森亜るるかの事件簿   作:ものぽり

2 / 2
その依頼受けないが吉(2)怪盗からの依頼

るるかたちは、まことみらい市の街を公園に向かって歩いていた。

秋の陽射しが穏やかで、澄んだ空気が肌に心地よく触れる。空は高く、どこまでも青く澄みきっている。

「気持ちいいねぇ」

あんなが、マシュタンの占いのことなどすっかり忘れたかのように、呑気な声をあげた。

みくるも嬉しそうに辺りを見回しながら、建物や通りの名前を次々と解説しはじめる。るるかとくれあは、そんなふたりの様子をほほえましく見つめながら、ゆっくりと並んで歩いた。

こうしてみんなとピクニックに行く時間があるなんて、日本に来てから考えもしなかった。るるかはひどく感傷的な気持ちになった。この時間がいつまでも続いてくれたら良いのに、と思う。

しばらく歩いて公園に着くと、皆で変わりゆく木々の葉の色や、海を望む景色を楽しみながら、ただ散策をした。広々とした芝生の上をゆっくり歩き、秋の風を感じる。そうしているうちに、だんだんとお昼の時間が近づいてくる。

「そろそろお昼を食べる場所を探しましょうか」

掲げたランチボックスを見せながら、くれあが提案する。

「はいっ」

後輩二人が元気に返事をした。

るるかはふと、なにげなく公園の外に目を向ける。意外と近い位置に、大きなビルが建っていた。

「ここで一番の国際ホテルですよ」

みくるが、るるかの視線の先の建物を見ながら言った。

「最上階には場所もお値段もたっかいレストランがあるそうです」

「美味しいのかな?」

あんなの問いかけに、みくるは大きく頷く。

「そりゃ、美味しいよ! だって、お値段マシマシだしね」

食べたこともないであろうに、そんなことを言っている。

そんな高級店の雰囲気の中で食べる料理なんかより、みんなで食べるくれあのランチの方がきっとおいしいだろうな、とるるかは思う。

「ふふ、いつか私たちで大事件を解決したら、そのお祝いで行けたら良いわね」

くれあがそんなことを言いながら、「あそこらへんが座るにはちょうどいいんじゃないかしら」と、道に面した公園内のベンチスペースを指さした。

みんなでベンチに座り、ランチボックスを広げた。

中には、くれあが丁寧に作ったサンドイッチが並んでいる。ふわふわのパンに挟まれた具材は、新鮮な野菜とハム、少しとろみのある橙色のソースが絶妙に絡み合い、見るからに美味しそうだった。秋の陽射しがサンドイッチを優しく照らし、食欲をそそる。

「はなまるおいしそうっ」

あんなが嬉しそうに声をあげる。

「ぽちぃ!」

胸元のポーチに扮したポチタンが、幼い声で同意した。

「どれから食べるか迷っちゃうね!」

みくるがうろうろと手を動かすのを、くれあが微笑みながらたしなめる。

「たくさんあるから、落ち着いてね」

秋の陽気は穏やかで、時折吹き抜ける風が涼しく肌を撫でる。るるかはその心地よい風を感じながら、何気なくホテル側へと目を向けた。

すると、偶然、ひとりの大男と目があった。

その大男もまた、るるかたちの存在に気づいたのか、大きく目を見開いた。そして、なぜか涙を流さんばかりに顔を歪ませる。

彼の名前はゴウエモン。怪盗団ファントムの幹部のひとりで、迷宮作りを得意とする筋肉質の男だ。その性質は一言でいうならば暑苦しい。義理人情の男と自認しているようで、かつてるるかが怪盗団ファントムに身を置いていた頃、先輩風を吹かせながら絡んできた相手でもあった。

