七海千秋(別人)のようこそ実力至上主義の教室へ。 作:ろやる
・(前話に引き続き今話にも)本文中で、現実ではまずあり得ない事がいくつも起こっていますが、ご都合主義ということで…ご容赦ください。
「と、言うわけです。私が七海さんをご存知だったのはご理解いただけましたか?」
「う、うん。よくわかったからだいじょうぶ。後坂柳有栖さん、だっけ。自己紹介もせずにごめんなさい。」
「ふふっいえいえ。私が一方的に知っていただけですので。寧ろ私の方こそご挨拶するべきでしたね。申し訳ありません。」
「そんなことない!…と、思うよ?えっと、もう知られちゃってるけど、七海千秋です。これからよろしくね、坂柳さん。」
「ありがとうございます。坂柳有栖と申します。これからどうぞ、末長くよろしくお願いいたします、七海さん。有栖、と呼んでいただいてよろしいですよ?」
「う、うん。よろしく、有栖ちゃん。私のことも、千秋でいいよ。」
(ふふっ可愛らしい…)
「あ、有栖ちゃん?」
「あぁ、失礼しました。よろしくお願いします、千秋さん。」
ーー私のことかなり知ってる上にめっちゃ好感度高いんですけど……?
目の前でクスクスと上品に笑う坂柳さん、もとい有栖ちゃん。
何の因果か彼女はひょんなことからチェスを始め、ネット上では無敗を叩き出していたようだ。
ひぇ、ようじょつよい。
まあ、それは彼女が今話してくれたように当時の私もだったんだけど(遠い目)
七海千秋として生きてきて、すっかり心の声まで私になった。最早男だった記憶は記録のようなものとしてしか存在していない。
そんな私の若かりし頃の闇歴史を知られていて嬉し恥ずかしな今。思わず当時のことを思い返していた。
(いや〜あの時は凄かったなぁ。もしかしたら優勝者できるかもって軽い気持ちで年齢無制限の大きめな大会に出たらあれよあれよと才能によって勝ち進み、決勝まで行っちゃったんだもんなぁ…相手の選手、とんでもない顔してたなぁ。思わず少し笑っちゃったら何故か顔赤くしてたけど。)
そして優勝してからの反応で、ようやく私がしでかしたことの大きさを自覚した。
なにしろその大会は世界最大規模の大会の一つで、総賞金は数百万ユーロ規模に及び、近年の実績では優勝者に100万〜150万ドル前後(約1.5億円〜2.2億円規模)の高額賞金が贈られる大会だった。
そんな大規模な大会で優勝しちゃってから暫くの間はてんやわんや。お金は両親がしっかり管理してくれてるから問題は無いんだけど、当時は優勝おめでとうよりも、相当なやっかみがSNS上で相次いだ。
何言われようとチェス連盟の人たちは「不正などではなく正当な結果です。」と返していた。
しかし、決勝戦はちょっとはっちゃけてしまい才能の無駄遣いとも言うべき読みをして勝利した。何も知らなければあれは八百長だ不正だと言う声は出るだろうとは思った。
だが、予想以上に面白がる人達によって有る事無い事書きまくられており、遂には家への爆破予告まで出だした。
ちょうど同じタイミングで国際チェス連盟のほうにも不正だ八百長だ結果の改ざんだなどと言う声が相次ぎ、家族と共に国際チェス連盟とビデオ通話を行った。
「もう、たいかいにはでないようにきめました。そうすれば、だれもきずつかない、ですよね?」
と、まだ当時は幼かったため舌っ足らずの口で頑張って言葉にした。必死だったため思わず涙目になっていたような気もしなくはないがそれが原因か関係ないかはともかく、相手側からの通訳を介した声は悲痛なものだった。
「なぜ、才能がある幼い子がこんな酷い目に遭わなければならないのだ!!我が連盟にいる者で、あの決勝戦を知らぬものはいない!!!あれは真っ当な真剣勝負だった!!!!」
そんな感じで向こうの人たちは変わる変わる説得してくるので正直に言った。
「わたしは、たいかいにでられなくてもあのときのみんなやせかいじゅうのひととじゆうにちぇすができれば、それいじょうはいらないよ」
そう言ったら何故かその場の全員泣いた。私ももらい泣きした。
みんなで一頻り泣いた後、画面の向こうの後ろの方で同じく泣いていた決勝で戦った相手がやってきてこう告げる。
「2度とこのような事が起きないように、徹底的に対策を行いましょう。」
とーー
その結果、国際チェス連盟との共同声明を行い、関係各所から謝罪の電話や慰謝料、直接会っての謝罪の申込が相次いだが全てキャンセルした。暗にこう言ったのだ。
ーー今回の騒動をすべて無かったことにしろ。そうすればこちらは何も訴えないぞ、と。
結果として、今現在、七海千秋は平和な毎日を過ごしながら、たまにネット上でチェスをプレイしている。
ーー
結構喋ったし、高校に着くまで少しゆっくりしようとお互いに決めた七海は、目を瞑りながら懐かしい思い出を思い返していた。
やがてバスが停まる。目を開けると、目の前には立派な校門が見えた。
「ついたようですね。」「ついたみたいだね。」
思わず2人で目を見合わせて笑い、開いたバス扉から降りる。
暖かい春の日差しが、2人の入学を祝福しているようだった。