今回は、三人目と四人目の貴公子が登場します。
次回は、五人目の貴公子とかぐや(ウミウシ)が登場する予定です。
偽物を持ち込んだことが露見した後も、和歌で輝夜を口説こうとした石作皇子。
一方、偽物の制作代金を求めた職人たちを逆恨みし、輝夜が彼らに与えた褒美をすべて奪い取った車持皇子。
もとより美貌で名を知られていた輝夜だったが、そんな質の悪い貴公子達を退けたことで、その評判は美しいだけでなく、知略にも長けた聡明な姫として、さらに都中へ轟くこととなった。
その結果、輝夜を一目見ようとやってきた野次馬や新たな求婚者が、連日のように邸宅の周りへと押し寄せるようになった。門を閉ざして侵入を防いでも、壁をよじ登って中に入ろうとする輩まで現れる始末。
そんな人々に辟易していた輝夜のもとへ、一人の貴公子が訪ねてきた。
「久方ぶりにお目にかかります、輝夜姫」
現れたのは、他の貴公子達とは群を抜いた財力を誇り、豪奢な衣装と装飾品を身に纏った、少し小太りな男性──右大臣・阿倍御主人であった。
輝夜が彼に課した難題は、火に入れても燃えない火鼠の皮衣。
どうやら彼もついにそれを手に入れたらしく、輝夜に献上すべく訪れたのだった。
「ふふ……石作殿や車持殿のような醜態は晒しませんよ。この私が手に入れた火鼠の皮衣は本物にございます。唐の豪商に我が家の財を傾けるほどの金を積んだ至高の逸品……とくとご覧あれ!」
そう言って、貴公子は誇らしげに重厚な箱を開けると、中には美しく仕立てられた一枚の皮衣が収められていた。
彼がそれを箱から取り出すと、神々しい光沢を放った紺青色の毛並みが露わとなった。
その毛並みの美しさに一人を除き、その場にいた誰もが息を呑んだ。
「なんと美しい……これは本物に違いない!」
皮衣に魅了された翁は、興奮して声を上げてるのに対し、輝夜は困惑した表情を浮かべた。
『えぇ……そんなに騒ぐほどか?とりあえず、今回も偽物だろうし、燃やしてみるか……』
輝夜は興奮する翁を宥め、まずは本物かどうかを確かめることにした。
「本当に素晴らしい一品ですね。ですが、これが真の火鼠の皮衣であるかはまだ分かりかねます。伝承にある本物ならば、火に入れたところで燃えることはないはず。確認のため、火に入れてみてもよろしいでしょうか?」
輝夜がそう尋ねると、貴公子は大口を開けて笑い、自信満々に胸を張った。
「ええ、どうぞどうぞ! 私が手に入れた品は本物に決まっておりますからな!」
こうして、皮衣を火で燃え盛る火鉢の中に入れて、確かめることになった。
─────
「では、火に入れます」
使用人がそう告げると、皮衣を燃え盛る火鉢の中に入れた。
その様子に貴公子は余裕の笑みを浮かべ、翁は火鉢の中に入れられた紺青色に輝く皮衣を見つめていた。
伝承では、火鼠の皮衣は火に燃えず、むしろ火によって美しさを増すとされていた。貴公子が持ってきた品が本物ならば、伝承通りになるはずだ。
しかし、輝夜は実在しない物と知っていたので、すぐに燃え上がるだろうと密かに貴公子を帰らせる準備を使用人に命じていた。
だが、いつまで経っても皮衣は黒く変色することもなく、美しい光沢を保ったまま、炎の中に鎮座していた。
『なんで燃えないんだ……?』
てっきりすぐに燃え上がると思っていた輝夜も、予想に反した展開に思わず目を丸くした。
「ハハハ! ほらご覧なさい! 燃えない! 全く燃えませんぞ! これぞ正真正銘、本物の火鼠の皮衣だ!」
貴公子が勝ち誇ったように声を張り上げ、翁も「おお……! やっぱり本物じゃ、本物の宝物じゃ!」と大興奮して目を輝かせた。
しかし、その興奮は長くは続かなかった。
「……ん?なんじゃこの匂いは?」
興奮していた翁が異臭に気付き、鼻を動かし、周囲を嗅ぎ始めた。香炉の香とは違う、独特な匂いが漂い始めていた。
だが、それ以上に輝夜の目を引いたのは、火鉢の中の異変だった。
