殺したはずの親友は、次の日笑顔で挨拶してきた。   作:建築物の漬物

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第2話 これは夢?

「どうかしたの? 鶫」

「う、ううん。何でもないよ」

 

 まじまじと見つめてしまったけれど、これは本当に眞矢なの?

 眞矢は確かに昨日、私が殺したはず。

 この手にはまだその時の感触が残っている。首の強張る感覚に、呼吸しようと気道が必死に広がろうとしてた感覚。

 

 じゃあ、今目の前にいる眞矢はなに? 幻?

 

「うい」

「な、なぁにつぐみぃ~」

 

 頬をつねってみる。

 温かい。きちんと人肌の温もりがある。

 昨日埋めた時の冷たい眞矢を思い出す。まるで大違いだ。

 

「ごめん、ちょっと、目の前の光景が信じられなくて」

「もう、変な夢でも見た?」

 

 夢? 夢だったのかな。

 あのリアルな感触が、夢?

 

 視線は自然と眞矢の首元へと向かう。

 ――ない。

 見せつけるように赤く残っていた、私の手のひらの痕が。

 

 頭が痛くなってきた。本当に夢だったの?

 夢なはずがない。

 夢じゃないとしたら、この眞矢は誰?

 

「寝ぼけてる?」

「……そうかも」

「早退させてもらう?」

 

 こちらを心配気に覗いてきている表情は、まさしく優しい眞矢のものだ。

 

「なんだ、樋沢(ひざわ)ぁ。体調不良か?」

「ちょっと、眩暈がしますね」

「なら保健室行ってこい。一人で行けるか?」

「……大丈夫です」

 

 眞矢が付いてこようか? と言ってくれたけれど、一人で行くことにした。

 これ以上眞矢を見ていると頭痛が酷くなりそうだったから。

 

 ふらりと足取りは不確かに、教室から出る。

 廊下にでると窓から夏の日差しが降り注いでいた。蝉の合唱が響き渡る。

 誰もいない廊下で一人立っていると、自分だけ別世界に迷い込んでしまったかのような気分になる。

 

 まさかね?

 別世界に来て、ここでは眞矢が生きていて。なんて。

 本格的に頭に来てるなと自覚して、保健室へと歩いていく。

 

 保健室につくと、保健室の先生が出迎えてくれた。

 

「あら、どうかしたの?」

「ちょっと、眩暈がするのでベッド貸してください」

 

 言いながら、保健室のベッドへ向かう。

 仕切りをシャっと動かして、一人でベッドに仰向けに横になる。

 仕切りの上の隙間から電灯の明かりが入ってくる。薄暗いベッドの上は、少しだけ落ち着けた。

 

「……はぁ」

 

 本当に昨日の出来事は夢だったのだろうか。

 そんなはずはない、と思う。未だにこの手には冷たくなっていく眞矢の感覚が残っている。

 これが夢だというのなら、この世全てが夢だと言われても信じなければならない。

 でも、夢じゃないとするならば……。

 

「あれは、誰」

 

 私が見ても眞矢だ。どうみても眞矢だった。

 顔も、所作も、表情も、臭いも、全てが眞矢だった。気味が悪いぐらい眞矢だった。

 

「でも、違う」

 

 あれは眞矢じゃない。

 眞矢は私が殺した。

 

 確かめなければならない。

 あれが、眞矢なのか。眞矢じゃないのか。

 

 どうやって確かめる?

 まるっきり、眞矢なのに?

 

 ……眞矢の死体を掘り返す?

 それは駄目だ。掘った穴が深すぎるし、何よりも詳しい場所を覚えてない。

 

 本人に聞く?

