30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
湯上がりに下着姿で缶ビールをあおりながら、20代後半になっても引退できず周りから浮いていく悲哀と恋愛への飢えを吐露するブルーローズ。
そこへ魔法少女省から「AIドローン自動配信システム」の先行テスター募集通知が届き、強制参加の添え書きに激怒する。
配信を通じた素敵な男性との出会いを妄想するも、事故映像の切り抜きリスクを懸念して辞退メールを作成するが、誤って「死ね」と入った文章を広報課へ誤送信してしまう。
元魔法少女の上司・高城冴子(レッドガーネット)から電話で激怒され、お互いのパーソナルカラーを引っ張り出した不毛な罵り合いに発展する。
不毛な口喧嘩の末に冴子から「怪我だけはしないで」と不器用な気遣いを見せられ、愚痴をこぼしながらも最終的にテスターを引き受けることになる。
第12話 魂を盗む猫
ツーッ、ツーッ、と無機質な切断音が鼓膜に残った。
「……まったく、あのバカ娘は」
スマートフォンをデスクに放り投げ、高城冴子は深々と息を吐いた。
魔法少女省庁舎、最上階。安全保障部部長室の窓の外には、深夜の都会の灯りが無表情に瞬いている。室内の壁時計はとっくに日付を跨いでおり、デスクの上には明朝までに決裁を求める書類の山と、すっかり冷め切った缶コーヒーが鎮座していた。
「あんな怒鳴り合えるだけの元気があるなら、テスターくらい大人しく務まるでしょうに。……色がどうとか、何年経ってもくだらない口喧嘩に付き合わされる身にもなってほしいわね」
ぶつくさと愚痴を零しながらも、眼鏡の奥の目元は微かに緩んでいた。
ブルーローズ――青井恋。冴子にとっては大切な後輩であり、かつての不器用な戦友であり、そして今も最前線に立ち続けるこの国の魔法少女の『顔』である。ああして不毛な罵倒を全力で返してくる間は、まだ大丈夫だ。冴子はそう判断することにしている。
コンコン、と静かなノックが響いた。
「部長、失礼します。お時間よろしいでしょうか」
「ええ、入って」
応答と同時に重厚なドアが開き、眼鏡をかけた男――安全保障部次席の大熊が、分厚いファイルを抱えて入ってきた。
「一ツ菱エレクトロニクスから、AIアクションカムドローン試作機十機の最終納品確認が入りました。来週のブルーローズへの貸与に向けた最終報告書です」
「ご苦労様。……それで、『あれ』の確認結果は?」
冴子が顎をしゃくると、大熊はファイルを開いて静かに頷いた。
「ご指示の通り、開発・設計・製造の全工程を『国内の人間』のスタッフのみで実施したことを、先方の工場まで出向いて確認しました。バックドアチェックも全項目クリアです。第三者機関によるダブルチェックも完了し、ハードウェア、ファームウェア、通信モジュールのすべてに不正なコードは確認されませんでした」
「そう」
冴子は短く答えたが、すぐに表情を引き締め、拒絶を許さないトーンで言葉を継いだ。
「でも、一度のチェックで安心はしないで。運用開始前に、もう一度全機を洗い直しなさい。それから運用開始後も、定期的にバックドアチェックを実施すること。月に一度、第三者機関と当省技術班の二系統でやって」
「月一回、二系統ですか。かなりの手間になりますが……」
「手間で済むなら安いものよ」
冴子の声は静かだったが、圧倒的な威厳がこもっていた。
「このドローンは、少女たちの位置も、戦闘バイタルも、全部を映す機械でしょう。そこに『誰か』が入り込めるなら、それは私たちの目じゃなくて、その『誰か』の目になるのよ。特に、人間の常識が通じない、あのマスコットどもの介入だけは絶対に許さないわ」
「……承知いたしました。直ちに手配します」
部下は一瞬息を呑み、すぐさま背筋を正して一礼した。
そこで冴子は思い出したように書類の束から一枚の報告書を引き抜き、大熊へ視線を向けた。
「そういえば……例の、ファンサイトからの苦情の件。確か掲示板の過去ログが不正に消去されていたとかいうやつだったか。口を割ったマスコットは居るか?」
大熊は硬い表情のまま、小さく首を振った。
「いえ、白状したものは一匹も。どのマスコットも知らぬ存ぜぬを貫いております」
「そうか、あいつらは本当にろくなことをしない……。ログの消去なんて真似、人間に都合の悪い情報を隠すためとしか思えないわね」
冴子は吐き捨てるように言い、苦々しく眉根を寄せた。
「あのネットワーク干渉能力も、どこまで奴らの手が入っているのか分かったものじゃないわ。……だからこそ、この新システムで情報の手綱も人間側が握り直すのよ」
「はっ。外部サーバーの監視体制につきましても、一層の強化を図ります」
大熊は深く一礼すると、静かに部長室を後にした。
執務室の扉が閉まったことを確認した後、冴子は椅子の背に深く身体を預けた。
凝り固まった肩をぐるりと回すと、ゴリゴリと嫌な音が鳴る。
「……三十代の肩じゃないわね、これは」
ぼやきながらコーヒーメーカーに向かい、紙コップに黒い液体を注ぐ。