『お〜、燃えとる』
異臭で騒ぐ周囲をよそに、輝夜だけが皮衣の変化に気付いていた。あれほど美しかった紺青色の毛並みが失われ、火に触れている端の方からジリジリと縮れ、黒ずみ始めている。
『やっぱり、さっきまで燃えなかったのは毛を青くしていた染料が原因だったか……』
輝夜がそう冷静に分析していると、皮衣からパチパチッと不穏な音が響いた。
次の瞬間、激しい炎が皮衣全体を一気に包み込んだ。
まるで乾燥した木のように瞬く間に燃え広がり、黒煙を上げながら灰へと変わっていく。
さっきまでの美しい紺青色の光沢など見る影もなく、火鉢の中に残ったのは、ただの灰の山だけだった。
「あ……あ、あ……あぁぁぁっっ!?」
貴公子の絶叫が屋敷に響き渡った。
自分の目の前で、家の財を傾けて手に入れた『至高の逸品』が、ただの灰に成り果てたのだから。
「そんな……バカな……! 先程まで燃えていなかったではないか! 唐の豪商が、本物だと言っていたのだぞ!? 莫大な金を、払ったのだぞ……!」
貴公子は大金を騙し取られ、姫の前で偽物を披露してしまったことにショックを受け、顔がみるみる土気色になっていく。
やがて、膝から崩れ落ち、その場に座り込んでしまった。
『……なんか可哀想になってきた』
その哀れな姿に輝夜も同情してしまうが、偽物は偽物。追い打ちをかける形で、求婚を受け入れられないことを告げた。
「どうやら、唐の商人に騙されてしまったようですね。……お気の毒ですが、燃えてしまった以上、これは偽物です。縁談はお受けできません」
貴公子は返事すらできず、魂が抜けたような顔のまま、使用人達に支えられて牛車へと乗せられた。
その後、彼は騙されたショックと恥辱から屋敷に引きこもり、二度と表舞台に姿を現さなくなったという。
◇
右大臣・阿倍御主人が輝夜の住まう邸宅に訪れて少し後、都ではとある人物の悪評が広まっていた。
その人物とは、輝夜に求婚した貴公子の内の一人──大納言・大伴御行である。
彼は輝夜から龍の首にある五色の宝玉を持ってくる難題を課されていたが、阿倍御主人同様に失敗に終わった。
だが、阿倍御主人が財産と少しばかりの名誉を失っただけで済んだのに対し、彼は財産から名誉、さらには身内からの信頼まで、なにもかも失ってしまった。
というのも、彼は失敗するまでの過程で行った傲慢で自分勝手な行動により、関わった全ての人々から怒りを買った結果で全て彼の自業自得だった。
では、彼が一体なにを仕出かしたのか──
事の始まりは、輝夜に求婚したときまで遡る。
当時の都では、絶世の美女と謳われる輝夜の噂でもちきりだった。
平安時代では、引き篭もりは美女のステータスだった。
身分が高く美しい女性は、他人に姿を見せないことが絶対であり、輝夜は引っ越しして以来、一度も屋敷から出ていないので、全てが謎に包まれていた。
それがより、都の男性達の関心を惹きつけた。姿を見せない謎の姫君という存在が、彼らの妄想と欲望を掻き立てていったのだ。
大伴御行もその一人で、他の男達に負けじと、我先に求婚を申し込んだ。
輝夜は仕方なく、求婚してきた五人の貴公子に婚姻の条件を与え、その条件を達成した者と婚姻を結ぶと宣言した。
そうして、大伴御行も輝夜の婚約者候補になったのだが、とある問題があった。
それは彼には正妻がいたことだ。
だが、貴族の社会では婚姻は一夫多妻制で、複数の妻を娶ることはおかしいことではなかった。彼が輝夜を娶るとなれば、輝夜の立場は側室となる。しかし、大伴御行は輝夜を正妻にするために妻と離縁し、屋敷から追い出してしまった。
まだ結婚することが決まっていない女性のために、長年連れ添った正妻を追い出すのは世間体的にも非常に悪く、他の貴族からは「薄情で恥知らずな男」と悪評が立っていた。
しかし、彼は悪評を意に介せず、輝夜のために屋敷を大々的にリフォームし、五色の宝玉を手に入れるために部下に命令を下した。
