30歳まで童貞を守ったら妖精が見えるようになった〜チートスキル「魔法少女」で美少女TS無双〜 作:へべれけ斉藤
自堕落な生活を送る健二が、変身した姿での「自己啓発活動」の現場をリャナンシーに目撃され、呆れられながらも開き直る。
ネットニュースにて、魔法少女省の公式新事業「魔法少女ちゃんねる」の立ち上げとAIドローンによるリアルタイム戦闘配信システムの導入が発表される。
先行配信メンバー10名の中に最推しである「チェリーブロッサム」の名前を見つけ、健二が全裸待機を決意して歓喜する。
第14話 魔法少女ちゃんねる
魔法少女省庁舎、地下二階。
元は書庫だったという殺風景な部屋に白いパーテーションが立てられ、桜の枝を模した造花と間接照明で、急ごしらえの配信スタジオが出来上がっていた。
「ほ、本当に、もう映ってるんですか……?」
丸椅子に座った佐倉うららは、目の前でふわふわと浮かぶ球形のドローンを、おそるおそる見上げた。
レンズの奥の赤いランプが、ちかちかと点滅している。配信中の合図らしい。
両耳にはごついヘッドセット。目元には、情報を映すための半透明のバイザー。桜色のフリルとリボンで飾られた衣装の中で、そこだけが異様に浮いていた。
「映ってるプイ。大丈夫プイ、うららちゃん。いつも通りにしてればいいプイ」
足元でぷいぷいが、ふかふかの胸をぽんと叩いてみせる。
ただしこの愛らしいマスコットの姿は、カメラにも記録媒体にも映らない。視聴者の目には、うららがひとりで虚空に話しかけているように見えているはずだった。
空中に投影されたチャット欄が、目で追えないほどの速さで流れていく。
『はじまったああああ』
『ブロッサムちゃんだ!』
『ガチガチで草』
「あ、あの!はじめまして、チェリーブロッサムです!今日から魔法少女ちゃんねるで、配信をさせてもらうことになりました!よろしくお願いします!」
『ヘッドセットwwwww』
『ごつすぎて草』
『首が心配になるレベル』
「あっ、やっぱり気になりますよね……!」
うららは慌てて両手でヘッドセットを押さえ、照れ笑いを浮かべた。
「これ、省から支給された試作機なんです。ちょっと重いんですけど、本採用のものはもっと小さくて、かわいいデザインになるって聞いています!なので、今日のところは見逃してください!」
『なるほど試作機か』
『それなら許す』
『省の人、デザインがんばれw』
あたたかいコメントに、肩の力がすっと抜けた。
それからしばらく、うららはカメラに向かって他愛のない話を続けた。好きな食べ物のこと、学園の購買のメロンパンのこと、くまごろうのハチミツ好きに付き合わされて胸焼けした話。
チャット欄は終始なごやかで、画面の端には、見る間に視聴者数の数字が積み上がっていく。
「私、こんなにたくさんの人に見てもらえるなんて、ちょっと信じられなくて……」
はにかんだ、その時だった。
ビーッ、ビーッ、と耳元で鋭い電子音が鳴り響いた。
バイザーの視界の端に、赤い文字が点滅する。
『チェリーブロッサム、聞こえるか。安全保障部の大熊だ』
ヘッドセットから、落ち着いた男の声が流れてきた。
『港湾地区に怪人の出現を確認した。サンフラワーが先行している。君も急行して、現地で合流してくれ』
「はい!了解です!」
うららは弾かれたように立ち上がった。表情はもう、ひとりの魔法少女のものに変わっている。
「みなさん、すみません!怪人が出たので、行ってきます!」
『初配信で出撃かよ』
『気をつけて!』
『ブロッサムちゃん頑張れ!』
肩にぷいぷいを乗せて駆け出す背中を、球形のドローンが静かに追いかけていった。
*
夕暮れ前の港湾地区は、潮と錆の匂いがした。
積み上げられたコンテナの影が長く伸び、遠くでカモメが鳴いている。避難の済んだ埠頭は、不自然なほど静まり返っていた。
