幽鬼、59回目のゲームに参加する
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現在、幽鬼はコンビニのアイスコーナーで非常に真剣に悩んでいた。
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幽鬼の前には多くの種類のアイスが陳列されている。コーンのやつにモナカのやつカップのやつにその他エトセトラ…。ご褒美を前にした子供のように幽鬼の目は輝いている。右目が視力をほとんど失っているので、捉えているのは左目だけだが。そして、今二つの選択肢で幽鬼は非常に迷っている。お気に入りのアイスか、新商品のいちごのアイスか。
ここにくるまでの間に今日はお気に入りのアイスにしようと決めていたのだが、お目当てのアイスに辿り着く前に新商品の看板を見つけてしまったのだ。新商品という言葉に幽鬼は弱い。美味しいのか不味いのか食べるまでわからないそのドキドキがたまらないのだ。だが、幽鬼の口は既にあのホロホロ食感を求めている。幽鬼は唸った。人生とは手厳しいものだ。
幽鬼は二つのアイスを交互に睨む。その手前にある冷気を逃さないための扉には、真剣な顔をした幽鬼が映っていた。
そしてまず一番に、二つとも買ってしまうという、何の捻りも工夫もない安直な解決策が浮かんだ。
なんなら、幽鬼の財力があれば、ここにあるアイスを全て買うことは容易いことだ。だが、《一日一本まで》と自分に課しているルールを破ってしまうことになるし、それに、ちゃんとした運動習慣のない幽鬼はきっとぶくぶくと太ってしまうだろう。しかも、脂肪の蓄積先は胸ではなく全てお腹に。
幽鬼は下を向いた。絶壁だから、靴のつま先がよく見える。そもそも、邪魔だからどちらにも溜まって欲しくはないが。
ともかく、以上の理由によって、この方法は駄目だ。ならば必然的にどちらかを選ぶしかない。もちろん、買わないという第三の選択肢は幽鬼の中にはない。
幽鬼は顔を上げ、真剣に悩むべく、両腕を組んだ。幽鬼が軽く首を捻るとふと、一つの案が浮かんできた。
そうだ、半分こすればいいんだ。
突如として浮かんだ考えに、頭を振った。一体私は誰と半分こするつもりなんだ?
自問自答をすると、幽鬼の頭に、桃色の髪を二つのお団子にまとめた、可憐な女の子が浮かんだ。
幽鬼は再び頭を振った。
駄目じゃないか。あの子はもう幽鬼と何の関係も持たない。幽鬼はもうあの子の師匠ではないのだ。
〈2/5〉
一か月前、幽鬼は彼女との師弟関係を解消した。
主な理由は二つだ。
一つは、己が目標99回のクリアを目指すために、現在抱えている、視力という致命的な問題と向き合う時間が欲しかった。
二つは、あの子が自分だけのスタイルを見つけ出して、長生きしてほしかったからだ。
それを理由に、幽鬼はあの夜、別れを告げた。
あの子からの返事はもらってないが、きっと了承してくれていたはずだ。
あの子のためであり、何より私のために。きっと。
だから、あの子とはもう関わらない、関われない、関わりたくない。
もちろん、後悔なんてない。
だが、今を一緒に過ごすことは二度とない。もう会わないからといっても、あの子と過ごした時間が消えるわけではない。
だから、過去の時間を思い出すだけなら悪くないだろう。
一緒に訓練をしたり、生産性のない会話をしたり、正直を言うと楽しかった。
そうだ、思い出として大事に大事に心の中にしまっておくんだ。
幽鬼はわざとらしく何度か頷き、そう思い直した。心の中で燻るものがある気がするが、それはきっと円満ではない別れ方をしたためだろう。
幽鬼は組んでいた腕を組み直し、もう一度どちらのアイスにするかを悩むべく、ショーケースを睨んだ。
だが、集中することはできなかった。
