――三歳になった。
子供の成長というものは早いらしい。少なくとも、前世の記憶を持っている僕からすれば、三年という時間は驚くほど短かった。
もっとも、肉体の成長が早いからといって、中身まで年齢相応になるわけではない。
むしろ、僕の場合は逆だった。
精神年齢だけなら、三歳児どころか立派な大人と言い張れる程度には年を食っている。だが、その中身が立派かどうかと聞かれれば、返答に困る。
何しろ、前世では何の努力もせずに生きていた、自他ともに認めるクズだったのだから。
そんな僕が、今世ではレッドグレイブ家の末っ子として生まれ変わった。
貴族の子供という立場を考えれば、恵まれているどころの話ではない。
衣食住に困らず、周囲には僕の世話をしてくれる人間がいる。自分で何かを成し遂げなくても、ある程度の生活は保障されている。
……こうして並べてみると、前世と大差ない気もする。
いや、だからこそ今度こそは何かを成し遂げたいと思うのだ。
前世の僕は、努力しなかった。
失敗するのが嫌だった。面倒なことは避けたかった。誰かがやってくれるなら、自分が動く必要はないと思っていた。
その結果がどうなったのかは、今さら説明するまでもない。
だから、今世では違う生き方をしたい。
……とはいえ、三歳児に何ができるというのだろう。
そんなことを考えていた僕に、神殿から一つの機会が与えられた。
適性検査である。
この世界における適性検査とは、どの属性の魔法を扱えるのかを調べるためのものらしい。
火、水、風、土、雷、回復、そして『その他』。
この7つの属性について、どれだけの適性があるのかを確認するのだという。
僕としても、自分がどんな魔法を使えるのかは気になっていた。
魔法が使える世界に生まれたのなら、一度くらいは派手な魔法を撃ってみたい。前世の人間なら誰だって、そんなことを考えるのではないだろうか。
いや、少なくとも僕は考える。
そして、検査の結果。
僕の適性は、少々変わったものだった。
火、水、風、土、雷の5属性。
これらを、生命体――つまり、生き物以外の物体に対して付与することができる。
しかし、それ以外の魔法は使えない。
それが神殿から告げられた診断結果だった。
……なるほど。
なるほど、ね。
僕は内心で何度も頷いた。
7属性中の5属性に適性があると聞けば、いかにも優秀そうに聞こえる。
しかし、実際にできることは付与だけだ。
聖女の力だとか、聖樹の加護だとか、そういった特殊な能力についてはひとまず置いておくとしても、回復魔法が使えないのは痛い。
怪我をしたとき、自分で治療することができない。
戦場に出るようなことがあれば、なおさら厄介だろう。
それに、魔法を直接飛ばすような使い方も、おそらくできない。
某龍の玉に登場するような、両手を構えてエネルギー波を撃ち出す技。
ああいうものを期待していたのだが、どうやら無理らしい。
そもそも、魔法の適性があることと、魔法を自由自在に操れることは別問題なのだ。
……だが。
そこで、僕はふと思いついた。
別に、自分の手から魔法を放つ必要などないのではないか?
この世界には、魔法を仕込んだ銃弾が存在する。
魔弾と呼ばれる代物だ。
旧人類が残した銃器や弾薬の規格を元に、職人たちが手作業で製造したり、各地の工房が独自の製造体系を用いたりしている。そのため、7.92mmだの5.56mmだの、元になった規格は似ていても、製造元によって細かな違いがあるらしい。
そして、この魔弾がとにかく高い。
僕が暮らしているこのホルファート王国では、一般的な魔弾1発の価格が、円換算で1万円ほどになるという。
1発1万円。
……いや、高すぎだろ。
現代日本の感覚で考えれば、気軽に撃てる代物ではない。
もちろん、魔法を仕込んだ弾丸なのだから、ただの鉛玉と同じ値段で買えるわけがないことくらいは理解している。
それにしても、だ。
撃つたびに1万円が飛んでいくと考えると、僕なら引き金を引くのを躊躇してしまう。
もっとも、敵に命を狙われている状況で金勘定をしている余裕があるかは別の話だが。
ちなみに、原作には登場しない上に生塩一家が住んでいる美空国という国では、魔石をレーザーの触媒として利用し、魔法陣を書き込む方式によって、魔弾の製造費用を比較的安く抑えているらしい。
それでも、通常の5.56mm弾に相当する魔弾1発の価格は、円換算で2000円程度だという。(円換算した際の価格は、現地の銃弾以外のものとの比較によって割り出している)
それでも高い。
ただ、この国の1発1万円という価格と比較すれば、ずいぶんと良心的に思えてくる。
因みに、美空では5.56mm相当の無煙火薬式のライフル弾は円換算で1発約40円らしい。
……まあ、そんなことは今はどうでもいい。
重要なのは、魔弾というものが存在することだ。
僕の適性は、物体への魔法付与。
つまり、銃弾に属性魔法を付与することも、理屈の上では可能なのではないだろうか?
