30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
掲示板では最強魔法少女「ブルーローズ」のサメ怪人戦勝利が称賛される一方、アラサーという年齢や控えめな胸囲について弄られて盛り上がる。
そこへ必死にブルーローズを弁明・擁護する長文レスが投稿されるも、スレ住民に「本人降臨」だと一発で見抜かれて弄りの標的となる。
現実のブルーローズこと「青井恋」は、タワマンの自室でスレッドを閲覧し、オタクたちに「譲り合いの末に拒絶された」ことに激怒して悶絶する。
妖精の「みずたま」になだめられながら、青春と20代の貴重な時間を街の平和に捧げてきた報われなさに情緒を乱される。
第11話 奇跡の花
湯上がりの湯気がまだ薄く残る脱衣所から、青井恋はのそのそとリビングへ出てきた。
濡れた長い髪には、バスタオルをぐるぐると雑に巻きつけただけ。身につけているのは上下の下着のみ。その格好のまま、ガラス越しに宝石箱のような夜景が広がるタワーマンションのリビングを横切り、無駄に座り心地の良いソファにどかっとあぐらをかいた。
夜景を愛でる余裕など、今の彼女には微塵もない。
冷蔵庫から取ってきた缶ビールを掴み、プシュッ、と景気のいい音を立ててプルタブを起こす。そのまま喉を鳴らして一気に半分ほど流し込み、深々と息を吐いた。
「……くぁーっ。やってられないわよ、本当に」
「れんちゃん、だらしないよ……。せめて服は着ようよ」
ソファの肘掛けにちょこんと座っていた水玉模様のアザラシが、丸い体をふるふると揺らして呆れ声を出した。
ブルーローズの担当妖精の、みずたまである。
「うるさいわね!自分の家で下着でビール飲んで何が悪いのよ!誰に見せるわけでもないんだからいいでしょ!」
恋は缶をテーブルにゴンッと置くと、そのままクッションに顔を埋めた。
「だいたいさぁ、魔法少女の平均引退年齢って何歳だと思ってるのよ!十代後半よ!?二十歳を超えた時点で『レジェンド』なんてお茶を濁されて、二十五を過ぎたら『まだやってるの?』みたいな空気が出始めるのよ!私なんて二十代後半よ!?いつまでこのミニスカート履いて『ミラクルスパイラル!』なんて叫ばなきゃいけないのよっ!」
恋はクッションに顔をうずめたまま、悶絶するように脚をじたばたさせた。
「だんだん若い子たちの中に混ざるのが痛々しく思えてきてるし。このまま魔法少女を続けてたら、私の貴重な二十代が終わっちゃうじゃない『頼りにしてます』とか『憧れです』なんて言葉はお腹いっぱいなのよ、私が欲しいのは『付き合ってください』っていう具体的なアプローチなの、まあ、自分でも情緒不安定で、急にキレたり落ち込んだりして、扱いづらい女だってことくらい分かってるわよぉ、でもぉ……」
つい先ほど、掲示板のスレッドを見て憤怒の炎を燃やし、ブチ切れていた勢いはどこへやら。今の恋はしおしおになっていた。
世間が「絶対の安心感」「咲き誇る奇跡の薔薇」と讃える最強のヒーローその素顔がこれである。
ネットの掲示板では「反応が面白すぎる」「叩くと鳴るおもちゃ」として散々ネタにされ、弄られ倒しているブルーローズだが、実際のところ、一般社会における彼女の人気と知名度は未だ衰えるどころか凄まじいものがあった。
長年にわたり街の平和を守り続けてきた実績は正に神聖化の域に達しており、世間からはもやは雲の上の神仙かレジェンドとして崇め奉られている。そのため、国民的ヒーローとして完成されすぎているが故に、恋愛的な意味で身の程知らずに言い寄ってくる男性など、今まであらわれなかったのである。
「れんちゃん、そんなに自分を投げ出さないでよ。れんちゃんはすごく綺麗だし、この街をずっと一人で守ってきた本当にすごいヒーローなんだからさ。それに、本当は誰よりも責任感が強くて優しいところ、ボクはちゃんと知ってるよ。まあ、普段のガードが固すぎて隙が無さすぎるのと、理想が高すぎて近寄り難いオーラが出ちゃってるのは否定できないけどさ」
「なによそれッ!慰めてるの!?それとも追い討ちをかけてるの!?」
「本当のこと言っただけだよ。でもさ、焦らなくてもきっとれんちゃんの魅力に気づいてくれる素敵な人が現れるって。誰よりも頑張ってるれんちゃんのこと、ボクはすごく応援してるんだから。だから」
「呑気なこと言わないでよッ!最近、実家から『いい人はいないの?』ってメッセージが来る頻度が上がってるの知ってるでしょ!ああもう、誰か奇跡的に私に一目惚れして、ここから攫っていってくれないかしら」