アイスを閉じ込めるための扉に、先程と打って変わって、見たことがない顔が映っていたからだ。
幽鬼は人間らしい顔をしていた。
幽鬼は一つ笑いが漏れた。自身に対する嘲笑だ。《人間らしい》ってなんだ?幽霊っぽいのは自他ともに認めている事実だが、幽鬼は正真正銘、生きている人間だ。死にかけたことは、何度もあるが、生きている。それに、幽鬼はまだ18歳だ。平均的な寿命という意味では──全うできるかは置いといて──半分も生きていない。だったら、見たことない顔を見る可能性は十分にあるはずだ。
だから、そんなものは《普通のこと》──これからもありうることとして、無視すればいい。それなのに、どうにも気になって、選ぶのに集中できなかった。
理由は分からないが、このままではアイスコーナーの前にずっと立っている不審者になってしまう。昼夜逆転生活を送っている幽鬼にとってここのコンビニは生命線だ。出禁にされてはたまらない。
なので、幽鬼は扉をスライドして、自身の顔から目を逸らした。気持ちの良い冷気が肌を撫でる。
そして、開けたところで一つの事実が襲いかかった。開けたということはアイスを取らねばならない、という当たり前のことに気づいたのだ。何やってるんだ、お前は。
まだ悩むために開けたのだが、ずっと開けっぱなしではアイスが溶けてしまう。そしたら、悪意はないといえど、店に迷惑をかけてしまうことになる。そうなるのは幽鬼としても不本意だ。かといって、閉めてしまってはアイス選びに集中できない。
幽鬼は再び唸って、一つため息をついた。
仕方ない、そう思い、幽鬼は両方のアイスを手に取った。片方は明日食べればいい。
〈3/5〉
幽鬼は会計を済ませて、二つの商品が入ったポリ袋を左手に掲げ、外に出た。
その瞬間、優柔不断な幽鬼をたしなめるかのように強く風が吹いた。
「寒っ、マフラー持ってくればよかったな」幽鬼は両手を顔の前に持ってきて、息を吐いた。幽鬼の両手は一瞬だけ熱を持って、すぐ消えた。そろそろゲームの招待が来る頃なので、公園で体でも動かすかと思ったが、アイスが溶けてしまっては敵わないし、風邪をひいてはたまらないので、帰ることにした。体調は全てにおいて資本だ。もっとも、《バカは風邪をひかない》という言葉に従って、幽鬼は風邪をひいたことがないのだが。
幽鬼は少し考えて、いつもより早足で家路につきながらアイスを頬張ることにした。
運動は汗をかいて、体を冷やすし、片目が見えない影響でゲーム前に妙な怪我をこさえるのは良くないのでやめた。
アイスで体を冷やすということには目を瞑った。
〈4/5〉
さて、どちらにしようか。幽鬼はポリ袋を覗きながら考える。自分の顔がニヤけているのが分かる。結局、どちらも食べるんだから適当に取ったほうを食べればいいじゃないかという人もいるだろうが、そういうことではない。前回のゲームから二週間が経っているので、そろそろ─何なら今夜にでも招待が来るはずなのだ。なので、食べなかった方は数日お預けになるのだ。
幽鬼の口はあのホロホロ食感を求めている。しかし、招待が来たら新商品のほうは数日間お預けになってしまう。そうなったら、ゲーム中にアイスのことを考えて、支障をきたしてしまうかもしれない。そんな死に方なんてごめんだ。
いやでも、逆に新商品の方を取っておくことで、生きる動機が少しでも増えて、ゲームクリアに近づくかもしれない。幽鬼はまたしても唸った。とても難しい選択だ。
そんな風に、終着点の見えない思考を繰り広げていると、いつの間にか我が根城のボロアパートについてしまっていた。コンビニまでは大体五分で着くので、五分間ずっと悩んでいたらしい。
して、最近の幽鬼は散歩から帰ったら、毛布にくるまって、ストーブをつけて、適当に気になる映画かドラマでも見ながら、自堕落で至福な時間を過ごすのだが、今夜はその幽鬼の行為を阻む存在があった。
