その夜、いつかのように、るるかはベッドに座り、くれあと向き合っていた。
「るるか、はじめての事件の話の続き、私には話してくれるのよね?」
なにかを予感しているのだろうか。問いかけるくれあの瞳が不安げに揺れている。
できれば、話さないままでいたかった。でも、くれあもまた、名探偵になった。
まことみらい市キュアット探偵事務所の名探偵に。
だから、潮時なのだろう、とるるかはひとつため息をつく。
「さっき話さなかったのは、計画者の話」
るるかもまた、自身の声が少し震えるのを自覚した。
「二十三名もの人をつなぎ合わせ、それぞれにアリバイを作り、ほころび一つ残さない。それは神業。余計なひとを巻き込んでも、証言が少なすぎても成り立たない」
まず、裏切りや失敗がない人間を二十三名、過不足なく選択することが、不可能に近い。ましてや、それらの人々を説得し、なだめ、同情をひき、それと気づかせずに嘘をつかせる。しかもそれをひと月程で成功させるとなると、今のるるかであっても難しい。
なぜなら、るるかの調査で、そして警察の調査で、『アリバイ工作における大事な交渉は、おじいさん自身が行っていた』ことが明らかになっているからだ。
つまり、老人の後ろに計画者が居たとしても、複雑な交渉自身は老人本人がやらなければならないのだ。
しかしるるかの複数にわたる観察は、あの老人ではそのような緻密な計算を必要とする対話をできない、と結論づけていた。
「だから、あのおじいさんが犯人ではありえない、けれど、おじいさん以外に犯人はありえない、という矛盾が発生していた」
当時の悩みぬいた疲れた顔をしていたるるかを思い出しながら、くれあは小さく顔を歪める。そして、囁くように呟いた。
「でも、ひとりだけ……私たちの周りで、ひとりだけそれが可能な超人がいる。そう、考えついたのね……」
掠れたくれあの言葉に、るるかは頷いた。
「そう、花崎まふる。暁の証明。ロンドンのキュアット探偵事務所の名探偵。彼女なら、完全な犯罪が構築できる。緻密な計算も、アリバイの設計も、そして不可能なはずのおじいさんの代わりに関係者を説得することも……名探偵プリキュアの力を使えば、可能だった」
いくら考えても、おじいさんの犯行以外の可能性は見いだせなかった。
でも、どう考えても、半ば狂人となっていた老人に、あの犯行は不可能だった。
だったら、その可能性を除外して残るのは――
『不可能なことをすべて除外してしまえば、残ったものが、どんなにありそうもないことであっても、それが真実』
他者にばれない程の完璧な変装能力を可能とするのは、当時の技術力では名探偵プリキュア以外にあり得ない。そして、当時の名探偵はまふるとるるかのみ。
るるかが犯人ではありえないなら――花崎まふるが計画者。
それが当時のるるかの結論だった。
あの哀れなおじいさんをそそのかし、やる気にさせ、まるで自身がやったかのように思い込ませた。その裏で、おじいさんに化けて、諸々の関係者を選択し、説得し、騙して犯罪に加担させた。
まふるであれば、理由をつけてあの老人に接触することも簡単だっただろう。
「あの哀れなおじいさんくらい、彼女の話術なら簡単に洗脳できたでしょうね」
そもそも、あの電話を受けた日に、るるかはかすかな違和感を覚えていた。
プロの警備員が、狂人にも見える老人に他人の情報を簡単に教えるものだろうか?
そして、老人の口から洩れた『暁の証明』の名前。
「でも……まふるさんが計画者として、なんのためにそんな計画を立てたと思ったの?」
「本当のところは分からなかった。ただ、私が名探偵としてやっていけるのか、を測ろうとしたんじゃないか、と思った」
だから、まふるはるるかを、名探偵の最初の仕事として、ゴードン男爵のパーティに参加させた。一見、意味のない、単なる経験値稼ぎと思われたあれもまた、るるかの名探偵としての資質を測るためのまふるの計画のひとつだとしたら。
どこまでが、彼女のプランだったのか見通せない。
おじいさんの奇行も、それをるるかが指摘することも、最初からプランに入っていたのだろうか?