「おぉっ! 元弟子! キュアアルカナ! ここで会えるとはまさに運命っ!」

その大きな声に、るるか以外も一斉にゴウエモンへと目を向けた。

「あっ、ゴウエモン!」

「まさかこの近くでマコトジュエルが?」

あんなとみくるが驚きの声をあげるのに対し、るるかに抱えられたマシュタンが嫌そうにため息をついた。

「いやな予感しかしないわね」

「同意」

るるかがうなずくと、果たして、喜び勇んだかのように走り寄ってきたゴウエモンは、るるかに向かって言った。

「元弟子! 同僚だったよしみだ、どうか、ニジーを助けてやってくれ!」

それは、ゴウエモンから名探偵るるかへの、依頼だった。

「却下よ」

るるかの代わりに、マシュタンが冷たく言い放った。

「なっ!」

言下に断られると思ってもいなかったのか、ゴウエモンは衝撃のあまり大きな体をのけ反らせる。

「今日はみんなでピクニックに来たの。探偵の依頼は受け付けない」

るるかもまた、突き放すように言った。

「なんという薄情な女! 怪盗団ファントムではあれほど世話をしてやったというのに!」

「それこそ余計なお世話」

にべもないるるかに、ゴウエモンはそばに座るあんなたちへと目を向ける。

「今日のキュアアルカナはなんか、普段よりも当たりが強くないか?」

あんなたちは顔を見あわせて、代表してくれあが答えた。

「こちらにも事情があるのよ」

苦笑いをするその姿を横目に、それでもゴウエモンはるるかに対して言いつのる。

「そっちにも事情があるのかもしれねぇ。だが! ここはひとつ! かつての師匠に対する借りをひとつ、返すつもりでこの依頼、受けちゃぁくれねぇか?」

覚えもない借りまで持ち出して懇願してくるその必死な物言いは、るるかよりも先に、優しいふたりの後輩を陥落させた。

「あの、るるかさん。マシュタンの占いはわかりますけど、なにがあったのかだけでも聞いてあげたらどうでしょうか?」

「なんかすごく必死で、見過ごせません」

そもそもゴウエモンは怪盗団ファントムの一員であり、私たちの敵でしょうに―と、るるかは心の中で小さく嘆息した。

「るるか……」

くれあが心配そうに声をかけてくる。

るるかは、ふぅっとため息をつくと、「マシュタン、ごめん」と小さく胸元の妖精に囁いてから、ゴウエモンへと向き直った。

「依頼を受けるかどうかは、話を聞いてから」

そう言って、ゴウエモンに話を促す。

「おぉっ、助かるっ!」

ゴウエモンはどっかりとベンチの空きスペースに腰をかけると、話を始めた。

 

*

 

「なんで、あんなお高いレストランにニジーがいるの?」

ゴウエモンの説明に、あんなが驚きの声をあげる。

なんでも、ベンチからも見える国際ホテル。あの最上階に位置するレストランに、今、ゴウエモンの同僚のニジーがいるという。

ニジーは怪盗団ファントムの幹部のひとりで、優雅な変装を得意とする男だ。常にバラを持ち歩き、エレガントな手口で盗みを働くことを矜持としている。

「今日はあいつのご褒美デーなんだよ。俺なんかは、宵越しの銭は持たねぇってな感じで、あればあるだけどら焼きに突っ込むが、あいつは俺と違って、こつこつと金をためて、時々高級料理を食べに行ったりしてるんだ」

気障な彼らしい趣味と言えなくもない。

るるかはなんとなく納得した。そういうるるかは、あればあるだけアイスに突っ込むという点では、ゴウエモンに近い。

「で、なにがあったのかしら?」

マシュタンの問いかけに、ゴウエモンはきりっと眉を吊り上げた。

「人間が死んだ」

「え?」

急な言葉に、一同の言葉がつまる。

「そのレストランでは、ニジー以外に、十人くらいの金持ちの家族が、家長になるのか? じいさんの誕生会らしきものをしていたらしい。そして、そのじいさんが死んだ」

「それは、殺された、ということ?」

「分からない。ニジーからの報告は短いものだったし、ニジーも状況はよく分からないらしい。ただ、じいさんが死んで、レストランだかホテルだかの支配人が来て、警察に知らせる前に客の素性を調べたい、と言い出したらしい」

怪盗団ファントムは、彼らだけのやり方で互いの状況をのぞき見したり、情報のやり取りをできる能力を持っている。事件現場のニジーはあまり怪しげな態度をとれないために、最低限の情報だけをよこし、ゴウエモンに助けを求めたのだろう。