ボロアパートの前に闇夜に身を潜めるかのような黒い車が停まっていた。
幽鬼はその車が来る意味を理解している。
ゲーム参加の合図だ。
幽鬼が車に近づくと、運転席の方から、幽鬼よりも少し上背のある女性が出てきた。きっちりとスーツを着ているその姿は真面目なOLを想起させる。だが、幽鬼は彼女がそうではないことを知っている。少女たちの命を利用して見せ物を行っている運営の職員の一人。いわゆる、裏社会の人間。そして、命を利用されている側──通称プレイヤー──としてこの世界に浸かっている幽鬼の、専属のエージェントだ。
幽鬼とエージェントは向き合った。
「こんばんは、幽鬼さん〈アスレチックミート〉の招待へ参りました、のですが……今回のゲームの参加にあたり、一つ[[emphasismark:お願い > •]]をしたいことがあります。」
おや?と幽鬼は思った。怪我などで気遣ってくれて、誘い文句が変わることはたびたびある。だが、これは初めてのパターンだ。一体幽鬼に何を望んでいるのだろうか。もしかしたら、幽鬼は何か自分の知らないところでやらかしでもしたのだろうか。全く見当がつかない。幽鬼は身構えた。ポリ袋を握る手に力が入る。寒空の下だが、わずかに体温が上がる。
幽鬼は99回を目指している。それを目指すためなら、ゲームに参加するためなら、何でも受け入れてやる。幽鬼は意志を固めて聞いた。
「なんでしょうか?」
幽鬼は唾を飲んだ。エージェントは自身の毛先を触って答えた。
「髪を切らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「………はい?」
要求が小さすぎて、思わず聞き返してしまった。全身の力が抜け、ポリ袋を落としそうになった。幽鬼は慌てて握り直す。
さっき私が意思を固めた意味とはなんだったんだろうか。というか、わざわざ了承を得ないといけないことなのだろうか。幽鬼は聞いてみた。
「それが《お願い》…ですか?」
「はい、今回のゲームのコンセプトに合わせるためです。」
事前に答えを用意していたのだろう、間髪入れずに答えが返ってきた。でも、幽鬼が聞きたいことと少しずれていた。言い方を変え、もう一度聞いた。
「えっと…わざわざ、了承が必要なことなんですか?」
こちらは明確な答えを用意してなかったらしく、髪を触っていた手を顎に当てて、ゆっくり答えた。
「……人によりますが、願掛けをしていたり……気分が上がるからなど、色々気持ちに関わるからです。」
まごまごしながらだったが、はっきりと答えた。きっと、エージェントにも思うことがあるのだろう。髪や美容などはあまり興味のない幽鬼だが、思い当たる節はある。
ゲームの衣装の布面積が多かったり、動きやすかったりしたら、多少なりとも気分は上がったりする。それと似たようなものだろう。奇抜な衣装は平気で着せてくるくせに、変なところでこの運営は律儀だ。
幽鬼は幽霊と呼ばれるにふさわしい銀色の髪を、ポリ袋を握っていない方の手ですいた。すると、月明かりに照らされキラキラと反射した。多分、まだ風呂に入ってないが故だろう。それは腰あたりまで伸びているが、幽鬼にとっては、切るのが面倒くさくて勝手に伸びているものだ。それに二十九回目のゲームで頭皮に怪我を負っていて、人工毛を移植されている。なので、何なら幽鬼の体に生来あったものではない。
というわけで、幽鬼は髪に執着することはないし、切られても気にしないので
「いいですよ」幽鬼はあっさり返事をした。
「ありがとうございます。ゲーム終了後には元の状態に戻しますのでご安心を」
エージェントはお辞儀をしながら言った。
別に戻っても戻らなくてもどっちでもいいかな、とは思ったが、運営の好意を無下にするのも良くないかな、とも思ったので、口には出さなかった。
「で、どんな髪型なんです?」