火属性の魔法を込めた弾丸を撃つ。
水属性の魔法を込めた弾丸を撃つ。
風属性、土属性、雷属性。
相手の弱点に合わせて属性を切り替えられれば、戦い方の幅は大きく広がるはずだ。
しかも、既存の魔弾を購入する必要がない。
銃弾そのものを自分で用意し、発射する直前に魔法を付与できれば、少なくとも魔法を込める工程にかかる費用は抑えられるかもしれない。
……いや、そもそも王国では冒険者の権利が保障されてるとはいえ弾丸を自分で用意できるかどうかという問題もあるのだが。
そこは今後の課題だ。
そして、もう一つ問題がある。
魔法はイメージによって扱うものだということだ。
付与する対象に、どのような魔法を、どのような形で付与するのか。
そのイメージを細かく組み立てる必要がある。
例えば、銃弾に火属性を付与するにしても、ただ火を思い浮かべればいいわけではないのだろう。
弾丸に何を起こしたいのか。
どのように作用させたいのか。
どの程度の効果を発揮させたいのか。
そうしたイメージを組み立てなければ、思いどおりの結果にはならないはずだ。
だからこそ、アサルトライフルやサブマシンガンのような連射火器との相性は悪い。
一発撃つごとに魔法のイメージを組み立てていたら、次の弾丸が発射されるまでに処理が追いつかなくなる。
銃弾は音速に近い速度で飛んでいくこともある。
そんなものを相手に、毎回完璧なイメージを作っている暇などない。
少なくとも、今の僕には無理だろう。
だが、単発式なら話は違う。
一発撃つ前に、狙いを定める。
その間に必要なイメージを組み立て、弾丸に魔法を付与する。
完璧なイメージを目指す必要もない。
100点満点の魔法を1発撃つより、70点の魔法を確実に込めた弾丸を撃つ。
そういう割り切り方も必要になるはずだ。
何より、敵の属性に合わせて弱点となる属性を選べれば、威力の不足を補える可能性もある。
要するに、僕が考えた戦闘方法は単純だった。
単発の銃を使い、撃つ直前に弾丸へ属性魔法を付与する。
連射は捨てる。
完璧さも捨てる。
その代わり、1発ごとの確実性と、相手に合わせた属性の選択を重視する。
……うん。
悪くない。
少なくとも、何も考えずに魔法を使おうとするよりは、ずっと現実的だと思う。
もちろん、実際に試してみなければ成功するかどうかは分からない。
そもそも3歳児の僕が銃を扱えるのかという、極めて重大な問題もある。
しかし、考えるだけなら自由だ。
そうして僕は、領内の射撃訓練場や冒険者を育成する施設について調べたいと思うようになった。
できれば、早いうちから練習しておきたい。
才能があるかどうかなど、実際に試してみなければ分からないのだから。
前世の僕は、試す前から諦めることが多かった。
だからこそ、今度は違う。
……と、意気込んだところで。
三歳児に銃の訓練をさせてくれる場所など、あるのだろうか?
