「やあ、会いに来てくれたんだね、名探偵さん」
おじいさんは、容疑者のひとりとして留置されていた。しかし警察の話によれば、現時点でもアリバイは崩せず、数日もしないうちに釈放されるだろう、ということだった。
「お嬢さんも、はやく警察に言ってあげておくれよ。俺は犯人なんかじゃないって」
るるかに対して、おじいさんはへらへらとした笑みを浮かべながらそう言った。
「なんで……なんで私に電話をかけたんですか?」
るるかにはいくつかの疑問があった。その中でも、これは答えてくれるだろう、という質問をした。果たして老人はあっさりと口を開いた。
「感謝していたからさ。電話でも言った通り。お嬢さんがあの時止めてくれたから、俺は、刑務所にぶち込まれたり、死んだ娘や孫に恥ずかしい思いをさせずにすんだんだ」
ありがたや、ありがたや、とるるかに手を合わせる。そこにはやはり、優れた知性は感じられず、正気と狂気の狭間に揺蕩っているひとりの老人がいるだけだった。
「おじいさん、あなたはせめて、私への電話はしないべきでした。そうすれば――私はあなたを疑いきれなかった。あなたを集中的に捜査することをせず、真相を見過ごしていたかもしれない」
るるかは目を閉じて、そして再び開いた瞳で、老人の濁った瞳を強く見返した。
「私は、すべての容疑者の方々を、関係者の方々のアリバイを見返しました。そして一番、責任がなさそうで、自覚をしてなさそうなひとを責めました。おじいさん。あなたの孫のふりをして」
「……え?」老人が訳が分からない、という顔をする。
そんなリアクションを、るるかはじっと見つめながら、丁寧に老人に説明する。
るるかは、まず老人がアリバイ作りの交渉を行った、という前提に立ち、自覚なしに偽証したひとは老人に同情したのだろうと考えた。そこで、その同情の理由のひとつであろう、あの日も語っていた『娘も孫も自殺した』という身の上話を、るるかという存在を孫のひとりと誤認させることで疑わせたのだ。
そうやって、ひとつの言葉を疑わせ、老人の言ったであろう言葉のひとつひとつを信じられなくさせていく。相手が善良で、なにも知らない一般人であるがゆえに、騙されたと思えば、簡単に正直者に生まれ変わった。
「その人は、証言を翻しました。哀れなおじいさんの言葉を信じて、ちょっとした嘘の証言をしたんだ、と認めました。後は、簡単です。ひとりずつ、ひとりずつ、絡まった糸をほどくように、隠された偽装を暴いていきました」
物わかりの悪い子供に話すように、るるかは静かに語る。
「自覚のない嘘、同情による偽証、そういったものから、自身を容疑から逃すための積極的な偽装まで、完璧であればあるほど、ひとつのきっかけさえあれば簡単に綻びが生まれていきます」
精巧であるがゆえに、システムは一度壊れると脆かった。ひとりのアリバイで証言された時間が実際とずれているとわかると、その人の証言によってアリバイをなしていた人物の証言の内容が誤認であることが分かり、その誤認を踏まえると、その次の人のアリバイが怪しくなっていく。この繰り返しだった。
「確かに事件のアリバイ設計は強固でした。でも、精緻に組み立てられすぎていたんです。蟻の一穴から、すべては崩壊し、皆さんのアリバイはすべて見直されることになりました」
「う、嘘だろう?」
老人は、るるかの言葉に呆けたような表情を浮かべる。だが、残念ながらそれは嘘ではない。るるかも、初めは信じられなかった。この知性に乏しくみえる老人が、一片のミスもなく最適な人選を行い、相手の心をつかむ説得を行い、時にはだまし、時には泣き落として、二十二名もの人間を巻き込んでのアリバイ工作を行った――。
ありえざる証拠が、るるかの手中にいくつも積もった。
なによりもるるかを困惑させたのは、重要なアリバイ工作に関わる交渉や説得を、いずれの関係者も、この老人本人から受けたと証言していることだった。
「容疑者のアリバイはすべて破棄されました。もちろん、あなたのもです。だから、おじいさん、あなたはここから出られません」
るるかの言葉に、老人はがっくりと肩を落とした。その様子をるるかは観察する。
「次の質問です。今の気分はいかがですか?」
「は、はははははっ!!」
るるかの質問に、老人はがばりっと顔を上げた。そして、酷く嬉しそうに笑った。
「そんなことを聞くのか、お嬢さん!」
ひひひひひ!と、見るからに正気ではない笑みを浮かべながら、老人は逆にるるかに問いかけた。
「俺こそ、あんたに聞きたいよ。この哀れな老人が必死に考えた犯罪を明らかにして、絶望に堕としてどんな気持ちなのかってねぇ!」
老人はるるかに言いつのる。
「どうなんだ、名探偵さん? あんたが、あんたが俺の罪を暴いたせいで、俺に協力してくれた奴らも、だまされただけの善良な一般人も、みんな、みんな、犯罪者だぁ! お前のせいで! お前のせいでぇ!!」
叫びながら、仕切越しにるるかを怒鳴りつける。その凶暴性、自身の罪を認める言動。それらをもまた、るるかは冷静に観察する。冷徹に分析する。そして――確信する。
「最後の質問です。おじいさん、あなたの後ろにいる計画者(プランナー)は誰ですか?」
その瞬間、老人の顔から表情がすとんと消えた。
るるかはさらに問いかける。
「おじいさん。あなたでは、この繊細なアリバイ工作は不可能です。あなたは誰にそそのかされたのですか?」
るるかの言葉に、老人は突然、ぼろぼろと濁った両の目から涙をこぼした。
「お前も……お前のような孫の年にもならないような小娘すらも、俺に学がない、とバカにするのか……」
ぶるぶると身体を震わせて、なにかを爆発させるように、うおぉぉぉっ!!と叫び、るるかとの仕切板をバンバンと叩きながら叫んだ。
「俺は、ゴードンを殺した! やつを殺してやったんだ! 完璧な犯罪だった! たくさんのバカも巻き込んでやった! 誰も俺をバカにはさせやしねぇ!!」
あああああっ!!という咆哮に、あわてて警備の人たちが現れる。
「お嬢さん、なにやったんですか!こんなに興奮させて!」
警備員に怒鳴られながら、るるかはぺこりと頭を下げる。そして、これ以上の情報は得られない、と判断し、その場を後にした。
その夜。
老人は独房で、自室のタオルを使って首つり自殺をして亡くなった。
次回公開予定:11/1 18:00
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