 答えてくれると思う? 変な鶫って笑われて終わるだけだよ。

 

「手ふさがりだぁ……」

 

 でも、私の直感ではあれは偽物だ。

 それを証明する方法がない。

 

 いや、違う。

 証明する必要はないんだ。

 私が、私だけが、確信できればいい。

 もしも偽物なら――。

 

「殺さなきゃ」

 

 ぼそりと、口の中にとどまる程の声量で呟く。

 

 眞矢は死ぬことを望んでいた。強く、強く望んでいた。

 あれが偽物なら、眞矢の尊厳を傷つける存在だ。

 許されない。許してはならない。

 眞矢の決意を踏みにじるあれを、放っておいてはならない。

 

「ふぅー」

 

 長く、長く息を吐く。

 落ち着いてきた。思考が整理されて、やるべきことが明確になっていく。

 

 あいつが本当に眞矢かどうかを暴く。眞矢なら、私が夢を見ていた。

 でも、眞矢じゃないなら――殺す。

 絶対に、確実に、殺す。

 決意を込めて、ぎゅっと胸の前で拳を握る。

 

 ――研ぎ澄まされた思考が、チャイムの音で四散した。

 ああ、もうこんなに時間が経ってしまったんだ。

 

 上体を起こして、体の向きを変える。

 足をぷらりと宙に放り投げて、ベッドに座る形になる。

 

 ……このまま教室に戻る?

 あの、眞矢がいる教室に?

 それは躊躇われた。

 

「大丈夫?」

 

 仕切りの向こうから声をかけられる。

 保健室の先生だ。

 

「あっ、心配してくださってありがとうございます」

「眩暈は収まった?」

「はい、おかげさまで」

 

 やることがはっきりしたからか、気分は大分良くなった。

 これなら、授業受けても大丈夫、だと思う。

 

「良かった、お友達が迎えにきてくれてるわよ」

「友達?」

「鶫?」

 

 眞矢の声がした。

 心臓が急激に高鳴る。

 この仕切りの向こうに、眞矢がいる。

 覚悟は決めたつもりだった。それでも、いざ対面し直すとなると、心の準備がし切れていない。

 

「開けるね――」

「待って!」

 

 仕切りに手をかけた気配を察して、咄嗟に叫んでしまう。

 向こう側では何事かとこちらを伺っている気配がある。

 

 深呼吸をする。

 必死に、気持ちを落ち着かせる。

 心臓が痛いほどに叫んでいる。でも、今は黙れ。

 まだ確定しているわけじゃないんだ。だから、黙れ。

 

「……ごめん、開けて良いよ」

「う、うん」

 

 ベッドに腰を掛けたまま、仕切りの向こうへ声をかける。

 戸惑った声と同時に、仕切りが開かれ光が差し込んだ。

 ――眞矢がいた。

 

「大丈夫?」

「うん、もう大丈夫」

 

 心臓が再び高鳴る。

 苦しい。うるさい。

 

 直感も叫んでる。

 誰だ、こいつは。

 

「急に体調悪そうになったから、心配だったんだよ?」

「うん、大丈夫」

 

 全然大丈夫じゃない。

 座ってないと、今にも倒れてしまいそうだ。

 改めて見るとよくわかる。こいつは、眞矢じゃない。

 直感でしかない。五感は全てが眞矢だと言っている。

 

「でも、まだ立つときが危なくて、肩貸してくれる?」

「うん、いいよ」

 

 近づいてくる。ふわりと漂う香り、よく嗅ぎなれた香り。

 私に、安心感を与えてくれる香り。

 肩を貸してもらうことで、顔と顔がすぐ近くなる。

 その瞬間に、こっそりと耳打ちをする。

 

「ねぇ、眞矢」

「なあに鶫」

「まだ私に殺されたい?」

 

 本物の眞矢なら、きっとそうだと答える。

 でも、偽物だったのなら、きっと――。

 

 眞矢は少しだけ困った表情を浮かべて、答えてくれた。

 

「……ごめん、何のことを言っているの?」

 

 必死に、表情を笑顔のまま固めた私を誰か褒めて欲しい。

 

「ううん、気にしないで」

「もう、変な鶫」

「あはは」

 

 確定した。

 こいつは、眞矢じゃない。眞矢の皮を被ったナニカだ。

 なら、こいつの存在は眞矢の決意を汚すものになる。

 絶対に、殺す。殺して見せる。

 

 笑顔を浮かべながら、私はひそかに決意した。

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