いや、ないだろう。
普通に考えて危険すぎる。
仮に銃を扱わせてもらえたとしても、今の僕の体格ではまともに構えられるかすら怪しい。
結局、僕は具体的な行動を起こせないまま、頭の中であれこれと考え続けることになった。
……やっぱり、早く大きくなりたい。
そんなことを考えながら悶々としていた、そのときだった。
「アル。お客さんがお見えだ」
「うわっ!?」
突然、背後から声をかけられた。
思わず肩が跳ねる。
振り返ると、そこにはアンジェが立っていた。
……心臓に悪い。
いや、僕が考え事に集中しすぎていただけなのだろうが、それにしたって声をかけるタイミングというものがあるだろう。
もっとも、そんな文句を三歳児の立場で言えるはずもない。
「わ、分かった」
僕は何とか返事をして、アンジェの背中についていく。
向かう先は玄関だ。
客人が誰なのかは知らないが、レッドグレイブ家を訪ねてくる以上、それなりの人物なのだろう。
……まさか、神殿関係者が検査結果について追加の説明に来たわけではあるまい。
そんなことを考えながら歩いていると、やがて玄関にたどり着いた。
玄関に辿り着いた僕は、絶句した。
目の前にいたのは、東洋風の夫婦と、その子供と思しき二人の少女だった。
一人は、四十代後半くらいに見える中年男性。
黒髪を七三分けに整えた、顔立ちのいい人物だ。
もう一人は、銀髪の女性。
黒いジャケットを羽織っており、見た目は二十代後半といったところだろうか。
そして、その二人のそばには、銀髪の長髪の少女と、桃色の髪をした少女が立っていた。
おそらく、五歳くらいだろう。
……待て。
待ってくれ。
僕は目の前の光景を見て、内心で悲鳴を上げた。
いや、まだ確定したわけではない。
髪色や容姿が似ている人間など、この世界にもいるかもしれない。
だが、どう見ても怪しい。
特に、銀髪の少女と桃色の髪の少女。
そして、その二人を連れている大人たち。
家の肖像画にあったタイトルでは、彼らは――。
「直人君、立ち話もアレだから庭で話すというのもどうだ?」
僕が思考の迷路に入り込んでいる間に、ヴィンスが口を開いた。
父上は、目の前の男性に対して、どこか親しげな態度を取っている。
対する男性も、特に緊張した様子はなかった。
「……分かった。……二人とも、アル君と遊んでやってくれ」
直人と呼ばれた男性はそう言うと、銀髪の女性を伴ってヴィンスと一緒に庭へ向かっていった。
……いやいやいや。
ちょっと待ってほしい。
あのおっさん、いったい何者なんだ?
見た目は外国人っぽいのに、貴族である父上に対して普通にため口を利いている。
しかも、父上もそれを気にした様子がない。
単なる知人という雰囲気でもない。
何かしらの重要な関係があるのだろうが、三歳児の僕に分かるはずもなかった。
そうして僕が考え込んでいると、アンジェが口を開いた。
「さっきのあの七三は生塩直人。そして、さっきの銀髪は生塩戸三々。どちらも、私たちにとって大切な人だ」
「……そうなんだ」
「別に呼び捨てでも構わないが、さん付けした方が親しみは湧くだろう」
……5歳児くらいの子供が、初対面の大人を髪型で識別している。
いや、アンジェは僕の姉なのだから、多少大人びていてもおかしくはないのだが。
それにしても、七三呼ばわりはどうなのだろう。
本人が聞いたら、どんな顔をするのだろうか。
そんなことを考えていると、目の前にいた二人の少女が僕に話しかけてきた。
「アタシは生塩乃蒼。美空国から来たの。こっちのピンクが生塩麻璃。長い付き合いになると思うけど、よろしく。」
銀髪の少女――乃蒼は、堂々とした態度でそう言った。
対する桃色の髪の少女――麻璃は、こちらをじっと見つめている。
そして、少し首を傾げると、にこりと笑った。
「よろしく、アル君。……君はロボットって好き?」
……困った。
非常に困った。
何を隠そう、僕は人付き合いが苦手なのである。
前世では、先生や家族といった、必要に迫られれば会話のできる相手はいた。
クラスメイトであっても、落とした消しゴムを拾って渡すとか、そういった限定的な状況ならば、どうにか会話を成立させることはできた。
だが、それはあくまで会話をする理由が存在していたからだ。
相手から話しかけられたとき、何を返せばいいのか。
話題が途切れたとき、どうすればいいのか。
相手が何を考えているのか分からないとき、どう振る舞えばいいのか。
そういったことを考え始めると、途端に頭が真っ白になる。
今回は、まさにそれだった。
向こうから話しかけてきてくれている。
無視するのは失礼だ。
だから、何か返事をしなければならない。
……分かっている。
分かっているのだが、何を言えばいい?
