「夢…まあ、人が突然消えるなんてありませんしね……」
不可解そうな表情を浮かべながらも、支配人は現実と自身の感情を何とか整合させようと努めていた。そして、はっとしたように顔を上げ、変装したるるかを睨みつけた。
「それよりもあなた! まるで日本語も英語も分からないようなふりをしながら、ちゃんと日本語を話せるじゃないですか!」
ニジーは、外国人風の容貌を活かして相手の言葉を解さないふりを通していたらしい。るるかは、あくまで落ち着いた声で説明を始めた。
「それについては、申し訳ありません。ワタクシにも事情というものがございまして」
一度言葉を切り、支配人の耳元にそっと顔を寄せた。
「ワタクシ、この後、あるお偉い様とのお仕事がありましてね。あまり面倒事が広がると、こちらのレストラン様にもご迷惑がかかったり、かからなかったりするものでして」
権力に弱そうな気配を察しての、はったりだった。懐から一枚の名刺を取り出し、差し出す。
「ワタクシ、イギリスの大学で教員をしつつ、探偵事務所でも働いております。モーリス・モリアーティと申します」
「大学の教員? 探偵……?」
急な情報の開示に目を白黒させながらも、支配人は名刺を受け取った。その名刺は、るるかがロンドンで探偵として活動していた頃、幼い少女の姿では舐められたり、調査を制限されたりすることが多かったため、借り物の姿として用いていた名前だった。探偵としての実績もある。ロンドンに問い合わせが入ったとしても、問題はないはずだった。
「そ、その、この後のお仕事というのは……?」
「それはもちろん、秘密です」
口元に人差し指を当て、意味ありげに微笑む。
「ですから、警察に連れていかれては困りますので。今ここで解決できるものなら、この事件、解決してしまいましょう」
は、はぁ、と生返事を返す支配人を無視して、るるかは改めて事件の現場――老人が亡くなっているテーブルへと目を向けた。
十五人程度が座れるよう、横に長くつながれた長テーブル。座った客の足首あたりまで垂れ下がった真っ白なテーブルクロスがかけられている。一番奥の、ぽっかりと空いたスペース――いわゆるお誕生日席とでもいうべき場所に、白髪の老人が俯せに倒れていた。両脇には席はなく、少し離れたところから両側に親族や家族が座る場所が用意されている。この配置は、その老人が今回のパーティの主催者であることを示すと同時に、家族の中での立ち位置をも物語っていた。絶対的な権力者でありながら、誰も近寄らせず、近寄らない。孤独な老人の悲哀を、るるかは静かに覚えた。
「……なぜ、ご遺体をあのままに?」
「私共としては早く警察を呼びたいのですが、鬼島さま――あの、亡くなられたご老人のご一家になりますが、そちらのご親族の方々が『面倒は困る』『これは自殺で間違いないだろう』とおっしゃられて、警察を呼ぶことに反対されているのです」
それに、あなたのような不審な方もいましたので――と、ぼそりと呟いたのがるるかの耳にも届いた。支配人も、不本意な出来事にストレスを溜めているのだろう。
「自殺、というのは本当ですか?」
「鬼島源治さま、お亡くなりになったご老人のお名前ですが、彼の席はあのようにご親族の方の席とは少し離れております。食事中に、源治さまのそばに近づいた方もいらっしゃらない、ということでした」
「たしか、毒で亡くなった、とのことでしたね。それなら、失礼ですが、このレストランのウェイターの方などが毒を入れることもできたのでは?」
そう指摘すると、支配人は途端に顔を真っ赤にして反論してきた。
「うちの職員が、鬼島さまを害する、それもこのような場所で! そんなはずはないじゃないですか!」
その猛烈な勢いに、るるかは彼らが警察を呼ばない理由の一端を垣間見た。彼らもまた、変に事件性を見出されて面倒事に巻き込まれることを恐れているのだ。
るるかは、改めて鬼島家の一同を見渡した。席には十人の大人の男女がいる。家族で言えば、三から四家族ということになるのだろうか。みな癖が強そうで、なにより今回のパーティの主役であるはずの源治が亡くなったというのに、それを悲しんでいる様子が微塵もない。
「なぁ、自殺ってことになったら、保険金、おりないんじゃないか?」
「相続される遺産だけで我慢しなさいよ」
「でも、あの外人が殺したってことになれば、保険金下りたんじゃないのか?」
漏れ聞こえる会話だけでも、吐き気がするような言葉ばかりだった。
るるかは小さくため息をつき、支配人に尋ねた。
「あの、今日このレストランにご予約された鬼島さんのご一家の方々は、あれで全員ですか?」
「鬼島源治さまを含めて十一名で予約をいただいております」
支配人の言葉に頷き、るるかはさも当然のように言った。
「でも、それですと、おひとり足りませんよね」
その声が聞こえたのか、鬼島家の人々の会話が一瞬止まった。
「え、ご予約の人数通りの方がおりますが……」
鬼島家の人数を数えながら困惑する支配人に、るるかは指を差した。
「いえ。テーブルの上のお皿と食器の数を数えますと、確かに十一名にもうひとりいらっしゃる痕跡があります」
指さした先には、小さな取り皿と、先の汚れた小さなフォークがあった。
「あれは、この場所にもうひとり――小さなお子さんが居た、ということではないでしょうか?」
次回公開予定:10/18 18:00
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