その際、彼は集めた部下達を前にこう言い放ったという。
「龍の首にある五色の宝玉を取ってこい! 持ち帰るまで二度とこの屋敷の敷居を跨ぐな! 手ぶらで戻ったらタダじゃ置かんからな!」
この時代の人々にとって龍は雨や嵐をもたらす、人智を超えた畏怖すべき存在だった。そんな存在を殺せと命じられた部下達は大いに驚いたという。龍の討伐は死んでこいと言われているのと同義だったからだ。
彼にとって部下の生死など、どうでも良かったのだろう。平然とこのような命令を下し、旅費を持たせて屋敷から追い出してしまった。
当然、命を軽く扱われた部下から怒りを買い、「やってられるか!」と任務を放棄してしまい、その際に部下が酒場で溢した愚痴が都中で広まり、彼の評判は更に下がることになった。
そんなことを一切知らない大伴御行は、いつまで経っても宝玉が届かないことに痺れを切らし、ついに自身の手で龍を討伐することにした。
しかし、彼が討伐に出向こうとした時期は、運悪く嵐が迫っており、船乗り達は船を出そうとしなかった。
これに苛立った彼は、何としてでも海に出るのだと、必死に止める船乗り達を叱責したという。
「何を臆しておる! 私を誰と心得る! 大伴の名を背負い、龍の首を討ち取らんとするこの私が、嵐ごときに足止めされるとでも思うたか!」
「しかし………」
「よいから船を出せ! これは命令である!」
「ですが……」
「………もうよい!嵐に臆した貴様等などいらん!私一人で船を出す!」
と、彼は船乗りの忠告を無視して船を奪い、一人で海に出てしまった。
そうして実在しない龍を探して出た船だったが、嵐の猛威を前に大納言の威厳は何の意味もなさなかった。
荒れ狂う大波に弄ばれ、恐怖のあまり彼は涙と鼻水を撒き散らしながら、龍に命乞いをしていたという。
「このような矮小な身でありながら、龍神様を討とうなどと…… なんと恐れ多いことを! どうか、どうかお許しくだされ!」
「しかし、これには深い事情がございまして……! 私とて、決して自ら進んでこのようなことをしたわけではないのです!輝夜姫が、龍神様の首にあるという五色の玉を持ち帰れと申したのです! 私はただ、あの姫の願いを叶えようとしただけで……!」
「どうか、どうかお怒りを鎮めてくだされ! この度のこと、何卒ご寛恕を……!」
と、責任を輝夜に押し付け、逃れようとするが大自然がそんな言い分を聞くわけがなかった。
船は波に呑まれ、あっけなく転覆した。彼は大波に揉まれ、命からがら陸へと打ち上げられてかろうじて生還したものの、その姿は変わり果てていたという。
激しい船酔いと極度の疲労で衰弱し、両目はスモモのように腫れ上がり、腹は見たこともないほどパンパンに膨れ上がっていたそうだ。
それ以来、貴公子は「龍の怒りを買った……」と外の世界を恐れるようになった。
その無様な様を元妻や部下が吹聴しまくった結果、彼の名誉は完全に失墜してしまい、外に出られなくなって屋敷へ引きこもってしまった。
これが、大伴御行が失敗するまでの過程とその末路である。
ちなみに、屋敷に引きこもっていた輝夜はこの悪評について一切知らず、侍女や翁を経由して聞いた。
その際に噂話を聞いた輝夜は──
『あっぶねぇ〜!マジで結婚してたら終わってた』
と、安堵した様子を見せていたという。
後日談だが、貴公子の中でも大伴御行は最も悪質なストーカー行為と所業をしていたので、仕返しに輝夜が煽り成分たっぷりの和歌を送りつけたところ、貴公子は激怒し、求婚を取り消したという。
輝夜
偽物を持ってきた当の本人が騙されていたり、龍を討伐するために嵐に突っ込んだりと色んなことをしでかす貴公子達に困惑している人。
阿倍御主人は被害者としての側面を持つので、それほど悪感情はないが、大伴御行はストーカー行為とその所業が酷すぎてガチで嫌っている模様。