気にしないと言っても、坊主にされたりしたら、流石に幽鬼も気が滅入る。よって、確認は必須だ。
「ああ、それはこちらです。」
エージェントはポケットからスマホを出して、操作をしてから、幽鬼に画面を見せてきた。画面には首から上だけの黒いマネキンに、かなり短めの銀色のかつらが被せられていた。幽鬼の髪色に合わせたのだろう。丸坊主にされるわけではないらしいので、一安心だ。エージェントは画面に操作を加えて、違う角度の画像も何枚か見せてくる。画面を見つめる幽鬼に「ツーブロックという髪型です。」と説明を加えながら、エージェントはどんどんスライドしていく。けれど、坊主でないことに一安心した幽鬼は既に、他人事みたいに画面を見つめていた。それから、一分くらいして全ての画像を見終わった。何だか妙に気合が入っていた気がする。
「何か気になることはあるでしょうか?」とエージェントが聞いてきた。
坊主でないのなら問題ないので、「大丈夫です」と答えた。
エージェントはスマホをポケットに引っ込めて、わざとらしく咳払いをした。
「では、改めまして……〈アスレチックミート〉の招待に参りました。ご準備はお済みでしょうか?」
──はい、もちろんです。
そう答えようとしたところで幽鬼はアイスの存在を思い出した。髪の話なんて初めてですっかり忘れていた。
「あー、……ちょっと待ってください……間違えてアイス二つ買っちゃってて…」
溶けてないかなと思いながら、袋から二つ取り出した。少し柔らかくなっていたが、気にするほどでもなかった。冬よ、ありがとう。
「エージェントさん、一本いかがです?」
幽鬼は片手に一本ずつ持って聞いた。どちらにしようか悩んでいたのでちょうどいい。どちらを幽鬼が食べるか、運命を定めてもらおう。季節が季節なので受け取ってもらえなかったら、そのときはそのときだ。
けれど、エージェントの反応はどちらでもないものだった。
「……また、アイスじゃんけんですか?」
エージェントは少し身構えて懐かしいことを聞いてきた。そんなこともあったな、と思う。確か、一年半くらい前だったか。生きるか死ぬかの世界に身を置いてる幽鬼が節目─《三十の壁》と呼ばれる呪いの回数に近づいたときに行われた、謎のインタビューをされたときだ。
幽鬼とエージェントは──半ば無理矢理だったが──ジャンケンで負けた方が二つのアイスの代金を払うという、ちょっとしたゲームをしたのだ。
結果としては幽鬼が勝って、エージェントに代金をもらった。かなり渋々という感じで、そのときのエージェントは少しふてくされていて可愛かった。それに、毎回奢ってもらってばかりじゃ申し訳ない、というあの子とも何回かやった。
大事な思い出だ。
幽鬼は少し笑って、
「違いますよ、今回は私の奢りです。」
「……では、お言葉に甘えて…」
そう言って、エージェントは少し警戒しながら、右手に持っていたアイス──新商品の方を取った。
幽鬼は思った。ゲームが終わったら、まずこのアイスを食べよう。
その後、ずっと外にいては寒いので、暖房の効いた車の中でアイスを食べた。いつもの食感は少し水分を含んでいて、少し違っていた。
数分経って、アイスを食べ終わったので、一旦ゴミを捨てるため─もちろんエージェントの分も─に部屋に行き、車に戻った。
幽鬼は今度こそ参加の意思を伝え、水の入った紙コップと、睡眠薬のいつものセットをもらった。勢いをつけて飲むと途端に眠気がやってきた。
ご武運を、と言った気がするが、まどろみの中の幽鬼には現実か夢かは曖昧だった。
幽鬼は59回目のゲームに参加した。
そして、このいつもと少し違うゲームで、幽鬼は自身のしでかしたことについて、贖罪するチャンスが与えられることになる。
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