当時のるるかには、どうしても自分の出した結論が信じきれなかった。
しかし、老人が亡くなった、という報が入った後、事件のあらましを報告に行ったとき、まふるはただ静かに頷いた。そして、「頑張ったね、さすがはうちの名探偵だ」そう褒めた。
「私はね、まふるさんに『アメイジング』と言われたとき、瞬間、頭が真っ白になって……そして、納得した」
怒るでもなく、たしなめるでもなく、ましてや老人を死に追いやってしまった原因を作ったかもしれない弟子をいたわるでもなく、ただるるかの名探偵のあり方を、そうであれ、と後押しした。
まふるはあのとき、ロンドンのキュアット探偵事務所の名探偵とはそうあるべきだ、と示したのだ。
きっと、まふる的にはるるかの名探偵としての行動は合格点だったのだろう。
だから、るるかは、自分がそういう名探偵であることを受け入れた。まふるが肯定したからじゃない。そういった思想の探偵事務所の名探偵として、るるかは試験に合格して、名探偵になったのだから。
ただ、親友のくれあ、優しい彼女には、そんな名探偵にはなって欲しくなかった。
るるかと同じ推理をしながら、罪を犯した子供の気持ちを慮って、真相を言い出すことができなかった、優しくも不合理的なくれあなら、名探偵なんかにならない方が良い。
実際、まふるはあの試験以来、積極的にくれあを名探偵にしようとはしなかった。まふるはくれあの才能は認めつつ、あのたった一回の試験だけで、まふるの求める名探偵たりえない、と見切りをつけていた、とも考えられる。
「だから――あなたが名探偵プリキュアになったときは、絶望した。あなたには、名探偵なんかになって欲しくなかったから。でも、あなたは――」
「そうね。私は、ロンドンの名探偵プリキュアじゃないわ。あそこでは、試験に落ちちゃったから。私は、まことみらい市キュアット探偵事務所の名探偵」
くれあは誇らしげにそういって、るるかに寄り添うと、その小さな手をきゅっと握った。
「私は、るるかとは違う名探偵を目指すわ。あんなちゃんとみくるちゃんと一緒に」
るるかを見返す瞳は力強く、試験当時の一歩引いたような線の細さはみじんもなかった。
「そう、だね。頑張って」
るるかは、くれあのくれた手の温かさに、知らずこみ上げるものがあった。長い間、くれあにも言えなかったこと。その重圧からやっと解放されたことに、安心したのかもしれない。
「るるかは、るるかのまま、名探偵を続けるの?」
「もちろん。私の名探偵としてのあり方は、あの日からなにも変わらない」
まふるの求める名探偵のあり方を、るるかは否定しない。
ただ、そのあり方はあまり好きではなく、友だちにはそうなって欲しくない、という単なるわがまま。それがいつしかエゴとなり、くれあの未来を縛ってでも彼女を守りたいという思いが暴走し、結果、自分も彼女も傷つけることになってしまった。
でも、くれあはきっともう大丈夫。
じゃあ、みくるとあんな。ふたりの後輩は?
彼女たちがどんな答えを出すかは――今後のお楽しみ、なのだろう。
森亜るるか最初の事件【完】
るるかはなぜロンドンを信用しなかったのか?
どうしてくれあは長く役なしのまま、るるかの私的な助手をしていたのか。
それらを合理的に説明しようとしたら本作になりました。
みなんさんは、るるかとくれあ、そしてまふるの関係をどのように整合性をつけているのでしょうか?
ぜひご意見、ご感想を聞かせていただけると嬉しいです。
次回は、小林みくるの冒険(全3回)です。
11/9 18:00更新予定。