「チェリーブロッサムちゃん!こっちこっち!」
先に着いていた日向葵が、岸壁の上から大きく手を振る。
「サンフラワーちゃん!」
二人が並び立った瞬間、チャット欄が一斉に沸いた。
『ブロッサム&サンフラワーきた!』
『最強コンビ!』
『これは勝ったな』
その視線の先に、赤黒い甲殻に覆われた巨体が、静かに佇んでいた。
二メートルを優に超える蟹の怪人。右腕は人間の胴ほどもある巨大なハサミで、背中には無数の貝殻がびっしりとこびりついている。
「蟹、かあ……」
「海が近いからね。でも、動きは鈍そうだよ」
二人は頷き合い、ステッキを構えた。
その瞬間だった。
「ようやく、お会いできましたね」
空気が、凍りついた。
「魔法少女のお嬢さん方。お待ちしておりました」
穏やかで、丁寧で、どこまでも落ち着いた声。
それが目の前の怪人の口から発せられていると理解するまでに、うららは数秒を要した。
「……え?」
「今、喋った……?」
隣の葵が、呆然とつぶやく。
『は?』
『いま喋ったよな?』
『音声ミスじゃなくて?』
『怪人が敬語って何』
チャット欄が、爆発した。
そしてそれ以上に取り乱していたのは、うららの肩の上の小さな存在だった。
「そ、そんな……こんなこと、知らないプイ……」
ぷいぷいの声は、かすれて震えていた。
いつもの気さくで余裕たっぷりの調子は、どこにもない。まん丸の瞳を見開いたまま、小さな身体は石のように固まっている。
「ぷいぷい?ねえ、ぷいぷいってば!」
「知らない……プイ……知性のある怪人なんて、聞いたこともないプイ……」
うわ言のような返事しか、返ってこなかった。
うららの背筋を、冷たいものが這い上がる。いつも自分たちに「大丈夫プイ」と教えてくれたマスコットが、何も知らない。何も、教えてくれない。
「くまごろう?くまごろうどうしたの!?」
くまごろうも様子がおかしいようだ、葵の必死な呼びかけが聞こえてくる。
「おや、お仲間はご存じないようで。それは気の毒に」
蟹怪人は、くつくつと喉を鳴らし、巨大なハサミをゆっくりと持ち上げた。
「来るよ!」
サンフラワーの叫びと同時に、巨体が地を蹴った。
鈍重そうな見た目からは想像もつかない速さで、ハサミが唸りを上げて迫る。うららは葵に腕を引かれ、ぎりぎりで左右へ跳んだ。
叩きつけられたコンクリートが、轟音とともに砕け散る。
「とにかく、戦おう!」
「う、うん!」
混乱を振り払うように、二人はステッキを構え直した。
*
戦いは魔法少女側の優勢で始まった。
葵の光弾が硬い甲殻を削り、うららの桜吹雪が視界を奪う。息の合った連携で怪人の動きを封じ、じりじりと追い詰めていく。
「チェリーブロッサム・ストライクッ!!」
放たれた桜色の光線が、怪人の右腕のハサミを正面から打ち砕いた。
『よっしゃあああ!』
『いけるいける!』
『なんか喘いでないか?あの怪人』
『映していいやつ?これ』
『キモwww』
チャット欄にも、安堵の空気が戻りかけ冗談を言える余裕も出てきていた。
うららも、ほっと息を吐きかけて――ぞくりとした。
膝をついた蟹怪人が、傷ついた右腕を見下ろしながら、笑っていたのだ。
「ああっ!良い!良いですよあなたたち」
ゆっくりと顔を上げる。複眼が、夕日を浴びて鈍く光った。
心なしか恍惚としているように見えなくもない。
「素敵です、興奮してテンションが上がってきてしまいました。このままではあふれ出てきてしまいそうです。ああぁ!……我が!我が『海』が!」
「え……?」
世界が、反転した。
夕暮れの空が、墨を流したような暗い灰色に塗り潰されていく。足元のコンクリートはぬるりとした黒い泥へ。積まれたコンテナは、潮に洗われた岩礁へ。
それは干潟だった。遠くから、満ち潮の音が迫ってくる。