「なんで警察にすぐに知らせないんだろう?」

あんなの言葉に、るるかが答える。

「お高いレストランだと、警察のお世話になるとやっかいなことになるようなお偉いさんがいる場合もあるから。そういった人がいないか確認したいのでしょうね」

「なんか不公平……」

あんなは不満げだったが、そういうこともあるだろう。

るるかは再びゴウエモンに目を向けた。

「じいさんの死因は毒によるものらしい。ただ、食事中にじいさんのそばに近寄った親族はいないってことだ。だから、事件自体は自殺ってことでカタがつくはずだった。ニジーさえいなければ」

「まさか、ニジーが殺したの?」

みくるが驚きの声をあげたが、「ばかやろうっ」と即座にゴウエモンが否定する。

「俺たちが人間を殺すものか! ただ、今回はニジーのやつ、食事だけのつもりだったから適当な人間に化けていて」

「身分の証明ができない、というわけね」

るるかがぽつりとつぶやいた。

るるかの言葉に、ゴウエモンは大きく頷く。

「そうだ。今はなにを聞かれても知らないふりをして誤魔化しているが、いつまでもそうはしてられん。だから、どうにかニジーを助け出す手助けをして欲しい」

ゴウエモンは座ったまま、深々と頭を下げた。

なんか断り辛いうえに時間もないじゃないの、とるるかは困惑する。

単にニジーやゴウエモンがヘマをしただけなら、見捨てるという選択肢も十分にありえた。しかし、今回の話は、妖精であるニジーが人間の営みに巻き込まれた形だ。万が一、これが殺人事件だったなら、ニジーが冤罪を着せられる事態もありえる。それは、許されることではなかった。

るるかの心情的にもそうだったし、なによりキュアット探偵事務所のあり方が、古き良き時代―まだ人間と妖精が信じ合い、ともに手を取り合って暮らしていた頃を至上とし、その再現を究極的な目標と定めている。妖精が人間によって貶められることなどあってはならないし、それを見過ごすことは、キュアット探偵事務所、そして妖精と共に歩む名探偵プリキュアのアイデンティティに関わる問題だった。

るるかは目を閉じてふうっとひとつ息を吐いた。

「るるか…」るるかの覚悟の気配を感じたのか、くれあが悲し気な目で彼女をみていた。

「あっ、でもニジーだったら、そこから逃げ出すの簡単じゃないの?」

毎回の戦いの後、煙玉とともに姿を消すニジーを思い出し、あんなが提案する。

「それは、悪手よ」

くれあが静かに言った。

「自殺か他殺かよく分からない状況で、容疑者のひとりが突然逃げたら、その人が犯人、ということにされてしまう可能性が高いわ」

「それに、突然姿を消す、みたいな普通ではない逃げ方をすれば、怪盗団ファントムの犯行の可能性、ひいては妖精が人を殺した、という話になってしまうかもしれない」

「そうだ! 俺たちなら簡単に人間の前から逃げることはできるが、その結果、怪盗団ファントム、そしてウソノワール様の顔に泥を塗ることになったりしたら、死んでも死に切れん!」

ゴウエモンが血を吐くような苦し気な表情で言いつのる。

ウソノワールは怪盗団ファントムのリーダーであり、部下たちから絶対的な忠誠を捧げられている存在だ。ゴウエモンもまた、その力と美学に心酔し、忠実に従っている。

「でも、じゃあ、どうしたらいいの?」

あんなとみくるが困ったように顔を見合わせる。

一方、るるかは解決に向けた道筋はすでに出来上がっていた。ほとんど行き当たりばったりではあるが、少なくとも問題のひとつは簡単に解決できる。

「私はロンドンで活動していたとき、変装と偽名を使って活動することがあった。そのときの名刺とキュアット探偵事務所の名前を出せば、身分の問題は解決できる」

そう言って、るるかは立ち上がった。

「時間がない。ニジーが我慢できずに現場から逃げたり、支配人がしびれを切らしてニジーを犯人に仕立て上げたりする前に、彼を助け出す」

 




次回公開予定:10/14 18:00

感想や、展開予想など、お聞かせいただけると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。