ロボットが好きかと聞かれた。
嫌いではない。
むしろ、巨大ロボットなどは男の子の憧れだと思う。
しかし、そこで「好きだよ」と返したところで、会話が続く保証はない。
では、どんなロボットが好きなのかと聞き返すべきだろうか。
いや、そもそも相手の好きなものを知らないのに、いきなり質問を返すのは不自然ではないだろうか。
……考えすぎだ。
自分でもそう思う。
だが、考えすぎるのをやめられないのが、僕という人間だった。
それでも、ここで黙り込むわけにはいかない。
僕は意を決して口を開いた。
「は、初めまして……。僕は、アルフォンス・フォン・レッドグレイブです。……アルと呼んでください……」
何とか言えた。
たったそれだけの挨拶なのに、妙な疲労感があった。
別に、相手に好かれたいとか、そんな下心があるわけではない。
一目惚れなどという、もっともらしい理由があるわけでもない。
単純に、人と話すだけで大変な労力を使うのだ。
……我ながら情けない。
せっかく同年代の友人ができるかもしれない機会だというのに、僕は挨拶をしただけで話題が尽きてしまった。
さて、どうしたものか。
そんなことを考えていると、麻璃が僕の袖を引っ張った。
「来て。おもちゃ持ってきたから一緒に遊ぼ」
「……はぁ。まさか、こんなガキの面倒を見ることになるなんてね……」
乃蒼が、何やら呆れたような声を出した。
……いや、お前も子供だろ。
思わずそう言い返したくなったが、何とか堪えた。
自分の姿を鏡で見せてやりたい。
そんな気持ちも湧いてきたが、ここで余計なことを言って警戒されるのは避けたい。
僕は素直に二人についていくことにした。
少なくとも、遊びに誘ってくれた麻璃に悪意はなさそうだ。
ならば、今は流れに身を任せるのが一番だろう。
……こういうところが、前世の僕と変わっていない気もするが。
それでも、せっかくの機会なのだから、少しは楽しんでみよう。
そう思った。
「おぉ……」
気がつけば、僕は黒塗りの高級車の後部座席に座っていた。
どうしてこうなった。
いや、経緯そのものは理解している。
麻璃と乃蒼に連れられて遊び始めたところ、いつの間にか外出する流れになり、気がつけば直人の運転する車に乗せられていたのだ。
……行動力がすごい。
それが最初の感想だった。
前世の僕なら、遊びに誘われた時点で面倒くさいと考え、何かしら理由をつけて断っていたかもしれない。
しかし、今の僕は3歳児である。
しかも、相手はわざわざ遊びに誘ってくれた同年代の少女たちだ。
断る理由もなかった。
なお、前世で高級車に乗った経験といえば、友人だった市議会議員の一家が所有していたものに2度ほど乗せてもらったくらいだ。
それと比べても、今乗っている車は明らかに高級そうだった。
内装も立派だし、座席もふかふかしている。
……貴族の家に生まれたのだから、これくらいで驚いていてはいけないのかもしれない。
だが、庶民感覚というものは、そう簡単には抜けないのだ。
僕が窓の外を眺めていると、隣に座っていた麻璃が窓を開けた。
そして、風が車内に勢いよく吹き込んできた。
「ちょっ、麻璃! 危ないから身を乗り出さないで!」
乃蒼が慌てて声を上げる。
どうやら麻璃は、窓から外の景色を眺めようとしていたらしい。
確かに、走行中の車で身を乗り出すのは危険だ。
僕も思わず身構えた。
しかし、当の本人はというと、どこか満足そうな顔をしていた。
「……ミッション達成。あの映画と同じことができた……」
……おい。
今、何と言った?
映画と同じことができた?
