕は、努力をしなかった。

 

 何かを変えようとすることもなく、ただ楽なほうへ流されていた。

 

 

 

 その結果、何を得られたのか。

 

 ……考えるまでもない。

 

 だからといって、今の僕が急に立派な人間になれるわけではない。

 

 面倒なことは面倒だし、できることなら楽をしたい。

 

 自分を嫌いになる理由なら、いくらでも思いつく。

 

 それでも。

 

 この世界で生きていくためには、少しずつでも何かを身につけていかなければならない。

 

 それが、今の僕にできることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 いつか、自分のことを少しでもマシだと思える日が来るのか。

 

 今はまだ、分からない。

 

 ただ、少なくとも今は、目の前にある本を開くことくらいならできる。

 だから僕は、もう一度ページをめくった。




2作目です。本当に文章がへたくそですいません。web版を読んだりChatGPTなどに規約に反しない程度に添削をしてもらいながら、色々と頑張っていく所存です。
そして、文章がへたくそなのに説明過多で申し訳ございません。
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