AIアクションカムドローン、通称『魔法少女ちゃんねる』計画。
戦闘現場を自律飛行するドローンが魔法少女の戦いを撮影する。
目の保護と情報表示を兼ねたバイザー、通話とカメラ機能を備えたヘッドセットが、彼女たちの状況を逐一庁舎へ伝える。
集約されたデータは魔法少女省のサーバーで一元管理され、米Googol社との一括契約による配信プラットフォームを通じて、全世界へリアルタイムで届けられる仕組みだ。
表向きの目的は三つ。活動経費の自律的確保。市民の防犯意識向上。省と魔法少女の連携強化。
オールドメディアの恣意的な編集を通さず、少女たちの本当の姿をそのまま届ける。スポンサー料と配信収益で現場の負担も軽くなる。世間も歓迎するだろう。
しかし、冴子がこの計画に賭ける真の狙いは、別のところにあった。
冴子は紙コップを手に、デスクの隅に置かれたモニターへ目を向けた。そこには各地の魔法少女の担当マスコットたちのデータ資料が表示されている。
ぷいぷい、くまごろう、だいふく、みずたま。
どれも見るだけで気が抜けるような愛らしい姿――のはずだった。
「……写真の一枚もないんだから、笑えないわよね」
資料の画像欄は、どれも虚無的な空白だった。
マスコットたちは魔法少女にしか見えない。カメラにも記録媒体にも映らない。省が把握しているマスコットの情報は、魔法少女たちの証言と状況証拠だけだ。彼らは常に気さくで、ゆるくて、献身的である。警戒心を抱かせないことにかけては天才的と言っていい。
だが、彼らが少女たちに『何を』させているのか。敵の弱点を教え、戦い方を示し、『正しい』判断へ導くふりをして、どこへ向かわせているのか。
だからこそ、この『魔法少女ちゃんねる』でその導きを上書きする。
専用インカムを通じ、人間のオペレーターがリアルタイムで最新の戦況分析と回避ルートを指示する。少女たちの耳元から、マスコットの『ささやき』を奪うのだ。
同時に、怪人の出現と魔法少女の位置情報をリアルタイムで完全把握し、最適な戦力を適時に采配する。事故や遅れによる悲劇を、一つでも減らすために。
そして、公表はしない、もう一つの裏の目的がある。
世論を、魔法少女という未成年に頼らない、大人だけの怪人災害対策体制へと傾けること。
世間からは『冷酷な役所』と叩かれようと構わない。見世物にしてでも、あの子たちを仕組みの内側に組み込んで保護する。
「……私の代で終わらせられるとは、思ってないけどね」
紙コップのコーヒーを一口すすり、眉をひそめた。
「苦っ。誰よ、こんな濃く淹れたの」
私だ。
自嘲気味に一人ツッコミを入れかけたその時、ふと部屋の中の違和感に気づいた。
執務室の応接コーナー。来客用の高級な革張りソファの上に、巨大な黒い塊が丸まっている。
黒い毛並みに、胸元だけに生えたフサフサとした白い毛。
体長八十センチほどの二足歩行の猫のような姿をした、神出鬼没の妖精。
いつの間にか魔法少女省の庁舎に住み着いていた妖精である。契約している魔法少女もおらず、この部屋のソファはもう半ばその指定席だった。
その姿を目に留めた途端、記憶の底からひとつの声が鮮やかによみがえってきた。
『ぼくたちはね、魔法少女にしか見ることが出来ないんだ』
サフラン。
かつて自分が『レッドガーネット』だった頃の担当マスコット。赤いトカゲのヌイグルミのような姿をした奴が、あの日、にこやかに告げた言葉。
『魔法少女のキラメキを失った大人はね、ボクたちの声も聞こえないし、姿も見えなくなるんだよ。だから、お別れなんだ』
防衛省不明災害対策課魔法少女室(現・魔法少女省)の室長着任が決まり、思春期を終えた自分の前からサフランは消えた。疑う理由などなかった。十代の冴子はそれを当たり前の真実として受け入れていた。
冴子は紙コップを手にしたまま、冷ややかな声で投げかけた。
「……わたしにはもうお前たちの姿は見えないはずなんだがな。ケットシー」
黒猫はめんどうくさそうに片目を開けた。
「そんなこと、ぼくに言われても知らないにゃ」
言い返すや否や、ケットシーは大きな口を開けて、ふわあぁ、と盛大な欠伸をした。鋭い牙とざらついた舌が覗く。
「また勝手に省内に忍び込んで、一体何が目的よ」
「別に〜?ここは夜の静けさが心地いいから、夜更かししてるだけだにゃ。高城部長はお仕事が忙しそうで大変そうだにゃあ」
語尾の緩さとは裏腹に、その丸い瞳には底知れない深い闇が宿っているように見えた。
冴子は眼鏡の奥の瞳を細め、静かに、だが決意を込めてデスクの書類をコンと叩いた。
「好きに言いなさい。……だがね、ケットシー。あなたたちの思い通りにはさせないわ」
「ふ〜ん?」
「私たちが構築したシステムで、これ以上の不確定要素は排除する。あの子たちは、私たちが守るわ」
魔法少女にしか見えないはずの存在が、力を失った元魔法少女の目の前に堂々と存在している。
マスコットたちは嘘をついている。その揺るぎない証拠が、今、目の前で優雅に毛繕いを始めていた。
ケットシーは何も答えず、ただつまらなさそうに、再びフワリと尻尾を揺らしたのだった。