殺したはずの親友は次の日、平然と登校してきた。 作:建築物の漬物
人の首を本気で絞めたことがある人が、どれだけいるだろうか。
本当に泡を吹くって、血混じりの泡を吹くって、知っている人がどれだけいるだろうか。
いない方がいい。と、私は心の底から思う。
こんな思いをするなんて、この上なく不幸だ。
「かっ、こふっ」
心からの親友が、泡を吹いている。空気を求めて喉の筋肉が激しく収縮している。その手をどけてくれと、筋肉で跳ね返そうとしてくる。
それでも、私は首を絞める手を緩めない。
自然と零れ落ちた涙が私の手の甲にぽたりと落ちる。
苦しい。手も疲れているし、何よりも心が苦しい。
バタバタと暴れていた大親友の体が、突然ぴたりと動かなくなった。
死んだ。いや、まだかもしれない。
私はもうこんなことしたくないと、内心で泣き言を言いながら、彼女が動かなくなってからも首を絞め続けた。
いっそのこと、誰かが通りがかって止めろと言ってほしい。
でも、今は深夜で、ここは山深く。
そんな偶然誰かが通りかかるだなんてことは、ない。
もう手が疲れて、ぷるぷると震え始めて、心の悲鳴が枯れ始めた頃、ようやく手を離せた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
手を放しても、動かない。
もう、いつものように笑いかけてはくれない。
「うっ、うぅ、うぅぅぅ……」
大切な親友が死んだという事実に、涙が堪えられない。
どうしてという思いが胸にいっぱいになる。
殺したくなんてなかった。死なせたくなんてなかった。
でも、どうしても、彼女が言うのだ。
――
優しい声で語り掛けてくる、大好きな親友の頼みだから。
何度断ってもしつこくしつこく頼んでくるから。切羽詰まって、本当に切望していると理解できたからこそ。
どんな理由があるのかも聞かずに、応えたのだ。
「どうして、どうしてよ。私を殺してなんて、どうして……」
眞矢は答えてくれない。そのことが、彼女の目的は達成された証拠になる。
死んだ。死んだ。死んだ。
念入りに、首を絞めて、私が、殺したのだ。
「どうして!」
深夜の山の中に、叫び声が響く。
その声は、誰にも届かない。届かせるには、ここは山の奥深く過ぎた。
「どうしてなの……」
胸の中にわだかまるのは、多大な喪失感。
これまで一緒に遊んだ、一緒に過ごした記憶が巡っていく。
もう、今後一切増えることのない、大切な記録として。
どれ程の時間、ぼーっとしていただろう。
わからない。喪失感に身を任せて、そのまま首を吊ろうかとも思ってしまった。
でも、残念ながらロープはない。
あるのは、穴を掘るのに使ったシャベルだけだ。
二人で穴を掘った。眞矢を埋めるための穴を。眞矢の死体を埋めるための穴を。
掘りたくなんてなかった。お別れしたくなんてなかった。
どうして。どうして。どうして。
最後まで死ぬことに
「……あぁ、そうだ。埋めないと、だ」
そこまでが約束だから。
殺して、埋めて、立ち去る。
埋めるのに使ったシャベルは川に捨てて。
計画を立てたのは、他でもない眞矢だった。
もっと色々と話せばよかった。
もっと色々と聞けばよかった。
悔恨の念が脳内を巡る。
そうすれば、こんなことにならなくても済んだのかもしれない。
いいや、これらは終わったからこそ思うのだと、理解している。
だって、生前の眞矢は、絶対に譲らない固い決意を持っていたから。
理由は、教えてくれなかったけれど。
眞矢の死体を、掘った穴の中に放り込む。
どさりと無造作に転げる肉体と、自由に放り出される四肢を見て、本当に死んだんだなって実感を得る。
再び涙が込み上げてきた。
けれども、泣いてばかりもいられない。
朝になれば、いなくなっているのがバレてしまう。
そうしたら、眞矢を殺したこともバレてしまう。
バレてもいいや、と思ってしまうけれど。眞矢はそうはなってほしそうではなかった。
私が自暴自棄にならず、その先も生きていくことを望んでいた。
「埋めなきゃ」
バレないように。わからないように。
そのために、二人で掘ったのだ。
「埋めなきゃ、埋めなきゃ、埋めなきゃ……」
嫌だ。眞矢とこれでお別れなんて、嫌だ。
だから、必死に口にする。口にして、体を動かす。
心が動かなくても、体は動かせるのだと、初めて知った。
全ての後処理を終えて、もう痕跡はどこにも残っていない。
後は、帰るだけ。
服が土汚れてしまっているのはどうしよう。そこまでは考えてなかった。
まあ、いいや。バレたって、どうでもいい。
帰ろう。
道中、シャベルを川に捨てるのを忘れずにこなし、ひっそりと私は帰宅した。
幸いにも、私が家に入った瞬間、両親が待ち構えているなんてことはなかった。
すっかり気持ちよく眠っている様子で、家の中は静かだ。
音をたてないように自室に忍び込んで、急いで着替える。
土に汚れた服は、今度どこかで廃棄しよう。
そこで、ポケットの中にくしゃりと紙が入っていることを思い出した。
眞矢に渡された、彼女の遺書。手紙のように、封がされている。
私が死んだ後、どうしても堪えきれなくなったら読んで。そう、眞矢は言っていた。
震える手でその封を開けようとして、我慢しきれずに放り投げた。
壁にべちりとあたり、その場に落ちていく。
こんなもの、読んだところでどうなるというのか。
眞矢が戻ってくるわけでもない。
ましてや、怖かった。
こうして自分の心に傷をつけるのが目的で、眞矢からの恨み辛みが込められているんじゃないかって頭によぎってしまった。
だって、私は今こんなに苦しんでいるんだから。
服だけさっと着替えて、その日はさっさと布団に潜り込む。
……中々寝付けなかったけれど。
幸いにも、夢は見ないで済んだ。
夢を見ていたら、絶対に眞矢の夢を見ていただろうから。
◇ ◇ ◇
次の日の朝、私は何事もなく起きた。
いつも通りの朝。いつも通り、中学校へ行く準備。
そして、いつも通りの学校の通学路。
一つだけ違う点があるとすれば、今日からはもう眞矢がいないっていうことだけだ。
教室の椅子に座ると、ぽかりと空いた眞矢の席が気になる。
あの子はいつも誰よりも早く学校に来て、教室の植物に水をあげていた。
そういう細かい心遣いが丁寧な子だった。
どうして、死のうなんて思ったんだろう。
わからないことばかりのまま、今日という日が始まろうとしている。
ほら、眞矢の席は空っぽのまんま――。
「ごめんなさい、遅れました」
チャイムが鳴ると同時に、教室の扉が開いた。
嘘だ。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
私は、自分の見たものが信じられなかった。
「おう、お前が遅刻なんて珍しいな」
「ちょっと今朝は忙しくって……」
「そうか。早く席に着け」
来るな。
来るな来るな来るな。
こっちに、来るな。
私の念は彼女には届かず。
そっと、私の隣の席——眞矢の席に、彼女は何事もなかったかのように座った。
「おはよう、鶫」
――何一つとして、変わらない。
私の知っている通りの眞矢が、そこにいた。
殺した人に到底向けるとは思えない、無垢な笑顔を浮かべて。