恋がクッションに顔を埋めたままじたばたと足をばたつかせた、その時だった。
テーブルの上のスマホが、ピロリン、と硬質な通知音を鳴らした。魔法少女省からの業務連絡の音である。
「何よこんな時間に……」
のろのろと身を起こし、画面を覗き込む。
『
件名:【重要・業務連絡】新機能「AIドローン自動配信システム」先行実証テスター募集について
拝啓
時下、各位におかれましては、担当地区における治安維持ならびに防災業務に多大なるご尽力を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、魔法少女省におきまして、魔法少女事業の社会的透明性の確保、国民とのエンゲージメント向上、更には活動経費の自律的確保、収益化還元モデルの構築を目的とし、新システム「AIドローン自動配信機能」の開発を進めてまいりました。
本システムは、戦闘現場における魔法少女の献身的な活躍をAI搭載ドローンによりリアルタイムで撮影・配信し、当省と魔法少女とのシームレスな連携体制の向上、ならびに市民の防犯意識向上と広報効果の最大化を図ることを理念としております。
つきましては、本機能の本稼働に先立ち、現場での運用評価を行っていただく「先行技術実証テスター」を募集いたします。応募多数の場合は厳正なる選考の上、当選された方には追って事務局より詳細な運用マニュアルおよび専用端末のご案内を送信させていただきます。
ご多忙の折誠に恐縮ではございますが、本企画の理念にご賛同いただき、積極的なご応募を賜りますようお願い申し上げます。
敬具
魔法少女省 企画運用管理局 広報配信課
お問い合わせ:support-stream@m-****.go.jp
PS.お前は強制参加だから既にリストに載せておいた。断るなよ!
』
恋の目が、上から下へと文面をなぞっていく。ふむふむ、と大人の顔で頷きながら読み進め、最後の一行にたどり着いた瞬間。
チッ……!
舌打ちが漏れる
額に青筋が浮かび、次の瞬間、彼女は瞬間湯沸かし器のように沸騰した。
「何これ!『お前は強制参加だから断るな』って何よッ!これ、あの人のパワハラ全開じゃないのよ!!」
「あはは。高城部長、相変わらず容赦ないね」
「しかも『AIドローン自動配信』!?戦闘中の姿を高画質でリアルタイム配信するですって!?ただでさえネットに撮られた画像で『痛い』だの『見る分には面白いけど、恋人にするには面倒くさい女』だの言われてるのに、これ以上ネタを提供しろって言うの!?」
スマホを床に叩きつけようと振りかぶった恋の腕を、みずたまがぴょんと跳ねて制した。
「で、でもさぁ、れんちゃん。リアルタイムで活躍が全国に流れたら、ファンが一気に増えるよね?れんちゃんのポンコ……ぃゃ、おもしろ……ぃゃ、親しみやすい所が知れて、人気が出ちゃうかもよ?その中に、素敵な男の人がいるかもしれないよ?」
「誰がポンコツで面白キャラよッ!……って、ちょっと待って」
恋の腕が、ぴたりと止まった。
「素敵な、男の人?」
彼女の脳内に、鮮やかな妄想が広がっていく。
『配信で見かけたブルーローズさんに、一目惚れしました』。そんな書き出しで始まる、公式ホームページ経由のメッセージ。差出人は、爽やかな笑顔のハイスペックIT社長。
「え、ちょっと待って。それ、あるわね?あるんじゃない?奇跡、起きちゃうんじゃない!?」
ぱあっと顔を輝かせ、拳をぎゅっと握る恋。
しかし、その輝きは三十秒と保たなかった。
脳内の妄想の隅に、別の映像がじわじわと割り込んできたのだ。戦闘中の必死な形相。技を放つ瞬間の、決して美しいとは言えない口の開き方。そして、足を滑らせて体勢を崩した、その一瞬。
その一コマが、スクリーンショットとして切り取られ、掲示板で永遠にフリー素材として弄ばれる未来。
「駄目ね」
恋は静かに首を振った。
「デメリットのほうが圧倒的に多いわ。却下よ、却下」
きりっと正座に座り直し、スマホを両手で構える。
恋の指が、凄まじい速度で画面の上を走り出した。
『
Re:【重要・業務連絡】新機能「AIドローン自動配信システム」先行実証テスター募集について
このたびご連絡いただきました「AIドローン自動配信機能」先行実証テスターの件、拝読いたしました。当省の先進的な取組ならびに広報体制の強化という事業理念につきましては、深く感銘を受けております。
しかしながら、現在当地区におきましては怪人の発生頻度が非常に高く、現場での即座な対応と集中が最優先される状況となっております。新システムの試行に伴う運用負荷および撮影へのh死ね!