まさか、危険な行為を真似するために窓を開けたのだろうか。
だとしたら、なかなか大胆な子供である。
いや、子供というのはそういうものなのかもしれない。
頭では危険だと分かっていても、好奇心が勝ってしまう。
それに、僕だって人のことを言える立場ではない。
前世では、危険を冒してまで何かに挑戦した経験など、ほとんどなかったのだから。
……もっとも、だからといって危険な真似をしていいわけではないが。
僕は窓から吹き込む風を浴びながら、そんなことを考えていた。
何だかんだ言って、こうして外出するのは楽しい。
見慣れない景色が流れていく。
風が頬を撫でる。
車の振動が、心地よいリズムとなって伝わってくる。
前世では、家に引きこもっている時間の方が圧倒的に長かった。
外へ出るのが嫌いだったわけではない。
ただ、出かけるために準備をすることも、人と関わることも、何もかもが面倒だったのだ。
そうして何もしないまま、時間だけが過ぎていった。
だからこそ、今の僕には、こうして外へ出ているだけでも新鮮に感じられる。
……少しくらいは、前世と違う生き方ができているのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は車窓の景色を眺め続けた。
優雅なドライブだった。
少なくとも、僕にとっては。
「ありがとう、直人。私の息子に二人の友人を紹介してもらって……」
帰宅すると、ヴィンスが直人に礼を述べていた。
どうやら、今回の外出についても、あらかじめ大人たちの間で何らかの話がついていたらしい。
……いや、まさか。
僕は一瞬、嫌な予感を覚えた。
子供同士を遊ばせること自体が、何かの取引の一部だったのだろうか。
考えすぎだとは思う。
しかし、貴族社会というものは、子供が思っている以上に複雑なのかもしれない。
「いや、こちらにも利益はある。今回も損のない取引をしてくれて感謝する」
直人はそう答えた。
……やっぱり取引だったのか。
いや、待て。
利益という言葉が出てきたからといって、必ずしも僕たちの外出そのものが取引の対象だったとは限らない。
大人には大人の事情があるのだろう。
僕には分からない。
分からないことを無理に理解しようとしても、疲れるだけだ。
それに、直人の言葉には、どこか満足そうな響きがあった。
娘たちに友人ができたことを、内心では喜んでいるのかもしれない。
実際、乃蒼も麻璃も、帰宅する直前まで楽しそうにしていた。
少なくとも、今日の外出が彼女たちにとって悪いものではなかったのだろう。
……なら、それでいいのではないだろうか。
僕はそう結論づけることにした。
「くぁーっ……」
大きなあくびが出た。
流石に疲れた。
三歳児の体力など、たかが知れている。
前世の記憶があるせいで忘れがちだが、今の僕の肉体は、まだまだ発展途上なのだ。
頭ではもっと活動したいと思っていても、体がついてこない。
しかも、今日は初対面の少女たちと遊び、車に乗り、あちこちを見て回った。
疲れない方がおかしい。
……だが、ここで寝るわけにはいかない。
床に倒れ込んで眠ったら、頭を大理石にぶつける可能性がある。
そんなことになったら、せっかくの楽しい一日が台無しだ。
何より、母上や父上に余計な心配をかけてしまう。
とにかく、自室へ戻ろう。
そう考えて歩き出したところで、僕の足取りがふらついた。
「大丈夫か、アル。私が部屋まで一緒に行ってやろう」
アンジェが、すぐに僕の体を支えてくれた。
……ああ。
この人は、本当に優しい。
もちろん、姉として弟の面倒を見るのは当然なのかもしれない。
だが、それでも、疲れているときにこうして手を差し伸べてもらえるのはありがたい。
前世の僕は、誰かに頼ることばかり考えていた。
自分から努力することは避けていたくせに、困ったときには誰かが助けてくれることを期待していたのだ。
そのくせ、助けてもらうことが当たり前になっていた。
……本当に、どうしようもない人間だったと思う。
だからこそ、今は少しだけ違う。
誰かの優しさを、当たり前だと思いたくない。
いつか、自分も誰かに手を差し伸べられる人間になりたい。
そんなことを考えながら、僕はアンジェの手を握った。
「……ありがとう...ございます、姉上。」
「ふふ。どういたしまして」
アンジェは、穏やかに微笑んだ。
……もし、この人が実の姉でなかったら。
いや、やめよう。
余計なことを考えるのはやめておこう。
それにしても、アンジェは本当に王子様みたいな振る舞いをする。
作中のユリウスより、よほど王子様らしいのではないだろうか。
そんな失礼なことを考えながら、僕はアンジェに手を引かれ、自室へと戻っていった。
こうして、僕の三歳の一日は終わった。
……ちなみに。
後日、ドライブの途中で買い食いをしていたことが発覚し、父上から警備体制や外出時の身の安全について、軽く注意を受けることになった。
どうやら、貴族の子供が不用意に外出することには、それなりの危険が伴うらしい。
当たり前といえば、当たり前の話だ。
僕は素直に反省した。
……次に外出するときは、もう少し気をつけよう。
そして、いつか。
自分の力で、この世界を生き抜けるようになろう。
そのためにも、まずは魔法の訓練だ。
銃弾に属性魔法を付与するという考えが、本当に通用するのかどうか。
それを確かめるところから始めなければならない。
……まあ、三歳児の僕にできることなど、まだまだ限られているのだが。
それでも、何もしないまま諦めるのは、もうやめにしたい。
今世こそは。
少しずつでも、前に進んでいこう。
以上、第3話でした。
本当に、幼児編が長くて申し訳ありません。ですが、これから少しだけスピードアップすると思うので薄い期待を抱いて待ってくれると幸いです。