殺したはずの親友は、次の日笑顔で挨拶してきた。 作:建築物の漬物
死体がないという事実は、単純に殺しても意味がないということを指し示している。
だから、次からはもっと工夫して殺さないといけない。
死体がそのまま残らないように、燃やすとか。
「でも確か人間って燃えづらいんじゃなかったっけ」
火葬場はすごい火力で人を焼くって聞いたことがある。
なら、ちょっと火をつけたぐらいじゃ多分人は燃えない。
他に死体を処分する方法を考えないと。
バラバラに切断する。
――これは私が耐えられなさそう。
眞矢を殺すってだけで辛いのに、それ以上の事をするのは辛すぎる。
でも、候補のうちにはいれておかないと。
それに、切断するにしても力仕事だから、私ができるかどうかわからない。
もっと簡単に、処分できる方法を考えないと。
「……川に流すか」
見つかるリスクは高い。
でも、手軽に処理できる。
それに、死体を遠くへ移動させればかえって来れないんじゃないかって。
試してみる価値はある。
川に流すなら、深夜に呼び出して……。
来てくれるのかな?
普通なら、こない。
でも、あのナニカなら来るというおかしな確信があった。
「なんで来るんだろう」
普通なら来ない。
でも、ナニカは私の言う事なら大抵聞いてくれる気がする。
眞矢だったら軽く窘めてくるようなことでも。
これも聞いてみる?
いや、どうせ曖昧な答えしか返ってこない。
そうやってのらりくらりと躱される予感しかしない。
口ではどうやっても私は眞矢に勝てないんだから。
「違う、あれは眞矢じゃない」
眞矢じゃないけれど。眞矢ではないんだけれど。
どうしても、眞矢にしか見えない。
苦しい。苦しい。苦しい。
眞矢は死んだはずなのに。眞矢は私が殺したはずなのに。
眞矢の姿を見る度に、あれは嘘だったんじゃないかって思いたくなる。
眞矢の決意を踏みにじる行為だ。許されるべきではない。
眞矢がどんな思いで殺してくれと言っていたか。
どれ程の覚悟で殺してくれと言っていたか。
「うっ」
胃の内容物を地面にぶちまける。
この後味の気持ち悪さにも、もうすっかり慣れてしまった。
体に悪いよ。なんて言ってくれる眞矢の幻聴が聞こえた。
「眞矢……」
本当に、本当に。
あなたは、何に巻き込まれているの?
深夜。明らかに不審な呼び出しなのに、眞矢の姿をしたナニカは来てくれた。
予想通り。来てくれてしまった。
川辺の大きな石を踏んで。目の前に渦巻く黒い流れを見下ろす。
ナニカはちらりと川の方を見て、少しだけ嫌そうな表情をした。
「……今回は溺死?」
驚いた。驚かされた。
その言葉がナニカ側から出てくるとは、思わなかったから。
「殺されるって分かってたのに、来てくれたの?」
「うん。だって、鶫のお願いだもの」
鶫のお願いなら、何でもするよ。
眞矢は少しだけ顔色を悪くして言った。
死ぬのが怖くないわけじゃない。明らかに、嫌がっている。
よくよく見れば体は震えているし、視線は方々をさまよっている。
暗い中ですら分かる程、怯えている。
「逃げるって選択肢はなかったの」
何を言っているんだ、私は。
殺すために呼びだした癖に。
殺すって決めている癖に。
なら、この問いには何の意味もないじゃないか。
「殺されるのが分かってるなら逃げればよかった。来なければよかった」
黙れ。
それ以上喋るな。
私よ、それ以上口を開かないで。
「私のお願いだからって、意味が分からない! そんなに怖がってる癖に!」
――眞矢みたいに、臆病に振舞わないで!
叫ぶと同時に、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
止めようと思っても、もう無理だ。
ぽろぽろと大粒の涙が、川辺の石を黒墨のように染めていく。
夜の闇が水面を黒く、黒く、染めている。
「……でも、鶫の願いだから」
恐怖を押し殺して、笑う。
分かる。わかってしまう。
だって、私は誰よりも眞矢と一緒にいたから。
眞矢の一挙一動が、よくわかる。
駄目だ。これ以上話しちゃ駄目だ。
話すと、殺せなくなる。
「――眞矢」
「うん、なあに、鶫」
「今から、殺すね」
「――うん、わかった」
ふざけたやり取りだなって思った。
でも、このやり取りは初めてじゃない。
あの日、あの山で。
眞矢の首を絞めた時にも、似たようなやり取りをした。
『今から私を、殺して』
『眞矢——』
『大丈夫。怖くないよ』
言いながら、眞矢は私の手を彼女の首元に引き寄せて。
私は、首を絞めた。
私は今回も同じように、目の前に眞矢に手を伸ばして。
首に、手をかけた。
「がっ」
締め付ける。苦しみから、息が漏れる。
反射的に、眞矢の手が私の腕にかかる。
ただ、力は意図して入れようとしていないのが分かる。
――奥歯に、力が入る。
力を込めて、その場に押し倒す。
背中から勢いよく倒れたことで頭を打ったのか、じわりと後頭部部分から川辺の石に染みが広がっていく。
意識は失っていない。
それでも、抵抗しないように必死に堪えているのが分かる。
どうして?
こんなに震えているのに、こんなに怖がっているのに。
どうして、死ぬのを受け入れられるの?
――本当は死にたくなんかなかったんじゃないの?
しばらく首を絞めていると、ふっ、と私の腕を掴んでいた手から力が抜けたのを感じる。
意識を失った合図だ。
この状況は前にも見た。山で、見た。
「まだ、駄目」
しばらく首を絞め続けないと。
まだ失神しただけ。そう自分に言い聞かせる。
なんでそうしないといけないって知ってるんだっけ?
ああ、眞矢が教えてくれたんだった。
全部、眞矢が教えてくれたんだった。
「うぅ、うぅぅぅぅぅぅぅぅ」
涙が溢れて止まらない。
どうして?
今私が首を絞めているのは、偽物のはずなのに。
どうしてこんなに涙が溢れて止まらないの?
「眞矢、眞矢ぁ」
言葉にしても、返事は返ってこない。
来るはずがない。
私が、殺したんだから。
今度は、埋めるわけじゃない。
川に放り投げて、闇の濁流にのみ込まれるのを眺める。
そうして、そのまま。
眞矢の死体は、下流へと流れていった。
多大な喪失感を再び味わいつつ。
心の底で、明日になったらまた会えないだろうか。
そんな風に、思ってしまっている自分がいたことに気が付いた。
即座に自分の腹を殴る。戒めるために。
眞矢は死にたがっていた。殺してほしがっていた。
なら、殺してあげる。そう決めたのに。
私の覚悟はとっくに、何度も何度も繰り返される苦しみで鈍りつつあった。
――そうして、次の日、学校で。
眞矢は、少し申し訳なさそうな表情をして、おはようと私に言った。
本当に、ほんの少しだけ。
私は、喜んでしまった。