』
「……」
画面を覗き込んでいたみずたまが、そっと目を細めた。
「れんちゃん。途中で面倒くさくなったでしょ」
「な、何のことかしら?」
恋はすっと視線を逸らした。
「私は至極真面目に、大人の対応でお断りの返信を」
その言葉を遮るように、スマホがけたたましい着信音を響かせた。
画面に映る登録名は『レッド』。
「ひっ……!?」
喉の奥から引きつった悲鳴を漏らし、恋は恐る恐る通話ボタンをスライドした後、耳から端末を十センチほど離した。
『れーーーん!!』
スピーカーから、鼓膜を叩き割らんばかりの怒声が炸裂した。
魔法少女省・安全保障部部長、高城冴子。かつての魔法少女レッドガーネットにして、この国で最も多忙な女性の一人である。
「な、何ですか高城先輩!夜中に大声出さないでください!」
『あんた。私のアドレスじゃなくて、返信を広報課のアドレスに送信してるのよ!広報課の課長が私のところに来たわ!「ブルーローズから『死ね』と書かれたメールが届いております」って!』
「あっ……」
恋は小さく声を漏らした。送信先を確認した覚えは、一切ない。
「あれは、その……下書きが……指が滑って、その……」
『指が滑って広報課に「死ね」って誤爆する奴がどこにいるのよ!』
「……ここに」
『開き直らない!』
電話の向こうからは、書類をめくる乾いた音と、忙しなく鳴り続ける内線の音が聞こえる。冴子はおそらく、今も庁舎の執務室にいるのだろう。この時間に。
『とにかく、テスターは決定事項よ。自分の影響力を考えなさい。ブルーローズが断った案件なんて印象が付いたらほかの魔法少女が受けづらくなるわ!つべこべ言わずに引き受けなさい!そんなだから「青は残念」なんて言われるのよ!』
その一言で、恋の中の何かがぷつんと切れた。
「なっ……!赤に言われたくありません!」
ソファから勢いよく立ち上がる。下着姿のまま、スマホを握りしめて仁王立ちである。
「赤なんて『脳筋』ってネットでもよく言われてるじゃないですか!作戦会議中に『とりあえず殴ればいいでしょ』って言って、毎回私が後始末してたの、忘れたとは言わせませんよ!」
『あれは作戦よ!先手必勝という立派な戦術です!』
「戦術って言葉に謝ってください!それに赤って、ほら、『赤は不人気』って言われてた色じゃないですか!」
『あんたそれ、アニメの話でしょうがッ!しかも主役でしょあの子は!』
「じゃあ、スーパーヒーローの赤はどうなんですか!大体いつも先走って、ピンチを呼び込む係ですよ!」
『ぐっ……。そ、そっちこそ青のクールぶってる感じがいちいち鼻につくのよ!「ここは私に任せて」とか言って、毎回一番に怪我してたのは誰よ!』
「あのときは先輩が突っ込んでいくから、フォローに回っただけです!」
現役の魔法少女と、元魔法少女の上司による、あまりにも不毛で低レベルな色談義。電話の向こうの冴子もヒートアップしているのか、声がだんだん高くなっている。
『あんたねぇ、「恋」なんて可憐な名前をつけてもらったくせに、男の一人も捕まえられないで自爆してばかり!名前負けもいいところよ!』
「それを言うなって、前から言ってるでしょーがッ!!」
恋の叫びが、タワーマンションのリビングに響き渡った。
足元ではみずたまが「近所迷惑だよ……」と小さく呟いたが、残念ながら、二人の耳には届かない。
数十秒に及ぶ応酬の末、先に息を切らしたのは冴子のほうだった。
『はぁ、はぁ……。とにかく、決定事項よ。専用端末は来週中に届けさせる。いいわね?』
「はぁ、はぁ……了解、しました」
恋もまた肩で息をしながら、悔しさを滲ませた声で答える。
それで通話が切れる、と思った。
だが、数秒の沈黙のあと、スピーカーから聞こえてきた冴子の声は、先ほどまでとは別人のように低く、静かだった。
『……恋』
「なんですか」
『怪我だけは、しないでちょうだい』
ほんの一拍の間。そして、ガチャリ、と通話は途切れた。
「……」
恋はスマホを耳に当てたまま、固まっていた。
「何なのよ、最後の最後に」
ぽつりと呟いてから、ふっと息を吐く。
「だから、嫌いになれないのよね、あの人」
「高城部長、素直じゃないからね」
みずたまがくすりと笑った。その横顔は、いつもの可愛らしいぬいぐるみの様な顔のはずなのに、どこか遠くを見つめているようにも見えた。
恋は力が抜けたように、ソファにどさりと倒れ込んだ。
「はぁ……最悪。本当に、最悪の夜だったわ」
「おつかれさま、れんちゃん」
缶に残ったぬるいビールを、恋は一気に飲み干した。